0130話
ザッカランの城壁の上にいる魔法使いを無力化したアランが次に目を向けたのは、地上から自分を……正確にはゼオンを睨んでいる、カバのモンスター。
ガーウィットが変身した青い狼では、ほとんどダメージを与えることが出来なかった、強力な防御力を持つモンスターだ。
とはいえ、ガーウィットの攻撃を封じるだけの強靱な筋肉と厚い脂肪と皮を持つカバのモンスターだけに、その重量も相当なものとなる。
それだけに、城壁の上に移動するといった真似も出来ず……現在出来るのは、地上からゼオンを睨み付けるだけだ。
「とはいえ、俺が向こうに付き合う必要もない訳で……」
カバにしてみれば、空を飛んでないでとっとと降りてこいと、そう思っているのは間違いない。
だからといって、アランがわざわざ敵に付き合う必要もない。
放たれた場所から相手にダメージを与える手段を持っているのだから、それを使わないという選択は、アランにはなかった。
「残念だけど、こうさせて貰おう。……フェルス!」
アランの言葉と共に、その背後の空間に幾つもの波紋が浮かび、その波紋の中から三角錐のフェルスが姿を現す。
……なお、こうしてカバを観察したり、フェルスを出したりといった真似をしている現在も、実は城壁に残った兵士から矢を射かけられ続けているのだが、生憎とただの矢ではゼオンの装甲を貫くような真似は出来ない。
大量の矢を射かけられ続けているにもかかわらず、アランはそれを無視してフェルスの操作に専念する。
「ビームライフルじゃないだけ、感謝して欲しいな」
そう呟きながら、フェルスをカバに向かわせる。
現状、ゼオンの持つ武器の中で一番攻撃力が高いのは、ビームライフルだ。
……もっとも、至近距離、いわゆるゼロ距離から放つ腹部拡散ビーム砲や、フェルスの全てを一点に集中して攻撃するといった真似をすれば話は別だったが。
また、ビームサーベルも威力という点では一撃必殺に近いものがあるが、今回はあくまでも遠距離からの攻撃でという条件のために最初から選択肢には上がっていなかった。
ともあれ、ビーム砲を内蔵しているフェルスの攻撃は、一撃で相手を殺すといったことをする心配はない。
いや、敵が心核使いでなければ、フェルスの一撃で死んだりもするのだろうが、今回はあくまでもカバのモンスターに変身した心核使いが相手だ。
その高い防御力をガーウィットとの戦いから予想していたアランにしてみれば、少数のフェルスで攻撃をすれば、相手を殺すようなことはないだろうと予想していた。
敵の心核使いを、わざわざ生かしたまま倒すというのは正直どうかとアランも思わないことはなかったが、その方が占領したあとでザッカラン側からの反発が少なくなると言われれば、そうなのかと従うしかない。
これが、どうしても相手を生かしたまま無力化するようなことが出来ないのであれば、アランも安易に今回の一件を引き受けたりはしなかっただろう。
だが、幸か不幸かアランには相手を生かしたまま無力化させるだけの力があった。
かなり繊細に気を遣う必要があるのは間違いなかったが、それでもゼオンの持つ武器を思えば簡単だったのだ。
「行け、フェルス!」
アランの意思に従い、三機のフェルスがカバに向かって飛んでいく。
それ以外のフェルスは、何かあったときすぐに対応出来るように、ゼオンの周辺に待機していた。
カバに向かって突撃していったフェルスのうち、二機は先端にビームソードを展開し、一機はビーム砲からビームを射出する。
カバは、最初自分に向かってくるフェルスを見ても、特に気にした様子はなかった。
自分の持つ高い防御力にそれだけ自信があったというのもあるだろうし、同時にラリアントでの戦いに参加していなかったので、フェルスについての情報を何も知らないというのも大きかった。
結果として……
「がああああああああっ!」
フェルスの一機が放ったビームにより、カバの装甲は呆気なく貫かれ、その痛みに悲鳴が上がる。
カバにとっても、自分の防御力は自慢だったのだろう。
実際にガーウィットの攻撃はほぼ無傷に近かったのだから。
だが……爪や牙による一撃とビームによる一撃では、その威力は大きく違う。
厚い皮膚や脂肪はあっさりと貫き、密度の濃い筋肉も貫き、骨をも貫き、反対側の皮膚からビームは貫通する。
カバにとっての不運は、それだけでは終わらない。
カバに向かったフェルスは三機で、ビーム砲を放ったのは一機でしかない。
では、他の二機はどうしたのかと言えば……
「ぐおっ!」
カバの口から悲鳴が上がり、地面に崩れ落ちる。
先端にビームソードを展開したフェルスが、カバの足の全てを大きく斬り裂いたのだ。
切断するといったところまではいっていないが、それでも大きく斬り裂かれた足では、何本あろうとも立っていることは出来なかった。
「……こんなものか」
カバが死んでいないのを確認すると、アランは攻撃に使っていたフェルスを戻し……
「させると思うか!?」
