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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第5章 - 災孼人を待たず
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第5幕 - なりすまし潜入作戦

 心災防衛サイカシステムの寮には身嗜みを整えたい職員のために用意された部屋がある。特別化粧品を使うわけではないが、備え付けの化粧台ドレッサーの前に座って自身の姿を確認した。放りっぱなしにするのもどうかと思い、櫛や髪留めは引き出しの中へと仕舞う。

 不意に後ろに立つ影が鏡に映り、振り向くと背の低い自分を覗き込むように見られていた。


「それ、前見えてるのか? 大丈夫か?」


 こちらに向かって心配の言葉が──解釈によっては不適切な発言が投げ掛けられた。これには腰に手を当ててを身を低くし、見上げながら頬を膨らませて対抗する。


「だいじょうぶ、見えてるよ! あーっ、それともぶらっくじょーく? わたしがこの間まで目が見えなかったからって」

「……そりゃ悪かったよ、イトナ」


 責め立てる言葉に素直な謝罪を返した彼へ、同じ体勢のまま真顔で切り返した。


「そうですよ、気を付けてください。保護対象に追い打ちをかけて傷付けるなんて言語道断であります」

「おい、素と振りを反復横跳びすんな。俺はお前をホノカとイトナ、どっちと思って話しかければいいんだ」


 ふふふ、と思わず笑い声が溢れる。視界を少しだけ暗くしている前髪の隙間から、眉根を寄せているカムイが見えた。


「もちろんイトナです。わたし、イトナ」


 そう言ってホノカは自分の顔を両手で指差した。今は前髪を目にかかるほどに重めに下ろし、長い後ろ髪を一つにまとめ、縁の太い大振りの眼鏡を掛けている。


 ルナに見せられたイトナの写真の中身そのまま、などとお世辞にも言えない変装。けれどほんの三分で、イガルタが全ての第六感シックスセンス保有者の情報を吸い出せたとは思えない。データとして重くなる写真や図はスキップしているだろうというという見込みから、かけた一縷の望みがこのなりすまし作戦だった。


「なら古世守こぜかみイトナらしくしててくれよ……」

「うん! がんばる!」


 ホノカは元気一杯に返事をし、そして少しおかしく思った。この同僚相手にこのテンションで話すのは、今まで生きてきて初めてのことかもしれない。


「二人ともいつも通り愉快だな!」


 部屋にはいつの間にかモエが来ており、ホノカとカムイのやりとりを見て大きく笑った。


「ただ、イトナちゃんが独りで行くとなれば、もう少し恐怖が態度に出そうなものだけど」

「了解であります。頑張って緊張します」


 組織の最高責任者からの指南を有難く受け取りつつ、安心させようと笑って見せる。するとモエは壁掛け時計を振り返って一つ大きく息をついた。


「要求を受けてから二時間。捜索の結果は……私のところに発見の報告は上がっていない」

「モエ先生のところに無ければ、他のどこにもありませんよ」


 意味のない希望を一掃するかのようにカムイが言い切る。その言葉は誇張でも何でもなく真実であるのだから、状況は好転しない。

 しかしホノカは強気の視線をカムイに向けた。


「だからこその奥の手であります」


 だからこその、この変装。ホノカはこれからイトナを演じ、本物のイトナに心災防衛サイカシステムの支援が届くようになるまでの繋ぎ役を引き受ける。


「イガルタの我慢とこちらの捜索時間、何より、ホノカちゃんの安全を天秤にかけて、リミットまで残り五十分の時点で指定の場所に着く計画だ。まずは安全に交渉の場までたどり着くところからだな。準備はできたね? 出発しよう」


 モエの先導に従い、ホノカとカムイも建物の出口へと歩みを進める。目指すは風見ヶ丘拠点地上、久慈薬くじやく神社本殿。イガルタの指定した、最初の交渉の場である。




 そこで自分達を待っていたものは、仏教の世界観の中で強烈な違和感を発する物体だった。


「か、鏡……」


 意味もなく、ホノカは確認するよう口に出してしまった。

 それは中世ヨーロッパを思わせるアンティーク調の装飾が施された鏡だった。凝った模様が刻み込まれてこそいるが、背景の曼荼羅マンダラに溶け込む様子はない。


「いい鏡でしょう?」


 背後から声を掛けられ、ホノカは反射的に振り向いた。カムイは既に出入り口を睨んでいる。ホノカと同時に後ろを見たモエは、どこか、同じ事に驚いているだけではないように見えた。

