0162話
n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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アランとレオノーラの二人は、ザッカランの街中を歩いていた。
もちろん、普通に出歩いているのではなく一目で分からないように変装してだ。
……もっとも、変装しているのはレオノーラだけだったが。
アランの場合は一応先日行われたパレードにも参加していた。
参加していたのだが、圧倒的に目立つレオノーラの隣にアランがいたので、どうしてもアランよりレオノーラの方が目立っており、パレードに参加した者の記憶には残っているのは、レオノーラの方なのだ。
誰もが一切アランのことを覚えていないと言うわけではないのだが。
ともあれ、そんな理由もあって変装をするのは取りあえずレオノーラだけですんでいた。
「本当に分からないものなんだな」
変装をしたレオノーラを横目で見つつ、アランが呟く。
レオノーラは変装をしてはいるが、特にそこまで大袈裟に変装をしている訳ではない。
魔法を使って外見を変えたりといったようなことは、一切行われていない。
ただ、レオノーラの美貌同様に目立つ黄金の髪を周囲に見せないように帽子を被って、度なしの眼鏡を掛けているだけだ。
眼鏡の類は基本的にこの世界でも作るのは難しい。
それこそマジックアイテムとして遺跡から発掘したり、錬金術士、もしくは職人が手作業で作ったりといったように手間暇がかかっており、基本的には非常に高価な代物だ。
それを使っているのだから、レオノーラの変装した姿はその美貌とはまた別の意味で目立っていたのだが……それでも、取りあえずそれがレオノーラだということは知られていなかった。
「そうね。今までもこの変装が見破られたことはほとんどないから、多分そういうのは大丈夫だと思うわよ?」
アランの呟きが聞こえたのか、レオノーラは小さく笑みを浮かべながら、そう言ってくる。
一瞬その顔に目を奪われたのを誤魔化すように、アランは周囲の様子を見ながら口を開く。
「それにしても、今更だけど思ったよりも人の姿が減ってないな。俺たちが占領したというのもあるし、いずれガリンダミア帝国軍がザッカランを奪還するためにやって来るんだろうから、もっと人が減ってもいいと思うんだけど」
アランの言葉通り、ザッカランには当初占領したドットリオン王国軍が予想していたよりもかなり多くの人員が残っている。
とはいえ、いざというときに向こうに寝返るようなことを考えている者もいる可能性が高い以上、多くの者が残っているからといって喜んでばかりもいられないのだが。
戦いの中で妙な動きをされると、それで被害を受けるのはザッカランだから。
だからといって、まさか今の状況で危なさそうな相手を手当たり次第に捕らえるといった真似が出来るはずもない。
もしそのような真似をすれば、それこそザッカランの中が疑心暗鬼となるだろう。
「取りあえず、何か食うか? 懐に余裕はあるし」
「そうね」
アランの言葉に、レオノーラも異論はないと頷く。
大樹の遺跡を攻略し、大樹から採ってきた素材はかなりの高値で売れた。
それこそ、マジックアイテムの素材としては一級品……いや、それ以上に高価な代物だったことが、その理由だろう。
おかげで雲海と黄金の薔薇の面々は、現在かなり裕福だった。
屋台で適当に買い物をするくらいなら、全く問題はないくらいに。
それどころか、貴族が使ってるような店であっても、普通に利用出来るくらいに、アランの懐には余裕があった。
だが、アランとしてはいくら料理が美味くても、きちんとした服装……それこそスーツを着ていないと入れないような、ドレスコードのある店に行きたいとは思わない。
今もそうだし、日本で生きていたときもアランは庶民の出であり、そのような堅苦しい場所は好まない。
そんな訳で、取りあえずその辺にある屋台に寄る。
幸いにして、屋台の店主は変装しているレオノーラのことは分からなかったのか、特に騒動にもならずに野菜の串焼きを購入することに成功した。
大樹の遺跡が近くにあることもあり、ザッカランは野菜が豊富に売られている。
それこそ地上の一階部分でもある程度の野菜を採取出来るのだ。
その野菜はどれもが美味い。
……とはいえ、野菜は結局野菜でしかない。
アランとしては、やはり成長期ということもあって肉の方が食べたいのだが。
「あら、美味しいわね」
そんなアランとは裏腹に、レオノーラは野菜の串焼きを美味しく食べる。
元王女のレオノーラの味覚でも美味いと感じる野菜なのだから、大樹の遺跡で採取出来る野菜がかなりの美味さなのは間違いなかった。
「はっはっは。だろう? うちは採取の腕のいい奴から直接買い取ってるからな」
レオノーラの感想を聞いた店主は、嬉しそうに笑う。
自分の料理した野菜の串焼きを美味いと言ってくれるのだから、好意的に接するのも当然だろう。
「腕? 採取に腕のいい悪いが関係あるの?」
「あー……それは普通の野菜でもあるみたいだぞ」
日本で生きていた時、農家をやっている友人から聞いた話を思い出しながら、アランは告げる。
