0114話
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
ゼオンのコックピットに、アランの荒い呼吸の音が響く。
一体、戦闘が始まってからどれくらい時間が経ったのか。
アラン本人は戦いに集中しすぎていてそれは分からなかったが、それでも三十分や一時間といったところではないだろう。
そんな長時間の間、ゼオンに乗って戦いを行ったことは……なかったとは言えないが、それでも自分だけでとなると、これが初めてだった。
当初はガリンダミア帝国軍の心核使いたちも、勝手が分からずにゼオンによって次々と倒されていったし、場合に寄ってはゼオンを攻撃する際に同士討ちすらしている者もいた。
だが……それでも時間が経つに連れて、ガリンダミア帝国軍の心核使いたちは協力をし始めるようになる。
当然だろう。相手がゼオンと……そして城壁からゼオンの援護をするだけの少数の心核使いを相手にしていたからこそ、それぞれが好き勝手に動いてもゼオンを倒せると、そう判断していたのだ。
ゼオンを倒した場合に得られる報酬や、人質となっている故郷に対する優遇措置の件を考えても、それを可能な限り自分たちで欲するのも、おかしくはない。
だが……そのゼオンはガリンダミア帝国軍の心核使いにしても強すぎた。
その巨体から、強いというのはガリンダミア帝国軍の心核使いたちも理解していただろう。
しかし、その強さはガリンダミア帝国軍の予想以上だったのだ。
次々と減っていくガリンダミア帝国軍の心核使いたち。
この戦争にはかなりの数の心核使いが投入されていたが、その数が加速度的に減っていくのを見たガリンダミア帝国軍の心核使いたちは、自分だけでは、もしくは自分と知り合いの心核使いたちだけでは、ゼオンに勝てないと悟ってしまった。
だからこそ、心核使いたちはまず自分の近くにいる心核使いたちと協力してゼオンに攻撃をするようになり、周囲でそれを見た者が有効な攻撃だと判断すると、自然と全員が協力してゼオンに攻撃をするようになった。
普通なら、こういうときは我先にと思って行動する者が多い。
しかし、そのような状況であっても……いや、このような状況だからこそなのか、多くの心核使いがそれぞれ協力してゼオンに攻撃を開始した。
そうしてガリンダミア帝国軍の心核使いたちが協力して攻撃してくるとなると、アランも今までのように戦いを行うのは難しくなる。
それでも少しずつではあるが敵の数を減らしていったのだが……長時間の限界というのは、アランを体力的にも精神的にも削り取っていく。
アランは生身での戦闘の才能がない代わり、心核使いとしての才能に特化しているといったような能力の持ち主だ。
だが……どれだけ心核使いとしての能力に特化しているとしても、その体力はあくまでも生身のものだ。
他の心核使いのように、自分の身体を動かしている……といった訳ではなく、アランの場合はコックピットに乗ってそれを操縦しているという形だ。
それでも長時間の戦闘ともなれば、体力の消耗は驚くほどに大きい。
そして体力的な消耗以外に、精神的な消耗もまた大きい。
ゼオンに乗っているアランは、そんな戦いを長時間続け……その結果として、現在の体力的にも精神的にも疲労困憊といった様子となっていた。
それでも、アランはここで限界を迎える訳にはいかない。
これだけ心核使いが揃っている以上、ここでアランが負けるといったことになれば、それはすなわちここにいる心核使い全員がラリアントに攻撃するということを意味している。
おまけに、これはある意味で不可抗力なのだが、ゼオンという強力な敵を倒すために心核使いたちが協力して戦うということを覚えてしまった。
今までであれば、友好的な存在同士であればともあれ、それ以外の面々と本格的に協力して強敵に当たるといったことは、基本的にはなかったのだが……それを、アランがゼオンによって崩してしまった形だ。
だからこそ、もしここでアランが戦えなくなってしまえば、お互いに協力するようになった心核使いたちがラリアントを攻撃する可能性がある。
ゼオンを相手にしての協力と、城塞都市を相手にしての協力は当然のように違う。
また、都市を相手にして攻撃するといったことに忌避感や嫌悪感を持つ心核使いもいるだけに、ゼオンを相手にしているときと同じような能力を発揮出来るとは限らない。
それでも、もし上手くいったときのことを考えると、アランはそれを許容出来なかった。
ラリアントでは、現在多くの者が……それこそ、アランと友人になった兵士や、何より家族たる雲海の面々がガリンダミア帝国軍と戦いを繰り広げているのだ。
もしここで自分が負けるようなことがあれば、それは絶望を迎えることになる。
そうならないために、今この場で何とかしてガリンダミア帝国軍の心核使いを倒す……もし倒せなくても、最悪この場に拘束するよう真似が必要だった。
「食らえ!」
その言葉と共に、放たれるビームライフル。