 コツコツと靴を鳴らして歩み寄る人影は、ホノカ達の行動を歯牙にも掛けない様子で言葉を続けた。


「モエに、と思って買ったのに、すっかり渡すのを忘れていたのよ。うっかりだわ。いくら家に鏡を買い込んでいたからって」

「プレゼントはありがたいがな、自室なんかに置いたら私のプライバシーが消し飛ぶじゃないか」

「それもそうよね」


 モエはホノカを腕で庇うように背に隠し、突然の来訪者との間合いを保つように横へ横へと移動していく。そのまま鏡と彼女の直線上から抜け出し、足を止めた。

 鏡があったことから連想するイガルタなら一人しかいない。しがらみジュリ、元特務隊のエリートだ。モエとジュリが物を贈り合うような仲であったことに驚くが、思い返せばそもそも彼女たちは幼馴染であったのだ。


「それで、あなたが例の……?」


 ジュリがこちらを見て、イトナであるかを尋ねた。目の前にあった背中が静かにホノカの前を開け、ジュリと対面させた。

 ホノカは静かに気を引き締める。本格的な役割演技ロールプレイの始まりだ。


「なるほど? 『病を治す魔法の鳥』の被害中枢ひがいちゅうすう、古世守イトナ」


 記憶している情報を口に出して再確認する様に、ジュリはイトナについて言葉を並べ始めた。

 ホノカのことをイトナでは無いと断定しなかった。それだけで、第一関門は突破だ。この様子なら、イガルタはイトナの顔も、ホノカの顔も知らないことは確実と言える。


「思考を整理する第六感シックスセンス、『心縒り糺す目(アイコンダクト)』を初期暴走後も保有、あらゆる心災に対し対処できる可能性あり、中学生、明るい性格、小柄……」


 雲行きが怪しくなりだした特徴の羅列に、ホノカの瞼は意図せず引き攣った。そんなことまで書いてあるのか、と。ジュリの言葉には更に続きがあった。


「腰に届くほど長くて柔らかい髪、優しい瞳、かわいい──ねぇ、モエ? 公式の記録に自分の好みを書くのはどうかと思うの。訴えられても知らないわよ?」

「いやあ、バレてしまったか」

「変わらないわね」

「ジュリほどじゃないよ」

「まぁね」


 軽いやり取りが繰り広げられるが、あまりの露骨な記述にホノカは疑問を感じた。モエが『可愛い』と評した人間はそれなりに数が居るが、別の任務でその情報を引き出した時、そんなあからさまに私信のような項目を見た記憶はない。ホノカが手にする情報とイガルタが得た情報の違いは、その手段が正規か、そうでないか。

 モエが最初から仕組んでいた、と見るべきだろうか。盗まれた情報の信頼性を無くすために。


「見た目はともかくとして、知識は更新しないとならないな、ジュリ」


 腕を組んだモエがしみじみというように指摘した。


「被害中枢というのはもう古い呼び名だ。今は心災中枢ペインアイというんだよ」

「あら? それはごめんなさい。私の周りではそっちが普通だったから」


 ホノカもその名前を使っていた時期を知っている。ジュリが心災防衛サイカシステムを離れたのは約六年前。その時から彼女の中の情報は更新をめているのだ。


「さて、長話をしても何もなりません。行きましょうか、イトナさん」


 ジュリが鏡に近付いて、こちらに手を向けた。


「任せたよ。行っておいで」


 モエがホノカの背中に手を添え、けれど決して前に押し出すことはしなかった。


「……がんばれよ、イトナ」


 カムイもホノカに近付くと手を取った。ひやりとした感触が手の平に伝わるが、頼りになりそうなお守りだった。


 モエとカムイに無言の頷きを返して、ホノカはジュリに歩み寄る。その手を取らないままにじっと見つめ、ジュリの顔を少しだけ見上げる。すると彼女は小さく笑って手を引っ込めて、無言で鏡面を波立たせた。


 先に鏡に消えたジュリの真似をするように、ホノカもその波紋に足を踏み入れた。

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