0118話
n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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「馬鹿な……いくらなんでも、こんなに短期間で……」
最後に残ったキメラの心核使いが、自分の経験したものが信じられないと言いたげに呟き、そのまま地面に倒れる。
キメラというのは、山羊の身体を持ち、山羊とライオンの双頭を持ち、蛇の尻尾を持つというのが基本形だが、ゼオリューンの前にいたキメラは、それ以外にコウモリの翼を持っていた。
そんなキメラは、最後にゼオリューンを……アランのゼオンとレオノーラの黄金のドラゴンが合体して生み出された存在を見て、化け物めと小さく呟き、そのまま息を引き取る。
この場所に集められたガリンダミア帝国軍の心核使いの数は、三十を超え、もしくは五十に届くほどだった。
変身するモンスターによって個人差はあるが、それでも基本的に心核使いというのは、戦場に一人いるだけで戦局を覆すといったことをするのも珍しい話ではない。
モンスターの身体に人間の知恵というのは、それだけ圧倒的な存在を生み出すのだ。
また、心核使いが変身したモンスターも、普通のモンスターよりも高い能力を持っている、というのも大きいだろう。
そのような状況である以上、心核使いが五十人近くも集まったこの場所は、それこそその辺の小国であれば潰せてもおかしくはない――敵が心核使いを有していないという前提だが――戦力が揃っていたはずだった。
ガリンダミア帝国軍に占領された従属国から、強制的に連れてこられた心核使いたち。
それだけではなく、生粋のガリンダミア帝国軍の心核使いたちもここにはいた。
特にガリンダミア帝国軍の心核使いたちは、多くの戦いを経験してきているだけあって、その実力は非常に高い。
そのような者たちが集まっていたというのに、それでもゼオリューンを倒すことが出来なかったのだ。
相手を化け物と、そうキメラが罵ったとしても、不思議ではない。
「ふぅ……何とかなった、か」
「そうね」
地面に倒れたキメラを一瞥すると、アランは大きく息を吐く。
この戦いがどれだけ危険だったのかというのは、ゼオンで戦って消耗戦をしかけられたアランが一番理解していた。
それでも、何とか勝つことが出来たのだから、ここで一息吐くくらいはいいだろうという認識がある。
とはいえ……いつまでもここで休憩していられないというのも、事実。
今はこうして休んでいるが、ラリアントの攻略戦は今現在も普通に続いているのだから。
そうである以上、今の状況でこうして休んでいられるような時間はあまりない。
アランとレオノーラは、お互いに息を整え、ある程度集中力が戻ってきたところで、上空に上がる。
そこから見えた光景は……少し予想外のものだった。
「へぇ、随分とやるわね」
上空からラリアント見たのだが、そこに広がっているのは予想外……いい意味での予想外な光景。
てっきり城壁を越えられ、ラリアントの中に敵が入っていてもおかしくはないという思いがアランやレオノーラにはあったのだが、そこに広がっていたのはまだ城壁を越えられておらず、ラリアント軍側に十分な戦力を残している光景だった。
その原動力となっているのは、ラリアント軍側の心核使いたち。
また、それ以外の兵士たちも、ここが分水嶺だと判断し、力の限り踏ん張っていた。
多くの者たちが踏ん張っている今の状況は、アランにとっても予想外ではあったが、それでも現在の状況は決して悪いものではない。
「レオノーラ、このまま一気に行くぞ」
「ええ。今は勢いに乗った方がいいでしょうね。まずは、私たちが無事だと皆に示した方がいいわ。それだけでガリンダミア帝国軍が撤退するようなことはないと思うけど、それでもゼオリューンが健在だと示せば、向こうには大きな衝撃を与えるはずよ」
「だろうな。まさか、あれだけの数の心核使いに襲われて、それでまだ俺たちが生き残ってるとは思わないだろうし。……それどころか、勝ったしな」
かなり無理をしながらアランは頷き、さて一体どうやってゼオリューンの健在ぶりを示すかと、考える。
これがレオノーラの変身した黄金のドラゴンであれば、雄叫びを上げるだけで自分はまだここにいると、そう示すことが出来るだろう。
だが、ゼオリューンとなった今の状況では、雄叫びを上げるようなことは出来ない。
であれば、どうするか。
少し考え……一番手っ取り早い方法で、ゼオリューンの健在ぶりを明らかにすることにする。
「レオノーラ、ガリンダミア帝国軍の上を威嚇するようにして飛ぶぞ」
「……また、随分と派手な真似をするわね」
少しの呆れと、面白そうだと思える笑み。
そんな両方の感情を込めた笑みを浮かべるレオノーラの姿に、一瞬目を奪われるアラン。
不思議なことに、そんなレオノーラの笑みを見ただけで、自分の中から気力が湧き上がってきたような気がした。
「どうしたの? 行くなら早く行きましょう」
「あ、ああ。分かった。……そうだな。この一件は出来るだけ早く片付けて、ゆっくりと休みたいところだし」
