0103話
ラリアントからやって来た援軍が到着したのは、ゼオンが戦い始めてから十分程が経過した頃。
多数の心核使いが変身したモンスターとの戦闘を繰り返していたゼオンだったが、敵にダメージを与えることには成功していたものの、それでも仕留めるといったところまではいってなかった。
ゼオンだけで多数の敵と戦っていたということを考えると、善戦していると言えるだろう。
……もっとも、心核使いたちはゼオンを倒そうとは思っておらず、ガリンダミア帝国軍がこの戦場から離脱することが出来ればそれでいいという思いからの戦いだったので、最初から無理にゼオンを倒すつもりはなかったのだが。
もちろん倒せるのなら倒したいという思いで行動していたので、アランが少しでも操縦を誤ればそこに次々と攻撃が飛んできたのだが。
ともあれ、オーガと白猿……ロッコーモとカオグルという、雲海の心核使いたちが変身したモンスターや、それ以外にもモリクが送り込んできた援軍が到着すると、ガリンダミア帝国軍の心核使いたちはこれ以上の戦闘は無意味と、すぐにその場を離れる。
一瞬それを追おうかと思ったアランだったが、今の状況で追撃をすれば結局乱戦になると判断し、諦めた。
そもそも、アランがこうしてガリンダミア帝国軍の心核使いたちと戦っていたのは、あくまでも相手の策に乗せられて追撃をしていた者たちを救うためなのだから。
そのラリアント軍の撤退が成功し、そしてガリンダミア帝国軍も撤退した以上、今の状況でわざわざ自分が追撃する必要はないと、そう判断したのだ。
ゼオンを警戒しながら撤退していく心核使いたちに、ビームライフルで追撃でもしようかという考えがなかった訳ではない。
だが、そうした攻撃をしてしまえば、向こうも撤退出来なくなってしまう。
自分たちが撤退をしようとすれば、ゼオンが攻撃してくるのだから。
そうなれば、向こうも当然のように自分が攻撃されないようにして行動することになり、この戦いは終わらない。
アランとしてはそんなことはごめんだったので、結局はガリンダミア帝国軍の心核使いたちを黙って見逃すのだった。
「アラン、助かった。よく無事にあの連中を助け出してくれた!」
ラリアントまで戻ってきたアランは、モリクにそう感謝される。
少し大袈裟では? と思わないでもなかったのだが、モリクにしてみれば今回の一件はそこまでするほどに重要なことだった。
こちらの援軍が来たことで調子に乗って撤退した敵を追撃し、その撤退が実は罠で、その上ガリンダミア帝国軍の援軍も到着して士気が下がり、心がへし折れた者たちに向かって反撃を開始した。
もしアランが戦場に間に合わなければ、追撃をしていた者たちは全滅していた可能性もあるだろう。
現在の状況でそのようなことになれば、ラリアント軍の士気がどん底に落ちる可能性もあった。
それを避けられたのは、間違いなくアランの行動のおかげだった。
だからこそ、モリクも嬉しさを露わにしてアランにそう声をかけてきたのだ。
……そんなアランとは裏腹に、見るからに落ち込んだ様子を見せているのはガリンダミア帝国軍の罠に嵌まってしまった者たちだ。
自分たちの迂闊な行動のせいで、せっかく王都から援軍がやって来たにもかかわらず、最悪の結末を迎えることになっていたかもしれないのだ。
周囲にいる他の者たちが罠に嵌まった面々に向けられる視線も冷たい。
当然だろう。追撃の指示が出た上で罠に嵌まったのなら、まだ弁護のしようもある。
だが、今回は追撃の命令が出ていないにもかかわらず、自分の手柄のために勝手に追撃をし、その結果として多くの被害を出してしまったのだから。
かろうじて全滅にはならなかったが、それはあくまでアランを含めて救出に駆けつけた者たちがいたからだ。
ただでさえラリアント軍が不利な状況で、敵の罠に嵌まって大事な戦力を消耗した者たちに冷たい視線が向けられるのは当然だった。
「皆、その辺にしておけ、追撃の件が迂闊だったのは間違いないが、それでも大事な戦力だ。この失敗は、ラリアントの防衛で挽回して貰えばいい」
モリクの声が周囲に響く。
モリクの言葉に不満を持っている者もいたが、それを直接言葉に出す者はいない。
ここで下手にモリクに逆らうような真似をした場合、間違いなく面倒なことになると分かっているからだ。
また、モリクのおかげで追撃した者たちもこれ以上責められることはないが、それでも皆の記憶には残る。
これから起こる戦いでよほど活躍しない限り、この先、色々と面倒なことになるのは間違いない。
たとえば、この戦いで無事に生き抜いたとしても、この戦いに参加した者と同じ依頼を受けたりといった場合には、今回の一件が持ち出されることなる可能性が高いだろう。
それは、冒険者や探索者、軍人といった仕事をする場合、間違いなくマイナスとなってしまう。
だからこそ、汚名を返上するためにも、これからの戦いで人一倍頑張る必要があった。
皆が嫌がる仕事も率先して行うといったように。
