0129話
ガーウィットが戻ってきた以上、次にドットリオン王国軍が取る行動は決まっていた。
そもそもガーウィットの目的が敵に奥の手を出させるためであり、その奥の手が恐らく心核使い以外にないと判明した今、もう攻撃を躊躇う必要はなかった。
心核使いが一人いれば戦局が逆転することも珍しくないと言われているのだから、本来なら心核使いを奥の手とするのは正しいのだろう。
だが……それはあくまでも普通の場合だ。
雲海と黄金の薔薇という、心核使いを複数抱えている二つのクランを敵に回した以上、それに対処するのは難しい。
また、その二つのクラン以外にもガーウィットという心核使いもいる。
ドットリオン王国軍はザッカランにどれだけの心核使いがいるのかは分からなかったが、イルゼンから聞いた領主のサンドロの性格と、ラリアントを攻めて来たときに大量にアランによって倒された心核使いの数を考えれば、数は極めて少ないことが予想された。
そのため、ここでゆっくりと戦っても意味はないと判断し……
「カロ、行くぞ」
「ぴ!」
ドットリオン王国軍の陣地から少し離れた場所でアランは自分の心核のカロに声をかけ、カロはそれに短く返事をして……そして、全高十八メートルの人型機動兵器のゼオンがその場に姿を現す。
ざわり、と。
そんなゼオンの姿を見て、ドットリオン王国の兵士たちがざわめく。
この場にいるのは、ラリアント防衛戦で戦った兵士たちだけだ。
つまり、ラリアント防衛戦で戦ったゼオンの姿も当然のように見ている。
それだけに、初めて見る巨大な人型機動兵器に驚いたという訳ではない。
だがそれでも、やはり全高十八メートルもある人型機動兵器が持つ迫力というのは非常に大きく何度見てもその姿に目を奪われるものがある。
「ぐっ、くそ……」
それは、アランに強い対抗心を抱き、嫉妬しているガーウィットもまた同様だ。
アランが気にくわないのは間違いないが、その気にくわない理由の一つは、やはりゼオンという存在だろう。
心核使いの技量としては、決してアランに負けるつもりはない。
だが、ガーウィットが変身する青い狼と、全高十八メートルのゼオン。
その二つでは、圧倒的なまでに存在感に差がありすぎた。
少なくても、ガーウィットはゼオンを見てそのように思ってしまう。
だからこそ、偶然ゼオンという心核を得たアランに対する嫉妬や対抗心を止められないのだ。
……実際には心核使いというのはその者の根源ともいうべき存在を身に纏って変身するのだから、偶然という言葉では言い表せないのだが。
また、偶然という言葉を使うのであれば、ガーウィットが貴族として生まれてきたことも偶然と言えるのだが……本人はそのことに気が付いてはいない。
いや、あるいは気が付いていても意図的に無視しているのか。
ともあれ、そんなガーウィットの目の前でゼオンは軽く地面を蹴って空を飛び、ザッカランに向かうのだった。
「来た、また来たぞ! 敵だ! あれは……ゴーレムか!? 空を飛んでるぞ!?」
ザッカランの城壁でドットリオン王国軍を見張っていた兵士の一人が、そう叫ぶ。
青い狼に変身した心核使いを撃退したことで、ザッカランの兵士たちは士気が高まっていた。
それこそ、次にまたドットリオン王国軍がやってきたら、また撃退してるやると、そう話し合いながら。
そんな状況だっただけに、またドットリオン王国軍の陣地から姿を現した空飛ぶゴーレムを見ても、余裕を持っている兵士が多かったのだが……そんな中で、ゼオンの姿を見た瞬間に身体を震わせる兵士が少数ながらも存在した。
その兵士たちに共通してるのは、全員がラリアント攻略戦に参加した兵士の生き残りで、ゼオンの圧倒的なまでの実力を自分の目で見て、経験した者たちだということだ。
それだけに、ゼオンの姿を見て何も思うなという方が無理だろう。
映像モニタで周囲の者たちの様子を確認し、アランは口を開く。
「取りあえず、ゼオンの実力があれば問題はないと他の者たちは理解しているんだし、今はその実力を見せるとするか。……それに、今回はレオノーラもいるし」
映像モニタで、少し離れた場所でゼオンを見ているレオノーラの姿を確認する。
レオノーラの側には、黄金の薔薇の面々が集まっていた。
まだ黄金のドラゴンにはなっていないが、もしアランがザッカランの攻略に失敗した場合は、すぐに護衛として駆けつけられるのは間違いなかった。
……とはいえ、アランも当然のように自分の実力でどうにか出来るのなら、レオノーラの手を煩わせようなどとは、全く思っていなかったが。
「ともあれ……行くか」
レオノーラに格好悪いところを見せたくはない。
そんな思いを抱きつつ、アランは空を飛んだまま空中で待機していたゼオンをザッカランの方に向けて移動させる。
ただし、今回の目的はあくまでもザッカランに可能な限り被害を与えない状態での占領だ。
それだけに、いつものような飛行速度を見せつけるといった真似をするよりも、ゆっくり、それでいて確実に進むという方が、相手に脅威を抱かせやすい。
