0145話
「じゃあ、次の人員を連れてきますね!」
『ああ、頼む。こっちは防御を固めておくから、取りあえず心配するな!』
アランの言葉に、ロッコーモがそう言って手を振ってくる。
……もっとも、そのすぐ近くでは探索者の一人が砂から出て来たサソリを素早く槍で貫いていたが。
階段の側にあるこの場所であっても、当然のようにモンスターは姿を現す。
いや、むしろ階段の側だからこそ、モンスターが現れているのでは? とアランは思うが、それでも雲海と黄金の薔薇の面々がいるという時点で心配をする必要もないと判断し、隣を飛んでいる黄金のドラゴンに声をかける。
「レオノーラ、そろそろ行くか。……向こうに到着するまでは、結構な速度を出してもいいよな?」
『そうね。落としたりとか、そういう心配はいらないもの』
アラン言葉に、レオノーラの声が頭の中に響く。
アランも念話で話せるのだが、今は何となく外部スピーカーを使って話していた。
人を乗せての移動ということで、階段に向かうときはかなりゆっくりとした速度で飛んでいたのだが、その心配がない以上、拠点となっているオアシスまで戻るのに、速度を落とす必要はない。
(あ、そう言えば……今さら、本当に今さらの話だけど、こうして空を飛んで移動するとなると、途中にあるオアシスには寄れないんだな)
勿論、早く地下九階に移動出来ればそれがいいのは間違いないのだが、それでもやはり砂漠のオアシスと聞けば、多少は寄ってみたいという思いがない訳でもない。
実際、オアシスにしか存在しない動物、モンスター、植物といった存在もあるので、もし砂漠で稼ぐとなれば、オアシスが最善の場所なのは間違いない。
「魚もいたしな」
驚きと共に、アランの口からはそんな呟きが漏れる。
地球でも砂漠のオアシスに魚がいるのかどうかは、アランも知らない。
だが、少なくてもアラン達が昨夜拠点とした砂漠においては、オアシスに魚がいた。
見たことのない魚だったので、獲って食べるといったことはしなかったが。
アランにしてみれば、もしオアシスが枯れたら魚も全滅するんじゃ? という疑問がった。
もちろん、ここは遺跡の中である以上はオアシスが枯れないように調整されているという可能性も考えられたが。
「お、いた」
オアシスの魚について考えながら飛んでいると、やがて昨夜拠点にしたオアシスが映像モニタに表示される。
幸いにして、特に他のモンスターに襲われているといった様子はない。
「レオノーラ、皆を見つけた。特に襲われたりはしてないみたいだ」
『そう。それは何よりだわ』
レオノーラからの念話がアランの頭の中に響く。
階段の近くでは、下ろした途端にそれを待っていたかのようにサソリの群れに襲われた。
だからこそ、もしかしたらこちらでも襲われているのではないかという疑問を持っていたアランだったが、幸いにして特に襲われている様子はない。
それどころか、周囲の警戒をしつつもかなりリラックスしている様子すら見せいてた。
周囲の様子を警戒していた数人は、当然のように空を飛んで自分たちの方に近付いてくるゼオンと黄金のドラゴンに気が付く。
最初は何かが空を飛んで近付いてきているということで一瞬警戒したが、誰が近付いてきてるのかを理解すると、すぐに大きく手を振る。
第一陣として運ばれていった者たちの姿がどこにもないというのも、この場合は待っている者たちが喜んでいる証だろう。
もしアランたちが運んでいった先で何かがあった場合、すぐに皆を連れて戻ってくるということになっていたのだから。
一応サソリの群れに襲われはしたのだが、取りあえずその辺は戻ってくるまでの問題ではなかった。
そうして砂漠の近くに着地したアランとレオノーラは、色々と報告する必要もあるので、一度心核を使った状態を解除する。
ゼオンから出た瞬間、アランは砂漠特有の暑さにうんざりとした表情を浮かべていた。
なまじゼオンのコックピットの中は空調のシステムが整っており、それこそ二十度前後の気温になっているということもあり、四十度近い砂漠の暑さにはうんざりとするのは当然だろう。
何しろ、倍の気温差なのだから。
それでも何とか耐えることが出来ているのは、ここが砂漠である……つまり、湿度が殆どない暑さだからだろう。
アランが日本で生きていたときも、日本よりも平均気温の高い国で住んでいる外国人が日本に来ると、気温はそこまででもないのに湿度が高いせいでとてもではないが耐えられない……といった話を何かで聞いた覚えがあった。
一応ここはオアシスの近くで、他の場所に比べれば湿度は高いのだろう。
だが、それでも砂漠の圧倒的な広さに比べると、湿度は全く気にする必要がない。
だからこそ、四十度近いこの温度であっても多くの者が耐えることが出来ているのだろう。
……もっとも、全員が探索者で人並み外れた身体能力を持っているというのも、この場合は大きいのだろうが。
「アラン君、レオノーラ君も。どうやら無事に戻ってきたようですね。それで、どうでした?」
