0143話
アランが地下九階に続く階段を見つけたのは、地下八階の探索を始めてからそれなりに時間が経ってからのことだった。
なお、地下九階に続く階段を見つけるまでにオアシスを三つ――コウモリと戦った場所で見つけたのを含めて――見つけたと言えば、地下九階に続く階段までの距離がとれだけ遠いのかが分かるだろう。
砂漠を歩くのではなく、ゼオンで空を飛びながらの探索で見つけたのだから、それを考えれば一体どれだけの距離があるのかが分かりやすい。
「取りあえず……出来るだけ短時間でここまで来るとなると、普通に砂漠を歩いて移動するのはかなり難しいな」
もちろん、準備さえしっかりしていれば不可能ではないだろう。
だが、雲海と黄金の薔薇の面々は、砂漠を渡る準備は必ずしも万全とは言えない。
そのような状況で砂漠を歩いてここまでやって来るのは、相当に厳しいだろう。
……厳しいだけで、不可能ではないというのが、雲海や黄金の薔薇の面々の高い実力を現しているのだが。
ともあれ、この大樹の遺跡はまだ続くのだ。
そうである以上、この砂漠で必要以上に体力を消耗するのは避けたい。
そうなると、考えられる手段は……
「やっぱりゼオンを使った空輸か」
アランが呟いた通り、それが一番手っ取り早いのは間違いなかった。
間違いなかったが、ゼオンで一度に運べる人数はそこまで多くはない。
そうなると、当然のように移動している間に戦力が減った方がモンスターの襲撃を受ける可能性もあるということで、注意が必要となる。
「俺だけで無理なら……レオノーラに協力してもらうか?」
レオノーラ変身する黄金のドラゴンの場合は、背中に結構な人数を乗せることが出来る。
ゼオンの背中にも一応乗せようと思えば乗せられるのだが、ゼオンと黄金ドラゴンでは姿勢……あるいは骨格が違う。
人型機動兵器のゼオンは、直立体勢が基本なのに対して、黄金のドラゴンは前傾姿勢が基本だ。
だからこそ、ゼオンと黄金のドラゴンでは、背中に乗せるという行為の得意不得意がはっきりとしていた。
「ともあれ、地下九階に向かう階段を見つけたんだし、知らせた方がいいな。あれこれ考えるのは、それこそ俺じゃなくてイルゼンさん辺りにでも任せればいいんだし」
イルゼンが聞けば溜息と共に首を横に振りそうなことを呟きながら、アランは最初のオアシスに向かう。
ゼオンを使っての移動である以上、その気になればかなりの速度で飛行出来た。
……途中で何匹かコウモリが襲ってきたが、それらは全て頭部バルカンで殺されている。
そうして若干の戦いを繰り広げながらも、アランはやがてオアシスに到着すると、そこではサソリの群れと探索者達が戦っている光景があった。
「ちっ、まずは外側にいる連中から片付けるか」
オアシスの内部――とう表現が相応しいのかどうかは分からなかったが――では、既に混戦になっている。
そのような場所に向かってゼオンが攻撃しようものなら、それこそ味方にも被害で出かねないし、オアシスもそのものも滅茶苦茶になりかない。
オアシスの周囲には、戦いに参加出来なかったサソリが歩き回っているのが見えたので、まずはそちらを倒した方がいいだろうと判断する。
巨大なサンドワームすら倒すだけの実力を持ったサソリだけに、ここ手を抜くような真似をして被害を出したくはない。
「拡散ビーム砲は……オアシスにも被害が出る可能性があるが」
広範囲に攻撃するという意味では、腹部拡散ビーム砲はかなり有利な武器だ。
だが、拡散するだけに、今回のような戦いではオアシスにビームが飛んでいく可能性もあった。
雲海や黄金の薔薇の探索者達は、全員が腕利きではあるが……それでも、ビームに触れて無事ですむとは思えない。
フレンドリーファイアはごめんだと、アランが使う武器はビームライフルだった。
早速、ビームライフルの銃口をオアシスから少し離れた場所にいるサソリの群れに向かって撃つ。 真っ直ぐに放たれたたビームは、次の瞬間には大きな爆発を起こして、サソリを十匹近くを纏めて消滅させる。
「もっと纏まってくれていれば、効率的に倒せるんだけどな」
ビームライフルの威力が高くても、その効果範囲内に敵がいないのであれば、意味はない。
サソリもそれを本能で分かっているのか、それなりに纏まってはいるが、あくまでもそれなりでしかない。
アランはそんなサソリの集団に向かい、一発、二発、三発、四発と次々にビームライフルを撃ち込んでいく。
サソリの群れも、当然のように自分たちに攻撃をしている存在に気が付くのだが、サソリは砂に潜ることは出来ても、空を飛ぶような真似は出来ない。
毒針を飛ばすような攻撃をするサソリもいたが、高度を上げれば射出された毒針がゼオンにまで届くことはなかった。
そうである以上、サソリの群れはゼオンによって一方的な攻撃を受け続けることになり……
「マジか」
アランの口から、少しだけ意外そうな声が出る。
何故なら、オアシスで戦っていたサソリも含めて、その場から急速に離脱していったのだ。
