表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第5章 - 災孼人を待たず
45/45

第9幕 - 裏切りと再々会

「ち……妨害電波でも出てんのかよ」


 通信状況が優れない現状にカムイは舌打ちを鳴らした。時折インカムに応答を求めても、返ってくるのはノイズだけ。はじめは人数不足からくるオペレーターの不在や機器の故障を考えたが、どうやらそういうわけでもないらしい。


「携帯電話が通じないなら分かるけどな……」


 誰に言うでもなく独り言ちた。自分一人の頭で考えても答えが出ないからこそ行き詰まった疑問が口から抜けていく。

 心災防衛サイカシステムは通信において一般には使われない周波数帯を利用しているが、その基地局は民間の住宅に扮している。カムイが知る限りでは破壊された建物は無人の廃ビルのみ。建物以外でも一部の携帯用基地局が破壊され、局所的に情報面で孤立している地域があるのは聞いていたがカムイの担当地域は該当していない。

 ならば妨害電波だろうかと考えたが、仮にそうだとしてもカムイ一人にどうこうする力はない。


 また、現状として避難状況もかんばしくない。道路だけが大規模に破壊されたことで外への避難を諦め、未だに屋内に閉じ籠っている市民が相当数いると予想されている。今も救助隊からの呼びかけは行われているが、カムイが心災防衛サイカシステムの職員として勝手な判断をすることはできない。

 拠点への報告と相談が必要だというのに、通信のできないままでは状況は悪化の一途だ。追加の人員も必要と見られ、何にせよ一度拠点に戻る必要があるだろうと、頭を切り替えた時だった。


「『他重人格コピーレフター共鳴る震駭(ビブロリンガー)』」


 そんな言葉がどこかで聞こえた瞬間に、カムイの耳元で強烈な破裂音が響いた。一瞬平衡感覚を失って、ぐらりと体が傾く。混乱しながらもカムイは即座に体勢を立て直し、状況を把握すると共に周囲に視線を走らせた。

 耳元に手を添えればインカムが使い物にならなくなっていることが分かる。幸い出血はしていないが、衝撃で音の聞こえ方がおかしい。

 通信からの孤立は元々だが、回復する見込みが完全になくなってしまったのは好ましいとはとても言えない。


「──増援を呼ばれては厄介だからね、連絡手段は断たせてもらったよ。しかしこのガジェット、六年前にはなかった装備だね。基地局は壊したっていうのに民間とは別の通信手段を取ってるだなんて、まるで軍事会社じゃないか」


 声の聞こえる方向が判然としない。周囲への注意をおこたっていたつもりはないというのに、声の主の姿がなかなか捉えられなかった。


「ここだよ」


 すぐ隣から声がかけられ、肩に手を置かれる。振り返ったときすぐ目の前にいたのはケンジだった。


「なっ……」


 思わずカムイは後退あとずさった。五歩程の距離を取るが心許ない。すぐに操ることのできる水の射程内とはいえ、ケンジが相手では近過ぎても遠過ぎても警戒に値する。


「カムイはコウサさんの幻像心災を経験してないだろうからね、追跡に気付けなくても仕方がないさ。それにしても本当、便利な第六感センスだよ『共鳴る震駭(ビブロリンガー)』。あらゆる事がこれ一つで済む万能能力だ。キョウスケがイガルタになってくれていて良かったよ」


 ケンジの手にはホノカから取り上げたのだろうインカムがあった。カムイの物と同じように、使い物にならないほど破壊されている。規格が統一されているが故に同一の物体と見做され、共鳴で破壊させられたのだろうことは予想できた。


「……ケンジさん、何をしに来たんですか」


 通信機器を破壊されたのだ。好意的な接触とは思えない。けれど声をかけて姿を現した上、追撃をされていない状況ではこちらから手出しをすることに気が引ける。


「良かったよカムイ、もう二度と口を聞いてくれないかと思った」

「もう今更でしょう」

「いや、軽蔑されてるかと思ってさ」

「……まさか。イガルタの情報を持ち帰ってくれただけで、ケンジさんは十分に心災防衛サイカとして仕事をしてくれてます。今度は僕が、ケンジさんを助ける番です」

()じゃなくてユクルを助けてほしいんだけどなぁ」


 ケンジの一人称が『僕』ではなくなっていることにカムイは気付いた。すなわちそれは今、ケンジの中にはケンジ自身ではない別の、他人の人格が重なっていることを示している。

 谷津浦やつうらケンジの第六感シックスセンスは『他重人格コピーレフター』。目と言葉を交わすことを条件に、他者の精神構造を取り込む能力。思考回路の変化に対応し、重なった人格によって感覚、感情、一人称、のみならず第六感シックスセンスまでも再現させられる。


 ケンジの一人称が『僕』ではないということは、未だに誰かの人格を重ねているということだ。今も尚の臨戦態勢、油断はできない。


「事情は分からないですけど、事情があるのは分かってます。だったら僕達心災防衛(サイカシステム)は被害者を救うために行動するのみです。事情を話してもらえれば、イガルタとは洗脳なんてしなくても協力し合えるはずです」

「協力は無理だよ。俺達イガルタは他人を信じられない。ユクルを先に傷付けたのは心災防衛サイカなんだ。今更協力だなんて、烏滸おこがましいにも程がある」


 それは、モエとホノカから聞いていた予想に違わない返事だった。

 洗脳という手段を採ることから予想される他者への不信。だからイガルタは心災防衛サイカシステムと協力をすることはできない、と。


「なら、どうして今僕の前に来てるんですか。協力の申し出じゃないのなら、何の用があってわざわざ声をかけたんですか」

「お話だよ。事情を聞いてもらえることは大歓迎なんだ。カムイには、是非とも聞いてほしい話がある」


 ケンジは両手を広げて敵意がないことを示した。そんなジェスチャーで警戒心を解くことはないが、心災防衛サイカシステムとしてはイガルタに関する情報が欲しい。ケンジの口から有益な情報が語られるかは別としても、事情が話されるというのならば聞かざるを得ない。


「聞いてくれよ。()たちのことを」


 ケンジの一人称が『僕』に戻っている。それが信用する理由にはなりはしないが、カムイは耳を傾けることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