0123話
ザッカラン攻略の話は、すぐに本格化した。
……本来なら、それこそラリアントを全力で守るといった戦いが終わったばかりなので、もっと準備に時間がかかってもおかしくはなかったのだが……ガリンダミア帝国軍も、まさかこの状況でザッカランに攻撃をしてくるとは思っていないだろうという、相手の意表を突くための行動。
また、城塞都市たるザッカランを攻略するには、攻城兵器の類も必須となるのだが、ラリアント軍の場合は攻城兵器の類を運ぶ必要がないというのも大きい。
「頼んだぞ、アラン。お前の心核があれば、相手がどのくらい頑丈でも簡単に撃破で出来るはずだ」
アランを呼んだセレモーナが、真剣な表情でそう告げる。
当然だろう。実際、アランが……雲海や黄金の薔薇がザッカラン攻略に手を貸すといったことをしなかった場合は、ザッカランの攻略はかなり難しかったのだから。
それこそ、攻略ではなくザッカランを攻撃するだけで、ガリンダミア帝国軍に対する報復とするしかなかった可能性もある。
見せかけのザッカラン攻略。
そんなことにならなかったのは、ゼオンを擁するアランがいたからだ。
……黄金の薔薇を率いるレオノーラもいるのだが、レオノーラの場合はその立場もあって、セレモーナが命令や要請をすることは難しい。
いや、本当にどうしようもなくなれば、もちろんセレモーナもそうするのだが、今の状況を考えれば、そのような真似をするのは少し難しいのだ。
ともあれ、セレモーナに頼むと言われたアランは、即座に頷く。
「はい、分かっています。イルゼンさんからも、しっかりとその辺は言われてますので。……ただ、協力する見返りとして……」
「大樹の遺跡の件だな? それは問題ない。いや、むしろこちらとしては雲海や黄金の薔薇に大樹の遺跡を攻略して貰うのは、都合がいい」
大樹の遺跡からはポーションの類が多く発掘される。
古代魔法文明時代のポーションが未だに使用可能だというのは、日本の常識を持つアランにとっては驚きだったが、それでも魔法のある世界でならそういうこともあるかも? と思う。
また、同時に心核のような存在があるのだから、発掘されたポーションが未だに使えたとしても、それはおかしな話ではない。
「ありがとうございます。大樹の遺跡は探索者の間では結構有名な遺跡なので、今回はいい機会なんですよね」
「そうなのか? まぁ、こちらとしては遺跡から出るポーションは多ければ多いほどに利益となるんだ。そんな遺跡に有名なクランが挑んでくれるのなら、言うことはない」
そう言いながらアランに笑みを向けたセレモーナだったが、すぐにまた机の上の書類に目を向ける。
ラリアントを防衛した件についてだけでも、処理しなければならない書類は数多い。
そんな中でザッカランに攻略するとなれば、当然のようにそれ以外にも多くの書類が必要となるのは当然だった。
今のセレモーナは、そんな書類を処理している最中で、ここ最近はそれこそ寝る暇も惜しんで作業を行っている。
アランもそれは分かっているので、セレモーナが仕事に戻ったのを理解すると、頭を下げる。
「じゃあ、この辺で失礼します。ザッカラン攻略のための準備がありますから」
「分かった。……色々と大変だろうが、ザッカランの攻略はお前たちに……いや、お前にかかっている。頼むぞ」
そう最後の言葉を交わすと、アランは執務室から出た。
「ふぅ」
執務室から出たことで、小さく息を吐く。
セレモーナ本人は、そこまで厳しい人物ではない。
だが、お偉いさんであるというのは変わらないのだ。
それだけに、どうしてもセレモーナの前に立つと緊張してしまう。
戦っている中でなら、そこまで緊張したりはしなかったのだが……こうして立派な執務室で仕事をしているのを見れば、やはり自分とは別次元の人なのだというのは、素直に納得出来てしまった。
「さて、そうなると……取りあえずここから出るか」
ラリアントに援軍に来た貴族の者たちの多くが、現在ここで働いている。
セレモーナが大量の書類を前に次々と処理をしていたが、現状はそれ以外にも多くの書類を処理する必要があり、その仕事の一部は貴族たちにも回っていた。
そんな貴族と遭遇するのは、アランとしては出来れば避けたい。
貴族の中には、アランに対して色々と思うところを感じている者も多い。
他のラリアント軍の者たちなら友好的に接するのだが、アランだけは別。
そのように思っている者も、残念ながらいるのだ。
アランにとっては、それが非常に悔しいのだが……ともあれ、今の状況でそのような貴族と遭遇するのは面白くない。
だからこそ、今は何とかこの領主の館から素早く立ち去ろうと、そう思っていたのだが……
「おや、アランじゃないか」
通路を進んでいる中、曲がり角を曲がった先にいた人物にそう声をかけられたアランは、表情に出さないように面倒なことになったと思う。
何故なら、その貴族は心核使いとしてこの軍に参加した者の一人だったのだから。
