0016話
遺跡から強制的に転移させられたアランとレオノーラの二人は、雲海と黄金の薔薇の中でも主要な面々と一緒に自分たちが経験した出来事を話していた。
本来ならアランは雲海と、レオノーラは黄金の薔薇というように、自分の所属しているクランだけに事情を話してもよかったのだが、経験した出来事が色々な意味で異常だったこともあり、イルゼンの提案によって二つのクランが揃って話を聞くことになったのだ。
そうなれば、アランとレオノーラの二人がそれぞれ自分が分からなかったこと、気が付かなかったことをそれぞれに補完しあえるというのも大きい。
……もっとも、イルゼンとしてはその辺の事情もそうだったのだが、やはりアランとレオノーラが手を繋いでいたことでからかいたい思いがあった、というのも否定は出来ないのだが。
「そんな訳で、俺とレオノーラは心核を手に入れたあとで、何者かによって強制的に転移させられた訳だ」
語り終わったアランの言葉に、話を聞いていた者たちはそれぞれがそれぞれの表情を浮かべる。
納得、安堵、疑念、嫉妬、悲嘆。
その中でも、特に大きいのは憎悪……とまではいかないが、苛立ちの視線だろう。
視線を放つのは、黄金の薔薇の中でも特に若く、レオノーラを慕っている男たち。
この男たちにしてみれば、貴族の三男、四男、もしくは妾腹の生まれであったり、認知されていなかったり、本来なら実家に飼い殺しにされてもおかしくないところを、レオノーラによって黄金の薔薇に誘われ、救われたのだ。
それだけに、レオノーラに対する忠誠心は高い。
ましてや、レオノーラは絶世の美女という言葉が相応しいほどの美人で、身体付きも成熟した女らしい、年齢以上の豊かな曲線を描いている。
だからこそ、熱烈な信奉者とも呼ぶべき者も多く、そのような者達にしてみれば、どこの誰とも分からぬようなアランがレオノーラと一緒に手を繋いでいた……というのは、とてもではないが許容出来ない。
そのような状況であってもアランに直接不満を口にしないのは、アランのおかげでレオノーラが助かったという一面を認めてもいるからだろう。
「なるほどね。アラン君とレオノーラさんは、まるで導かれたように遺跡の奥に連れて行かれた訳だ。奇しくも、この遺跡に心核があったことは証明された訳だけど……色々と、疑問が残ることになったのも事実だね」
イルゼンが、いつもの飄々とした、そしてどこか不真面目な様子を消し、真剣な表情で呟く。
実際、イルゼンも探索者として長い間色々な遺跡に潜ってきてはいるのだが、それでも似たようなことを聞いた覚えはなかった。
いや、転移の罠が仕掛けられているというのはイルゼンも知ってはいるが、アランとレオノーラが体験したように、意図して侵入者を呼び寄せ、心核を……恐らく遺跡の中でも重要度の高いお宝を渡し、そして親切なことに遺跡の外まで転移で送るというのは、聞いたことがない。
「そうなると……さて、この遺跡だけが特別なのか、それともアラン君とレオノーラさんが一緒だったからどうなったのか……どう思う?」
「いや、俺に聞かれても……多分この遺跡が特別だったんじゃないかな、とは思いますけど。なぁ?」
そう尋ねられたレオノーラも、アランの言葉に異論はないと頷く。
「そうね。私とアランには特に何か繋がりがある訳でもないわ。そうなると、考えられるのは……やっぱり、この遺跡が特別だったってことでしょうね」
言っている内容は、アランもレオノーラもそう変わらない。
だが、レオノーラの言葉には、不思議と強い説得力があった。
少なくても、周囲で話を聞いている者たちの様子を見たアランは、そのように思う。
「ふむ、そうですね。そうなると……色々と気になるところはありますが、今回は心核を入手出来たことだし、良しとしましょうか。まさか、こんなに短期間で心核を入手出来るとは思わなかったので、少し拍子抜けですが」
本来なら、この遺跡はかなりの大きさを持つはずで、それこそ数週間……場合によっては一ヶ月単位で時間を使うことも覚悟して、それぞれ用意をしていた。
……食料や水の類は、ある程度補給を繰り返す必要はあったが。
だというのに、まさかの展開によってアランとレオノーラが転移の罠で心核の眠っている場所に飛ばされ、そこで心核を入手してきたのだ。
イルゼンが微妙にやる気を失ったとしても、仕方のないことなのだろう。
「あら、うちの息子が心核を入手してきたのに、褒めてはくれないの?」
イルゼンの態度に微妙に機嫌を悪くしたリアがそう告げる。
リアにしてみれば、自分の息子が大きな手柄をたてたのだから、それを褒めないという選択肢は存在しなかった。
ましてや、探索者としてやっていくには能力的にかなり難しいような能力しかないアランだっただけに、心核という存在はその状況を打破するような出来事であるのは間違いなかった。
そんな息子の晴れの舞台――というのは大袈裟だが――にケチを付けたとあっては、アランの母親としてリアにとっても許容出来ることではない。
