0014話
アランが日本にいたときに見たロボットのアニメや漫画、ゲームといったものでは、その相棒といった形でペットロボといった存在が出てくるものが多かった。
魔法少女にマスコットキャラが一緒にいる……のと、同じようなものなのだろう。
もちろん、ペットロボといっても非常に様々な形をしており、能力という点でもマスコットキャラと変わらないようなものから、戦闘で主人公を助ける能力を持ったものといったように、色々なペットロボがいる。
そして、当然のようにアランもロボット好きだったがゆえに、ロボットと言えばペットロボの類がいてもおかしくはないという認識があり……心核は、それを発動した者の深層心理やら願いやら想いやらといったものを汲み上げる能力も持っていた。
あるいは、アランが転生者だというのも、この場合は関係しているのかもしれない。
ともあれ、正確な理由は分からないが……それでもアランの手の中にある心核が先程から鳴き声を上げているのは、間違いなかった。
「ぴぴ?」
心核が意思を持つ。
そんな例は当然のようにアランは知らないし、アランよりも世の中のことについて詳しいレオノーラにとっても、初めて聞くことではあった。
それこそ、もしかして心核という存在がこの世に生み出されてから初めてなのではないかと、そう思ってしまうくらいに。
「ねぇ、アラン。私が見る限りでは、さっきから聞こえているこの鳴き声は、アランの手の中……具体的には心核から聞こえているように思えるんだけど、気のせいかしら?」
気のせいです。
アランとしては、出来ればそう言いたかった。
だが、もしここでそのようなことを言った場合、どのような目に遭うのか……それは、考えるまでもない。
いや、本当の意味で命が危うくなったのだとすれば、それこそ心核を使ってゼオンに乗り込むという手段がない訳でもないのだが。
今のアランは……正確には雲海は、レオノーラ率いる黄金の薔薇と協力関係にある。
そうである以上、本当の意味で命を狙われている訳でもないのに、そのような真似をするのは色々と不味いのは事実だった。
「気のせい……じゃない」
「そうよね。……で、私が知ってる限りでは、心核にそんな鳴き声を上げる機能とか能力とかはなかったと思うんだけど、一体何がどうなってそんなことになったのかしら」
「いや、それを俺に聞かれても……多分、俺が心核でゼオンを纏う……いや、呼び出すことが出来たのが影響している、としか」
心核の能力を思えば、この場合は纏うという表現の方が適切なのだろう。
だが、アランが心核で生み出すのは、オーガのようなモンスターではなくロボットのゼオンだ。
どうしてもロボットであるということが先に来て、纏うという表現が相応しくないように思え、結果として選んだがのが呼び出すという表現だった。
……もっとも、アランが好むロボットのアニメや漫画、ゲームの類でも、呼び出すといった行為で来るロボットは、大抵がいわゆるスーパー系とされている機体なのだが。
それでもモンスターのように纏うという表現よりは、呼び出すという方がニュアンス的に相応しいように思えた。
レオノーラもそんなアランの様子には気が付いたが、今は些細なことよりも心核について聞く方が先だと判断し、口を開く。
「あのゼオンとかいうゴーレムね。……あるいは、もしかしたらこの場所にあった心核が特別な物だった可能性もあるけど」
「それなら、もう一個の心核を使ってみたらどうだ? 台座の上にはまだ一個あったし」
アランはそう告げ、視線を台座の方に向ける。
実際にそこにはアランが持っている心核とは別の、もう一つの心核がある。
元々が心核を一つずつ分けるという話だったのだから、その辺は自分で直接触ってみて確認すればいいのではないかというアランの言葉に、レオノーラは少し悩み、やがて頷く。
「ぴ?」
そんなレオノーラの様子に、心核は少しだけ疑問を感じさせる鳴き声を上げる。
(いや、AIとかそういうペットロボットの類だとしたら、これは鳴き声って表現でいいのか? ……他にどう表現すればいいか分からないから、鳴き声ってことにしておくけど)
台座の方に向かうレオノーラを追いながら、アランは自分の手の中の心核に視線を向ける。
ペットロボットの類だとすれば、それこそ鳴き声を上げるだけではなく、何らかの動き……心核の一部を動かすとか、もしくは身体全体で揺れるとか、そういうことをしてもおかしくはない。
いや、むしろそうした方がペットロボットらしいとすら、アランには思えた。
「お前、本当に自分の意思を持ってるのか?」
「ぴ!」
当然、と言いたげに鳴き声を上げる心核。
それは、明らかにアランの言葉に反応してのものであり、AIか何かまでは分からないが、心核に何らかの知性や自我といったものが存在することの証だった。
「……持ってるのか」
そのことに改めて驚きながら歩き、やがてレオノーラが台座の前まで到着し、その上の心核に手を伸ばし……だが、そこで躊躇する。
