0112話
派手に動いて敵の心核使いを集めつつ、可能なら心核使いを倒していけ。
そう命令されたアランは、無茶を言うな! と内心思いつつも、伝令の持ってきた複数の場所から心核使いがラリアントを攻撃しているという話を聞き、結局出撃することにした。
いくらゼオンであっても、複数の心核使いを相手にするのは厳しい。
それは事実だったが、それでも今の状況を考えると、思い切った一手を打たなければ不味いという思いもあった。
とにかく、今は行動に出るべきだと判断したのはいいのだが……
「いくら何でも、出すぎだろ! 一体、どれだけゼオンを目の敵にしてるんだよ!」
鋭い棘が数十本……いや、場合によっては百本を超える数で飛んでくるのを、ウィングバインダーを使って素早くその場から退避しつつ、腹部拡散ビーム砲を発射する。
拡散されたビームは、身体中から棘の生えている犬のモンスターに向かい……咄嗟にそのビームを回避しようとするも、ビームは拡散しており完全に回避するのは不可能だった。
前足が一本ビームによって消滅し、棘の生えた犬の口から悲鳴が上がる。
その棘の生えた犬に致命的な追撃の一撃を放とうとし……だが、アランは即座にスラスターを全開にして、退避する。
一瞬前までゼオンのいた場所に、巨大な岩――全高十八メートルほどのゼオンから見れば、そこまで大きい訳ではないが――が着弾した。
大人二人分くらいの高さを持ち、数人が手を繋ぐことでようやく囲むことが出来るくらいの大きさを持つ岩。
大きさそのものは大したことがないが、岩という重量物だけに、当たった場合の被害は何気に大きいだろうと、アランは判断した。
そうして回避ながら城壁の方を見てみると、先程アランが回避した棘……最早小さめの槍と呼んでも間違いではない鋭く大きな棘が、城壁に何本も刺さっているのが映像モニタに表示される。
「マジか!?」
驚きつつも、移動しながら棘を放った犬に向かって頭部バルカンを連射する。
「ギャンッ!」
そんな短い悲鳴と共に、血と肉を巻き散らかしながら吹き飛ぶ棘を持つ犬。
倒したかどうかの確認をしようと思った瞬間……ゼオンの動きが一瞬鈍くなる。
……いや、正確にはがくっと一瞬動きが止まったあとで、再びいつも通りに動くことが出来たのだ。
何があったと、一旦上空に退避しながらも確認すると、ゼオンの足に蔦が何重にも絡まっており、それが途中で引き千切られている。
その様子に顔を引き攣らせながら、数秒前までゼオンがいた場所に視線を向けると、そこには地面から蔦状の植物が生えていた。
それを見れば、一体何が起きたのかは容易に予想出来る。
つまり、敵の心核使いの一人が植物を操る力を持っており、その力によってゼオンを拘束しようとしたのだろう。
だが、ゼオンの機動力はそのような植物程度でどうにか出来るようなものではない。
それこそ、一瞬であっても動きを止めたのは、相手の心核使いの実力を示していた。
空中に上がったところで、ゼオンはすぐに地上に向けて落下する。
本来なら、敵の攻撃が届かないような場所からビームライフルを撃ったりすれば、相手を一方的に攻撃出来るだろう。
だが、現状でそれをやる訳にはいかない。
現在のアランの役目は、あくまでもゼオンの存在をガリンダミア帝国軍に誇示することで敵の心核使いを自分のいる場所に集めるというものだ。
だからこそ、敵の攻撃が届かないような場所から一方的に攻撃をするような真似をすれば、相手はゼオンからの一方的な攻撃を避けるために、この場から離れるだろう。
だからこそ、現状では敵の攻撃を回避するために一時的に空を飛ぶような真似は出来ても、そのまま空を飛び続けるような真似は出来ない。
「それでも、援護があるだけマシだけど……なっ!」
地上に向かって真っ直ぐに降下していき、恐らく先程ゼオンに蔦を巻き付けてきたと思われる、草の塊といったようにしか見えない心核使いに頭部バルカンを連射する。
頭部バルカンといえば攻撃力が弱そうな印象を受けるが、実際にその威力は生身の相手に対しての場合は致命的だ。
六十ミリ相当の弾丸が、次々と連射されて草の塊を破壊していく。
これが、防御力の高いモンスターに変身した心核使いなら、ある程度の対処は出来たのかもしれいが……残念ながら、草の塊はそこまで防御力が高くない。
次々と射出される弾丸に身体を削られ……やがて、死ぬ。
「よし、まずは一匹。次は……っと!」
地上に降下したゼオンより上空……そこから、背中に翼の生えた馬が急降下してくる。
天馬やペガサスと呼ばれ類のモンスターなのだが、その背には一人の騎士が乗っている。
「珍しい、な!」
ペガサスが心核使いの変身したモンスターであるというのは、アランにも心核使いとしての感覚で分かる。
だが、ペガサスに変身したあとで、その背に騎士を乗せて攻撃してくる相手というのは、アランにとっても予想外でしかない。
考えてみれば、そこまで不思議なことではない。ないのだが……それでも、やはり驚くなというのは無理だった。