自分に言い聞かせるようにしながら呟き、アランはゼオリューンをガリンダミア帝国軍に向かって突っ込ませる。
もちろん、そのまま攻撃をするために突っ込むのではなく、あくまでもこちらの……ゼオリューンの無事を向こうに知らしめるための行動だ。
とはいえ、こちらもこちらが近づいてくれば、何らかの攻撃で反応してくるのは明らかだ。
そうである以上、こちらとしてもそんまま敵の攻撃を受けるという訳にはいかない。
同時に、敵の上空を飛びながら、腹部拡散ビーム砲と頭部バルカンを地上に向けて撃つ。
以前は敵にも心核使いがいたので、ここまで間近に迫って攻撃をするようなことは難しかった。
だが、今は……そう、ゼオリューンとなり、ガリンダミア帝国軍の有する心核使いの多くを倒した今となっては、こちらにとっても現状で攻撃するのは難しい話ではない。
もっとも、それによって撤退ではなく徹底抗戦を選ばれたりするのは、こちらとしても困る。
何だかんだだと、今もラリアント軍とガリンダミア帝国軍の戦力差はまだ大きいのだ。
そんな状況ではまともに戦うのではなく、敵を撤退させた方がいい。
……もちろん、そのまま大人しく見送るのではなく、いざというときは敵を追撃して多くのダメージを敵に与えることも必要だが。
以前はそれで失敗したのだが、この状況で再びガリンダミア帝国軍の援軍が来るとは、到底思えない。
そもそもの話、ガリンダミア帝国軍だって今回の戦いでは相当の無理をしているのだ。
ガリンダミア帝国軍が戦っている敵は、ラリアントだけではない。
拡大政策、拡張政策を行っているガリンダミア帝国軍は、当然のように今も他に多数の戦線を抱えている。
それでも今は大分落ち着いてきて、だからこそラリアントに……ドットリオン王国への進軍を開始したのだが、そこで受けた被害は非常に大きい。
従属国から強制的に重用した心核使いたちは、その多くが既に倒れてしまっている。
それこそ、もしガリンダミア帝国軍がラリアントを占領したとしても、収支的にはマイナスではないかと思えるほどの、大きなダメージだ。
……もっとも、この戦いに投入された心核使いの多くは、従属国の者たちである以上、ガリンダミア帝国軍単独という意味ではそこまで被害も大きくはないのだが。
「アラン、あそこ!」
ガリンダミア帝国軍の上空を飛び回り、ゼオリューンの……ゼオンの存在を誇示しつつ、地上にいるガリンダミア帝国軍にダメージを与える作業をしていたアランは、レオノーラの声を聞き、映像モニタに視線を向ける。
映像モニタに表示されていたのは、いかにもな天幕。
いつの間にか、ガリンダミア帝国軍の陣地の中でも相当奥の方までやって来ていたのだろう。
ゼオンの飛行速度を考えれば、ここはラリアントから目と鼻の距離と言ってもいい。
その上で現在はゼオンではなくゼオリューンである以上、その距離は以前よりも近い。
「よし、あそこにいる連中を纏めて倒してしまえば……」
そう言いながら、ビームライフルのトリガーを天幕に向けようとするアランだったが、レオノーラがそれを制止する。
「駄目よ。ここで敵の首脳陣を全員纏めて倒してしまえば、誰がガリンダミア帝国軍の兵士を纏めるの? それこそ、最悪の場合はドットリオン王国内で盗賊として活動することになるわ」
レオノーラのその言葉に、アランは嫌そうな表情を浮かべる。
盗賊が――中にはガリンダミア帝国軍の兵士もいたが――ラリアントを封鎖したことは記憶に新しい。
以前の盗賊はガリンダミア帝国軍の作戦の一環だったので、ラリアントより奥の方には向かわなかったが、もしここでガリンダミア帝国軍の上層部を倒すようなことがあれば、それこそ統制が出来ない盗賊として、そこら中に溢れるという可能性もあった。
そうならないためには、やはりガリンダミア帝国軍の上層部を潰さず、整然と規則正しく撤退して貰う必要がある。
アランもそれは分かっているのだが、ここまで攻めて来たガリンダミア帝国軍をそのまま返すというのは、当然のように面白くはない。
だが、これからのことを思えば、やはりここで司令部を倒すといった真似はしない方がいいのも事実。
「分かった。……けど、このまま司令部に何もしないまま帰すのも、面白くないだろ。……っと!」
こうして会話をしている間も、当然ながらゼオリューンは空を飛びながらガリンダミア帝国軍に攻撃を続け、健在ぶりを示している。
だからこそ、コックピットの中で会話をしている間も、敵は攻撃をしてくる。
最初こそゼオリューンの存在に萎縮していたガリンダミア帝国軍だったが、本隊と呼ぶべき部隊は当然のように精鋭揃いで、反撃も行う。
アランはその反撃を回避し、地上に攻撃をしながらレオノーラと会話をしていたのだ。
……それもガリンダミア帝国軍の指揮官たるディモのいる天幕の側で、好き勝手に飛びながら攻撃してるのだ。
自軍の指揮官の上でそのような真似をされては、ガリンダミア帝国軍にとっては強い屈辱であると同時に、どうしようもないほど……それこそ圧倒的に不利な状況であるというのは、分かっているのだろう。
そんな時間がしばらく経過し……不意に、ガリンダミア帝国軍の本隊は皆が一斉に撤退を始め、アランとレオノーラはそれをかなり意外に思いながらも上空から眺めるのだった。