0171話
「止まれ!」
約束の場所……本陣があると聞かされている場所に向かっていた貴族の生き残りたちは、突然そんな声をかけられて足を止める。
いや、それだけではなく、自分たちに向かって命令するように言ってきた相手を睨み付ける。
「貴様! 私が誰なのか……どのような身分なのかを知ってのことか!」
部隊を率いていた中で一番爵位の高い家の出身であるダラスターが、苛立ちも露わに叫ぶ。
だが、止まれと命令をした兵士は、そんなダラスターの怒りに満ちた表情を見ても特に気にした様子もなく言葉を続ける。
「お前たちの任務は、ザッカランにガリンダミア帝国軍が行動に出たというのを見せつけるというものだったはずだ。なのに、戻ってくるのが随分と早いようだが?」
「貴様……」
自分の言葉を全く気にした様子を見せない兵士に、ダラスターはさらに何か言おうとする。
だが、一瞬……そう、本当に一瞬その兵士の視線を見た瞬間、我知らず後ろに下がってしまう。
自分が気圧された。
本人はそう理解しているのかどうか話からなかったが、それでも渋々といった様子で口を開く。
「ザッカランに向かう途中で、強大な敵と遭遇した。奮戦したものの敵は強く、やむを得ず撤退することにしたのだ。さぁ、これでいいだろう。さっさと私を通せ!」
ダラスターの言葉は決して間違っている訳ではなかったが、正しい訳でもない。
ゼオンという強大な敵と遭遇したのは事実だが、ビームライフルの攻撃を受けて仲間を殺され、すぐに撤退したのだ。
そこに奮戦という言葉は、どうやっても相応しくはない。
……もっとも、ダラスターにしてみればそんなことは関係ないのだが。
自分が奮戦したといえば、それは間違いなく奮戦したということになるのだから。
「ダラスター様、少し……おかしくないですか?」
と、そんなダラスターに後ろから小さく声をかける相手がいた。
兵士が難しい顔をした何か考えている様子を見つつ、一体何がだ? とその相手に尋ねる。
その貴族は兵士に聞こえないようにしながら、言葉を続ける。
「ここがザッカランを奪還するための本陣な割には……人の数が少なくないですか?」
「何?」
ダラスターは改めて周囲を見回す。
兵士がいるので、本陣の奥の方までを見ることは出来ない。
だが、確かに言われて見れば、ザッカランを奪還するための本陣としてはかなり人数が少ないように思えた。
(これは、一体どうなっている? 何故ここまで数が……)
ザッカランを占領されたというのは、ガリンダミア帝国にとっては恥でしかない。
そして強大な戦力が待っている以上、それに対処するためにはガリンダミア帝国軍側の戦力も相応のものを用意する必要があった。
だが……本陣と聞かされていたこの場所に集まっている戦力は、とてもではないがそれだけのものとは思えない。
これは一体どういうことだ?
そんな疑問がダラスターの中に芽生え……やがて一つの考えに思い当たり、不愉快そうに眉を顰める。
「おい」
「何だ?」
兵士のぶっきらぼうな言葉も、ダラスターの想像を肯定しているように思える。
そんな兵士の様子に、ダラスターではなく他の面々も何かを言おうとした。
だが、ダラスターはそれを手で制し、口を開く。
「ここが本陣というのは……嘘だな?」
「ほう」
兵士は少しだけ驚いた様子を見せる。
まさか、ダラスターがそれに気が付くとは思っていなかったからだ。
そんな兵士の態度に、ダラスターの仲間たちは何か言おうとしたが、ダラスターは再度それを制止してから、口を開く。
「それで、一体何のつもりでこのような真似をしたのだ? まさか、ただのお遊び……などとは言わないだろうな?」
「当然ですよ。ですが、貴方たちに本当の本陣の場所を教えたりすれば、それは敵にこちらの情報を与えることになりますからね」
そう言い、兵士は空を見る。
その動作に、ダラスターたちも釣られるように上を見る。
だが、空には特に何かがある訳ではない。
空と雲と太陽、そして鳥……らしきものが飛んでいるくらいだ。
「急に空を見てどうした?」
はぁ、と。
そんな暢気なダラスターの言葉に、兵士はこれみよがしに溜息を吐く。
たった今、上を見たばかりなのに、何故それが分からないのかと。
兵士の態度は貴族たちの限界を超えるには十分なものだった。
「貴様ぁっ!」
貴族の一人が、腰の鞘から長剣を抜く。
……いや、それは長剣ではあっても、長剣ではない。
武器であるというのに、必要以上に飾り立てられ長剣は、見て鑑賞するにはいいのかもしれないが、武器としては明らかに失格だった。
今までずっと誰にも叱られることがなかっただけに、世の中は大抵のことが自分の思い通りになると、そう信じている。
そんな貴族だけに、兵士の態度は目に余るという言葉では言い表せないようなものだった。
当然のように、そんな貴族は一人ではない。
他にも何人かが兵士の態度に苛立ち……中にはゼオンのビームライフルによる攻撃を受けたときに、武器を失ってしまった者ですら兵士を睨み付けていた。
