0107話
「来た、来たぞ! 援軍が来たぞ!」
城壁の上で、兵士の一人が叫ぶ。
すると、その言葉を聞いた他の者たちが視線を援軍の来た方に向ける。
援軍が近づいてきているというのは、直接見ていた。
それでも、やはりこうしてラリアントのすぐ近くまで到着すれば、ラリアントを守っていた身としては、感謝するのは当然だろう。
アランが使者を運んだ翌日。ラリアントにいた多くの者が望んでいた援軍が到着したのだ。
……実際には、少し急げば昨日のうちに援軍がラリアントに到着出来ていた。
だが、その場合は当然のように夜となっており、ラリアントにいる者の多くはそれに気が付かなかったはずだ。
ラリアントにいる者の士気を高めるためには、こうして明るいときに堂々と入ってくる必要があった。
そして、セレモーナの狙いは当たる。
セレモーナ率いる援軍の姿に、多くのラリアントの住人たちが勇気づけられたのだから。
(それは分かるけど、何で俺がこうしてここにいないといけないのやら)
モリクとセレモーナが握手をしている光景を、アランはゼオンのコックピットの中から眺める。
ラリアント側が援軍を求めたのは事実だ。
だが、それでもラリアントとしては、一方的に援軍におんぶに抱っこという訳にはいかない。
また、ラリアント軍側にもきちんと戦力があると示す必要があった。
……セレモーナやその部下はともかく、アランに絡んで来たような者や、自分たちの言動こそが優先されると思っている貴族を相手にする場合、戦力のなさというのは致命的だ。
そのような意味でも、こうしてきちんと能力を示すというのは重要だった。
モリクとセレモーナ……または、その代理としてやって来た者や、向こうに派遣された者の間で、その辺りの事情はしっかりと話されていたのだろう。
アランもそれは分かっているのだが、それでもやはり自分がこうして目立つのは、あまり面白くない。
いや、目立つという点ではもうこれ以上ないほどに目立っているので今更だとは思っているのだが、それでもセレモーナとモリクから少し離れた場所にいる者たちから向けられる視線は、決して好意的なものではない。
それも、そのような視線を向けているのは援軍の者たちだけではなく、中にはラリアント軍側の心核使いの姿もあった。
特にオークの心核使い……以前アランに助けられた人物は、その視線に強い力が込められている。
侮っていたアランに助けられたのが、とてもではないが許容出来なかったのだろう。
アランにとっては、とてもではないが好ましい状況とは言えなかった。
「まぁ、やらないといけないってのは分かってるんだけど。……それでも、ちょっとな」
映像モニタから眺められる光景を見ていると、やがて握手を終えたモリクとセレモーナの二人は、ラリアントの中に入っていく。
当然のように、援軍の面々もだ。
幸い……という表現はこの場合相応しくないのかもしれないが、ガリンダミア帝国軍の侵攻によって多くの者がすでにラリアントから離れており、建物には結構な余裕がある。
援軍の全員が不満を抱かないという訳にはいかないが、多くの者が快適な夜をすごすことが出来るだろう。
モリクの側近として働いている者の一人が、ゼオンに乗っているアランに向かい、もうゼオンから降りてもいいと態度で示す。
結局ラリアント軍側で見せたのはアランのゼオンだけで、それ以外の心核使いの出番がなかったことに、若干の疑問を抱きながらもアランはゼオンのコックピットから降りる。
それと同時にゼオンは心核のカロに戻り、アランの手に握られた。
「……ふん」
そんなアランを見て、援軍としてやって来た貴族の一人が、これ見よがしに鼻を鳴らす。
この場で自分たちよりもアランが目立っていることが、気にくわなかったのだろう。
アランも当然そのような相手には気が付き、嫌な予感を抱く。
(援軍が来てくれたのは嬉しいけど、この先……それが原因で妙なことならないんといいんだけどな。攻撃するなら、俺じゃなくてガリンダミア帝国軍に攻撃すれば……あ、それは駄目か)
敵を攻撃するという一点において、それが原因となってオークの心核使いは敵に殺されそうになったのだ。
アランにしてみれば、あまり好ましい相手ではないというのは間違いなかったが、それでもラリアント軍側の心核使いであるというのは間違いないのだ。
事実、敵が心核使いを出してくるまでは、ガリンダミア帝国軍の兵士を相手に無双と呼べるだけの活躍を見せていたのだから。
「アラン、ちょっといいか? 少し訓練を手伝って欲しいんだけど」
アランにそう声をかけてきたのは、雲海の仲間……ではなく、ラリアント軍の兵士の一人だ。
それも、アランと一緒に戦闘訓練を行った兵士の一人。
訓練を共にした兵士の中にも、これまでの諸々で死人は出ている。
アランも兵士も、それは理解しているが、今はそのことでどうこうと言うつもりはない。
何をするにしても、今やるべきなのは……ラリアントを守ることなのだから。
