0102話
ゼオンの撃ったビームライフルは、ラリアント軍の追撃部隊を襲っていたディモ率いるガリンダミア帝国軍に命中した。
命中したのだが……そこで相手に与えることが出来た被害は、決して大きなものではない。
特に、戦闘で部隊を率いていたディモはビームが発射するかどうかといったタイミングで乗っていた馬を素早く動かし、その射線軸上から回避した。
そんなディモの動きに追随した者もそれなりにいたために、結果としてアランが最初予想していたよりも随分と相手に与えた被害は小さかった。
だが……それでも、ディモ率いる部隊に大きな被害を与えたのは間違いない。
何より、騎兵の根幹たる馬がゼオンの放ったビームライフル……未知の兵器に恐怖し、もしくは興奮している。
乗っている者は何とか馬を落ち着かせようとしているのだが、初めて間近でビームを見た馬がそう簡単に落ち着くはずもない。
騎兵隊を率いていると思われる、圧倒的な実力を持った男を倒すことが出来なかったのは残念だが、それでも相手の突撃を止めるという最低限の仕事は果たした。
そうである以上、今は混乱している味方を……追撃しようとしたら実は罠だったということでまともな戦力とは考えられない者たちを、何とかラリアントまで退かせることが重要だった。
「退けぇっ! ラリアントまで退くんだ! ここで死ねば、ラリアントを守るどころじゃないぞ!」
外部スピーカで、アランの声が周囲に響く。
それを聞いた追撃部隊の者たちは、まだ完全に我に返ったりといったことはしていなかったが、それでも今はここから逃げる方が先決と判断したのだろう。
最初に数人が……そして逃げ出した者たちに続くようにして走り出す。
本来なら、ディモはそんな相手に追撃をする……追撃部隊に追撃をするといった、それだけを聞いた者であれば意味が分からないような状況になってもおかしくはなかったのだが、追撃どころではないのも事実だった。
ディモだけであれば、すでに自分の乗っている馬を落ち着かせることが出来ている。
しかし、それ以外の者たちは、まだ馬を落ち着かせることが出来ていないのが現状だった。
「ゼオンめっ!」
部下たちの不甲斐なさに苛立ちを覚えながら、ゼオンを睨み付けるディモ。
今の状況を考えると、ディモが追撃は出来ない。
だが……と、ディモは視線の先にいるゼオンを見て、気分を切り替えるように獰猛な笑みを浮かべる。
今回の作戦を考えたとき、当然のようにラリアント軍側の最高戦力として、ゼオンの存在は考慮に入れられていた。
空を飛ぶことが出来るのは、実際に上空から襲撃された経験がある以上、作戦に織り込むのが当然だった。
ゼオンから放たれたビームライフルの一撃を何とか回避した部下たちが集まってくるのを待っている間に、ディモの怒りは多少なりとも静まる。
そしてディモはその視線を背後に……ガリンダミア帝国軍の本陣の方に向ける。
ちょうどそのタイミングで、ガリンダミア帝国軍の心核使いたちはモンスターへの変身を終了した。
ゼオンは非常に強力なのは間違いない。
だが、それでも心核使いの数を揃えれば、対処出来ない訳ではないのだ。
「行けぇっ! ここでゼオンを倒せば、残るラリアント軍など恐るるに足らず! この場で一番厄介な相手を葬った者には、望む褒美をやるぞ!」
ディモの叫びに、心核使いたちは戦闘意欲を増す。
とはいえ、自分の利益にためにその褒美を使う者よりは、占領された自分たちの国……名目上だけは属国という名前になっている国の民の生活を、少しでも改善することを希望する者が多い。
ラリアントに恨みはない。
ゼオンにも、アランにも恨みはない。
いや、双方共に徴兵された自国の兵士を殺したという意味では恨みがない訳でもないが、それは戦争だからということで納得させることが出来るし、納得しなければならなかった。
ともあれ、複数の……十を超えるモンスターたちが、ゼオンに向かって駆け出す。
「俺だけがいなくなれば、ラリアントは簡単に占領出来る? ……よく言ったものだな!」
その言葉と共に、アランはゼオンの腹部拡散ビーム砲を発射する。
ゼオンが圧倒的な能力を持っているというのは、アランも理解しているし、ラリアント攻防戦で戦力として期待されているのも知っていた。
だがそれでも、ゼオンだけが切り札だと言われて素直に納得出来るはずもない。
ラリアントには、まだ雲海がいる。
心核使いとしては自分よりも先輩のロッコーモやカオグルといった者たちもいた。
心核使いではなくても、雲海に所属している探索者たちはその多くが非常に高い能力を持っている。
……言ってみれば、ここまでアランがディモの言葉で怒りを抱いたのは、家族を侮られたからというのが大きいだろう。
そんな怒りと共に放たれた腹部拡散ビーム砲は、すでにラリアント軍はその全てがゼオンよりも背後にいるために、味方に命中するといったことはない。
それどころか、ディモ率いる騎兵隊に向けても拡散されたビームが被害を及ぼす。
