0174話
アランがイルゼンたちに偵察の結果を話している頃……ザッカランのとある場所にある建物では、数人の男たちが集まり、険しい表情を浮かべて話をしていた。
「畜生、ドットリオン王国の連中が好き勝手しやがって……今度は貴族を捕らえてきただと? ガリンダミア帝国で好き勝手に動いてやがるのは気に入らねえな」
一人の男がそう言いながら、エールの入ったコップをテーブルに叩きつける。
素面ではやっていられず、酔っ払わなければどうしようもないと、そう思っているのだろう。
それは他の面々も同様で、苛立ちも露わにそれぞれがエールを飲む。
とはいえ、酔っ払っているとはいえ、何も考えられないほどに酔っている訳ではない。
「けど、今は仕方がないだろう。連中は強力だ」
「そうだな。実際、ザッカランも呆気なく占領されたし」
憎々しげにしながらも、ドットリオン王国軍――雲海や黄金の薔薇含む――が強力だというのは、認めざるをえなかった
実際、ザッカラン防衛戦においては、ほんの少数の心核使いによって負けてしまったのだから。
……ザッカラン側にも、心核使いがいたにもかかわらず。
それだけ、ゼオンの力は強力なものだった。
「それに……大樹の遺跡を攻略したんだから、心核使い以外にも高い能力を持ってるのは間違いない」
「……大樹の遺跡を攻略したことで、新たな心核使いも生まれたしな」
最近起きる出来事は、その全てが自分たちにとって不利に働くものだ。
それが分かっているだけに、男たちの気持ちはとてもではないが愉快にはなれない。
「くそっ、これで本当にザッカランをガリンダミア帝国の手に取り戻せるのか?」
「大丈夫な筈だ。ガリンダミア帝国だって、このザッカランをドットリオン王国軍程度の連中に占領されたままだと、面子にかかわるからな。それこそ、他の場所から戦力を引き抜いてでも、何とかするはずだ」
「……はっ、本当のガリンダミア帝国軍の姿を見たら、ドットリオン王国軍の連中は自分たちに勝ち目がないって知って、すぐに逃げ出すかもな」
「なるほど。それはちょっと困るな。出来れば、ドットリオン王国軍の連中が逃げ出さないように、ガリンダミア帝国軍の戦力を過小評価して報告する必要があるか」
「それはいい。……いや、よくはないけど、面白くなりそうではあるな」
テーブルの上にある野菜を炒めた料理を摘まみながら、男たちは笑い声を上げる。
本来なら、酒と一緒に食べるのなら干し肉やチーズといったものを用意したいところだったのだが、それが野菜になったのは……純粋に野菜が安いからだろう。
大樹の遺跡がすぐ近くにあるザッカランにおいて、一階部分で採れる野菜は街中で大量に出回っている。
何しろ、一階部分では危険が少ない――あくまでも地下に比べてだが――だけに、探索者になったばかりの者であっても容易に収穫出来るのだ。
それどころか、場合によってはすでに探索者を引退したような者たちが、今日の食材や少し小遣い稼ぎをといった具合に大樹の遺跡に向かうことも珍しくはない。
……そのくらいなら、野菜の値段もそこまで落ちるようなことはなかったのだろうが、現在は雲海と黄金の薔薇が大樹の遺跡を攻略したということで、多くの者がザッカランに集まっている。
そんな者たちが収穫してきた野菜の類を売ることで、ザッカランでは野菜の値崩れ……とまで大袈裟ではないが、それでも普段に比べると安く野菜を購入することが出来ていた。
結果として、金に余裕のない者たちは野菜を主に食べることになる。
この家に集まっている者たちも、分類的にはそちらの方だった。
実際には金に余裕がない訳ではない。
だが、いざというときのことを考えると、どうしてもある程度は資金的に余裕を持たせておく必要があったのだ。
「あの連中のことは、取りあえず置いておけ。これ以上話していても、余計に苛立つだけだ。今は、俺たちが行ってきた仕事の結果を話すべきだろう」
エールを味わいつつそう告げる男のその言葉を皮切りに、別の男が口を開く。
「俺の方は順調に賛同者を増やしてるぞ。やっぱり、ドットリオン王国軍にザッカランを支配されているのを面白く思っていない奴は多いな」
「だろうよ。ドットリオン王国なんて、いつもは俺たちの顔色を窺ってる連中じゃねえか。大人しく命令を聞いてればいいものを」
「問題なのは、結局のところドットリオン王国軍じゃなくて、探索者なんだよな。特に雲海と黄金の薔薇だ。……大樹の遺跡を攻略するような腕利きがいるのは、面白くない」
そう告げる男たちだが、実際にはドットリオン王国軍は決して弱い訳ではない。
アランの操るゼオンと比べてしまうから、どうしても評価が厳しくなってしまうのだが、その実力は一級品だ。
この辺りは、やはり今まではずっと自分たちが一方的に侵略する側であったからこそ、ドットリオン王国が下の存在だと、そう思っているのだろう。