だが、ビームライフルの銃口が向けられた瞬間、その射線上にいた心核使いたちは次々とその場から退避していく。
すでに何度も見ている攻撃である以上、ビームライフルからビームが放たれるのは当然のように理解しての行動。
だが……それでも、他の者よりもワンテンポ遅れる者は確実に存在する。
放たれたビームは、全長五メートルほどもある亀のモンスターを貫く。
本来なら、その亀のモンスターの甲羅は非常に高い防御力を持ち、その中に手足や首、尻尾といった部分を引っ込めてしまえば、大抵の攻撃は無効化出来るのだが……生憎と、ビームという通常の攻撃とは全く違う種類の攻撃は理解の外だった。
ビームは甲羅の真ん中辺りをあっさりと貫通し、一撃で命を奪う。
だが、ビームライフルを撃ったアランにしてみれば、敵を一匹しか殺せなかったことは面白くはない。
「出来れば……そろそろ、一旦休憩したいんだけど、な」
ゼオンのコックピットの中で、アランは息を整える。
アランにとって幸運だったのは、心核使いとして生み出されたのがゼオンだったことだろう。
他の心核使いのように直接自分がモンスターに変身していた場合、息が切れ、身体的な、そして精神的な疲労が敵にすぐ分かっただろう。
だが、ゼオンのコックピットにいる今の状況では、アランがどれだけ疲れても外からゼオンを見ているだけでは分からない。
だからこそ、激戦が続いている中であっても、ガリンダミア帝国軍の心核使いたちは常にゼオンを警戒し続ける必要があった。
もしコックピットのアランがどのような状況なのか分かっていれば、心核使いたちはすでに全面的な攻撃を行い、あるいはそれがゼオンの敗北に結びついていた可能性もある。
「正直なところ、そろそろ……厳しいな」
コックピットの中で息を整えたアランは、映像モニタで周囲の様子を確認する。
幸いにも……本当に幸いにも、現在のところラリアントがまだ城壁を越えられたといったことがないらしいのは、アランの援護をしている者たちの様子から確認出来た。
とはいえ、援護をしている者たちが浮かべている深刻そうな表情を見れば、現在が決して安心出来るような状況ではないというのも、事実だったが。
心核使いの多くはゼオンが現れたことでこの一帯に集められてはいるものの、他の場所にガリンダミア帝国軍の心核使いが誰もいないという訳ではない。
というか、それは確実に起こっている現実のはずであり、この場にいるアランやロッコーモ以外の心核使いたちは、他の場所に現れた心核使いに対処しているのだろう……というのが、アランの予想だった。
心核使いの能力は千差万別であるがゆえに、確実にそうとは言えないが、それでも心核使いの多くは何らかの方法で城壁を突破出来る能力を持っている者が多い。
にもかかわらず、現在のところはまだラリアントの内部が攻撃されていないということは、他の心核使いたちが奮戦しているということの証だった。
それを心の支えにして、アランは意図的に余裕があるように見せつけながら、ゼオンの頭部で周囲を見回す様子を敵の心核使いたちに見せつける。
普通であれば、そんなゼオンの様子に騙されるようなことはないだろう。
だが、実際にゼオンはこれまでの戦いでここに集まっていた多くの心核使いと互角に戦っているのだ。
……いや、殺されたり戦闘不能になったり、大きな怪我をして後方に下がっていった者を含めれば、圧倒していると言ってもいい。
その実績があるからこそ、あからさまな行動ではあったが、心核使いたちはゼオンの動きに警戒せざるをえない。
(とにかく、これで少しでも休むことが出来れば)
もう少しは戦える。
そう思ったアランだったが、そう思ったがゆえに、一瞬気が緩んだのは間違いない。
そのとき行動を起こした者が、一体どうやってそれを悟ったのかは、アランにも分からない。分からないが……それでも、敵にしてみればこれが千載一遇の好機と判断したのは間違いだろう。
巨大なリス……それこそ、人間と同じくらいの大きさを持つという、巨大なリスが、尻尾の力を使って一気に跳ぶ。
そうして狙ったのは、ゼオンの足。
正確には、ゼオンの膝関節。
いくらゼオンが高い性能を持っているとはいえ、その姿は人型。
つまり、関節部分はどうしても弱くなるのだ。
これまでの戦いでそれを理解していたリスは、跳躍して身体を丸め、それこそボールのような丸い形になりながら、一気にゼオンの膝に体当たりする。
その一撃は、完全にアランの意表を突き……そしてゼオンはその衝撃で地面に片膝を突く。
それを見た他の心核使いが、これを絶好の好機としてゼオンに一斉攻撃をしようとしたその瞬間、上空から一瞬強烈な光が一閃し、地面を斬り裂く。
具体的には、襲おうとした心核使いとゼオンを隔てるように。
一体何が? とアランは映像モニタで確認し……
「は、はは……全くいいタイミングで……普通、遅れてくるのはヒーローの役目だろうに」
悠々と空を飛ぶ黄金のドラゴンを見て、そう呟くのだった。




