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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第5章 - 災孼人を待たず
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第3幕 - 襲撃と要求

 ルナとカムイに崩れた拠点の奥へと入る術は無かった。他に複数ある出入り口を近い場所からしらみ潰しに探して、やっと見つけたのは心災防衛サイカシステムに勤める職員用の寮。

 そもそも拠点の周囲の住居のほとんどは職員か心災の関係者達のものである。過度に人目を気にする必要がない代わりに、外見上偽装されたそれら全てを回ることには骨が折れた。


 寮の一階広間では、職員たちは各々守るべき機器やデータを抱えて集合をしていた。順番に職員の安否確認が行われており、ルナとカムイが訪れた時には既に混乱は収束していたが、誰もが忙しなく動き回っていた。

 一般職員と防衛員は部屋を分けられ、二人は奥の部屋に通された。


「モエ先生は今各拠点に応援を呼んでるところで忙しいからね。防衛員に指示をするのは部長ぼくの役目なんだ」


 一、二時間は待っただろうか、時計の長針を一回り以上目で追った。もう学校では三限目の授業がとっくに始まっている時間になっている。勝手な行動は許されず、待機に痺れが切れそうになった頃に樫寺かしてらコウサは二人の部屋に訪れた。


「そうは言っても待機任務に変わりはないよ。君たちにはこのままここで、次の指示を待ってもらう」


 ルナは待つ間に膨らんだ不安を吐き出すように口を開いた。


「それはいいんですけど……コウサさん、一体何があったんですか? あの地震でこんな被害が出たなんてホノちゃんは……」

「イガルタに襲撃されたんだ」


 コウサはタブレットから目を離さず、端的に答える。


「やられたよ、完全に虚を突かれた。Ⅰ類が出払った頃にⅡ類に混ざって来たんだ。また襲撃がないとも限らないから、君達には待機をしながら拠点防衛を担ってもらう」

「街を揺らして今度は拠点に襲撃……イガルタは何がしたいの……?」


 口に出せば考えが纏まるかと思ったが、ルナに思い当たるものはなかった。

 イガルタの襲撃がいつかあることは予測されていたものの、それがこんな風に街全体を巻き込んだものになる理由は謎だった。


「防衛員にイガルタがいた、ということですか? 襲撃の目的と被害は? 洗脳された人数は?」


 待機の間に考えを十分にまとめていたのか、カムイは口早に質問した。予想と事実を擦り合わせるようと、真剣な目を向けている。


「質問は一つずつね、カムイくん。まず襲撃メンバーに司宰しさいライコウはいなかった。洗脳被害はないよ。それに防衛員にイガルタもいない」


 コウサはゆっくりと答え始めた。


「わざわざ街の混乱に乗じて襲撃をした目的だけど……心災防衛サイカシステムのもつ第六感シックスセンス保有者の情報だったみたいだ。Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ類、全てのデータが一瞬で吸い取られている。それに設備も壊された。あの拠点は諦めるしかない」

「襲撃の規模はどの程度で? 待機していた他の防衛員では対抗できなかったんですか?」

「それは纏めて答えられるかな。イガルタは一切戦闘を行わなかったんだ。ほんの三分で、拠点全ての扉を同時に破壊、侵入地点を絞らせないまま総務部情報課に侵入してデータを吸い出していった。ついでのように通路を瓦礫で塞いでね……人数はたったの四人だったよ」

「たった四人で三分って……この拠点に詳しい人間がいなきゃ無理でしょう。内通者がいるのでは?」

「キョウスケくんがいたんだよ。前回の襲撃メンバーで勘もあるし、彼なら拠点の内部を全て把握できる」

「……『振動』で、ですか」

「特務隊の中でもズバ抜けてたからねキョウスケくんは……昔から振動の破壊力もすごかったけど『共鳴』で広域同時破壊、材質解析、空間把握、通信に盗聴、なんでもできる万能さが彼の売りだったから」

「拠点の放棄は盗聴防止のためでもあったんですね」

「まぁ、そんなところ。良いように動かされてる感じ」

「……後手後手ですね」


 カムイは悔しそうに顔を顰めた。


「警察然り消防然り、事件コトが起きてからじゃないと僕たちは動けない……防衛組織である以上は仕方のないことだけど……」

「パトロールくらいしかできることはないですよね」

「そうだね……けど今は司宰ライコウが現れるまで君たちは待機だよ。この仮拠点に追撃が来るとも限らない……それに君達がイガルタでない保証もない」

「えっ……そんな」


 ルナは青()めた。自分達が敵であると疑われている。そんな物言いにショックを受けないはずはない。イガルタに対抗するために、高校生ながら訓練に力を入れてきたというのに。

 カムイも同じ思いがあったようで反論に口を開いた。


「それは、イガルタの思う壺なのでは。襲撃一つで拠点の破壊、情報の奪取、疑心暗鬼な状況の作成を兼ねられるだなんて、いくらなんでもやられ過ぎです」

もっともだけど、イガルタの一番の目的だろう保有者データの使い道はきっと新たなイガルタを作ることだ。だとしたら既に何人かが取り込まれていてもおかしくないよ。僕たちは常に最悪を想定しなければいけないんだ」

「高校生の僕達でも、ですか」

「うん。常に見張り合うのが理想だね。それに襲撃直後に居場所が判明しているイガルタは今も監視中だから、そっちと合わせて怪しい動きがあればすぐに分かる」


 コウサは優しい話し口をしていたが、その内容は「信用はできない」という揺らがない決定だった。


「……まぁ、そうは言ってもこの拠点を今守れるのは君たちくらいしかいないからね……信不信は関係なく頼らざるを得ない……って! なんて言ってるそばからだよ! 正面玄関から応援要請が来てる!」

