0149話
砂嵐に晒され続けたのは、一体どれだけの時間だったのか。
残念ながら、アランにはそれは分からなかった。
アランにとっても砂漠で砂嵐に遭遇するというのは、これが初めての経験だったのだ。
それだけに、ゼオンであれば大丈夫だという思いを抱きつつも不安になっても仕方がなかった。
だが、幸いにして今回の砂嵐においてゼオンにとって致命的な何かが起きるということはなく、気が付けば砂嵐は通りすぎていた。
砂嵐がこれから一体どこに向かうのかは、アランにも分からない。
だが、それでも今回の一件で自分たちが……そして砂のドームが助かったというのは間違いなかった。
「レオノーラ、無事か?」
『ええ、何とかね。……大丈夫だとは思ってたけど、それでもあの砂嵐は愉快な存在じゃなかったわ』
外部スピーカーで心配するアランだったが、あっけらかんとした様子のレオノーラの言葉がアランの頭の中に響く。
その声の調子から、本当に全く何の問題もないのだと理解したアランは、さすがドラゴンと納得する。
(モンスターの中でも頂点に位置するドラゴンが、砂嵐でどうにかなるとは思ってなかったが。……それでも、ここまで平気だというのはさすがに予想外だったな)
レオノーラが全く問題ない様子を見せていることに、アランは納得すると同時に若干呆れの色を見せる。
『どうかしたのかしら?』
ゼオン越しであってもアランの視線を感じたのか、レオノーラが若干不満そうな色を見せてそう尋ねてくる。
(視線を感じるのはともかく、その視線の意味を理解するって、一体どういうことだよ)
女の勘というのは恐ろしい。
そう思いながらも、アランは何でもないとゼオンの首を横に振る。
そんなアランの様子に、またレオノーラが何か言おうとしたとき……ゼオンと黄金のドラゴンが庇っていた砂のドームが崩れ、中から何人かが武器を構えて注意深く姿を現す。
最初はかなり周囲を警戒していた様子だったが、そこにいたのがゼオンと黄金のドラゴンだと知ると、その人物は安心した表情を見せる。
「レオノーラ様、ご無事だったんですね!」
黄金の薔薇に所属する探索者の男が、自分たちのリーダーを見て嬉しそうに叫ぶ。
そんな探索者に、黄金のドラゴンは頷く。
本来なら声をかけたいのだろうが、変身しているレオノーラの声は、アランにしか聞こえない。
『アラン、お前も……庇ってくれたのか!?』
雲海の探索者が、ゼオンに向かってそう声をかける。
こちらはレオノーラと違って普通に声を発することが出来るので、特に困るようなことはなく、ゼオンに頷かせて外部スピーカーで答える。
「砂嵐が来ているのが見えたので。無事で何よりです」
『ああ。いきなりあんな砂嵐に襲われたときはどうしようかと思ったけどな。イルゼンさんがすぐに指示してくれたおかげで何とかなった。……オアシスの方は、結構な被害が出たみたいだけど』
そう言い、残念そうな様子で男はオアシスに視線を向ける。
オアシスの周辺に生えていた木々の多くは折れたり、吹き飛ばされたりしており、オアシスも砂で埋められたという訳ではないが、それでもかなりの部分が埋まっていた。
ここで野営をしたのは昨夜だけだが、砂漠という場所でようやく到着したオアシスだけに、そこが砂嵐によって荒らされたというのは、ここにいる者たちにとっては面白くないのだろう。
それは、アランもまた同様だったが、だからといってここの場所をどうにかするような時間的な余裕はない。
あの巨大な鷲が、いつ地下九階に続く階段の近くにやって来ないとも限らないのだから。
それを思えば、ここにいる全員を可能な限り早く地下九階に続く階段まで運ぶ必要があった。
「色々と思うところはあるでしょうけど、今はとにかく行きましょう。ここで時間を費やせない理由もありますから」
砂のドームから出て周囲の様子を確認していたイルゼンが、そう告げる。
イルゼンにとっても、このままここにいるのは危険だと、そう判断したのだろう。
その言葉に、他の者たちも同意する。
今のままここにいれば、まだ砂嵐がやって来ないとも限らない。
であれば、なるべく早くここを離れ……砂漠からも離れて、地下九階に向かった方がいいだろうと。
そんな訳で、ここに残っていた者たちは急いでゼオンと黄金のドラゴンの身体に乗る。
幸いなことに、前回、前々回の探索者たちの運搬によって、荷物の類はほぼ片付けられていたので、荷物を纏めたりといったことは必要ない。
砂のドームに避難するときに持ち込めない……いや、持ち込まない荷物もいくつかあったが、それらは砂嵐によってどこかに吹き飛ばされてしまっている。
そんな訳で、一行は素早く移動を開始したのだが……
『ほう、それは本当ですか? ですが、この遺跡で砂漠にはずっと誰も来なかったのですよ? 少なくても、ギルドの方ではそうなっています。だというのに、言葉を喋れる者がいるというのは……興味深いですね』
