0164話
アランとレオノーラがデート――そう言えば本人たちは否定するだろうが――をしてから数日。
アランの姿は、大樹の遺跡にあった。
とはいえ、地上一階部分にだったが。
地下八階以降の、アランたち以外にとっては未踏破だった砂漠のある場所は、何だかんだとまだ多くの者が到達してはいない。
……それは、少数ではあるが地下八階に到達した者がいるということでもあるのだが。
大樹の遺跡が攻略されたということで、さらには地下二十階に存在する大樹の素材が売りに出されたことで多くの探索者がザッカランに集まってきていたが、それはまさに玉石混淆といった感じだった。
玉は地下八階に到達したような探索者たちだし、石は数日前にアランとレオノーラが遭遇した酔っ払った探索者といったところか。
もっとも、その探索者であっても素面ではアランよりも強いのは間違いないのだが。
「アランさん、この野菜は採っても大丈夫ですか?」
アランとそう年齢の変わらない……それこそ、探索者になったばかりといった男が、目の前に生えている植物を見ながら、そう尋ねる。
とはいえ、実際にはアランは物心がついたときから雲海の探索者として活動してきたので、探索者歴として考えればかなり長いのだが。
それに比べると、アランに尋ねてきた男の方は正真正銘探索者になったばかりなのは間違いなかった。
「ああ。その野菜はそこまで高くはないけど、それでも色んな料理に使われるから、基本的に買い取りされないということはない。採れるだけ採っていった方がいい」
男の手にしている野菜は、イメージ的にはタマネギのような野菜だ。
アランが口にしたように色々な料理に使うことが出来るうえ、それなりに日持ちもする野菜だ。
自分たちで使ってもいいし、ギルドで売ってもいいし、自分で直接どこかの店に持っていって売ってもいい。
そんな便利な野菜なのは、間違いなかった。
「そうなんですか。いや、アランさんを雇うことが出来てよかったです。でないと、その辺についても分からなかったでしょうし」
それは正直どうなんだ? と、そうアランも思わないことはない。
いくら探索者になったばかりだとしても、やはり普段から使う野菜についてくらいは知っていて当然だろうと、そんな意識がアランにはあった。
そもそも、自分が生活する上で料理とかをする必要もあるのだし。
……そう思うのは、あくまでもアランだからだろう。
小さい頃から雲海で行動していたアランは、当然のように料理の類もそれなりにやる。
あくまでもそれなりであって、極上の料理を作れるといったようなことではないのだが。
男が手にしている野菜を使って料理をすることも、珍しくはない。
「アーランだっけ? お前は自分で料理をしたりしないのか?」
「え? あ、うーん。……やっぱり面倒ですし、外食のことが多いですね。それに仕事が終わったあとで自炊をするのは厳しいですし。金額的にも、ちょっと……」
そう言われれば、アランとしても納得出来てしまう。
アランの場合は、雲海というクランが存在する。
だからこそ、料理をするときは他の者たちのよりは早く仕事を終わったりといったようなことが出来た。
だが、それはあくまでもクランだからだ。
しかし、今回アランが護衛兼案内をしてるアーランのように、ソロの……それも探索者になったばかりの者にしてみれば、金がかかると分かっていても外食の方が時間の節約としてもいいのだろう。
また、外食をしていれば他の探索者と友好的な関係になることも多く、上手く行けばその相手とクランを組むことも可能になるかもしれない。
……何より、自炊というのはある程度の知識がある者がやれば節約になるが、その手の知識がない者が自炊をしようとすれば、それこそ外食以上に高額になってもおかしくはない。
アランも全てを自分でやるといったようなことになれば、何だかんだと高くなりそうな気がしていた。
「最初はどうしてもそうなるかもな。けど、探索者として活動していくのなら……いや、別に探索者じゃなくても、料理ってのは出来た方が色々と助かるぞ。遺跡に向かうのにも数日かかる場合があるし、遺跡の探索でも深い場所だと数日かかるのは珍しくないし」
そう告げるアランの口調は、どこか嬉しげな色がある。
雲海の中でアランは一番の末っ子のような状況にある。
能力的に決して高くはないのがその理由だ。
そんなアランにとって、自分が上の立場で人に教えることが出来るというのは、かなり珍しい体験なのだろう。
今回の仕事はイルゼンから勧められた仕事だったのだが、やってよかったとしみじみと思う。
……とはいえ、アランにとってこの仕事が本当に面白いものかと言われれば、微妙なところだが。
(ザッカランに近付いてるガリンダミア帝国軍の件……本当に今は俺が何もしなくてもいいのか? いやまぁ、俺に何が出来るかって言われれば、微妙なところだけど)