野菜を収穫するとき、急いでいるあまり乱暴に収穫した野菜と、植物にストレスを与えないように丁寧に収穫した野菜は、味が違ってくると。
とはいえ、そこまで露骨な差はないという話だったが、それでも味に差があるのは事実だ。
家が農家という訳ではなかったアランは、料理漫画染みた話にかなり驚いた記憶がある。
「そうなの? ……ふーん。それなら大樹の遺跡に行って野菜を採ってこようと思ったけど、止めた方がいいのかしら?」
「そうだな。今は遺跡にかなりの探索者が潜ってるから、素人なら止めた方がいいな」
店主の言葉に、アランとレオノーラは言葉に詰まる。
何故なら、現在の大樹の遺跡の状況を作ったのは、自分たちだったから。
大樹の遺跡を攻略し、それが公表され……さらには最下層に存在する大樹や、その大樹から採れる素材はかなり高額になる。
それを知った探索者たちの多くが、大樹の遺跡に挑んでいるのだ。
中には他の村や街から来た探索者もいるという話を、アランは聞いたことがあった。
ザッカランはドットリオン王国に現在占領されている関係上、ガリンダミア帝国の領土内である他の村や街から探索者がやって来るということは、基本的には有り得ない。
だが、大樹の遺跡の情報が伝わり、それで非常に儲かるとなれば、多少の無理をしようと考える者も当然のように出て来る。
これには、探索者が基本的に国家に所属している訳ではないということも、影響しているのだろう。
国からは独立した存在である以上、探索者にしてみれば大樹の遺跡のあるザッカランに来るのは問題がないと、そういう理屈だ。
……実際には国から独立した存在ではあっても、様々なしがらみから国に所属しているといったような者がいても、おかしくはないのだが。
何よりも、雲海と黄金の薔薇が大樹の遺跡を攻略したからといって、それで他の探索者が大樹の遺跡を攻略出来るかといえば、それはまた別の問題だ。
ザッカランでは到達した公式の報告がなかった地下八階以降の地図があったり、具体的にどのような場所だったりかというのは報告されているので、そういう意味では攻略がしやすいのだろうが。
長年地下八階に到着出来なかっただけに、そこから下の情報があっても、そもそも砂漠まで到達出来るかといった問題がある。
「初めて大樹の遺跡に来たような連中だけに、雲海と黄金の薔薇が攻略したみたいに、地下八階よりも下に行ける奴がいるとは、そうそう思えねえ。だとすれば、浅い場所で遊んでるだけだから、どうしても人が多く……」
「おい、今なんて言った!」
店主の言葉を遮るように、苛立ちが籠もった声が周囲に響く。
一体何だ? と、そんな思いと共にアランとレオノーラが視線を向けると。そこにはまだ午前中だというのに、酔っ払っている男の姿がある。
今までの店主との会話の内容から、アランにも目の前にいる男が一体どのような相手なのかというのは、想像出来た。
つまり、アランたちが大樹の遺跡を攻略したという話を聞いてザッカランにやって来はしたが、自分達の実力ではザッカランを攻略出来ない、そんな探索者だろうと。
そんなアランの思いを肯定するように、男は屋台の店主に向かって険悪な目つきで睨み付ける。
「俺たちが浅い場所で遊んでるだけだと? なら、お前たちは一体何をしているんだ? 俺たちがいるからこそ、そうやってのんびりと商売してられるんだろうが!」
「いや、別にお前のお陰で商売出来てる訳じゃないんだけど」
店主を庇うという訳ではないが、アランはそう告げる。
実際、目の前の男は屋台の店主が言っていたように、近隣の街や村からやって来た……自称探索者だと、そう思えたからだ。
とはいえ、自称であっても身体の大きさや筋肉の量はアランよりも明らかに上だったが。
そんな、明らかに自分よりも弱いと思われる相手に馬鹿にされたと判断した男は、絡む相手を屋台の店主からアランに変える。
「てめえ、いい度胸してるな?」
「だろ? 俺も自分でそう思う」
「……そうかい、そうかい。なら……こうなってもしょうがねえよなぁっ!」
その言葉と共に男の拳が振るわれる。
当然のように、狙いはアランの顔面。
仮にも探索者をやってるだけあってか、当たれば間違いなくアランに大きなダメージを与えるだろう速度の一撃。
だが……アランはそんな男の攻撃を、軽く身を屈めることで回避する。
このようなことが出来たのには、いくつかの理由がある。
まず、アランは毎日のように母親のリアと訓練を積んでいること。
素質そのものは平凡なものであっても、努力をすることにより相応の強さを得られるのは当然だった。
そして男が酔っ払っていたのも、そのアランが攻撃を回避出来た大きな理由だろう。
酔っ払って気が大きくなるのはともかく、純粋に戦闘力という点では酔いというのは致命的だ。
若干痛覚が鈍ってそれが有利になるときもあるが、基本的にはやはりマイナスでしかないのだ。
そんな有利な状況で相手の一撃を回避し、足を引っ掛け……
「あ」
男の行き先に変装したレオノーラの姿があったのを見て、アランは思わず呟き……それと同時に、レオノーラは男の脳を揺らすように顎先を掠めるような一撃を放つのだった。