果たして自分が心核を手にしてもいいのか、と。
心核は一度誰かが使えば、別の者が使えるようになるまでにはかなりの時間がかかる。
それを思えば、自分がここで使わなくてもいいのではないか。
そんな思いがレオノーラの中にはあったが、それと同じくらい自分も心核が欲しいという欲望があった。
アランの操るゼオンをその目で見たのも、強く影響しているだろう。
レオノーラが苦戦していた石の騎士を相手に、あっという間に勝った、その力。
それを手にしたいと思うのは、黄金の薔薇というクランを率いる人物として、そして一人の探索者として、当然のことだ。
そのような思いに突き動かされるように、レオノーラはそっと台座の上に置かれたいた心核に手を伸ばし……触れる。
瞬間、レオノーラを中心にして、黄金の魔力が周囲に溢れ出る。
本来であれば、魔力というのは人の目で直接見ることは出来ない。
それこそ、特殊な魔眼の類を持っている者や、専用のマジックアイテムの類を使えば話は別だが。
そして、当然のようにアランはそのような魔眼を持っていないし、マジックアイテムの類も持ってはいない。
だがそれでも、多少ではあっても魔法を使える以上、魔力の流れを感じるようなことは出来る。
一流とは到底呼べないそんなアランの能力であっても、現在レオノーラを中心にして莫大な魔力が溢れ出ているのは、現在目の前にあるのが可視化した魔力であるというのを、否応なく理解させた。
「ぴ! ぴぴ! ぴ!」
ただ唖然とすることしか出来ないアランの掌の中で、自我を得た心核が鳴き声を上げる。
それは、明らかに嬉しそうなもので、だからこそ心核の鳴き声を聞いたアランは、その場から後退るといった真似や、腰を抜かすといったみっともない真似をしなくてもすんだのだろう。
だからといって、強大な魔力を有する存在を前にして平常心でいられる訳でもなかったのだが。
だが、幸いなことに……本当にアランにとっては幸いなことに、レオノーラを中心として溢れ出ていた黄金の魔力はやがて収束していく。
その莫大な魔力がそのまま足になり、身体になり、翼になり、尻尾になり、顔になり、牙になる。
そして魔力の収束が完了したあと、アランの前に存在していたのは黄金の竜だった。
全長そのものは、十八メートルあるゼオンとは違って半分ほど……恐らく十メートルもないだろう。
だが、頭の先から尻尾の先までの体長ということになれば、その大きさは二十メートル近い。
まさにゼオンとも真っ正面からやり合えるだけの巨大さを持っている黄金の竜、ドラゴンがそこには存在していた。
いや、やり合えるどころか質量の差を考えると、正面からぶつかった場合はゼオンの方が弾き飛ばされてもおかしくはない。
「ドラゴン……マジか……」
「ぴ! ぴぴ! ぴぴ!」
唖然と呟くアランの掌の中で、心核は嬉しそうに……それはもう、心の底から嬉しそうに鳴き声を上げる。
そんな正反対の態度を示すアランと心核に対し、黄金のドラゴンは首を傾げて口を開きかけ……やがて戸惑ったように周囲を見回し……
『聞こえてるかしら?』
不意に、そんな声がアランの頭の中に直接響く。
それは目の前のドラゴンの口から出た声ではない。
だが、それでも頭の中に響いた声がレオノーラの声だというのは、アランにも理解出来た。
(テレパシーみたいなものか? 正確には魔法とか魔力とか、そういうのを使ってるから、テレパシーじゃないんだろうけど)
目の前のドラゴンの声に、アランは頷きを返す。
「今のはレオノーラの声だよな?」
『そうよ。……どうやら、肉声で声を発することは出来ないみたいね。いえ、もしかしたらまだ心核を使ったばかりだから、この身体を動かすのに慣れてないせいかもしれないけど』
「あー、可能性はあるな」
そう答えつつも、アランは目の前の巨大なドラゴンがレオノーラの鈴の音のような声音で話したら、もの凄く違和感がありそうな……と思ってしまう。
『あら、思ったよりも驚いてないのね。てっきり驚いて声も出ないんじゃないかと思ってたのに』
アランが特に愕いた様子もなく言葉を返したのが少し不満だったのか、どこか拗ねたような様子でレオノーラは告げてくる。
実際、もしアランがゼオンを呼び出すようなことが出来ていなければ、恐らく黄金のドラゴンを前にして言葉を発することが出来たかどうかは微妙なところだろう。
黄金のドラゴンも十分に驚くべき存在ではあるが、アランにとってはここが魔法とかのあるファンタジー世界である以上、ドラゴンがいても当然という反応しかない。
また、雲海の者たちから、世の中には心核でドラゴンになる者もいるという話は聞いたことがある。
それに比べれば、世界観がまるで違うロボットを呼び出すことが出来て、その上で何故か心核がAIか何かが入ってるようなペットロボットになっている方が圧倒的に驚くべき存在だったというのが、アランの正直な思いだった。