「さて、それでだ。今日中には援軍がラリアントに入るだろう。話はそれからとなる。指揮権についても、どうなるか分からんからな」
現在はモリクがこうして指揮を執っているが、それはあくまでも臨時だ。
元々、モリクは小隊長でしかないのだから。
……実際には、その実力と人望を疎まれて小隊長のままだった、というのが正しいのだが。
ともあれ、その実情はどうあっても、モリクが小隊長でしかなかったのは変わらないのだ。
そうである以上、王都からやって来た援軍にしてみれば、そのような相手に指揮を任せるということにならないのは確実だった。
問題なのは、その指揮を執る人物がどのような人物かということだろう。
人望はともかく、モリクよりも実力のある相手なら指揮権を渡すのは問題ないのだが、この場合に問題なのは何らかの手柄を欲して金の力で援軍を率いることになった者だった場合だろう。
モリクとしても、援軍を率いているのはそのような人物ではなく、きちんと実力のある人物であることを願っている。
「モリク様……」
モリクの部下の一人が、モリクの名前を呼ぶ。
モリクが何を心配しているのか、それを十分に理解しているからだろう。
今の状況でモリクが心配しているようなことになった場合、それは最悪の結果をもたらすことになる。
そうならないためには、いっそ援軍が来ない方がいいのでは? と極端なことを考えもしたが、それもまた自殺行為だ。
元々が王都からの援軍が来るまで持ち堪えるという方針で籠城を行っていたのだから。
それを思えば、ここで援軍が来ないという選択肢はラリアントに滅べと言ってるようなものだ。
ましてや、ガリンダミア帝国軍にも援軍が来た今となっては、余計に王都からの援軍は必須だろう。
「ん? ああ、いや。何でもない。とにかく、ガリンダミア帝国軍の罠はゼオンが食い破って、向こうに大きな被害を与えた。それを考えれば、今日の戦いはこちらの勝利で終わったのは間違いない」
モリクの口から出たのは、半ば強がりと言ってもいい。
実際に今日の結果だけを見た場合、損害が大きいのはガリンダミア帝国軍なのは間違いないのだが、全体の戦いとして見れば、それはえ決してラリアント軍が有利だという訳ではないのだから。
モリクもそれが分かっていた。
いや、モリクだけではなく、他にもその辺を理解している者は多い。
だが……それでも、今は強がる必要があった。
今の状況で士気が下がるというのは、致命的ですらあるのだから。
ラリアント軍とガリンダミア帝国軍では、実力がそこまで離れているとは思っていない。
だが、数にはどうしようもない差がある。
それを考えれば、士気といいう点でだけは負ける訳にはいかなかった。
……もっとも、勝手に追撃をするような真似をしなければ、黙っていても士気は上がったのだろうが。
ラリアントを守り切り、ガリンダミア帝国軍には大きな損害を与えて撤退させ、王都からの援軍もまだ時間はかかるが確実に存在しているのだ。
それを考えれば、追撃をして罠に嵌められるといったことがなければ、士気は向上したままだった。
にもかかわらずこのようなことになっているのは、やはりラリアント軍を纏めきれなかった自分の未熟さだろうと、モリクはそのように思ってしまう。
モリクもそれは十分に理解していたが、今はここで落ち込むよりも先にやるべきことがあった。
そう、まずはラリアントに向かっている援軍に人をやり、現状を説明する必要がある。
それ以外にも、今のラリアントの状況を考えれば、他にもやるべきことは多数あった。
「まずは援軍にこちらの状況を知らせる。……アラン、頼まれてくれるか?」
「え? 俺ですか?」
その言葉に、アランは何故自分がそのような大役を? と疑問に思う。
アランは心核使いとして、現在のラリアント軍の中で強い存在感を発揮している。
だが、それでも結局はまだ十代の探索者でしかなく、このような状況で事情を説明するために王都から来た援軍のいる場所に向かうというのは、とてもではないが自分にはどうにも出来ないと、そう感じた。
そんなアランに、モリクは大丈夫だと頷いてから口を開く。
「安心しろ。別にアランに事情を説明してこいと言ってる訳じゃない。俺がアランに期待しているのは、事情を説明する者を向こうまで運ぶということだ」
「ああ、なるほど」
そう言われれば、アランにも納得出来る。
ゼオンの飛行速度を考えれば、地平線の向こうに見えている援軍のいる場所まで到着するのにかかる時間は非常に短縮出来るのだから。
馬に直接乗って、もしくは馬車で移動するとなると、どしてもかなりの時間がかかってしまう。
その無駄な時間を少しでも減らすために、自分に使者を運ぶのを任されたのだろうと。
……実際には、移動時間の短縮という意味もあるが、一種の示威行為も混ざっていた。
アランがそれに気が付くようなことはなかったが。
ラリアントを王都から来た者の好きにさせる訳にはいかないという、そのための行動だった。