ゼオンのいつもの速度で近付けば、ザッカランの兵士たちは大きく驚きはするものの、その驚きはすぐに消えるだろう。
だが、ゼオンがゆっくり近付いてくるとなると、その速度が遅いだけにゼオンの恐怖は即座に襲ってくることはないが、代わりにすぐに恐怖が消えたりもしない。
じわり、じわりと。ゼオンが近付いてくる光景を見て、ザッカランを守っている兵士の多くが恐怖を感じる。
実際、最初こそガーウィットの変身した青い狼を撃退したことで士気が高くなっており、ドットリオン王国軍何するものぞと、士気の高かった兵士達もゼオンがゆっくりとではあるが、確実に近付いてくるのを見ると、次第に声が小さくなっていく。
そして、緊張に我慢出来なくなった者が取る行動はそう多くはない。
「撃てっ! 撃てぇっ!」
……そう叫んだのが、小隊長という地位にある人物だったことは、兵士にとって幸運だったのか、不運だったのか。
ともあれ、半ば反射的にその声に従って、兵士たちは矢を……そしてかなり少人数だが魔法を撃つ。
そんな風に飛んできた攻撃のうち、アランは矢に関しては全く気にした様子もなく射らせるままにしておき、魔法のみは回避する。
元々ザッカランには、魔法を使える者はもっと多くいた。
ドットリオン王国との国境のすぐ側にある城壁都市だけに、戦力を揃えるのは当然だった。
だが、領主ほどではないにしろ、ガリンダミア帝国の人間の意識として、攻める側は自分たちであるという認識を多くの者が持っている。
結果として、ラリアント攻略戦においてザッカランにいた魔法使いの多くもそちらに回され……そして最終的には多くの者が殺された。
心核使いほどではないにしろ、魔法使いとしての才能を持っている者は……そして才能を眠らせずにかしっかりと活用出来る者は、決して多くはない。
そんな魔法使いの多くがラリアント攻略戦によって死んでいる。
……魔法使いとして固まっているところに、ゼオンや黄金のドラゴン、さらにはゼオリューンの攻撃を何度も食らってしまったのが、致命的だったのだろう。
結果として、それだけ多くの魔法使いが死んでしまい、生き残った魔法使いも怪我をした者が多数となる。
数少ない、偶然に助けられて無傷や軽傷ですんだ魔法使いたちも、ゼオンや黄金のドラゴンから少しでも離れたいという思いに襲われて多くの者が撤退した部隊と共にザッカランを離れた。
結果として、ザッカランに残る魔法使いは少なく、技量が未熟な者、もしくは性格的に問題があって軍事行動に適さない者が多い。
そんな中でもある程度部隊として運用出来たのは、冒険者や探索者といった面々がいたからだろう。
そして、アランとしてもそのような……言ってみれば手練れの魔法使いが放つ魔法は、決して受けたいとは思わない。
ゼオンの防御力なら心配ないと思う反面、もしかしたらダメージを受けるかもしれないという思いがあり……だからこそ、まずは魔法使いを排除するべく頭部バルカンを魔法を撃ってくる相手に向かって撃つ。
ただし、頭部バルカンの弾丸を直接当てるような真似はしない。
今回のザッカラン攻略戦は、出来るだけ相手からの恨みを買わないようにしてザッカランを占領するというのが一つの目標だ。
だからこそ、今回の戦いにおいては出来るだけ相手を殺さないように注意する必要があった。
頭部バルカンはゼオンの持つ武器の中で一番威力の小さい武器だ。
しかし、その一番威力の小さい武器であっても、その弾丸が命中すれば人の身体は容易に砕ける。
それが分かっているからこそ、狙うのは魔法使い本人ではなく、魔法使いのいる城壁なのだ。
城壁が破壊された衝撃で魔法使いたちはバランスを崩し、倒れ込む。
運の悪い魔法使いは、破壊された城壁の破片によってその身を打たれたり、もしくは皮膚を切り裂かれたりといったことになってもいた。
とはいえ、相手を出来るだけ殺さないようにしているアランであっても、相手を傷つけず無効化するというのは難しい。
……もっとも、だからといって城壁を破壊しまくってもいいかと言えば、その答えは否なのだが。
城壁というのは、外敵の侵入を防ぐためのものだ。
だというのに、その城壁を破壊するようなことをしてしまえば、ザッカランをアランたちが使うようになったときに苦労する。
モンスターや野生動物、盗賊、もしくは……ザッカランを攻略したあとであれば、それこそレジスタンスといった者たちが自由に侵入してくる危険もあった。
その辺りのことを考えると、アランとしてはこの城壁を好き放題に破壊するといったような真似をする訳にもいかない。
「早く降伏してくれれば、楽なんだけどな」
呟くアランだったが、外側で行われている一方的な射撃とは裏腹な、うんざりとした色がある。
そんなことをしていつうちに、魔法使いの大多数は城壁の上に倒れ込むか、その場から逃げるかし……
「さて、残るは心核使いだな」
地上から自分を睨んでいるカバのモンスターを眺めながら、アランはそう呟くのだった。