0013話
石の騎士の爆発が終わったあと、アランはロボットの中で安堵する。
初めて手にした心核を使ってみたら、普通ならモンスターになるはずが、何故かロボットになるという、明らかに異常……いや、地球からの転生が関係していると思われる状況での戦いを終えたのだから、それも当然だろう。
「あー……取りあえず、レオノーラは無事、と」
コックピットの中から映像モニタに表示されているレオノーラを眺め、アランはこれからどうするべきかと考える。
そのようにした一番の理由は、やはりというか、レオノーラの浮かべている表情だろう。
満面の笑みを浮かべているその様子は、希に見る美貌ということもあり、普通なら目を奪われてもおかしくはない。
実際、アランもそんなレオノーラの視線に目を奪われていたのだから。
だが……その美貌が浮かべている笑みは、どう考えてもアランが無事で良かったということを喜んでいる笑みではない。
いや、ある意味ではアランの無事を喜んでいるのは間違いないのだろうが、それはアランが乗っているロボットに対して強い興味を抱き、何故そのような存在を心核で生み出すことが出来たのかという興味の方が強いだろう。
「取りあえず……下りるか」
アランがそう思い、呟いた瞬間……何故かコックピットが開く。
「え?」
それに驚いたのは、当然のようにアランだ。
アランが知っている心核の所有者……雲海にいるオーガや白猿といった存在や、今までに見たことがある他の心核の持ち主の場合であっても、心核を解除したときは、身に纏っていたり、変身したりといった形で存在していたモンスターは、塵のように消えていくのだ。
それこそ、世界に存在する魔力に還元されるかのように。
少なくても、こうしてコックピットが開いてパイロットのアランを外に出す……といったような真似をするというのは、アランは見たことがなかった。
もちろん、アランも世界中にいる全ての心核使いを知っている訳ではない。
それどころか、アランが知っている心核使いというのは氷山の一角という表現でも過大なくらいだと言ってもいい。
だからこそ、現在アランが乗っている心核の挙動に疑問を抱きつつも、アランはコックピットから出る。
とはいえ、ロボットの全高は明らかに石の騎士よりは大きく、アランに現在いる高度から飛び降りるような能力はない。
いや、本当にどうしようもなければそのような真似をするかもしれないが、今はそんな一か八かといった状況ではないのだから、そのような真似をしたいとは到底思えなかった。
(どうするんだよ? もしかして、胴体と足を伝って下りていけってことか?)
そう思ったアランだったが、まるでそれが合図だったのかのように開いたコックピットの部分、外側に出ている場所から三角の形をした何かが外れる。
三角の部分とコックピットの間はワイヤーで繋がっており、それを見たアランはすぐにそれが何なのかを理解する。
何故なら、日本にいたときに見たロボットが出てくるアニメや漫画といったものではお馴染みのものだったから。
「乗降ワイヤーか。……こういうのもしっかりと再現されてるんだな」
改めて自分の中にあるロボットへの思い……いや、想いからこうして心核が自分の乗っていたロボットを生み出したのかという実感を抱きつつ、乗降ワイヤーに足を引っ掛けて地面に下りる。
そこでは、当然のことながらレオノーラが満面の笑みを浮かべながらアランの下りてくる様子を眺めており……アランがロボットから離れたところで、ようやく歩き出す。
「アラン、これは何なのかしら。しっかりとその辺を聞かせて貰えると、嬉しいのだけど」
「あー……うん。これが何なのかってのは、言うまでもないだろ? 心核だよ」
そう言葉を返しつつ、アランは改めてロボットに視線を向ける。
ここで、初めてアランは自分がつい先程まで乗っていたロボットの姿を正面からしっかりと確認する。
その全長は、やはりというか、当然というか、石の騎士と戦っていたときに感じたのだが、かなり大きい。
石の騎士が身長五メートルほどだとすると、現在アランの前にあるそのロボットは石の騎士三匹分以上、四匹未満といった全長を持つ。
(十八メートル前後ってところか。けど……この色はちょっと……目立ちすぎないか?)
