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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第1章 - 大穴の上半身
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第3幕 - モグラ男

 壱岐宮ゆきのみやルナとたくみイリアは体育館の西側に隠れていた。目的は勿論、西陽にしびホノカと男子の様子をうかがうためだった。

 見ればホノカたちは体育館の南側、ベランダ下のコンクリートからグラウンドを睨んでいる。

 体育館の角ぎりぎりまで近付くと、隠れるルナたちの耳にも二人の会話が聞こえるようになった。


「誰もいないグラウンドって新鮮だな」


 ルナの耳に届いたのは、そこそこに低いけれどまだ幼さの残る男子の声。自分とあまり歳が離れているようには感じられない。けれどどこかで聞き覚えがある声のような気がした。


「下校指示が効いたみたいで良かったです。目撃されては後処理が大変なのであります」


 続くその声色で、ルナは確信が持てなくなる。本当にあれはホノカなのか。

 繋がらない。彼女の口から出る言葉と、自分の知っているホノカが、どうしたって繋がらない。胸のあたりがちりちりと違和感を訴えた。

 まだ何も分からない。

 もっとよく聞こえるようにとルナは角から出て、リュウゼツランやボール入れに身を隠しながら更に近付く。慎重に動いたつもりが途中で砂を踏み、じゃりと音を立ててしまった。


「来たか!」


 男子がその音に気付いた。辺りを見回して、探し物を捉えようとする。

 ルナは身を小さくしてボール入れの陰から出ないように努めた。身長の高いイリアも長い脚を抱え込んで体を隠した。


「……何も来ていないようですが? 湊辺みなとべカムイ防衛副士長の五感センスは頼りないようで?」


 丁寧ではあるものの、あえて棘を隠そうとしていない皮肉の混ざるホノカの声が返事をした。


 膝を抱えたルナは息を止める。心臓は今にも体を破りそうな勢いで早鐘を、湧き上がる不安は全身全霊の警鐘を鳴らした。


「ち……気配自体はしたんだ。そのうち現れるだろ」


 湊辺カムイと呼ばれた男子は周囲への警戒を解き、眼鏡を押し上げて息を吐く。その様子には多分に苛立ちが滲み出ている。


「これでもう三日目……心災中枢ペインアイの健康状態も心配です」


 いつも聞いていたはずのホノカの声だが、トーンが耳に馴染まない。


「まさか、もう死んでるから出てこないなんてことは」

「ない、と思いたいです。が……今日の結果次第では、方針の転換を迫られるでしょうね」


 聞き慣れない単語や物騒な言葉が並ぶ。強いて状況を想像するのなら、何か逃げ出した動物でも探しているのだろうか。消防点検のこの機会にということなのか、それとも点検自体が嘘だったのか。

 嫌な予感ばかりがルナの脳裏を過ぎった。


「この学校の暫定消失に該当者はいないみたいですが三年生に行方不明が一人。彼がおそらく……」

「いずれにせよ、面倒なことになる前に早く解決しないとな」


 人間に被害が出ている。それもこの学校の生徒という、とても身近なところで。

 ルナは知らず知らずのうちに唾を飲み込んだ。


「注意深く探してくださいね。今朝面倒を増やしたのもカムイ君なんですから。今度、(さん)類の保護対象者を誤って攻撃したら本部長も交えてお説教になりますよ」

「分かってるっての」

「あれほど暫定消失のプロフィールだけでも覚えるようにと言ったのに」


 ホノカは怒っているようだった。いつもの人当たりの良い柔らかな話し方ではない。話し口は責めてはいたが、口調は砕けていて、距離の近さを感じさせた。

 ルナの感覚ではホノカは滅多に怒るタイプではなく、人を嫌うことはほとんどしない。そして怒ることがある時にはそれなりの理由がある。怒るだけの価値がある相手なのだと、ルナは判断した。


