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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第1章 - 大穴の上半身
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第6幕 - 機密事項

「さて」


 少しの間の後、ホノカは空気を仕切り直すように言った。


「文書が正式に受理されるのは明日以降でしょうし、今日は他言無用のお約束だけしてもらって、家に帰ることになると思います」


 ああ、割とすぐ家に帰してもらえるんだな、とルナはぼんやり考えた。

 ホノカを追い、グラウンドに駆け出したときから、日常が遠退いていくことを感じていたからだ。


「ですが」


 先の気になる言葉を添えたホノカを見ると、にやりと歯を見せて笑っていた。


「お土産に、この組織の概略だけでも聞いていきませんか?」


 帰宅のお供に、機密事項、とは。


「そ、そんなスナック感覚でいいの?」

「ふへへ。だって隠さなくていいんですもん」


 今にも溶け出しそうな様子でホノカは笑った。

 共有できることをこんなにも喜んでもらえている。裏を返せば、黙っていることがホノカの負担になっていたことは言うまでもない。カムイが強引にも自分を所属させようと誘導した理由が、少しだけ分かった気がした。


「ああでも、その前に一つだけ」

「ん?」


 ついでのように、お菓子をつまむような何でもなさで、ルナは思い出したことを口に出そうと前置きをした。

 ホノカが優しく、言葉を促す。


「私がホノちゃんに、担当されていたって話、本当?」


 これで実は友達のふりをしていたと言われてしまえば、一周回って感服するしかない。それはそれで、面白いと思えるかもしれない。

 和やかな空気は崩れない。


「さてはカムイ君が何か口を滑らせましたね」


 そう零してホノカはからりと笑った。ルナが本気で訊いているとは彼女も思っていないのだ。


「それはもう、むかーしむかしの話です。出会ったきっかけに過ぎません。ホノカはただそうしていたかったから、ルナちゃんと一緒にいたのであります」


 ルナは安心したように微笑んだ。心地の良い関係だ。

 わざとらしい咳払いが聞こえて顔を上げると、ホワイトボードの前に立ったホノカがマーカーを握り、腰に手を当ててルナを見ていた。この組織についてのご教授をいただけるらしい。


「えー、ここは『心的決壊災害防衛機構』、通称『心災防衛サイカシステム』。特殊な現象の絡んだ災害や事故に対処するための組織であります」


 黒のマーカーで英単語がいくつか並べられていく。|Psychologicallyサイコロジカリー-Overflowed(オーバーフラッド) Crisis(クライシス) |Restrainingリストレーニング System(システム) 。頭文字に丸が付けられ、Psy-CR(サイカ)と書かれた。


「これら災害は心的決壊災害と呼ばれるように人の心に起因するものです。発生源を台風の目になぞらえて『心災中枢ペインアイ』と呼んでいます。それは打倒すべき悪者ではなく、救い出すべき被災者なのです」


 物陰に隠れながら聞いた会話が思い出される。ホノカたちによって探されていた心災中枢ペインアイとは、あのモグラ男のことだったのだ。


「そして時に災害を起こすこの不思議な力を『第六感シックスセンス』と呼びます。五感の次にあたる特殊な知覚による力として名付けられたらしいです」


 つい先ほど聞いたばかりの言葉にルナは反応する。確か水を空中から出しながら、ルナも持っているはずだ、と言われたように記憶している。


「それならさっき、カムイくんから聞いたよ」

「え!?」

「えっ……」


 ルナが驚きの声に戸惑う一方で、ホノカは渋い顔をして別の言葉が口から飛び出ないよう噛み潰していた。


「後で十分に言って聞かせるのであります。情報管理基準違反です……」

「じゃ、じゃあ、今知ったって事にするね……」

「そういう事にしておいてください……」


 ホノカはホワイトボードを振り返って、『第六感シックスセンス』と書いた。上にはその他の用語が既に並べられている。


第六感センスは心や体が追い詰められ、命がおびやかされたときにまれに発現します。最初は心がいっぱいいっぱいになって暴走をして、その後には消えてしまうことが多いです。ルナちゃんはこれに該当していたため、暫定消失に分類されていたのであります」


 ホワイトボードに今話題に上がった『暫定消失』を書き、さらに『再発現』と書き加えた。


「後にこうして再発現……つまり、意思を持って振るうことができるようになることもあるのですけれどね。ただ初期暴走に比べると能力の規模や火力は下がる傾向にあります」


 水を出したいと思って水を出し、木を伸ばしたいと思って木を伸ばす。そんな感じだろうか。

 最初の暴走とはルナの場合『枯木の樹海街』を指すのだろう。あの時はまさか、サクランボの木に助けてもらおうだなんて思ったわけではない。


 その光景を負の感情も無く思い返せる現状に新鮮な気持ちを抱いていると、ホノカがマーカーのキャップを閉じた音がした。ボードには枝分かれした木を逆さにしたような図形が文字と共に書かれていた。


「と、組織図はこんな感じであります。ルナちゃんが入るのはおそらくここですね」


 指差されているのは、枝の一番下にある『防衛部』と書かれた部分だった。ルナの記憶が確かなら、カムイと同じで、ホノカとは別。

 他には総務部の下に財務や人事があり、防衛部と並んで通信、医療を含む支援部などが書かれていた。随分ときっちり役割分担がなされており、まるでどこかの会社のようだと感じた。


「すごいね。相手はオカルトみたいなものなのに、こんなに細かく作られてるんだ」

「こうやって組織的に動くことで、嘘の流布や証拠の秘匿を図るのであります」


 何気なく言った感想の返事に、ホノカにはおおよそ似合わない言葉が飛び出した。

 ルナが言葉に詰まっていると、ホノカが静かに笑って話を続けた。


「言ったでしょう? ここは、他の誰にも秘密なのですから」


 ここに来てすぐにも聞いたような言葉が繰り返された。けれど打って変わって今はホノカと共にここ(・・)にいる。

 たっぷり間を取って、ホノカが口を開いた。


「ようこそ、心災防衛サイカシステムへ」


 挑戦的な笑みと共に告げられるそれは、ルナの好奇心をくすぐるばかりだった。

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