全長はともかく、ロボットで最初に目に付き、強く印象に残るだろう機体色。
それが紫をベースになっているというのは、アランにとっても微妙なところだった。
もっとも、本人は全く気が付いている様子はないが、アランの髪が紫だということもあり、ロボットとアランが一緒にいるのを見れば、不思議な程に違和感がなく、統一感らしきものすらある。
機体色のベースとなっている紫も、濃い紫という訳ではなく薄紫とでも呼ぶべき色で、それに黒や金、銀、赤といったいくつかの色がアクセントを与えているというのも、その印象に一役買ってるのだろう。
右手にはビームライフルを持ち、先程まで左手に持っていたビームサーベルは、すでに腰の武器ラックに収納されている。
そして一番この機体を見て強い印象を抱くのは、その背後にある翼のようなバインダー……ウイングバインダーだろう。
もっとも、それはあくまでも翼を模しているというだけであって、本当に翼がある訳ではないのだが。
(ファンタジー世界なんだし、どうせなら生体部品っぽく、本物の翼とかでもいいのに)
また、機体全体もかなりシャープで曲線的な印象を感じさせる作りになっており、腰の部分や肩のパーツが後ろに流れるような感じの作りになっている。
また頭部にある目はモノアイと呼ばれる形式となっており、それがどこか威圧感を醸し出していた。
総じて、アランにとって見覚えのない、初めての機体だった。
それでもアランはその機体を見て……高機動型のロボットということで、自然と言葉が出た。
「ゼオン」
それは、アランがこの世界に転生する前、日本で生きていたときに嵌まっていたロボットを使った対戦ゲームでアラン……いや、荒人が好んで使っていた高機動型のロボットの名前だ。
目の前に存在するロボットとゼオンでは、似ている場所はほとんど存在しない。
それこそ、共通点はロボット……二足歩行の人型機動兵器で、高機動性であるといったくらいだろう。
だが、それでもアランは何故か目の前のロボットを見てゼオンという自分の愛機――ゲームでの話だが――を思い出したのだ。
そして、レオノーラがそんなアランの言葉を聞き逃すはずがない。
「ゼオン? それがこのゴーレム……のような存在の名前なの?」
レオノーラの言葉に一瞬しまったといった表情を浮かべたアランだったが、どのみち目の前のロボットに何らかの名前をつける必要がある以上、それでいいかと思い……いや、それ以上にゼオンと口にしたアラン本人がしっくりきたということもあって、頷きを返す。
「ああ、そうだ。これが人型機動兵器……ゼオンだ」
「人型機動兵器? それは一体……ゴーレムとどう違うの?」
人型機動兵器と若干良い気分になって告げたアランだったが、レオノーラのその言葉に、どう説明すればいいのか迷い……やがて説明するのも面倒だと、単純な内容を説明する。
「簡単に言えば、人が中に乗って自由に操作出来るゴーレムだな」
「やはりゴーレムなのね。……それでも、普通のゴーレムとは随分と違うようだけど、それに、あの石の騎士を一撃で倒す攻撃力も……」
凄い。
そう言おうとしたレオノーラだったが、その途中で不意にゼオンの姿が光の塵となって消えていく。
それ事態は、そこまでおかしなことではい。
そもそも心核を使って得たモンスターの姿は、最終的には光の塵となって空気中を漂う魔力に変わっていくのだから。
そういう意味では、普通のことだと言ってもいいだろう。
やがて光の塵が消えたあとに残っていたのは、拳大……いや、拳の半分くらいの大きさの心核だった。
間違いなくアランが台座から手に取り、ゼオンを作り上げた心核だろう。
アランはひとまず自分の心核となったそれに近づき、拾い上げる。
レオノーラからの追求から少し逃れるという意味もあってのことだったのだが……
「ぴ」
「……え?」
不意にどこかから聞こえてきた音……いや、声とでも呼ぶべきものに、周囲を見回す。
もしかしたら、本当にもしかしたら、まだ石の騎士を倒しきっていなかったのではないかと、そう思ったためだ。
だが、慌てて周囲を見回しても、やはり石の騎士は全てが倒れ込んだまま、動く様子はない。
ならば、今のは空耳か?
一瞬そう思ったアランだったが、よく見ればレオノーラも今の声は聞こえたらしく、鞭を手に周囲を見回している。
自分だけならまだしも、レオノーラまでもが周囲を警戒している以上、気のせいということは絶対にないだろう。
ならば、一体どこから今の声が。
アランもまた、レオノーラと同じく何が起きてもすぐ反応出来るように周囲の様子を注意深く観察し……
「ぴぴ?」
再び聞こえてきた、その声。
だが……今度は注意深く周囲を探っていたため、その声がどこから聞こえてきたのかというのは、はっきりと分かった。
それは……アランの手の中。
そう、アランが手にしている心核からそんな声が聞こえてくるのだ。
自分の手の中から聞こえてきたその声に、アランは思わずといった様子で動きが止まり……
「……アラン?」
二度目の声には、当然のようにレオノーラも反応し、どこから聞こえてきたのかを把握する。
それは、明らかにアランの方から聞こえてきており……
「どういうことか、説明して貰えるかしら?」
まさに満面の笑みと呼ぶに相応しい笑みを浮かべつつ、レオノーラはアランにそう尋ねる。
迂闊なことを言えば、間違いなく酷い目に遭わされとと判断したアランは、現状をどうか穏便に済ませられるようにしようと考え……やがて、現状では完全に誤魔化すようなことは出来ないだろうと判断し、天を……この空間の天井を仰ぎ見るのだった。