現在のアランが出来るとすれば、それこそゼオンに変身して城壁の修理や増築に使う資材を運ぶといったようなことや……もしくは、空を飛べるというのを利用して上空から周囲を偵察し、ガリンダミア帝国軍の存在を察知すること。
……もしくは、近付いてくるガリンダミア帝国軍を先制攻撃で一気に撃破することか。
(けど、それは止められてるんだよな。……俺が攻撃するのが一番手っ取り早いと思うんだけど。まぁ、イルゼンさんのことだから、間違いなく何かを企んでるんだろうけど)
ガリンダミア帝国軍を率いてるのが誰なのかというのは、アランにも分からない。
ただ、出来れば前回とは違う相手だといいというのが、正直なところだった。
何しろ、指揮官が有能だった関係でゼオンの奇襲は最初こそ効果を上げたものの、最終的には完全に無効化……とまではいかなかったが、それでも被害を押さえられるようになったのだ。
突然の襲撃でそのようなことだったのだから、前回と同じ指揮官がしっかりとゼオンの能力を知った今なら、間違いなくもっと有効な対処法を考えてきてもおかしくはない。
……だからこそ、アランも現在の自分が一体何を出来るのかと、そう疑問に思うのだが。
「アランさん、どうしました?」
「あ、いや。何でもない。……けど、この時期に、よくザッカランまで来るつもりになったな」
「何とかして、金を稼ぐ必要があったから。危険だというのは分かってるんですけどね」
少しだけ暗い表情で告げる男。
金が欲しいというその様子から、何らかの事情があるというのはアランにも理解は出来た。
だが、それについて深く追求する気はない。
今は依頼ということで男と一緒にいるアランだったが、この依頼が終わればその関係性は絶たれる。
であれば、ここで無理に関わる必要はないだろうと、そう判断したためだ。
これが雲海や黄金の薔薇の者たちであれば、アランもそのままには出来ず、話を聞くような真似はしていただろうが。
「そうか。なら、もう少し稼げる場所に行くか。ほら、こっちだ」
アランが出来るのは、そうやってもう少し高く買い取ってくれる野菜や果物のある場所を案内するだけだ。
とはいえ、そんなアランの態度は男にとっても嬉しいものだ。
男の方にもアランには全てを話せないが、色々と事情がある。
そうである以上、少しでも高く売れる野菜や果物の類は、是非知りたいところだったのだから。
「この果実は高く売れる。けど、皮に傷を与えると、それだけで味に影響が出るから、収穫するときもそうだけど、ザッカランまで持ち帰るときも慎重にする必要がある」
「それは……大変そうですね」
「だろうな。正直、かなり面倒な果実だ。ただ、だからこそ無傷でザッカランまで持っていけば、高く売れるんだよ」
地下にすら潜らない、地上の一階部分で誰でも収穫は出来る果実だ。
当然のように普通ならそんなに高くはないのだが、傷を付けると味が落ちるこの果実の場合は、取り扱いが面倒なこともあって、相応に高く売れる。
かなり神経質に扱わないといけないのだが、幸いアランを雇った探索者はその辺についての才能も相応にあるようで、問題なく果実を採取出来たらしい。
「これは……出来れば布とかに包んだ方がいいんですかね?」
「傷を付けないという意味では、そっちの方がいいかもしれないな。ただ、慎重に運ぶとなると、敵と戦うときには気をつける必要があるけど」
「それは……」
アランの指摘に、男は言葉に詰まる。
戦いのときに果実に気を遣いながら動くといった真似をした場合、ただでさえ探索者となったばかりの男にしてみれば、まともに戦えるかどうかと、そう思ってもおかしくはない。
「一人だと難しいから、ポーターの類を探してきた方がいいかもしれないな」
荷物持ちのポーターは、当然のように荷物を持つという行為においては高い技術を持つ。
素人、それに探索者や冒険者になったばかりの者にしてみれば、荷物を持つ技術? と馬鹿にする者もいる。
だが、中堅くらいの実力を持つ者になれば、ポーターの重要性を理解する者も多い。
実際、雲海や黄金の薔薇にも専門のポーターとして働いている者はいるのだから。
そのような者たちにしてみれば、傷を付けないように果実を持っていくというのは難しい話ではなかった。
「ポーターですか。そうですね。出来れば、もっと実力に自信がついたら雇いたいと思います。今はまず、自分の稼ぐ分だけで精一杯ですから」
「腕の立つポーターがいれば、この果実とかももっと大量に持って帰れるんだが?」
「ぐ……」
痛いところを突かれたといった様子で、男が呻く。
実際、ポーターがいれば多数の果実を持って帰ることが出来て、収入が増える可能性は高い。
……もっとも、その場合は腕のいいポーターを探す必要があったが。
ポーターに技術がある以上、当然のようにその技術には上手い下手がある。
だからこそ、しっかりとした技術を持つポーターを選ぶ必要があった。
そして、探索者になったばかりの男は、その目利きに自信がないのだった。