そう叫びながら、ビームサーベルを上空に向かって振るう。
「ぎゃんっ!」
瞬間、まるで犬のような悲鳴を上げながら二つの顔を持つ鷲が双方の顔で揃って悲鳴を上げて、あらぬ方に飛んでいく。
翼をビームサーベルによって斬り裂かれた鷲は、そのまま墜落することはなかったが、それでも飛び続けるといったことは出来ず、翼を羽ばたかせて何とか墜落することは防ぎ、地上に向かって落下していく。
「さて、これでザッカランの戦力は大きく減ったはずだ。この状況で……一体どうする?」
城壁の上にいる者たちを眺めながら、アランは呟く。
城壁の上にいた魔法使いは死んではないものの、ほぼ無力化された。
ザッカランが頼りにしていたと思われる心核使いも、二人揃ってゼオンによって無力化された。
……双方共に死んではいないが、それでも大きなダメージを受けたのは間違いない。
そうである以上、今のザッカランにはゼオンに……そしてゼオンのいるドットリオン王国軍に対抗する術はない。
ザッカランの者たちも、それが分かっているから降伏はしないのだろうし、常に攻める側の自分たちが攻められるというのを許容出来ていないのも、間違いのない事実だった。
だからこそ、ここまで追い詰められていても向こうから降伏するといった宣言はない。
それと同時に、ザッカランの兵士たちがゼオンに向かって行う攻撃も、次第に落ち着いていく。
魔法使いは早々に無力化され、ザッカランにとって奥の手だったはずの心核使いもゼオンの前にはあっさりと倒されてしまう。
これは結果論になるが、ガーウィットの変身した青い狼を圧倒したカバが、ゼオンの攻撃によってあっさりと無力化されてしまったというのも大きい。
同じ心核使いの青い狼に勝てて、これならどうにかなるかもしれないと、そう思ったところでゼオンがやって来てあっさりと倒されてしまったのだ。
まさに上げて落とすといったことをされた結果として、ザッカランの兵士たちはゼオンを相手にしても勝ち目はないと、そう思ってしまった。
それでも、まだゼオンに対して……ドットリオン王国に対して負けを認めたくない軍人は、必死に叫ぶ。
「攻撃しろ! あの空飛ぶゴーレムを倒してしまえば、ドットリオン王国軍などすぐに撤退する!
我らはガリンダミア帝国! ドットリオン王国程度に無様な真似は見せるな!」
そう叫ぶ軍人の指示に、まだ気力が残っている者や、もしくはほとんど成り行きで命令を聞いた者たちが、弓を引き絞って矢を射る。
もしゼオンが地上にいれば、それこそ長剣や槍といった武器を使って攻撃をする者もおり、結果としてまだ攻撃が出来る者はそれなりにいただろう。
だが、ゼオンは空を飛んでいる。
そのことがまた、ザッカランを守る兵士たちの士気を挫くには十分だった。
「ともあれ、お前は邪魔だ」
ゼオンに攻撃しろと命じている軍人のいる場所に向け、頭部バルカンを発射する。
明らかに現状を理解しておらず、その上で言葉からドットリオン王国を下に見ており、もしこのままザッカランを占拠しても絶対に従うようなことはせず、最悪の場合はゲリラ活動でもされては大変だ。
そんな思いから、アランは死んでも構わないという思いで頭部バルカンを撃ったのだが……叫んでいた軍人は天運に恵まれているのか、それとも単純に悪運が強いのか。
ともあれ、頭部バルカンの弾丸は男の近くにある城壁を削ったり破壊したりはしたものの、その身体に命中するということは一切なかった。
「これは……」
自分の技量を疑ったアランだったが、それも軍人が黙り込んだので、それ以上の攻撃は止める。
……黙り込んだというか、実際にはあまりの恐怖に軍人が気絶したというのが正しいのだが。
その後も、何人かの軍人が攻撃をしろ、ドットリオン王国軍相手に負けるようなことはあってなはらないといったように叫び……そのような者が、次から次にゼオンの頭部バルカンによって、もしくは頭部バルカンの届かないよう場所に隠れながら叫んでいる場合はフェルスを使い、次々に倒していく。
そのようなことが何度か続き、ザッカランの城壁の上にいる者たちも、攻撃しろと叫べばゼオンに攻撃されると理解し、大人しくなる。
城壁の上で必死にゼオンに向かって矢を射っていた兵士たちも、ゼオンが矢を全く気にしていないと知ると、自然と攻撃を控えるようになった。
自分たちが必死で攻撃しているのに、相手は全く攻撃をされていることにすら気が付いていないといった態度を取られたのだ。
兵士の心を折るには十分な出来事だった。
……アランとしては、そこまで考えていたのではなく、矢による攻撃は特に被害もないので放っておいたというのが、正しかったのだが。
ともあれ、そうして城壁の上にいる兵士たちが攻撃しなくなったところで、アランはゼオンを操縦し、上空に向けてビームライフルを撃つ。
日中であっても、そのビームはしっかりと見え……そしてビームの光を見たドットリオン王国軍は、その合図に進軍を開始するのだった。