ゼオンの頭部を狙ってくる相手の一撃を、地面を蹴って回避する。
真っ直ぐに降下してきた……いや、落ちてきたと表現した方がいい相手の攻撃だったが、それを行っている方もしっかりと空中での制御というのは考えていたのだろう。地面にぶつかる直線に翼を広げ、速度を殺して地面に着地。
いや、着地した瞬間に再び地面を蹴って、空に舞い上がる。
この辺りの動きは、やろうと思ってすぐに出来るものではない。
長年の訓練と実践を潜り抜けてきた経験から、出来るものだろう。
だが……
「その程度の速度で、ゼオンから逃げられると思うな!」
腹部拡散ビーム砲から放たれた何条ものビームが、ゼオンから一旦距離を取ろうとするペガサスと、その背にのる騎士に向かって放たれる。
背後から迫ってくる死の気配を感じ取ったのだろう。ペガサスが一段と速度を上げ、翼を羽ばたかせなが上空に逃げようとし……だが、その行動が実行されるよりも前に何条ものビームがペガサズの翼を貫き、身体を貫き、その背に乗っている騎士の胴体を、頭部を貫き、一人と一匹は肉片と化して周囲に散らばる。
『グガアアアアアアッ!』
ペガサスと騎士を倒したことで安堵したアランだったが、不意に聞こえてきた声に周囲を見回す。
声の聞こえてきた方を映像モニタに表示すると、そこにあったのは巨大な蟻が地面に横たわって悲鳴を上げている光景だった。
(いや、今の悲鳴はとても蟻が上げるようなものじゃないだろ)
そう思いつつも、背後に……城壁に視線を向けると、そこではオーガが人の頭部よりも大きな岩を片手で持っているオーガの姿があった。
そのオーガが誰なのか、アランは知っている。
アランと同じ雲海に所属する探索者で、心核使いとしてはアランよりも先輩のロッコーモだ。
アランがラリアントの外に出て、ガリンダミア帝国軍に所属する心核使いを集めるということで、その援護に来たのだろう。
「ありがとうございます、ロッコーモさん」
外部スピーカを使ってロッコーモに感謝の言葉を口にするアランだったが、それを聞いたロッコーモは気にするなと、岩を持っていない方の手を軽く振る。
アランもそんなロッコーモの様子に頷き……瞬間、咄嗟にゼオンを側から跳躍させる。
一瞬前までゼオンのいた場所を何かがもの凄い速度で通りすぎ……次の瞬間、その何かが城壁に命中し、もの凄い音を周囲に響かせた。
何だ? とアランが城壁に視線を向けると、そこでは巨大な甲虫……異形のカブトムシとでも呼ぶべき存在が、その角を城壁に突き刺していた。
城壁は敵の攻撃を防ぐために作られているものである以上、当然ながら頑丈に出来ている。
だというのに、カブトムシはその長い角で城壁を貫いたのだ。
「やばいっ!」
ゼオンであれば、今のようにカブトムシの攻撃を回避するのは難しくはないだろう。
だが、体長三メートルほど……その体長を抜きにして、角の長さが二メートルほどもあるカブトムシがこれから何度も城壁にぶつかるようなことがあれば、それは最悪の結果を招きかねない。
ビームライフルではなく、ビームサーベルを装備したゼオンは、下からすくい上げるように一閃する。
その一撃は、カブトムシの腹の部分から胴体までをあっさりと切断した。
本来なら、カブトムシというのは腹はそこまで柔らかくはないが、甲殻はかなり頑丈だ。
普通のカブトムシですらそうなのだから、それが通常ではない……それこそ、心核使いが変身したカブトムシのモンスターともなれば、金属の武器による攻撃を防いでもおかしくはない。
だが、ゼオンのビームサーベルは容易にその胴体を上下で真っ二つにする。
それだけはなく、ゼオンの一撃があまりに強力だった為だろう。
胴体を上下真っ二つにされたカブトムシは、その勢いのまま派手に飛んでいく。
『アラン、避けろっ!』
カブトムシを倒したところで、不意に聞こえてきたロッコーモの叫び。
オーガから出ている声として考えると、若干の違和感がある声だったが……アランは、そんなロッコーモの言葉に何が? と考えるようなこともなく、半ば反射的にその場から飛び退く。
どんっ、と。
ゼオンが回避した瞬間、一瞬前までゼオンの身体があった場所に、空中から何かが落ちてきた。
ゼオンの映像モニタに映し出されたのは、巨大な蛙のモンスター。
体高五メートルほどと、ゼオンの三分の一くらいの大きさしかないのは、間違いない。
だが、それはあくまでもゼオンと比べての話であって、心核使いが変身するモンスターとしては、間違いなく大きな方に入る。
「蟻だったり、カブトムシだったり、蛙だったり……そろそろ、終わりにして欲しいんだけど……なっ!」
頭部バルカンを発射しながら、アランはゼオンの立ち位置を変える。
現在、蛙はゼオンと城壁の間にいる。
つまり、今の状況でビームという、強力無比な攻撃をした場合、下手をすれば城壁に被害を及ぼす可能性があるのだ。
だからこそ、アランはゼオンの位置を動かしながら、蛙の隙を窺いつつ……同時に、他の心核使いへの警戒も止められないのだった。