0101話
自分たちが不利なときに援軍が来て、一気に戦局が逆転する。
そうして自分たちが有利になったところで、今までの鬱憤を晴らすかのように撤退していく敵に向かって追撃をしようとしていたところで……不意に敵に援軍が現れ、自分たちに攻撃をしてくる。
そのタイミングは明らかに最初から狙っていたもので、少しでも頭の回る者であれば、自分たちが敵に嵌められたのだと、すぐに理解してしまうだろう。
まさに自分たちの勝利が決まっていたと思える状況からの、一転しての危機。
そんな中で、すぐに危険を察知して追撃を中止し、撤退するという選択を出来た者はそう多くはない。
中には、何故自分たちが有利な状況なのに、すぐに撤退するのかといったように現状を理解していない……したくない者すらもいる。
一発逆転したかと思えば、そこからさらに大どんでん返しをされてしまったラリアント軍は、混乱の極みにあった。
不幸中の幸いなのは、地平線の向こうから姿を現したガリンダミア帝国軍の援軍がここに到着するまでには、まだ相応に時間がかかるということだろう。
それでも、この状況でここで戦うのが不利なのは明らかだった。
何故なら、ガリンダミア帝国軍は……正確には殿軍として使われた徴兵された者たち以外の生粋のガリンダミア帝国軍は、元からこうして援軍が来るというのは理解していたためだ。
それを承知の上で、敵を誘き寄せるための策を考えた。
その全ては、この時のために。
自分たちが有利な状況の中で、いきなりの逆襲によって撃退される。
それは、相手の心を折るという一点においては非常に強力な一手だ。
「うっ、うわああああああああああああああああっ!」
「逃げろ、逃げろ、逃げろ! ラリアントに撤退するんだ!」
「馬鹿野郎! 敵に援軍が来たとはいえ、まだあんなに遠くにいるんだぞ! 今なら、まだこいつらを倒せる!」
「ふざけんな! 見ろよ、あれを! この連中、最初からこうなることを予想しての撤退だったんだよ!」
そんな風に騒いでいる中でも、徴兵された者たちではない生粋のガリンダミア帝国軍の兵士たちは、ちゃくちゃくと攻撃の準備を整えていた。
そして……
「殲滅だ」
ディモの馬の上から獰猛な笑みを浮かべ、動揺しているラリアント軍に視線を向け、呟く。
その声は決して大きなものではなかった。
だが、それでもディモに従っている者たちにしてみれば、十分なだけの声の大きさ。 槍を持ち、皆の先頭に立って進むディモに、他の者たちも続く。
もし先程の撤退が本当の意味での撤退であれば、ディモの命令の一つで反撃するような真似は出来なかっただろう。
しかし、あの撤退は最初から見せかけのものだった。
ラリアント軍に王都からの援軍が来ると読んでいたかからこそ、最初から本気で攻めるような真似はせず、消耗戦に持ち込むという形で戦っていたのだ。
そうして、敵の援軍が来たところで撤退したのだから、この反撃は予定通りの行動にすぎない。
だからこそ、敵が動揺しているとき、一気に反撃を可能とした。
ディモが、馬に乗って突っ込んでいく。
ラリアント軍に向かって突っ込んでいくのだが、その途中には当然のように殿軍として使った徴兵された者たちがいる。
だが、ディモはそんな相手など知ったことかと言わんばかりに、突っ込んだのだ。
当然のように、そんな状況ではディモの乗る馬に吹き飛ばされる兵士や、転ぶか何かして地面に転んでいるような者にいたっては、馬の蹄で身体や手足……場合によっては頭部を踏み砕かれる者すら出て来る。
それでもディモはそのような相手には構わずに部下を率いて徴兵された者たちの間を強引に突っ切り……やがて、ラリアント軍と接触する。
「おりゃああぁっ!」
豪快な声と共に振るわれる槍。
その声と同様の豪快な一撃は、それこそ触れた者が誰であれ吹き飛ばし、斬り裂くだけの威力を持っていた。
「うわあああああああああっ! 逃げろ、逃げろ、逃げろぉっ!」
元々ガリンダミア帝国軍に援軍が来たということで動揺していたところに、この突撃だ。
自分たちは追撃をしていたのではなく、誘き寄せられて罠に嵌められたのだと気が付いた者たちが、逃げろと叫びながらラリアントに戻ろうとする。
だが、相手は馬に乗っているのだ。
追撃部隊としてやって来た者たちの中にも馬に乗っていた者はいたが、やはり自分の足で直接走ってきた者の方が多い。
そうなると、馬に乗って突撃してくるディモから簡単に逃げられるはずもない。
そんな状況であっても、今はまずどうにかして逃げようとし、自分の前にいる邪魔な相手を押しのけて逃げるような者も出て来る。
自分たちが勝利者だからと思っていただけに、そこからの流れは追撃部隊の心を折るのに十分だった。
「わっはっは。ガリンダミア帝国軍に逆らった末路を、その身で味わえ!」
叫びながら振るわれるディモの槍は、次々と兵士たちを斬り裂き、貫き、吹き飛ばし……だが、不意にその動きを止めたディモは、手綱で馬を操ってその場から素早く退避する。
