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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第1章 - 大穴の上半身
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第2幕 - 親友と秘密

 壱岐宮ゆきのみやルナが再び目を覚ましたのは保健室だった。


 頭がうまく回っていない。それは起きたばかりということもあったが、朝から続いていた夢が現実にまで入り込んできたかのように、頭の中はかすみがかっていた。


 今朝の出来事は現実だったのだろうか。

 回らない頭のまま、ルナは起き上がる。


「何か変……?」


 耳を澄ませて、ルナは異変を感じた。

 辺りが静か過ぎる。


 ベッドを降りてカーテンを開けるが、養護教諭の姿もない。長椅子にはルナの鞄が置いてあり、横の物干しには脱がされた靴下が掛けてあった。朝に濡れたそれはもう十分に乾いている。


 時計を見れば時間は午後五時を回っていた。七時限目まで授業があったとしてもおかしい。午後の授業もとうに終わって、部活が既に始まっている時間だった。


 普段であれば部活動に熱心な生徒たちの掛け声や合唱が聞こえてくるはず。なのにそれがない。

 廊下に出ても静かで、隣の職員室に教員がいる気配はすれど、生徒たちの姿はない。


 ホノカももう下校をしたのだろう。いつも一緒に帰っていたのに残念だ、と昇降口へ向かおうとした時だった。

 職員室の扉の開く音がして、まさかホノカかと一瞬思うけれど、違う。それは自分よりもずっと長身で、短髪で、ホノカとは似ても似つかない。けれど見知った顔ではあった。


「わ、珍しい」


 思わず口をついた彼女の声に、彼はルナの方を見て足を止めた。


「びっくりした。ルナさん、もうちょっと他に掛ける言葉なかった?」


 苦笑いをされて、ルナは手遅れながらも手で口を塞いだ。それから小さく笑いが零れる。


「ごめん、イリアくん。久しぶりだね」

「言われてみれば。入学式以来、二、三週間見かけてなかったかも」


 進学して一年目なのだ。誰もがせわしなく過ごしており、光陰矢の如しである。


 たくみイリアは中学校こそルナとは別だが、小学生の頃に同じ剣道場に通っていた時期があった。

 母の勧めで自分に合うものを探し、体操やピアノなど短期の習い事をいくつも経験していたルナに対して、イリアはずっと剣道を続けていた。

 一緒に過ごした時間はそう長くはなかったが二人の仲は比較的良く、入学式で三年振りに会ったときには驚いたものだ。


「ルナさんはどうしてここに? 帰るのはもう僕で最後だと思ったんだけど」

「えっと、さっきまで保健室で寝ててさ。起きたらこれで。何かあったの?」

「寝てったって……帰りの連絡で、生徒はみんな学校から出ないといけないんだって。放課後すぐに消防点検があるから。僕は剣道場の片付けと施錠があったから遅れちゃったけど、すぐ帰るつもり」


 あとこれの回収もして、とイリアは背後の竹刀しない袋を少し持ち上げて見せた。部活が休みになったため、自主練をしようというつもりらしい。


 けれどルナはイリアの何気ない説明に疑問を持った。


「全校生徒が追い出されるの? 消防点検で?」

「うん」


 イリアは何ら疑っていない様子で返事をする。


「大袈裟(げさ)じゃない?」

「そうかな? 何か理由があるんでしょ」


 そう言われてしまってはどうしようもない。学校の中の動きなんて、生徒の知らないことの方がずっと多い。


「……で、そういうわけだけど、駅まで一緒にどう? 体調もそんなに良くないみたいだし」


 イリアは心配の眼差しでルナを見る。


「うん、ありがとう。ホノちゃん以外と帰るのは久々だなぁ」

「ホノちゃん?」

西陽にしびのホノカちゃん。五組で、ちっちゃくてふわふわしてて可愛い感じの」

「なんだか小動物みたいな形容だね。西陽さんなら名前だけで分かるよ。クラスメイトだし」


 そうやって会話しながら昇降口を出ると、遠く西側の正門の方に人影が見えた。


 ホノカと、ルナの知らない眼鏡をかけた男子だった。

 ホノカは高校指定の制服ではなく、黒地に黄色線の長袖ジャージとクリーム色のチノパンを身に着けていた。加えて、簡単な救急箱程度の大きさの肩掛け鞄。足元はスニーカーだった。

 男子の方は紺色の上着で、オリーブドラブのズボンの下には黒地に青い蛍光の入ったトレッキングシューズを履いている。勉強道具が入っているとは思えないウエストバッグが腰で揺れていた。

 どちらの格好も私服にしか見えない。


 二人は何かを言い合いながら早足で歩いており、距離もあってかルナとイリアには気付かない。


「ホノちゃんが怒ってる……?」


 それはルナが初めて見る表情だった。いつもの、ゆるふわで明るく朗らかな雰囲気は、そこにない。目は真剣そのもので、前を歩く男子に刺さっている。話の内容は聞こえないが、彼はホノカの方を向くことなく、返事らしきものをしていることしか分からない。


「……今のって西陽さん、だよね」

「うん……ホノちゃんだった」


 本当に、ホノカだったろうか。

 あれは、ルナの知る人当たりの良いホノカではない。隣の男子も、見たことも聞いたこともない。


「あの眼鏡の男子、知ってる?」

「……五組じゃないのは確かだけど……」


 ホノカと、どんな関係があるのだろうか。

 そもそも風見ヶ丘高校の生徒なのかも分からない。あの格好では完全な部外者ということもあり得る。


「……見に行こう」

「え? ちょ、ちょっと待って!」


 ホノカたちが正門から南に向かい、体育館の向こうに姿が見えなくなるとルナは小走りで追いかけた。イリアも反射的にそれを追った。


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