当然のように、ディモはゼオンが最前線に出て来た時点で後退しようとしていたのだが、それよりもゼオンの動きは早かったのだ。
「ディモ様!」
近くにいた部下が、叫びながらディモの前に立ちはだかる。
ディモを襲うはずだったビームは、ディモの代わりにその部下を消滅させた。
もしこれが、ビームライフルのビームであれば部下諸共にディモも死んでいた可能性があるだろう。
だが、放たれたビームは拡散されているが故に一撃の威力は弱く、それもディモに飛んできたビームそんな拡散されたビームの中でもかなり威力の弱いビームだったのが幸いした。
「ちぃっ、くそ! 退け! 一旦俺たちは退くぞ! ゼオンの相手は、心核使いたちに任せろ!」
ディモの指示が飛ぶ。
戦場を共にした自分の部下が殺されたのは面白くはなかったが、それでも今この場で自分がゼオンに抗えるとは思えない。
ディモは部下を率いて最前線で戦う猛将であり、個人の武勇も決して低くはない。
それどころか、今まで幾度となく自分の手で多くの敵を葬って手柄を挙げている。
心核使いを相手にしても、弱いモンスターに変身するような心核使いを相手にした場合は十分に倒せるだけの実力があるし、実際に倒したこともある。
だが……ゼオンは違う。
とてもではないが、その辺の心核使いが変身したモンスターとは比べものにならないだけの実力を持っているのだ。
全長十八メートルという大きさもあり、とてもではないが今の状況ではディモが生身で戦うことは出来ない。
……元々、心核使いを相手に生身で戦うということが、そもそも無謀なのだが。
ともあれ、ディモは部下の犠牲によって何とかゼオンの攻撃を生き残り、後方に下がっていく。
その途中で徴兵された兵士たちのいる場所を通ったが、それを全く気にした様子はない。
捨て駒にされて敵の追撃部隊の攻撃をこれでもかといった具合に受け、ゼオンの攻撃でも大きな被害を出した。
……それでも、ガリンダミア帝国軍の中では一番数の多い者たちだけに、それだけの被害を受けてもまだ相応の数が残っていた。
(ゼオンの攻撃を凌いだら、徴兵たちは再編する必要があるな)
徴兵たちを見ながら、そんなことを考えるディモ。
ディモにとって、徴兵というのは悪意を抱くほどに憎むべき存在ではないが、だからといって慈悲をかける必要のある相手という訳でもない。
戦って役に立つのなら徴兵部隊から自分の部隊に引き抜くような真似もするが、今の徴兵部隊にはそのような骨のある者、素質のある者、頭の回る者はいないように思えた。
そんなディモの考えとは裏腹に、その背後では心核使い同士の戦いが始まっていた。
とはいえ、ゼオンにとって最大の強みは空を飛べるということだ。
それもただ空を飛ぶのではなく、人型機動兵器特有の高速での飛行が可能となっている。
そのおかげで、ただ普通に空を飛べるような鳥のモンスターではそう簡単に追いつくような真似も出来ない。
……とはいえ、完全に相手の攻撃の届かない場所にまで上がってしまえば、ガリンダミア帝国軍の心核使いたちもゼオンに攻撃を命中させるといったことは出来ないと判断してしまう。
そのまま撤退してくれるおなら、アランとしても大歓迎なのだが……故郷や徴兵された者たちを人質に取られている心核使いがそのような真似を出来るはずもない。
そうなると、心核使いたちがとれる手段としては現在ラリアントまで逃げているラリアント軍を追撃するといった形でゼオンを地上に下ろすことだろう。
一応雲海を初めとしてラリアントに残っていた者たちが出撃しているはずだが、上手く合流出来るかどうかは、また別の話だ。
そうならないように……心核使いに蹂躙されるといったことがないように、アランはゼオンを敵の攻撃が届く高度までしか上がることは出来ない。
そのような場所から、心核使いが変身したモンスターに向かって、ビームライフルや腹部拡散ビーム砲、バルカンといったような攻撃をしうていく。
高度を上げないで有利なことは、頭部バルカンを使えることだろう。
ゼオンの持つ武器の中では最低威力の武器ではあるのだが、それはあくまでもゼオンの持つ武器の中ではの話だ。
強力な防御力を持っている敵に対しては、そこまでの効果を発揮しない。
しかし、それは防御力の弱い敵を相手にした場合は、十分に効果を発揮するということでもある。
次々に放たれる一撃によって、防御力の弱いモンスターは致命的とまではいかずとも、相応のダメージは受けていた。
とはいえ、ゼオンも圧倒的に有利という訳ではない。
高度をとれない以上、多勢に無勢なのは変わらないので、敵の攻撃を回避し、回避し、回避する。
どうしても攻撃を回避出来ない場合は防御するのだが、高機動型のゼオンの装甲は決して厚くはない。
場合によっては、装甲を貫かれるという可能性も十分にあるのだ。
そんな戦いを続けながら、アランは可能な限り早く援軍が来ることを期待するのだった。