0170話
商人が襲われていた一件を取りあえず解決したアランは、現在まだゼオンで空を飛びながら、ガリンダミア帝国軍の姿がないのかを偵察していた。
ガリンダミア帝国軍の姿を見つけられれば、自分にとっては……そして雲海や黄金の薔薇、さらにはザッカランにとっても大きな利益になるだろうと。
もちろん、ザッカランにいる者たちにとっては、ガリンダミア帝国軍がゼオンによって見つかるというのは、最悪の展開でしかないのだが。
ガリンダミア帝国軍と内通している者……そこまでいかなくても、自分たちよりも下の存在とみなしているドットリオン王国の者にザッカランが占領されているのを許容出来ない者にしてみれば、ゼオンによる偵察というのは決して嬉しい話ではない。
何よりも、空を飛べるということで偵察の効率が一気に上がるというのは、そのような者たちにとっても非常に面白くないことだった。
「取りあえず、ガリンダミア帝国軍の連中を見つけることが出来ればいいんだけど……それはちょっと難しいか? 今まで全く見つかっていないしな」
はぁ、と。
少しだけ残念そうに呟きながら、それでもアランは諦めるようなことはなく周囲の様子を確認していく。
出来れば早く見つけたいと、そんな思いを抱きつつ。
そして……
「嘘だろ」
映像モニタに表示された光景を見て、アランの口からは驚きの籠もった声が漏れる。
当然だろう。ガリンダミア帝国軍の偵察をするようにとイルゼンに言われ、実際にそのつもりだったのは間違いないのだが、それでも多分見つけることは出来ないだろうと、そう思っていたのだ。
だというのに、現在ゼオンの映像モニタに表示されているのは、間違いなくガリンダミア帝国軍だった。
偵察隊か先遣隊といった数なのか、人数はそれほど多くはない。
それこそ、全部で三十人いるかどうかといったところだろう。
だというのに、堂々とガリンダミア帝国の国旗を掲げて移動しているのを見れば、それは間違いなくガリンダミア帝国軍だった。
あるいは、もしかしたらどこかの傭兵や冒険者が何らかの理由があってガリンダミア帝国の国旗を掲げているという可能性もあったが、ザッカランがドットリオン王国軍に占領された今の状況でそのような真似をしてザッカランに向かって進んでいるのを見れば、敵と認識されてもおかしくはない。
それこそ、今の時点で攻撃されても、文句は言えないだろう。
「にしたって……それでも、ここまであからさまな真似をするか?」
アランの認識で考えれば、先遣隊はともかく偵察隊ともなれば自分たちの存在を可能な限り隠しているというものだった。
先遣隊の場合は、また話は別だが。
少なくても、こうして堂々と正面からやって来るというのは……と、そこまで考えたアランは、ふと気が付く。
「もしかして、かなりの実力者……心核使いがいたりするのか?」
心核使いというのは、変身するモンスターにもよるが、一人で戦局を引っ繰り返すといったようなことが出来る。
それだけに、少人数の部隊の中でも心核使いが一人混ざっているだけで、それは十分以上に危険な存在となるのだ。
もし現在ゼオンの映像モニタに表示されているのが、心核使いの混ざっている部隊だった場合……迂闊な真似をすれば、痛い目に遭うのは自分かもしれない。
少しだけそんな風に思ったが、ゼオンは空を飛んでいるのだ。
敵の攻撃がそう簡単に命中するとは思えない。
ならば、イルゼンから言われたように、敵の半数ほどをここで倒しておくべきだろう。
そう判断し、アランは高度を上げる。
このままの高度で近付いてもいいのだが、そうした場合、どうしても見つかる可能性が高い。
高度を高く取って、上空から奇襲をしてビームライフルを撃つ……というのが、この場合は最善だった。
もっとも、イルゼンから言われた通り、全滅させる気はないのだが。
倒すのは……殺すのは、半分ほど。
それ以外の敵は、逃す必要があった。
「悪く思うなよ。……そんなに分かりやすい様子をしているのが、自業自得だ」
自分の言い聞かせるようにしながら、上空から地上に向けて狙いを付け……ビームライフルのトリガーを引く。
轟っ、と。
撃った瞬間には地面に着弾し、爆発を起こす。
間違いなく今の攻撃で結構な数の相手が死んだのだろうが、アランは冷静に……いっそ冷酷とすら言ってもいいような様子で、二射目のトリガーを引く。
再び地上で起きる爆発。
その二度のビームライフルによる攻撃で、敵は半壊状態になっていた。
「心核使いは……え? あれ? 本気でいないのか?」
戦力が半壊した敵は、反撃をする様子もなく一目散に逃げ出す。
それこそ、アランを誘き寄せるための罠なのでは? と思ってしまうくらいに。
もしくは、心核使いがいても空を飛んでいるゼオンに対しては攻撃を当てることが出来ないと判断したのか。
その理由は完全に分からなかったが、ともあれ十人くらいにまで減った敵が逃げ出したのは間違いない。