真っ先に二人に話しかけてきたのは、イルゼン。
雲海を率いる者として、地下九階に続く階段についての情報は少しでも欲しいのだろう。
……いつもであれば、アランは、そして他の者もイルゼンから一方的に情報を貰っていた。
それを思えば、自分がイルゼンの知らない情報を持っていて、それをイルゼンに教えるというのは、少し不思議な感じがしたが……それでも、今はまず情報を伝えるのが先決だろうと、口を開く。
「周辺にサソリがいましたけど、特に問題はありません。ロッコーモさんが張り切ってサソリを退治してましたよ」
『あー……』
皆がその光景を想像出来たのだろう。
アランの言葉に、揃って……それも雲海だけではなく、黄金の薔薇の探索者たちまでもが納得したような声を出す。
「ロッコーモ君がいれば、まず安全でしょうね。あとは、出来ればもっと強力なモンスターがいないといいのですが」
「そうですね。……けど、アランがいればどうにかなりそうですよ」
雲海の探索者がイルゼンの言葉にそう返すが、聞いていたイルゼンは首を横に振る。
「アラン君だけに頼る訳にはいきませんよ。それより、向こうが安心だとなれば出来るだけ早く移動した方がいいでしょう」
イルゼンにとっても、この砂漠は堪えるのだろう。
可能な限り早く次の階層に行きたいと、そう思っての言葉のようにアランには思えた。
(イルゼンさんも歳だってことか? ……この世界の、それも探索者に年齢がどうこう言っても、それは全く当てにならないんだけど)
これが本当に探索者としてやっていけなくなったような老人であればともあかく、イルゼンの外見はまだ十分に若い。
……もっとも、アランにとっても砂漠はずっといたい場所ではない以上、イルゼンの気持ちも十分に理解出来たのだが。
「そうですね。それで、次に行く面子は決まってるんですか? 今回以外にあと最低一回は往復しないと全員を運ぶことは出来ませんが」
「ええ、分かっています。なので、こちらに残るのは腕の立つ人たちだけにする予定です」
だろうな、とアランはイルゼンの言葉に納得の表情を浮かべつつも……視線をレオノーラの方に向け、尋ねる。
「やっぱり今回で全員を運ぶのは無理だよな?」
「難しいでしょうね。運ぶときに、少し揺れたくらいでは落ちないようにするのは当然でしょうし。ある程度の余裕は欲しいわ」
「……だろうな」
レオノーラの言葉に、予想通りかと残念そうに頷くアラン。
雲海や黄金の薔薇の探索者たちの強さは知っているし、生身での戦いとなれば自分が手も足も出ない――中には多少食いつける相手もいるが――のは知っている。
だが、それでもここは遺跡の中だ。
それこそ、いつどのようなモンスターが襲ってくるとも限らない。
大抵の遺跡でなら、ここまで広大な砂漠がその内部にあるということはないのだが、その辺はもう古代魔法文明の遺跡だからということで納得するしかなかった。
そのような場所だけに、この砂漠に一体どれだけのモンスターがいるのかというのはアランにもしっかりと把握は出来ない。
ゼオンで上空から砂漠を見ているだけでも、かなりの数のモンスターが棲息しているのは理解出来るのだが。
「そうなると、やっぱり少し急いだ方かいいですね。イルゼンさん、さっき運んだときは初めてだったから比較的ゆっくりと運びましたが、今度はかなり速度を出して運びたいと思います。それで構いませんか?」
「速度を出して、ですが。ですが、それだと危険では?」
「しっかりと掴まっていれば問題はないかと。……だよな?」
アランの視線を向けられたレオノーラは、少し考えてから頷く。
「問題ないと思うわ。ただし、私の背中の上で自由に歩き回ったりといったことはしないで、それこそじっとして動かなければの話だけど」
ゼオンの場合は、人型機動兵器として色々と掴まる場所は多い。
だが、レオノーラが変身した黄金のドラゴンとなれば、その背中に乗っている状況で、掴まるような場所はあまり多くはない。
あるいはゼオンと違ってモンスターである以上、下手な場所に掴まったりした場合、鱗が剥がされたりして、かなりの痛みを伴うことにもなりかねない。
もちろん、レオノーラがその程度で怒るといったことはまずないのだが。
それでも乗っている者にしてみれば、レオノーラを不愉快にさせるような思いは、当然のようにさせたくはないだろう。
「……アラン君の方により多くが乗れればよかったんですけどね」
「そうなればそうなったで、問題もあると思いますよ? ゴーレムに乗ってるような感じですから、乗ってる人が落ちても俺自身では気が付くのは難しいですし」
ともあれ、このままここにいるのでは色々と不味いということもあって、なるべく早く移動出来るように準備を整える。
この場に残っていた他の者たちもそれに異論はないのか、さっさと準備を始め……
「アラン、気をつけて行ってきなさい」
この場に最後まで残る母親のリアの言葉に頷き、その隣で言葉には出さないが信頼の視線を向けてくる父親にニコラスにも同様に頷き……ゼオンの召喚をするのだった。