ディモが回避した場所を光が通りすぎ、その背後……ディモの行動に追随出来なかった者たちに命中すると、周囲に爆発を起こす。
一瞬の差で何とか光を回避したディモは、視線の先にいる空を飛ぶゴーレムの姿を発見すると、すぐに指示を出すべく叫ぶ。
「ちぃっ、もう来たか。……ゼオンが出たぞ! こちらの心核使いを出せ! この状況で奴に好き勝手に暴れられる訳にはいかん!」
そんなディモの指示が届くよりも前に、背後から戦場を眺めていたイクセルは、軍師としての役目を果たすべく指示を出していた。
本来ならディモの指示もなく心核使いを動かすことは出来ないのだが、ディモの軍に所属している者たちはイクセルの軍略によって今まで勝利を積み重ねてきたという意識があるので、そのことに異論を挟まない。
命令される心核使いの方は、そんなイクセルに命令されるのが面白くはなかったが、それに反論出来るような状況ではない。
自分の国から徴兵された兵士たちが敵に消耗戦をさせるための捨て駒にされたり、撤退する際には殿軍を押しつけられて追撃部隊からの攻撃で被害を出したり、それどころか追撃部隊を倒す為に弓を使って一斉に射撃したときはその攻撃に巻き込まれた者も多い。
そのような意味ではガリンダミア帝国軍に対する恨みはこれ以上ないほどに強いのだが、今の自分の状況でガリンダミア帝国軍に逆らうような真似は出来ない。
今の自分たちに出来るのは、イクセルの指示に従って心核使いとして戦いに出て、徴兵された兵士たちを守るだけだ。
イクセルも、そんな心核使いたちの考えは読んだ上で、ゼオンに立ち向かえといった命令をしているのだろうが。
とにかく、今の自分が出来るのはゼオンを相手にすることだけ。
そう判断し、徴兵された心核使いたちはモンスターの姿に変身するのだった。
時は少し戻る。
王都からの援軍が来たことにより、ガリンダミア帝国軍が撤退していったのを見て安心していたアランだったが、そんな安心した時間も長くは続かない。
戦いが一段落して休んでいると、モリクからの指示を兵士が伝えに来たのだ。
曰く、撤退したガリンダミア帝国軍に追撃をしている部隊がいるので、その部隊を止めて欲しいと。
撤退する敵に追撃をするのは当たり前では? と思わなくもなかったアランだったが、モリクが出した指示となれば、何らかの意味が……そう考えたアランは、ガリンダミア帝国軍の撤退の際の動きが普通よりも素早くなかったか? と思い直す。
つまり、こちらからの追撃の部隊を誘き寄せるために撤退したのではないか、と。
明らかに罠だと思ったアランだったが、それでもラリアントを守るための重要な戦力である以上、見捨てる訳にもいかない。
そのため、アランは一番速く移動出来るということで、ゼオンに乗り込んでラリアントを立った。
後詰めの援軍を送ると言われていたが、まずは罠に嵌まったのだろう味方を助ける方が先だということで先行したのだが……戦場に到着してみれば、そこでは予想してはいたが、出来れば外れて欲しいと思える光景が広がっていた。
逃げていたはずのガリンダミア帝国軍が、その場で反転して追撃を行っていたラリアント軍に攻撃していたのだ。
追撃というのは、あくまでも敵が逃げるところを背後から攻撃出来るからこそ、圧倒的に有利なのだ。
敵が反撃をするつもりなら、追撃を行っている者が少ない状況では意味がない。
追撃を行っていた者たちは、それを自分たちの命という代価を支払って体験していた。
何よりも致命的だったのは、ガリンダミア帝国軍の騎兵隊が追撃部隊を……それどころか、殿軍を任されていたガリンダミア帝国軍の兵士すらも蹂躙するように突撃していたことだろう。
特に騎兵隊の先頭で槍を振るっている男は、槍を使ったことがないアランから見ても手練れだというのが分かるだけの実力を持っていた。
「うわ、マジかよ。……いやまぁ、こうして前戦に出て来てくれたのなら、ある意味では好機なんだろうけど」
呟きつつ、アランはゼオンの持つビームライフルで敵を狙いつつ高度を上げる。
高度を上げるといった真似をすれば、当然のように目立ってしまう。
目立ってしまうのだが……それでも追撃をしていたラリアント軍の背後からビームライフルを撃てば、そのビームはガリンダミア帝国軍に命中するよりも前にラリアント軍に大きな被害を与えることになる。
追撃を行ったラリアント軍を助けに来たのに、ここで味方に被害を出すような真似は絶対に避けたいアランとしては、高度を上げるしかなかった。
いや、左右に移動すれば高度を上げる必要もなかったかもしれないが、それよりも今は高度を上げた方が素早くビームライフルを撃てる。
すでに味方に大きな被害が出ている以上、可能な限り素早く敵を攻撃する必要があり……ゼオンは上空に上がると、敵に向かってビームライフルを撃つのだった。