「いや、本当に……これはどうしたらいいんだ? 取りあえず追えばいいのか、それともこれでザッカランに戻ってもいいのか。……本当に、何をしに来たんだろうな」
疑問を口にしつつ、地上の映像が映し出された映像モニタを見る。
そうして少し考え……少し様子を見ようと、今までよりもさらに高度を上げ、地上から見つかりにくいようにしながら、逃げていく連中を追う。
「さて、出来れば敵の本陣にまで案内してくれるといいけど……そこまで馬鹿な真似はしないか」
ゼオンが上空から追っているというのは、地上を逃げている者たちは分からないだろう。
何しろ、ビームライフルの攻撃を受けた瞬間に逃げ出したのだから。
正直なところ、アランとしてはガリンダミア帝国の国旗を捨てていったのは別に構わないのか? と、そう思わないでもない。
国旗というのは、国の顔だ。
だというのに、その顔を地面に放り投げ、全力疾走して逃げ出したのだ。
あとでそれが知られたら、逃げている者たちは叱責を受けるのではないか。
アランが心配するようなことではないのだが、それでもそんな疑問を抱いてしまう。
下手をすれば、叱責どころではなく処刑されてもおかしくないのでは……と。
「まぁ、向こうだってその辺は理解した上で国旗を掲げて行動してたんだろうし。……結局、何の為にそんな真似をしたのかは、全く分からなかったけど」
最初はゼオンを……いや、ゼオンに限らずザッカランに存在する戦力を誘き寄せるために、わざと見つかりやすくして動いているのかと思った。
だが、実際には心核使いがいるでもなく、それこそ攻撃を受けたら即座に逃げていったのを思えば、それに対して疑問を抱くなという方が無理だった。
「取りあえず敵は見つけたし、イルゼンさんからの要望通りに全滅はさせないようにもした。そうなると、あとはあの敵がどこに向かうかを確認したら、ザッカランに戻ってもいいか」
そう判断し、地上を逃げる敵に見つからないようにしながら、追跡するのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
自分たちが上空から追跡されているとは思ってもいない男たちは、必死になって走っていた。
その表情に浮かんでいるのは、必死な色。
まさか、自分たちが敵に襲われるとは、思っていなかったのだ。
……いや、正確には敵に遭遇するかもしれないというのは理解していた。
だが、ガリンダミア帝国の国旗を掲げている、高貴なる存在たる貴族の自分たちを前にすれば、何も言わずとも敵は降伏すると、そう思っていたのだ。
もし現在上空にいるアランがそれを知れば、呆れるだろう。
あるいはその傲慢さに苛立ち、イルゼンからの要望も忘れて攻撃をするか。
「ひぃ、ひぃ、ひぃ……ま、待って下さいダラスター様!」
背後からそんな泣き言が聞こえてくるが、ダラスターと呼ばれた人物……この部隊を率いていた男は、声をかけてきた相手の言葉を無視して走り続ける。
一刻も早く先程の場所から逃げなければ、命の危機になると、そう判断したのだ。
実際にはアランは追撃を行うつもりはなかったのだが、それはあくまでもアランにしか分からないことだ。
貴族として生まれ、何不自由なく育ってきたダラスター……それ以外にも貴族の次男や三男、四男といった者たちが集まっているこの部隊の者にしてみれば、戦場で自分たちが狙われるというのは完全に予想外だったのだろう。
それこそ、自分たちが近付けばそれだけで、ザッカランは降伏すると思っていた者もいる。
……そのような性格の者を集めた部隊だからこそ、意図的に餌として出撃させられたのだが、今まで我が儘一杯に育ってきた者たちにしてみれば、この行為は完全に予想外のものだった。
それが分からないからこそ、現在のような状況になっているのだろうが。
「くそっ! 覚えてろ! 私にこのような真似をして……あとで絶対に後悔させてやる!」
「貴族に対する礼儀ってものを知らないんだよ! 常識だろ、それくらいは!」
「許せん……ロラナルはいい奴だったのに……死体も残らないなんてのは、あんまりだろ」
ゼオンからの追撃がないことに安心したのか、逃げていた生き残りたちはそんな言葉をそれぞれ口にする。
大半がいきなり攻撃をしてきた敵に対する恨みの声だったが……その中に恐怖の色がないのは、完全に自分たちは逃げ切ったと、そう判断しているからか。
もしここで空高く飛んでいるゼオンがビームライフルなり何なりの攻撃を行ったりすれば、それこそ一発で逃げている者たちは絶望するだろう。
……あるいは絶望する以前に、気が付かないままに消滅してしまうか。
その辺りについても全く気が付いた様子がなく、ただひたすら逃げ続けているのは……詰めが甘いといった言葉ですら言い表せないような、そんな様子だ。
それどころか、運動不足で息が切れたのか、走るのも止めて今は歩いている。
先程のことをもう忘れたのかと、ゼオンでその様子を見ていたアランは呆れた様子で呟き……だが、当然のことながら、それが歩いている面々に聞こえるはずもなかった。




