0140話
「暑い……いや、これは熱いだろ……」
砂漠を進む一行の中、誰かがそんな風に呟く声がアランにも聞こえてきた。
大樹の遺跡の地下八階。
遺跡の中なのに、何故か砂漠のある地下八階を、雲海と黄金の薔薇の面々は進む。
だが、当然ながら砂漠を渡る用意などしているはずはなく、現在ある物でどうにか帽子のように頭を覆ったり、しながら進む。
雲海や黄金の薔薇には魔法を使える者も多いので、簡単な魔法を使ってある程度暑さの対処もしているのだが、魔法を使うための魔力も無限ではない。
その上、これから進む砂漠には危険が大量にあるという報告をアランがしているので、いざという時のために魔力を温存する必要もあった。
……砂漠を進む面々もそれは分かっているのだが、それでも暑いものは暑く、当然のように不満を口にする者も多い。
「ほら、オアシスまではもう少しなんだから、頑張れって」
「分かってるけどよ。……それはともかくとして歩きにくいな。もう少し砂が固まっててくれれば、対処もしやすいってのに」
そう言いながらも、腕利きの探索者らしく歩く速度は地上にいるときとそう違うようには思えない。
そんな話を聞きつつ、アランはやっぱり自分がゼオンで運んだ方がよかったのでは? と思いながら、強烈な日光に自然と浮かび上がってきた汗を拭う。
だが、ゼオンは奥の手だ。
出来ればそれは最後の手段にしたいという、そんな意見が勝った形だ。
……実際、アランが説明したサンドワームやサソリ、トカゲ、虎といった事情を説明されれば、いざそのようなモンスターが襲ってきたときに対処出来る戦力を残しておきたいと思うのは当然だった。
また、空を飛んで全員を運ぶにしても、全員を一度に運ぶ訳にはいかない以上、何度も行き来する必要があるのだが、戦力が揃っていない状況でモンスターの襲われるのを避けたいと思うのは当然だろう。
それ以外にも、ゼオンの全高を考えればどうしても目立ってしまってモンスターに呼び寄せる原因にもなりかねない。
そのへんの事情を考えれば、やはりアランも普通に砂漠を歩くのが最善だった。
アラン個人としては、空調が完備されているゼオンのコックピットの方が圧倒的にすごしやすいのだが。
「おーい、オアシスが見えてきたぞ! まだ結構距離があるけど、あそこまで到着すれば一休み出来るから、頑張れ!」
先頭を進む探索者が、後ろにいる者たちに向かって叫ぶ。
目指す場所が全く見えていないのと、明確にそこにあるというのとでは、やはり違う。
それは、腕利きの探索者が揃っている雲海や黄金の薔薇の者たちであっても同様だった。
皆がその言葉に励まされるようにして、進み始める。
そんな中で、一番余裕を持っているのが、能力的にはこの中では下から数えた方が早い……いや、一番下のアランだったのは、やはりゼオンに乗ってオアシスのある場所をはっきりと確認していたからだろう。
「おい、蜃気楼とかで距離を間違えてるとかないだろうな?」
「多分大丈夫だ。……だよな、アラン?」
蜃気楼というのは、遠くにあるものが近くにあるように見えたりするという現象だ。
砂漠のような場所は多く見られる現象で、見える場所にあるオアシスが実は遠くにあるものだった……いったことがあるのは珍しくない。
そのような現象がある以上、もし蜃気楼が存在した場合は体力配分が難しくなる。
もっとも、蜃気楼はあくまでも遠くにある光景が近くに見えるというだけで、何の関係もない幻影が見えるという訳ではないのだが。
(あ、でもここが遺跡だとすれば、そういう罠が仕掛けられていてもおいかしくはないか。もっとも、今回の件は間違いないけど)
アランはそんな風に考えつつ、男の言葉に頷く。
「そうですね。俺がゼオンで空から見た限りだと、大体あのくらいの場所にオアシスがあったはずです。……ただ、結構強いモンスターが多そうだったので、油断はしないで下さい」
アランの説明を聞いた者達は、当然のように頷く。
このような遺跡にいる以上、どのようなモンスターがいてもおかしくはないのだから。
そもそも、この地下八階という場所からして、どこまでも広がっている砂漠だったり、ゼオンが飛んでいても天井に頭がぶつからなかったりと、かなり特殊な場所だ。
そうである以上、何が起きても、そしてどんなモンスターがいてもおかしくはない。
「おい、あれ」
不意に探索者の一人が呟く。
その男の見ている方に視線を向けた者たちが見たのは、狼。
砂漠で生き延びるためだろう。その毛は茶色……いや、砂色とでも呼ぶべき色になっており、少し気を抜けば周囲景色に紛れそうになってしまう。
そんな狼のが、一匹ではなく十匹ほどの群れでアランたちの様子を窺っていた。
「襲ってくる様子はないけど、こっちが動けなくなるのを待ってるとか、そんな感じだったりするのか? だとすれば、気をつける必要があるな。アラン、お前が偵察に来たときにあの狼は見たのか?」