野生の本能か、それとも見た目に反して頭がいいのかは、アランには分からない。
分からないが、このまま戦っていれば自分たちが全滅すると、そう判断したのだろう。
勝てない相手と戦っても、自分たちの数が減るだけだというのは理解しており、だからこそ少しでも多く生き残る道を選んだのだ。
……それはつまり、雲海や黄金の薔薇の探索者たちを、サンドワームと比べても上の存在だと、そう認識したのだろう。
だからこそ、素早く撤退したのだ。
この辺の判断力は、それこそ下手な探索者たちよりも上だ。
探索者……いや、それ以外でも、一定以上知能が高い者にしてみれば、自分たちが撤退すると周囲の者に侮られるといったようなことを考える者もいる。
それ以外にも多くの理由から、そう簡単に撤退の判断を出来ない者も多い。
そういう意味では、サソリの撤退は見事ではあった。
「取りあえず向こうが撤退してくれたのなら、いいか」
呟き、アランはゼオンを地上に降ろしてコックピットから出る。
するとゼオンはカロに戻り、そんなカロを手にしたアランの周囲には、多くの探索者たちが集まってきた。
「アラン、助かった。お前がこないと面倒なことになってたよ」
「無事でよかったです。……でも、何だってサソリがあんなに急に?」
「何でだろうな。考えられる可能性としては、狼の解体で血の臭いとかが広まったとか、そういう理由だろうけど。もしくは、解体で出た残骸を目当てに集まってきて、それで俺達を見つけたか」
その言葉に、何人かが嫌そうな表情を浮かべる。
モンスターの解体で出た残骸……使い物にならない部位を捨てるのにも、注意をしなければならないと理解したのだろう。
実際には、それこそ穴を掘って埋めたり、もっと慎重になるのなら燃やしてしまったりといったことをするのが最善だったのだろうが、今回は砂漠であるというのも関係してか、そこまで徹底していなかった。
……最大の理由としては、解体する狼の数が多すぎたからというのが一番大きいのだが。
「厄介なのは、あのサソリたちがこのオアシスに私たちがいると知ってしまったことでしょうね」
そう呟きながら姿を現したのは、イルゼン。
その近くにはレオノーラの姿もある。
「それで、アラン君。偵察の結果はどうなりました?」
「あ、地下九階に続く階段は見つけました」
おお、と。
そんなアランの言葉に、話を聞いていた者は全員が嬉しそうな声を上げる。
だが……当然のように、話はそれだけでは終わらない。
「問題なのは、そこに行くまでにオアシスを三つも超えていく必要があるということです」
その言葉に、盛り上がっていた者たちは一気に沈んだ様子を見せる。
それだけ、アランの口から出た言葉がショックだったのだろう。
実際、その気持ちは説明したアランもよく分かる。
このオアシスに到着するまでの移動ですら、かなり体力を消耗したのだ。
……砂漠用の各種装備を持っていれば、まだ多少はどうにかなったかもしれないが。
ともあれ、地下九階に向かうまでの道のりは遠いと……それこそ、そこまで砂漠が広いのであれば、一度地上に戻って本格的に装備を調えてからの方がいいのではないかと、そう考える者もいる。
地上に戻っても、砂漠があるということが知られていない以上、砂漠用の道具があると思えない者の方が大半だったが。
皆がそのように困っている中で、イルゼンはアランに視線を向けて口を開く。
「アラン君の様子を見る限りでは、何か手がありそうですが?」
「そうですね。手があるというか……俺に思いつくのは、そこまで距離がある以上、色々な危険は承知の上で、俺のゼオンとレオノーラの黄金のドラゴンで一気に全員を運んでしまうしかないかな、と」
元々、ゼオンに乗って移動するという方法は検討された。
だが、ゼオンの存在が目立ってモンスターを呼び寄せる可能性があり、一度の移動では大した人数を運べないので、戦力が分散されることになる。
そうなれば、昨夜の狼や先程のサソリのような多数で移動しているモンスターに襲われるといったことがあった場合、それに対処しきれず、味方に被害が出る可能性もあった。
だからこそ、最初に検討されたものの、皆で一緒に行動した方がいいという判断になったのだが……事情が変わった。
地下九階に向かうまで、三つものオアシスを越えていかなければならないとなると、腕利きの探索者たちであっても体力の消耗が激しい。
それをどうにかするためには、やはり地上を歩くのではなく空を行く必要がある。
そう説明するアランに、イルゼンは難しい顔で考え……やがて、となりにいるレオノーラに視線を向け、口を開く。
「どう思います? アラン君の提案、僕は採用してもいいと思うんですが」
「そう、ね。……一時的に分断されるのが少し問題になるけど、そちらは心核使いを上手く分ければどうにかなると思うわ」
レオノーラも、砂漠の中を延々と進むのは嫌だったのか、そう言ってアランの提案に賛成するのだった。