兵士も当然のようにそれは理解しており、だからこそアランに訓練に付き合って欲しいと頼んだのだろう。
アランもそんな兵士の思いは理解しているし、今日はこれから特に何か用事がある訳でもなかったので、構わないと頷く。
「いいぞ。ただ、もし何かの用事で呼ばれるようなことがあったら、俺はそっちに行くけど」
「ああ、それは構わない。アランの場合、忙しいというのは十分に理解しているしな」
この兵士も戦いの中でアランが……正確には、アランの乗ったゼオンがどれだけの活躍をしているのかは分かっていた。
そんなアランだけに、何かあったらすぐに呼ばれるというのは、兵士にも理解出来る。
「アランと一緒に訓練出来るってだけで、訓練に参加する連中もかなり頑張ると思うし」
「……そうか?」
兵士の言葉に、理解出来ないといったように言葉を返すアラン。
アラン本人としては、自分と訓練が出来るからと頑張ったりやる気が出たりすると言われても、少し想像しにくい。
もちろん、アランもゼオンに乗った自分が大きく活躍しているというのは、理解している。
だがそれでも、雲海の中では自分よりも強い者が大勢いる以上、心核使いとしてはともかく、生身での戦いとなると自分の評価が低くなってしまう。
「ああ、そうだ。お前と一緒に訓練したってのは、俺たちにとってはかなり重要なことなんだ。それこそ、戦いの中でもそれを思って頑張れるくらいにはな」
「……そうか」
そっと視線を逸らしながら短く言葉を返すアランだったが、照れているのはその頬や耳が赤くなっているのを見れば、明らかだった。
兵士の浮かべている笑みから、自分をどう思っているのかを悟ったのだろう。
アランは兵士を置いて訓練場に向かう。
兵士はそんなアランを追いながら、これ以上アランを照れさせたり怒らせたりすると面倒なことになると、話題を変える。
……もっとも、その変わった話題の方にも強い興味を抱いていたのは間違いないが。
「それで、援軍ってどうだった? 期待出来そうか?」
それは、アランに聞いてきた兵士だけではなく、ラリアントで籠城している多くの者が気にしていることだろう。
援軍がやって来たのは嬉しい。
その援軍の人数も予想していたよりも多く、頼もしいのは間違いない。
だが……自分たちに援軍があったのと同じように、ガリンダミア帝国軍にも援軍があったのだ。
それはラリアントにいる者にとって、大きな不安要素でもあった。
だからこそ、セレモーナの率いてきた援軍には強い期待がある。
「あー、そうだな。俺はあまり知らないけど、セレモーナ将軍はやり手の人物として知られてるだろ?」
「ああ」
アランの言葉に、兵士は一瞬の躊躇もなく頷く。
それは、兵士がセレモーナに強い信頼を抱いているということの証でもあるが、同時に今回の一件において頼りになって欲しいという期待でもある。
希望的観測と言ってもいいだろう。
もっとも、この場合はセレモーナが実際にそう言われるだけの実力を持っているので、何も問題はないのだが。
「なら、そのセレモーナ将軍が率いてきた援軍なんだから、そこまで心配はいらないんじゃないか? ……まぁ、何人か微妙な奴もいたけど」
最後の言葉だけは、兵士に聞こえないように小さく呟く。
実際、今回の一件においては自分に向かって突っかかってくる相手がいたので、アランもそれは十分に承知していた。
その辺の事情を考えると、必ずしも安心出来るとは言えないのだが……それでも、セレモーナという人物が本物であれば、問題なく対処出来るはずだった。
「そうか。やっぱりセレモーナ将軍が来たからには、そこまで心配する必要はないのか」
兵士が嬉しそうに告げるのと、アランたちが懐かしい訓練場に到着する。
……実際にここで訓練をしていたのはついこの前なのだが。
「おーい、英雄様が来てくれたぞ!」
兵士のその言葉に、訓練をしていた兵士たちの視線が一斉にアランに集まる。
いきなりそんな視線を受けたアランは、半ば反射的に数歩後退りながら、隣の兵士にジト目を向ける。
「おい、英雄って何だよ」
「ん? あれ、知らないのか? アランの名前はラリアントでかはかなり知られてるんだぞ? 英雄って」
「いや、だから何で……」
そう言いながらも、アランは何となく事情を理解する。……してしまう。
これはこの世界ではなく、日本にいたときに多くの漫画やアニメ、ゲーム、小説といったものを楽しんだからからこその理解だ。
誰が何と言おうが、つい昨日までラリアントは追い詰められていた。
いや。戦いそのものは互角ではあったし、城壁があったおかげでラリアント軍側が有利だったのは間違いない。
だが、全体的な目で見れば、消耗戦をされている時点で人数の少ないラリアント側が不利なのは間違いなかった。
ぞんな状況で、ゼオンによって活躍したアラン。
不利なラリアント軍の戦意を高めるためには、英雄という希望が必要であり……アランは、丁度いい位置にいたのだ。
こうして、戦場の英雄は登場することになるのだった。