とはいえ、ここで無視をするといった真似をした場合、さらに面倒なことになる可能性がある以上、ここで相手をしないという真似も出来ない。
「こんにちは、ガーウィット様」
一応丁寧な言葉遣いではあるが、そこにガーヴィットに対する尊敬の類はない。
元々、アランは貴族の類にいい感情を持っていない。
この世界に転生してから今まで、多くの貴族の横暴な振る舞いを見てきたからというのが、その理由だ。
もちろん、中にはレオノーラやセレモーナといったように、貴族の中でも尊敬に値する相手はいない訳ではない。
だが、それは逆にいない訳ではないという確率だ。
正確には、今回ラリアントにやって来た貴族の多くは、平民に対しても助けられたことがあって相応の態度を取る者が多い。
だが、アランは別だ。
心核使いとして大いに活躍し、それこそラリアント防衛戦の英雄とまで呼ばれるようになっているアランは、貴族にとって……それも心核使いの貴族にとって、決して許容出来る相手ではない。
これは、心核使いの貴族だからというのが大きい。
中には心核使いの貴族であっても、アランを認める者もいない訳ではないのだが。
特に最初にセレモーナに会いに行ったときに絡んで来たヒルスという貴族の心核使いは、アランと友好的な関係を結んでいる……とまではいかないが、それでもゼオリューンをその目で見てからは、下手にアランに絡んでくるような真似はしなくなった。
ゼオリューンの活躍を見れば、正面から敵対した場合、自分に勝ち目がないと知っているからだろう。
他の貴族の心核使いも、アランに対しては敵対はしないが優遇もしないといった距離感を保っている。
アランにとっては、取りあえず敵対されることがないだけでも助かるのだが……貴族の中には、ゼオリューンを見て、それでもなおアランの前に立つガーウィットのようにその存在を認めることが出来ない者もいる。
「アランはここに何をしに来たんだい? ここは平民風情が来るような場所ではないぞ?」
軽い牽制。
だが、ガーウィットにとって軽い牽制ではあっても、それでアランが不愉快に感じないという訳でもない。
内心でガーウィットに苛立ちを覚えながらも、アランは素直に口を開く。
「セレモーナ様から、ザッカラン攻略についての話があるとのことだったので。……ガーウィット様も、その件について来たんですか?」
純粋な疑問といった様子で尋ねるアラン。
だが、その内心ではガーウィットと一緒にザッカランを攻略することになると面倒なことになると、そう思ってしまう。
……しかし、そんなアランの言葉に、ガーウィットは端正と評してもいい顔を引き攣らせる。
実はガーウィットがセレモーナに会いに来たのは、自分もザッカランの攻略に加えて欲しいと要求するためだった。
ガーウィットとアランの相性の悪さもあり、ガーウィットはザッカラン攻略からは外されている。
だからこそ、ガーウィットはそれが不満で、こうしてセレモーナに直訴するためにやって来たのだ。
そうしたらアランの姿があったので、憂さ晴らしも込めて軽く挑発をするつもりだったのだが……挑発するつもりが、アランにその気はなかったのかもしれないが、思い切り反撃を食らってしまった。
「ぐっ!」
ガーウィットは言葉に詰まり、アランを睨み付ける。
自分は次の戦いに参戦出来ないのに、何故かアランは参戦が確定している。
……いや、何故かという言葉をつけなくても、その理由は明らかだ。
アランの心核たるゼオンは、それだけの実力を持っているのだから。
だからこそ、ガーウィットはよけいにアランを憎み、妬ましく、疎ましく感じるのだ。
「いい気になるなよ」
最初の、表向きだけであっても友好的な言葉は一切消え、苛立ちと憎しみを込めてた視線をアランに向けると、ガーウィットはアランの前から立ち去る。
そんなガーウィットの様子を一瞥すると、アランは小さく溜息を吐いてから歩き出すのだった。
「ザッカラン攻略に参加する兵士は、支給品があるからこっちに集まれ!」
「おーい、城壁の修繕に協力してくれる者はこっちだ!」
「馬鹿野郎! 何でそんな資材を持ってくるんだよ! そっちじゃなくて三番の資材だって言ってるだろ!」
「美味いよ、美味いよ。これを食べれば、ザッカランの攻略でも手柄を挙げられること間違いなし!」
ラリアントの街中を歩くアランは、いたる所から聞こえてくる声を聞きながら、自分がこのラリアントを守ったのだと、しみじみと実感する。
聞こえてくる声の中には、悲壮な響きの類は全くない。
皆がラリアントを守り切ったといことを嬉しく思い、それによって戦いの中で破壊された場所を修復し、少しでも早くラリアントという城壁都市を以前の姿に戻し……そして、それ以上に大きく発展させようと、頑張っている声が聞こえてくる。
そんな活気のある声を聞いていたアランは、ガーウィットとのやり取りで胸の中に残ったもやもやとした思いが消えていくのを感じ……嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。




