0120話
n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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『では、ドットリオン王国の……ラリアントの勝利を祝って……乾杯!』
『乾杯!』
セレモーナの声が魔法に増幅されて、ラリアント中に響き渡る。
その乾杯の言葉を合図に、ラリアントにいる面々も全員が持っていたコップを掲げ、または近くにいる者のコップとぶつけあい、乾杯とそれぞれ口にしていた。
そうして酒や果実水、お茶……様々なものを飲み干し、自分たちの勝利を祝う。
「……ま、乾杯ってことで」
「そうね。正直もう少し休んでいたいけど」
そんな中で、城壁の上で壁に寄りかかりながら座っていた二人……アランとレオノーラの二人は、それぞれ自分が持っていたコップを軽くぶつけて、乾杯の合図とする。
本来なら、今回の戦いの勝利者と言ってもいいアランとレオノーラだったが、そんな二人が何故隠れるようにしてここにいるのか。
……いや、隠れるようにではなく、これは実際に隠れているのだ。
何しろ、あの戦いで二人は目立ちはすぎた。
ゼオンと黄金ドラゴンが合体したゼオリューンは、それこそ敵味方全ての視線を集める程に、強い衝撃を皆に残したのだ。
その結果どうなったのかといえば……戦闘が終わった後で、多くの者に追いかけられることになってしまった。
追いかける者の理由も、様々だ。
少し話してみたい、自分に仕えないかといった者から、中にはレオノーラの美貌に目が眩み、結婚して欲しいとプロポーズする者すらいる。
それ以外にも様々な者がおり、そんな者たちから逃げてきたアランとレオノーラがやって来たのが、城壁の上だった。
そんな二人を見かねて、兵士の一人が飲み物とコップを渡し……それによって、こうして乾杯が出来たのだ。
「それにしても、正直なところここまで騒がれるのは予想外だったな。……レオノーラなら分かるけど」
「あら、私なら騒がれてもいいの?」
「レオノーラの場合は、何だかんだで慣れてるだろ?」
アランの口から出た言葉は、決して間違いではない。
歴史上稀に見る美貌と評してもいいほどの美貌を持つレオノーラだけに、人から注目を集めるというのは、もういつものことだと言ってもいい。
だというのに、そんなレオノーラはアランの言葉に若干の呆れと共に口を開く。
「慣れているからって平気なものじゃないわよ」
「そういうものか?」
「そういうものよ」
「そうか」
短い言葉のやり取りをしながら、二人はコップに口を付ける。
決して美味かったり、冷たかったりする訳ではない果実水だったが、それでも今の状態ではこれ以上ないくらいに美味いと感じることが出来た。
「それにしても……」
同じ言葉を繰り返すのも飽きたのか、アランは果実水を飲みながら話題を変える。
「それにしても、まさかレオノーラが戻ってくるとは思わなかったよ。……黄金の薔薇も含めて」
それは、アランがピンチのときにやってきた黄金のドラゴンを見たときから抱いていた疑問。
レオノーラは、アランを……正確にはゼオンを手に入れようとするガリンダミア帝国軍との戦いに黄金の薔薇を巻き込むわけにはいかず、本人の気持ちはどうあれ、雲海と別れてラリアントから去るという決断を下した。
だというのに、その決断を下した本人はこうしてラリアントまで戻ってきたのだ。
アランは自分の危機を救われ、さらにはラリアントを守り抜く原動力ともなったレオノーラに不満はない。
……いや、出来れば最初から手伝ってくれればよかったのにという思いがない訳でもないが、ラリアントから去っていったレオノーラが助けに来てくれて、それによってガリンダミア帝国軍を撤退に追い込むことが出来たのだから、不満は言えないというのが正直なところだ。
だが、それはあくまでもアランだから言えることであって、他のラリアント軍……特に、援軍としてやって来たセレモーナたちではなく、最初からラリアントを守っていた者たちにしてみれば、レオノーラに言いたいことは多いだろう。
また、黄金の薔薇の到着が結局は戦闘終了後になったというのも、この場合は大きい。
その黄金の薔薇の面々は、現在祝勝会の裏方に回っていたりするのだが。
……とはいえ、黄金の薔薇の面々は基本的に貴族の長男以外の者たちで構成されているクランであり、探索者としての実力はともかく、宴会の用意についてはそこまで得意ではない。
それでも、クランとして活動するようになってから、ある程度の料理は出来るようになっているのだが。
「そうね。正直なところ私も皆のことを考えると、ラリアントに来るつもりはなかったわ。クランを率いる者として、皆を守らなきゃいけないし」
「だろうな」
アランもレオノーラの立場は分かっている。
だからこそ、以前レオノーラが自分たちに協力出来ないと言ってきたときにも、納得したのだ。
アランとレオノーラの付き合いは、まだ短い。
だがそれは、付き合いが浅いといことにはならない。