リアの性格はイルゼンも当然のように知っており、視線を逸らし……リアの夫にしてアランの父親たるニコラスと視線が合うが、そこで呆れの籠もった視線を向けられる。
「ん、こほん。取りあえずその件は置いておくとして……」
「勝手に置いておかれても困るんだけど?」
「置いておくとして!」
不満そうなリアの言葉に被せるように、イルゼンは言葉を続ける。
「アラン君が心核を手に入れたというのであれば、是非その能力を確認しておきたいところです」
イルゼンのその言葉に、不満そうだったリアも口を噤む。
実際、心核を得たアランがどのような力を得たのかというのは、雲海の一員として……そして何より、母親として非常に気になったからだ。
そんな中で、レオノーラだけが微妙な表情を浮かべて一同を眺めている。
ゴーレムの一種であるとは思うのだが、アランが心核で呼び出すゼオンという存在は、とてもではないが普通のゴーレムではない。
そもそも、鳥形のゴーレムとかならともかく、人型の……それもあれだけ巨大なゴーレムが、何故空を飛べるというのか。
その辺からして、レオノーラには理解出来なかった。
もっとも、アランを常識外れといった扱いをしているレオノーラだったが、レオノーラの心核はゼオンよりも巨大な――全高では負けているが、全長では圧倒的に勝つ――黄金のドラゴンなのだが。
「あー……うん。まぁ、いいですけど。……色々と驚くと思いますよ? それに、俺だけじゃなくてレオノーラの心核もついでに見てみたらどうです? 向こうもちょっと驚く存在なのは間違いありませんけど」
自分だけが見世物になるのは嫌だということで、道連れを作るアラン。
そんなアランに対して多少思うところがあったレオノーラだったが、自分の心核がどのような存在なのかというのも必ず見せなければならない以上、仕方がないといったように息を吐き、立ち上がる。
「分かったわ。では、広い場所に行きましょうか。私のもそうだし。アランの心核も狭い場所で使った場合は大変なことになるだろうし」
「……それほどですか?」
レオノーラの言葉に、イルゼンが興味深そうに尋ねる。
イルゼンも今までいくつもの心核を見てきたが、それこそ千差万別といった感じで、強力な存在はかなり強力だったが、中にはゴブリンやコボルトといった存在になってしまう者もいた。
それでも、心核で纏った存在がゴブリンやコボルトである以上、心核を使う前より能力は上なのだが。
「ええ。さすが心核……と言いたいところだけど、恐らく、本当に恐らくだけど、この心核その物が普通の心核ではなく、一種特殊なものなのではないかと思ってしまうくらいにはね」
ゼオンを見たときの衝撃をしみじみと思い返しながら告げるレオノーラの様子に、驚いたのはイルゼンやリア、ニコラスといった面々……だけではなく、黄金の薔薇の面々も同様に驚いている。
自分たちの主たるレオノーラが、ここまで言うとは……と。
そして当然のように、周囲の驚きの視線はレオノーラからアランに向けられることになる。
そんな視線を向けられたアランは、少し戸惑ったように口を開く。
「じゃあ、いつまでもこうしていてもしょうがないですし、行きますか」
こうして、他の者ももまだ色々と言いたいことはあったが、アランとレオノーラの心核を確認するという方により強い興味を抱き、広い場所に移動するのだった。
「……ねぇ、アラン。こんなに広い場所が必要なの?」
そう疑問を口にしたのは、リアだ。
自分の息子が心核を手に入れたのは嬉しいが、それでもこのような場所……雲海と黄金の薔薇が拠点としている場所から、歩いて十分以上も離れる必要があったのかといった疑問を抱いている。
なお、レオノーラやイルゼンのような面々が纏まって移動しているということもあり、それに興味を抱いた他の面々――雲海、黄金の薔薇、もしくはクランを組んでいない探索者も含めて――野次馬のようにやってきており、現在アランたちの周囲には数十人規模の人数が集まっていた。
新たに手に入れた心核のお披露目ともなれば、やはり興味を持つ者が多いのは当然なのだろう。
「あー、うん。もう少し近くても大丈夫だと思うけど、一応念のために。驚いて、妙な騒動になったりしたら大変だし」
「アラン、そこまで勿体ぶった真似をしたんだ。これでもし期待外れだったら、どうなるか分からないぞ?」
リアの隣で、ニコラスが心配そうに言う。
これだけの人数が見に来ている以上、それこそ雲海にいるようなオーガやそれに準ずるようなモンスターであれば、下手をすると心ない言葉が飛ぶ可能性もある。
それを心配しての言葉だったが……アランはそんな父親に、大丈夫だと頷きを返す。
「大丈夫だよ、父さん。何てったって、レオノーラですら驚いた代物なんだ。取りあえず驚かないってことはないと思う」
自信に満ちた笑みを浮かべ、アランは心核を起動するのだった。