そんな中で、ダラスターが一番冷静だったのは……ある意味で皮肉ではあったのだろう。
ここで暴れるようなことになれば、面倒なことになる。そう思って仲間の面々を止めようとするが、それよりも前に兵士が口を開く。
「もっとしっかり空を見て下さい。……あそこ、何が飛んでいるのか見えませんか?」
そう兵士が指さした先にいたのは、先程もいた鳥のようなもの。
だからこそ、貴族の一人は嘲笑と共に口を開く。
「鳥だろう? お前はそれくらいも分からないのか?」
はぁ、と。
兵士の口から再度出る溜息。
それは当然のように貴族たちを刺激するが、兵士はそんな貴族たちを全く恐れる様子もなく、口を開く。
「あれは鳥ではないですよ」
「鳥ではない? では、何だと?」
「……本当に分からないのですか? 貴方たちも見た筈でしょう? 恐らく奴と遭遇したから、こうして逃げてきたのではないですか?」
『っ!?』
兵士の言葉に、貴族たちは……それこそ嘲笑を浮かべていた貴族も、ダラスターも含めて全員が上空を見る。
視線の先にいるのは、鳥らしきもの。
だが、兵士の言葉を聞けば、それが鳥ではないということは明らかだった。
それこそ、貴族たる自分たちに対して、本来ならありえないような一方的な虐殺を行った存在。
「あれが……あれが、私たちに攻撃した、あのゴーレムだというのか!」
そのゴーレムの存在そのものについては、貴族たちも当然のように知っていた。
知ってはいたが、相手は探索者風情。貴族の自分たちが声をかければ、大人しく従うだろうと思っていた。
……それがただの妄想でしかなかったことは、それこぞ現在のダラスターたちの状況が示してしたが。
「そうですよ。そして……だからこそ、貴方たちに本陣のある場所を教えなかった理由でもあります」
貴族たちに対し、いっそ冷徹と言ってもいいような言葉を口にする兵士。
そんな兵士の言葉は当然面白くなく……貴族の一人がふと気が付く。
「待て。今の言葉……もしかして私たちを餌にしたのか!?」
本陣のある場所を教えず、さらには敵にどのような存在がいるのかも教えずに送り出す。
それは、餌にするために送り出したとしか思えない。
そう理解したからこそ、叫んだ貴族も……そして、周囲で話を聞いていた貴族たちも、苛立ち……いや、強烈な怒りの視線を兵士に向ける。
自分たちは貴族だ。それも子爵や男爵といった爵位の低い貴族ではない。
そんな自分たちを餌に使い、さらには目の前の兵士のような貴族でも何でもない男が、自分たちに向かってこのような口を利く。
これはどう考えても許せることではない。
苛立ちのまま、先程抜いた武器を振るおうとし……だが、その機先を制するかのように、兵士が口を開く。
「いいのですか? 上にあのゴーレムがいて、こちらの様子を窺っているというのに、このような真似をして」
普通に考えれば、ここまで貴族たちを追跡してきたのだから、攻撃をする隙を窺っていた……などということはないだろう。
それでも兵士の言葉に反応してしまったのは、ゼオンのビームライフルをその身で味わってしまっていたからか。
ともあれ、ゼオンの恐怖を知っているために、ダラスターたちは上空にいるのがゼオンだと言われると、それに対してどうすればいいのか分からなくなる。
……実際には、アランはゼオンのコックピットの中で地上の様子を見ているだけで、次の動きがないのかと、考えているだけなのだが。
「貴様! 覚えておけ!」
ダラスターはそう叫ぶと、足早にこの場を去る。
ここから去ったとはいえ、向かうべき場所はないのだが。
それでも、上空にゼオンがいるという状況を考えると、少しでも早くここから立ち去った方がいいと、そう考えるのは当然だった。
最初は歩いていたものの、時間が経つに連れて上空にゼオンがいるというのは強烈なプレッシャーになり、強い恐怖を感じ……歩くのではなく、走り出す。
本来なら、ダラスターたちは好き勝手に生きてきた影響もあり、そこまで身体を鍛えてはいない。
そのような状況であっても走り続けることが出来たのは、単純にゼオンという存在がもたらした、圧倒的な恐怖によるものだろう。
そうして走り去ったダラスターたちを見送ると、兵士は馬鹿にするような笑みを浮かべる。
もちろん、兵士もゼオンについては恐怖を抱いている。
だが、同時にゼオンのパイロットがそれなりに――少なくてもダラスターたちよりは――頭が回るというのも知っていた。
もしここが本拠地でであれば、ゼオンは攻撃してきたかもしれない。
だが、ここが本拠地ではない以上、自分よりもダラスターの方を追うだろうと。
そう予想しているからこそ、安心出来るのだ。
……もっとも、場合によっては攻撃してくる可能性もあるのだから、心の底から安心出来る訳ではないのだが。
「さて……あとは、向こうをどれだけ騙せるかだな。上手くいけば、こっちがかなり有利になるが……どうだろうな」
せいぜい、囮として頑張ってくれ。
そう思いながら、兵士は遠くに去っていくダラスターたちの背中を見送るのだった。