以前のスタンピードで初めてゼオリューンに合体したとき、アランはレオノーラの記憶を、レオノーラはアランの記憶を見た。
お互いが相手のことをよく知っているという意味では、その辺の親友、家族、恋人といった者たちよりも、深く知っていた。
だからこそ、アランはレオノーラがラリアントまで助けに来てくれた理由が分からない。
レオノーラが自分の部下をどれだけ大事に思っているのか、それを知っているのだから。
「それでも、ね。私が皆のことを考えていたように、皆も私のことを考えてくれていたのよ。ラリアントの状況が伝わってきて……そうしたら、皆が……」
そこまで言われれば、アランにもレオノーラが何を言いたいのかは理解出来た。
そうして、皆からの後押しもあって、ラリアントにやって来たのだろうと。
「そうか。そうなると、黄金の薔薇の連中には感謝しないとな。……もっとも、中にはつまらないことを言ってる奴もいるけど」
ラリアントが危なくなるのを見計らい、一番自分が目立つところで介入してきたのではないか。
兵士の何人かがそう言ってるのを、アランは聞いた覚えがある。
アランが聞いたということは、当然のようにレオノーラも聞いていてもおかしくはなく、そして実際にレオノーラもその話は聞いていた。
だが、レオノーラはそんなアランの言葉を気にした様子もなく、口を開く。
「しょうがないわよ。私が来たタイミングを考えればね」
「そうか? ……まぁ、黄金の薔薇の面々に直接手を出すような真似をすれば、そいつが後悔することになるだろうけど」
黄金の薔薇の面々は、家を継ぐことが出来ない者だったり、政略結婚を拒んだ女たちの集まりだ。
そして貴族というのは、美形が多い。
これは別にアランがそう思い込んでいるだけではなく、貴族というのは基本的に美男や美人を婿や嫁として迎えることが多く、代々そのようなことが続いたことにより、結果として多くの貴族は美形揃いとなったのだ。
……もっとも、たとえ美形であってもその性根が顔に表れている者や、暴飲暴食によって太っている貴族もいるのだが。
だが、探索者として活動している黄金の薔薇の面々の中には、運動不足で太っているような者はおらず、また性格的な問題でもレオノーラが自分で選んだ者たちなので、そこまで心配はいらない。
だからこそ、黄金の薔薇の面々の外見に目が眩んで絡んだりしても、間違いなく反撃を受けることになるのだ。
黄金の薔薇は、クランの中でも中堅規模でそこそこ名前が売れており、そこに所属している者も相応の実力の持ち主なのだから。
そのような者たちが絡まれるようなことがあった場合、絡んで来た方はどうなるか。
レオノーラの立場を考えて、殺すような真似はしないだろう。
だが、骨の一本や二本が折られるといった程度の怪我は、覚悟する必要があった。
「そうね。私も相手が理不尽な行動を取ったら、それに従えとは言ってないし」
アランの言葉を、あっさりと認めるレオノーラ。
もっとも、アランもそんなレオノーラの言葉に反対するようなことはない。
「ともあれ、ラリアントを守り抜いてガリンダミア帝国軍を撃退した。……一応これで落ち着きはしたんだろうけど、そうなると次の問題は……これからどうするか、だよな」
「普通に考えれば、一度撃退しただけで向こうはこっちを……ゼオンを諦めたりはしないんじゃない?」
「俺だけじゃなくて、どこぞの黄金のドラゴンもしっかり向こうの目にとまっているとは思うけどな。……ゼオリューンを見せたし」
「あら、それじゃあ私もこれから一人で……いえ、黄金の薔薇だけで行動するのは少し心許ないわね。そうなると、ここはやっぱりアランや雲海と行動を共にした方がいいんでしょうね」
最初からそれが狙いでラリアントにやって来たのではないか?
ふとそう思うアランだったが、それを口に出すようなことはしなかった。
「そうしてくれると、俺も助かるよ」
アランは素直にそう告げる。
実際、今回の件がそうだったが、レオノーラの変身した黄金のドラゴンがいなければ、確実に危なかったのだ。
その辺の事情を考えると、やはりアランとしてはレオノーラと一緒に行動したいと思うのは当然だった。
「そう? ……ふふっ、そうね」
レオノーラは、自分が予想していた以上にあっさりとアランが自分を受け入れたので、一瞬戸惑ったが、それでも嬉しそうに笑う。
アランを間一髪のところで救ったとはいえ、レオノーラがアランを……そして雲海やラリアントを一度見捨てたのは事実なのだ。
そんなアランが自分を、そして黄金の薔薇を受け入れてくれたことは、レオノーラにとっては非常に嬉しかったのだろう。
「ありがとね」
「ああ」
短く言葉を交わす二人。
そんな二人から離れた場所では、再び乾杯の声が聞こえてくる。
笑い声や叫び声、勝利の雄叫び。
それらの声を聞きながら、アランはレオノーラと二人だけの静かな時間を満喫する。
そんな二人の様子を知っているのは、果実水を渡した兵士と、空を真っ赤に燃やすように赤く染めている夕焼けのみだった。




