0180話
n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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ザッカランに向かってガリンダミア帝国軍が進軍したという情報が届いてから、数日……未だに軍勢の姿は見えないが、ザッカランは籠城の準備をすでに終わらせ、いつガリンダミア帝国軍が来てもいいように待ち構えていた。
「籠城って、援軍なしでやるんですか?」
アランは部屋の中にいたイルゼンに、そう尋ねる。
籠城というのは、基本的に援軍の存在が前提になっているというのを、当然ながらアランも知っている。
だというのに、今この状況で籠城しようものなら、それこそある程度は保つが、結局は時間が経過すれば負けることになるだろう。
それが分かっているからこそ、アランはそんなイルゼンにそう尋ねたのだが……
「問題ありませんよ。増援の方はすぐに……とは行きませんが、すでに準備はされてますから」
「……え?」
その言葉は、アランにとっても完全に予想外だったのか、本当ですか? と視線を向ける。
今のこの状況で、どこから援軍を持ってくるのかと。
ここから一番近い場所は、ラリアントになるだろう。
だが、ラリアントにも戦力が余っている状況ではない。
もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、敵はザッカランを攻撃せずにそのままラリアントに攻撃をするという可能性も否定出来ないのだから。
そうである以上、ラリアントから戦力を引き抜くといった真似は出来ない。
……そもそも、ラリアントに余裕のある戦力でザッカランを攻略したのだから。
それを考えれば、やはりラリアントから戦力を出せというのは難しい。
そう尋ねるアランに、イルゼンはいつもの胡散臭い笑みを浮かべて口を開く。
「では、ラリアントではない場所から戦力を持ってくればいいのではないですか?」
「え? いや、けど……それって……」
イルゼンの言葉に戸惑った様子を見せるアランだったが、イルゼンはそれに構わず言葉を続ける。
「戦力としては、ラリアント以外にもいるでしょう? 特に功名心を求めている方々が。何しろ、ここはザッカラン。ガリンダミア帝国の城塞都市だった場所ですよ? そこの防衛戦を行うというのは、間違いなく名誉です。それを求める人は、思っているよりも多いんですよ」
名誉。
貴族にとって……いや、貴族以外であっても、これは非常に大きな意味を持つ。
それこそ、ガリンダミア帝国の領土を初めて切り取ったのだ。
その防衛が非常に名誉になるというのは間違いなく……その上で、イルゼンはザッカランにいるドットリオン王国軍の者たちに話を通し、その名誉についての噂をドットリオン王国内に流すようにしていた。
そうである以上、今の状況でドットリオン王国の貴族の中でも動く者は多いだろう。
本来なら、ザッカランを奪うときに動いていれば一番よかったのだが……残念ながら、最初はザッカランの占領が上手く行くと考えていた者はいなかったし、いても兵士を動かすような余裕は存在しない者が多かった。
だからこそ、今の状況でなら動かないという選択肢は存在しなかったのだ。
もっとも、当然の話だが、今回大きく活躍したとしても、ラリアント防衛戦で協力した貴族たちには及ばないが。
「俺が出ますか?」
「……正直なところ、そうしたいと思っています。ですが、ガリンダミア帝国軍は一体何を考えてこのような真似をしているのかが、未だに読めません。相手の手を読めない以上、ここで迂闊な真似をすれば、それは致命傷になる可能性があります」
「それあ……まぁ、そうかもしれませんけど」
イルゼンの言葉に納得しながら、それでもならばこの状況をどうするのかといった思いがアランにはあった。
籠城するにしても、敵の数というのは少なければ少ない方がいいのだから。
そうである以上、今の自分なら十分に敵を減らすことが出来るのだ。
そして敵が減れば……もしかしたら、本当にもしかしたらの話だが、ガリンダミア帝国軍は諦めて撤退するという可能性も決して否定出来ない。
だとすれば、ここで自分が出てもいいのでは?
そう思うのは、アランにとって当然だった。
だが、アランがそう思ったのと同時に、イルゼンが鋭い視線を向ける。
普段は飄々した態度をとっているイルゼンとは、全く別の顔。
もっとも、アランはそれもイルゼンが持つ顔の一つだというのは、当然のように知っていた。
だからこそ、今はそんなイルゼンに対して大人しく頷く。
「勝手な真似はしませんよ。ただ……俺が言うのも何ですがイルゼンさんは慎重になりすぎてませんか? イルゼンさんにしてみれば、情報が集まらないのは不安になるかもしれませんが……普通なら、そこまで情報が集まらないですよ?」
日本に生きた前世を持つアランだからこそ、情報がどれだけ大事なのかというのは知っている。
……むしろ、この世界でイルゼンほどに情報の価値に気が付いている者は……いないとは言わないが、それでもそう多くないだろうというのは予想出来る。
だが、情報の価値を知ってるからこそ、イルゼンは情報が集まらない今の状況では慎重になりすぎているように、アランには思えた。
「そうですね。アラン君にはそう見えるかもしれません。ですが、今の状況を考えれば……僕でも情報を集めることが出来ないということ、そのものが一つの情報ではあると思いますよ。恐らく、向こうにも情報の意味を理解出来ている者がいる。そういうことでしょうね」
考えすぎでは?