「こっちはちょっと問題があるな。商人の多くはドットリオン王国軍に対して好意的だ。……何しろ、大樹の遺跡の攻略が広まって人が集まってきても、税金の類を上げたりはしなかったからな。それどころか、以前よりも税金が安くなるという噂がある」
ザッカランは新しく占領した場所だけに、様々な商品の流通は可能な限り多い方が、ドットリオン王国軍としては助かる。
本来ならドットリオン王国軍が占領したばかりということで、商人が避けてもおかしくはない。
だが、大樹の遺跡を攻略したとなれば、商人にとっては稼ぎ時だ。
多少の危険があると分かっていても、確実に稼げるのなら、商人はそこに出向く。
商人たちもガリンダミア帝国の人間ではあるのだが、それ以前に商人なのだ。
また、ザッカランを支配してりるドットリオン王国軍は、税金を安くするという噂も流しているので、それが余計に商人たちにとっては魅力的だった。
結果として、上手くいかないと言っていた男が口にしたように商人に対する工作は成功する見込みが小さくなってしまう。
商人の力というのは、非常に大きい。
それだけに、商人たちの懐柔が上手くいっていないというのは、男たちにとっても痛い出来事なのは間違いなかった。
「このままドットリオン王国軍に協力していれば、ザッカランを取り返したときにガリンダミア帝国軍に目を付けられる……と、いうのはどうだ?」
「なるほど。今現在の状況で欲を掻けば、あとになってそれを後悔することになると、そういうことか」
「悪くはないと思う。だが……相手は商人だぞ? それこそ、その情報が広まったらザッカランが占領される前に稼げるだけ稼いで、実際にガリンダミア帝国軍がやって来たら逃げ出すといったような真似をする可能性もある」
「それでも戦いの中でここにいられるよりはいいんじゃないか? 戦いの最中に商人が色々と売ったりすると、それはザッカランの……いや、ドラット王国の利益になるし」
そんな会話をしつつ、男たちはいつかザッカランが正当な所有者の下に戻り、自分たちはドットリオン王国などという格下の国ではなく、ガリンダミア帝国に所属する城塞都市として生活出来ることを望むのだった。
「ふーむ、話を聞いた感じだと、その貴族は完全に捨て駒として使われていたみたいですね。そうなると、何か重要な情報を持っているという可能性はかなり少ないでしょうね」
アランから事情を聞いたイルゼンの言葉に、それを聞いていた者たちは全員やっぱりなといった様子を浮かべる。
報告をしたアランも、その辺については予想していたので納得せざるをえない。
納得しながらも、やっぱりかといったように若干落ち込んだ様子を見せると、そんなアランを励ますように雲海の探索者の一人が口を開く。
「イルゼンさんが言う通り、その貴族がガリンダミア帝国軍についての情報を持ってるとは思えない。けど、貴族なんだろ? だとすれば、別にガリンダミア帝国軍についてじゃなくても、何か別の……そう、例えばガリンダミア帝国そのものについて情報を持ってる可能性はあるんじゃないか?」
「それはあるかもな。もっとも、アランから聞いた話だと典型的な駄目貴族なんだろ? そういう奴がガリンダミア帝国そのものについても、そこまで詳しい事情を知ってるとは思えないけど」
「……そもそも、ガリンダミア帝国軍が攻めて来ても、アランやレオノーラがいれば、呆気なく倒せると思うんだけど」
その言葉に、皆が思わずといった様子で納得の表情を浮かべる。
元々、心核使いというのは一人いれば戦局を引っ繰り返すことも容易だ。
そんな心核使いが、雲海と黄金の薔薇には多数いる。
それを思えば、アランとレオノーラの二人以外の心核使いでも、ガリンダミア帝国軍に対処することは不可能ではない。
それが、大方の者たちの意見だった。
だが……それに待ったをかけるのはイルゼン。
「そう簡単にはいかないでしょうね。向こうも、こちらの戦力は分かっているはずです。その上でザッカランに攻めてくるのなら……当然その対処は出来ていると考えた方がいいでしょう」
「でも、それは今までも同じだったでしょう?」
探索者の一人がそう告げる。
ラリアントの領主を巻き込んでの戦いや、ラリアント防衛戦。
そのどちらもが、アランのゼオンに対抗するための何かが用意されていた。
だが、アランの操縦するゼオンは、その何かを次々と破ってきた。
そう思えば、その言葉にも強い説得力はある。
あるのだが、それでもガリンダミア帝国軍ともあろうものが、同じ失敗を繰り返すとは、イルゼンには思えない。
「それでもです。向こうが何を企んでいるのかは分かりませんが、それでも何かあったときにはしっかと対処出来るように準備をしておく必要はあるでしょう」
そう告げてくるイルゼンの言葉には、誰もが納得するしかない。
その辺にいる者が言ってるのならともかく、イルゼンが言ってるのだ。
それに対して、真剣になるなという方が無理だろう。
そうして、その場にいる全員は真面目に話し合いを行うのだった。