「悪かった。けど担当ってだけじゃなくて、そこまでムキになるような何かがあるのか?」

「彼女はカムイ君にとっても……いえ、今は『大穴の上半身』に集中してください」

「なあ、ホノカ。そのⅢ類って」

「詳細な個人情報は伏せられています」

「情報課には伝えられて防衛部に開示されないのもおかしな話だ。なんか隠してるだろ」

「任務に支障が出ないようにしただけです」

「……分かった。終わってからゆっくり聞く」


 カムイは渋々、という様子で納得を見せた。


「そうしましょう、そろそろ時間ですし。これより心的決壊災害『大穴の上半身』の調査、及びに心災中枢ペインアイの保護を開始し──あ」


 ホノカの言葉が途切れた。それは探していたものが、もう既に目の前に現れていたことに、驚いたためだった。

 ホノカとカムイの目はグラウンドの中心に釘付けになる。ルナとイリアも、二人の視線を追ってそれを視界に捉えた。


 そこに見えたのは上半身だった。人のシルエットが、地面から生えている。


 あれは、とルナが目を凝らした時には、もう視界からその姿は消えていた。


「……きみたちも隠れるの?」


 ルナの耳に届いたそれはイリアの声ではなかった。もちろんホノカのものでも、カムイのものでもない。

 れた声が足元から聞こえて、地面から伸びた鋭い爪の泥だらけの手が、ルナの足首を掴んでいた。


「えっ、うわあああああああ!!」


 隠れていたことも忘れて、ルナは大声を出してしまう。


「!? なんだあいつら!」

「ルナちゃん!?」


 ホノカとカムイにも気付かれるが、それどころではない。

 地面の手はどんどん伸びて、ついにまた上半身を現す。泥だらけで、不気味な男の姿だった。


「ちょっと! 離してよ!」


 ルナは懸命に振り解こうとした。イリアもルナの体を引っ張るがびくともしない。

 不気味な容貌の男に直接触れるのは危ないと判断したイリアはボール入れに手を伸ばすと、中のボールを投げ付けた。バレーボールを一つ二つとぶつけても、岩のようにびくとも動かない。


「おいこっちだモグラ男! あんたも代われ!」


 カムイも同じようにボールをぶつけるが結果は変わらない。


 が、ボール入れに偶然混ざっていたサッカーボールを投げ付けたときだった。


「う、サッカー……」


 不意に手を離され、ルナは尻餅をついた。泥だらけの上半身はサッカーボールから逃げるように距離をとり、再び地面へと消える。


「ホノカ! こいつら任せた!」

「了解! ルナちゃんイリア君こっちです!」


 ホノカは小さな体でルナとイリアの手を引く。有無を言わせぬ勢いで東門にまで連れて行き、そこで手を離した。


「ホノちゃん今の! 今のなに!?」

「モグラ男です! 校庭の掘った穴に隠れて脅かす不審者です! 今警察に連絡するので二人はもう帰るのです!! なのでこれは誰にも話さないこと! いいですね!?」


 ホノカは返事を許さず二人を置いてまたグラウンドへと走って戻っていく。


 あの不審者のいたグラウンドへ、どうして再び向かうと言うのだろう。

 正気とは思えない。ホノカは、大丈夫なのだろうか。


 彼女の走った先へと一歩を出すが、ルナの肩をイリアが掴んだ。


「ちょっと、イリアくん」

「どこに行くのルナさん。もう帰ろう」

「どうしてよ」

「西陽さんが帰るようにいったんだし──僕たちは、ここにいちゃいけない」

「でも」

「きっと大丈夫だよ。勝手知ったるって様子だった。それに入学早々こんな事件に巻き込まれたら……僕なんかは簡単に追い出される」


 竹刀しない袋の肩紐を握って、イリアは何かを振り切るように一歩前に出る。ルナは彼の言わんとしていることが分かる。

 家の都合もあって彼は特待生として風見ヶ丘高校に籍を置いている。問題を起こして除籍をされては、イリアの将来は茨の道になる。


「先生に言われた通り、すぐに帰るのが正解だった」

「じゃあイリアくん先に帰ってて」

「どう考えても危ないよ! あんなの不審者どころじゃないって!」

「その危ないところにホノちゃんが行く方がおかしいでしょ! イリアくんは友達を見捨てられるわけ!?」


 え、と一瞬怯んだ隙にルナはイリアを突き飛ばした。背の高い体がバランスを崩して倒れかける。


「これからも私は、ホノちゃんの隣にいるのをやめたくないの。このまま何も見ずに、何も聞かずに帰るなんてできない!」


 数週間しか付き合いのないイリアと違って、ルナは八年も前からの付き合いだ。危険な目にあっている親友を、放ってはおけるわけがない。


 そして自分の知らないホノカが、一体何をするのか知りたい。何も知らないままで、ホノカとの関係を続けていられる気がしない。

 いつもと雰囲気は違ったけれど、ルナを心配するホノカは確かにホノカだった。


 イリアが自分自身のための選択をしたように、ルナも自分自身のために選択をするのだ。


 ルナはグラウンドへと走った。


 取り残されたイリアは、全てを見なかったことにするしかなかった。

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