「えっ、イガルタの襲撃ですか!?」


 今までずっと待機をしていて、突然の臨戦態勢。心が体についてこない。


「おそらくそう! すぐに対応を!」


 ルナがコウサと確認を取っているうちにもうカムイは部屋を飛び出していた。ルナも遅ればせながら廊下を駆ける。同じ一階、すぐにでも迎え撃てる。


 退避する職員とすれ違いながら向かった先、玄関の向こうの道に人影が見えた。

 カムイの隣に追い付くと、道に佇む男性がルナの視界に入った。


「あなたは……」

「は、自己紹介がいるかよ」


 そこにいたのは御築おきずきショウブ。先月にイガルタと化したイリアの叔父だった。

 たった一人、単身で乗り込んできた理由は見当もつかない。


「出迎えはお前らだけか? つっても健忘症でもなけりゃ大人どもは出て来ねえよな」

「……何をしに来たんですか、ショウブさん」

「一番手え空いてんのが俺だったんだ。ライコウに頼まれた伝言をしに来ただけだっつうの」


 つまらなさそうにショウブは地面を革靴で蹴る。その声色、雰囲気、全ては御築村で見た時と何ら変わりはない。ただイガルタになったという事実だけが、彼の立場を変えていた。


「ゆっくり座ってお話してやってもいいけどよ、俺がそっちに入りゃお前らの頑張り一日分はなかった(・・・・)ことになる(・・・・・)ぜ」


 そう言いながらショウブはふところから茶封筒を取り出し、ルナとカムイの方へと投げ放った。


「……そいつにイガルタ(こっち)の要求は全部書いてある。言うこと聞けねえってんなら次に崩れるのは廃ビルに限らねえぞ」

「おい待て!」


 それだけ言ってきびすを返したショウブをカムイは呼び止めた。不機嫌そうな顔が振り返る。


「口のわりいガキだな。それともそん中にご招待でもしてくれんのか」

「イガルタの目的は何なんだ。何で急にこんな大規模な攻撃をしてきたんだ」

「んなこた決まってんだろ、ユクルを助けること以外に俺達に目的はねえ。知ってんだろが。いいからお偉いさんにさっさとそれ渡してきやが──」


 悠長に話すその姿は隙だらけだった。折角目の前に姿を現したイガルタの一員を、みすみす逃すわけにはいかない。


 ルナは足元に落とした種を急成長させ、ショウブの片足をキヅタに絡め取らせた。不安定に転倒しかけた追撃の機会も見逃さない。アスファルトに吸着根を伸ばさせ、簡単に引き千切られることのないよう幾重にも蔓を纏わりつかせる。


「ルナ!」

「『全緑疾草オールグリーン』。なによ、これは先に言わないのが正解でしょ?」

「ああ。監禁できなくたってこの場に釘付けにすれば記憶は奪い取られないからな」


 ルナも考えた上での行動だ。

 もしショウブを捕まえても、建物の中に引き入れた時点で記憶を奪い取る『秘密室オブリビオン』の条件である『閉鎖空間』を満たしてしまう。おいそれと監禁することはできない。

 けれど一切囲むものなどない道のど真ん中では、ショウブはただの人間と変わりない。


「……チッ、礼儀のなってねえガキどもだな」


 そう悪態を吐かれる間にもルナはキヅタを成長させた。両足を絡め取り、胴体、右腕までも巻き付かせてその場に雁字搦めにする。ルナは更に液肥を与えて茎を太らせた。

 もう決して逃しはしない。


「……折角ご足労いただいたんですから、遠慮せずにゆっくりお話でもしていってください。こっちも訊きたいことは山ほどあるんですから」


 カムイはそうショウブに言ったが、煽っているようにしか聞こえない。


 それでも、ショウブの顔に焦りはなかった。


「は、誰が好き好んでガキと話なんてするかよ」


 ショウブは唯一自由だった左腕を強く振り上げた。そして宙を舞った物に、ルナとカムイの視線は釘付けになる。ショウブの袖の奥に仕舞い込まれていたのは、女性物のコンパクトだった。

 アスファルトへ落下した拍子にその蓋が開く。ショウブはそのコンパクトの鏡面に向かって叫んだ。


「キョウスケ! やれ!」


 声は鏡を震えさせ、水面のように波紋を立てる。返事の代わりに、そこに伝えられたのはより大きな『波』だった。


「えっ、何……?」


 ルナは足元に違和感を感じ取った。それは初め小さな『揺れ』だった。地震の始まりのようだったそれは段々と強さを増していく。

 そして一瞬揺れが止まったと感じた次の瞬間には、もはや立っていることなどできない衝撃がルナとカムイを襲った。道路が波打つように見えたのは、おそらく幻覚ではない。


「三時間だ」


 立っていられない揺れの中、安定しない視界に砕けるアスファルトが見える。キヅタは地面から剥がれ、引き裂かれた残骸を振り払うショウブの姿が辛うじて捉えられた。


「三時間待つ。それまでに古世守こぜかみイトナをイガルタに差し出せ」


 どうして今、従妹イトナの名前が出てくるのだろうか。

 ルナは状況が飲み込めない。ただでさえ揺れ動く足場の中、まともな動作ができるはずがなく、思考まで振り回されてしまう。

 幻聴だと思いたい。なのにその名前を、大事な家族の名前を聞き間違える筈がないと、ルナの思考は捕らえられた。


 揺れが収まった後、道路には瓦礫と化したアスファルトが重なり合う。その場には安っぽい封筒と罅割れたコンパクトが一つ残されるのみだった。

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