イルゼンは、アランから巨大な鷲と、その背に乗っていた者のことを聞くと、知的好奇心が刺激されたのだろう。かなり興味深そうな様子を見せる。
実際にその巨大な鷲と遭遇したアランにしてみれば、出来ればもう二度と会いたくない存在だったのだが。
「興味深いって言われても、正直なところ俺としてはもう会いたくはないんですけどね。向こうも決して友好的な雰囲気じゃなかったですし」
『だが、アラン君の方から攻撃したんでしょう? なら、最初は友好的に振る舞えば、もしかしたら有益な情報を聞き出せる可能性が高いですよ』
「それは……まぁ、そうかもしれませんけど」
実際、この砂漠についてアランたちは来たばかりだということもあり、知っている情報は決して多くはない。
そうである以上、何らかの情報を知っている者がいるのなら、その者から情報を聞き出した方が得策だというのは、間違いのない事実なのだ。
アランもイルゼンに説明されれば納得は出来る。
出来るのだが、だからといって素直に巨大な鷲に乗っていた相手と友好的に接することが出来るのかと言われれば、首を傾げるしかない。
「なら、次に出て来たら交渉はイルゼンさんに任せますよ。イルゼンさんなら、口でどうとでも相手を翻弄出来るでしょうし」
結局アランに出来るのは、そう告げることだけだ。
もし本当にあの巨大な鷲が出て来たら、完全にイルゼンに任せるだろう。
普通に考えれば、明らかに自分たちに対して敵対的な言葉を発してきた以上、友好的な関係を築けるとは思えない。
だが、イルゼンならもしかしたら……と、そんな風に思ってしまうのも事実なのだ。
『そうですね。出来るかどうか分かりませんが、やってみましょう。もし話すことが出来れば、多少なりとも何らかの情報は得られるでしょうし』
自信満々といった訳ではないが、それでもある程度なら何とか出来るだろうと判断してか、そう告げる。
そんな様子に、アランは若干の呆れを抱きつつ……
「見えてきましたよ」
地下九階に続く階段と、その階段の周辺で待機している仲間たちの姿が映像モニタに表示され、アランはそう呟く。
とはいえ、それが確認出来るのはあくまでも映像モニタを使えるアランや黄金ドラゴンに変身しているレオノーラだけで、それ以外の面々にはまだ見ることは出来ないだろうが。
「取りあえず、敵に襲われるとかそういうことにはなっていないようです」
『そうですか。それは何より』
アランの言葉に、イルゼンはそう答える。
アランが知らないようなことを知っており、様々な情報についても詳しいイルゼンだったが、だからといって全てを……それこそ、先に地下九階の階段に運ばれた者たちについて詳しく知っている訳ではない。
そうである以上、アランのその言葉には安堵するのは当然だった。
やがてゼオンや黄金のドラゴンに乗っている者たちからも、階段の近くにいる者たちの姿が見えてくると、それを見た皆が喜ぶ。
結局のところ、皆が無事なのが一番だと、そういうことなのだろう。
それは待っている方も同様だったらしく、ゼオンと黄金のドラゴンが砂漠の上に着地すると、皆が喜びの声を上げながら集まってくる。
巨大な鷲に遭遇した者たちからの話を聞いていたから、余計に安全を心配していたのだろう。
アランがゼオンから降りてカロに戻し、レオノーラが黄金のドラゴンから人の身体に戻ると、騒動についても少しは落ち着いていた。
この辺りは、イルゼンの口の巧さが影響しているのだろう。
(取りあえず、もう砂漠はごめんだな)
ゼオンのコックピットは空調が効いていたので、砂漠の暑さを感じることはなかった。
だが、ゼオンから降りるとコックピットの中が涼しかった分、余計に砂漠の暑さは堪える。
気温差が大きいので、特に酷い。
急速に汗が顔に、背中に、腕に浮かんでくる。
「さて、では地下九階に進みましょうか。皆、準備はいいですか?」
周囲にいる探索者たちに声をかけるイルゼン。
そんなイルゼンは汗を掻いてはいるが、暑さに堪えたようには思えない。
イルゼンの様子に羨ましい思いを抱きつつ、皆と一緒に階段に向かう。
「アラン、ちょっといいか?」
不意にアランに声がかけられ、そちらに視線を向けると、そこにいたのはロッコーモ。
普段は豪快な表情を見せることが多い人物なのだが、今は少し心配そうな表情を浮かべている。
一体何があったのか。
そんな疑問を浮かべたアランが頷くと、ロッコーモは空を見上げながら口を開く。
本来なら、ダンジョンの中で存在しないはずの空を見上げながら。
「巨大な鷲はともかく、それに乗っていた奴はこの先どうすると思う? 俺たちが地下九階に向かえば、追ってこないと思うか?」
「……どうでしょうね。普通に考えればそうだと思うんですが……」
巨大な鷲の背にいた者が一体どのような存在なのかは、アランにも分からない。
分からないが、それでも間違いなく言えるのは、自分たちに対して決して友好的な存在ではないということだ。
ロッコーモにしては珍しく、アランの言葉にそうかと小さく呟いて拳を握り締めるのだった。