一瞬そう思ったアランだったが、イルゼンの真剣な表情を見れば、本気でそれを心配しているというのが理解出来た。
イルゼンの様子を見て、アランは何か言おうとしたが、途中で言葉を止める。
「ともあれ、今は相手の動きをしっかりと確認した方がいいというのは、間違いないでしょうね。……ただし、何かあったらすぐにアラン君にも出て貰うかもしれませんので、そのつもりでよろしくお願いします」
この話はこれで終わり。
そう匂わせながら告げるイルゼンに、アランは渋々頷いて部屋から出る。
今の状況で一体どうすればいいのか。
そう思いながら、宿から出て街中に向かう。
見るからに戦争が近くなっている以上、現在の街中はどうなっているのかと、そう思っての行動だ。
また、数日前に行われた雲海と黄金の薔薇に対する抗議活動……ザッカランから出て行くようにというデモを行っていた者達の行動はどうなったのかを確認したいという思いもあった。
「ピ? ピピピ?」
街中を歩いていると、カロが懐の中で鳴き声を上げる。
このような状況で、アランが一人で街中に歩くというのは危険じゃないのか。
そう告げるカロだったが、アランはそんな懐の中のカロを撫でながら口を開く。
「何かあったら、すぐにでも逃げるから気にするな。それに……俺もその辺の奴にそう簡単にやられるとは思わないしな」
雲海の中では実力の低いアランだったが、それでも一般人に比べれば高い実力を持つ。
そもそも、探索者というのは普通の人間よりも高い強さを持っているのだから、アランのこの考えは決して自分に対する過信といったものではなく、非常に素直なものだ。
……もっとも一般の者の中には、元探索者という者が含まれていたり、一般人であっても何故か妙に強い者がいたりと、アランの強さが必ずしも上という訳ではないのだが。
「ピ……」
カロはアランの言葉に一応納得したのか、少し大人しめではあるが鳴き声を上げる。
そんなカロを服の上から撫でつつ、アランザッカランの街中を歩く。
「人が……思ったよりも減ってないな」
それが、街中を見たアランの正直な一言だった。
てっきりもっと人が減り、それでいてこれからガリンダミア帝国軍が襲ってくるということを恐れ、騒いでいるような者がいる。
そんな予想をしていたのだが、こうして街中を歩いてみる限りでは、そう変わらないように思える。
実際には、そのように騒ぐ者の大半はすでにザッカランから出て行っているので、騒ぐ者が少なくなっているというのが、正しいのだが。
その辺りの事情について詳しくないアランは、以前に比べれば人は少なくなっているが、それでも普通の営みを続けている街中を見回し、笑みを浮かべる。
もちろん、実際にはザッカランから多くの人が出て行ってるので、人数は減っている。
そのように見えないのは、単純にここが大通りだからだ。
脇の道に逸れれば、それこそ明らかに人数が減っているのが分かるだろう。
「もう少し様子を見てみるか。何か妙なことを企んでる奴がいないとも限らないそ」
この前起こった騒動……いわゆるデモの類は、間違いなくザッカランと繋がっている手の者の仕業だというのは、アランにも容易に予想出来た。
だが同時に、何のためにそのようなことをしたのかという疑問があるのも間違いない。
あのようなデモで、まさか本当に自分たちがザッカランから出て行くと思っている……などということはないだろう。
つまり、デモの裏で何かが起こっていたはずなのだ。
その何かが、アランには分からない。
「イルゼンさんなら、もしかしたら分かってるのかもしれないけど……今回は、いつにも増して慎重になってるしな」
その理由については、アランも理解出来る。
いつもなら戦う前にほぼ全ての情報を手に入れることが出来るイルゼンだったが、今回に限ってはその情報を入手出来ていないのだ。
そうである以上、イルゼンが普段よりも慎重になるのは確実だった。
アランとしては、正直なところイルゼンよりも情報の取り扱いに長けている者がいるというのが、正直信じられなかったが。
「ピ!」
アランの独り言を聞き、懐の中のカロが元気を出すように鳴き声を上げる。
……そんなカロの気持ちは嬉しかったが……
「ん? なぁ、今何か声がしなかったか?」
すれ違った男が隣にいる男に話している声を聞き、その場を足早に立ち去る。
カロが……アランの持つ心核が自我を持っているというのは、それこそ最重要機密の一つだ。
そのような心核が他に知られていない以上、それも当然だろう。
アランは服の上からカロを軽く叩き、足早に歩く。……自分を見ている視線に気が付かないままに。