「いえ、見ませんでした。……もっとも、ここから見てもかなり周囲の景色に溶け込んでるように見えますし、サンドワームのような特徴的な相手がいたので、それで気が付かなかっただけかも」
「なるほど。……まぁ、あんな感じだとそれもしょうがないか。ともあれ、今は襲ってくる様子もないだみたいだし、イルゼンさんたちに知らせておいたほうがいいだだろうな」
「うむ。私もレオノーラ様に知らせておこう」
アランと話していた男と、その近くで話を聞いていた男がそれぞれ頷くと、砂色の狼について知らせるために、一旦その場がから離れる。
アランたちはそれを見送り、狼の群れが攻撃してこないかどうかを確認しながら、オアシスに向かって進む。
狼たちは、そんなアランたちと距離を保ったまま、移動する。
「なぁ、あれってもしかしたら、俺たちが油断したりするのを待ってるとか、そう言うのじゃないのか?」
「可能性はあるわね。……もっとも、それならそれで向こうが攻撃してくるまでは、私たちも特に気にする必要がないから、楽なんだけど」
「そうか? このままだと野営をしているときに襲ってきそうだぞ?」
「それは……少し厄介かもしれないわね」
狼について話している声を聞きながら、アランは確かにと納得する。
野営をしているとき、夜の闇に紛れて襲ってくるようなことがあれば、それは非常に厄介だからだ。
特に、能力的一番下の自分の場合は、よけいに注意する必要があるだろう。
「それにしても、サソリとかサンドワームとかはともかく、狼とか虎とか、一体砂漠でどうやって生きていけるんだろうな?」
「モンスターだからだろ」
探索者の一人が口にした疑問は、あっさりと返される。
実際、普通の動物では無理な場所だっても、モンスターであれば生存出来ても不思議ではないというのは、この世界における常識だ。
アランも、以前魚がモンスターとなったことで地上に適応してヒレを使って移動しているというのを見たことがある以上、その答えは否定出来ない。
地球では全く考えられないことであっても、剣と魔法のファンタジー世界であるこの世界では、特に不思議なことではない。
「おい、到着したぞ! 見ろ、蜃気楼なんかじゃなかっただろ!」
先程オアシスが見えたと言った男が、実際にオアシスに到着したことで得意げに叫ぶ。
オアシスそのものは、かなりの広さを持つ。
それこそ湖と呼ぶには小さいが、池や沼と呼ぶことは出来ないような広い泉に、周囲には砂漠の中だというのに木々も何本か生えており、地面からは草も生えている。
「砂漠の楽園」
一体誰がそう言ったのかは分からなかったが、それでもアランもその言葉には素直に納得出来た。
こうして見ている限りでは、周辺の砂漠という場所と比べると楽園以外のなにものでもないと思える。
「取りあえず、あのオアシスを拠点として暫く活動します。皆、一休みしてから野営の準備を行いましょう。ただし、オアシスということはモンスターの水場となっている可能性もありますので、注意して下さい」
イルゼンの言葉に、それを聞いていた者達は皆が嬉しそうにオアシスに向かって進む。
アランもまた、他の者たち同様にオアシスに向かう。
……もちろん、イルゼンが口にしたように、警戒は解いていない。
オアシスはアランたちにとっても重要な場所だが、他のモンスター……あるいはいるかどうかは分からないが、モンスター以外の生き物にとっても重要な場所だ。
それだけに、このオアシスをアランたちが占拠している形となると、水を飲みに来たモンスターと戦いになる可能性は十分にあった。
「アラン、ちょっとこっちを手伝ってくれ!」
「分かりました!」
野営で使うテントを設置している冒険者に呼ばれ、アランはそちらに向かう。
向かいながら、アランは周囲の様子を確認していく。
オアシスの泉を確認している者もいれば、周囲に生えている植物を確認している者、オアシスの周囲に存在する地面を見て、どのような生き物がここに水を飲みに来ているのか。
それらは、この未知の階層にあるオアシスで野営をするという意味では重要なことだった。
「それにしても、明日からの探索とか移動ってどうするんでしょうね?」
「やっぱりお前頼りじゃないか? 勿論、俺たちもやれるべきことはやるけど」
本来なら、このような砂漠での探索というのは非常に厳しい。
暑さや水不足、モンスターの襲撃、それ以外にも様々な理由からの問題だが、何よりも厄介なのは広大な砂漠でどこに行けば目的の場所を見つけられるかといったことだろう。
だが、空を飛ぶゼオンを持つので、探索に関してはかなり楽になる。
アランとしても、この暑い砂漠の中にいるよりは空調のおかげで涼しくすごせるゼオンのコックピットにいることは全く文句はないので、仲間の言葉に素直に頷く。
「そうですね。できれば、俺もそうしてくれると楽でいいです」
「……楽?」
「え? ああ、えっと。空を飛んでいると楽だって話ですよ」
「そういうものなのか」
空を飛んだことがない男は、アランの誤魔化しにそう頷くのだった。