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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第5章 - 災孼人を待たず
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序幕 - 白の部屋

 それは六年前、心災防衛サイカシステム風見ヶ丘(かざみがおか)拠点で交わされた会話。どこにも記録されていない、あるとしても当事者たちの思い出の中にしかないやり取りだった。




 白を基調にしたその部屋は、彼の希望によって整えられたもの。壁は勿論、机、椅子、ベッド──調度品は全て白で統一されており、脅迫的なまでの清潔感と、どんな色にも侵され得る危うさがあるように見える。

 何者にでもなれる彼の内面を示しているように、眩しいほどに真っ白だった。


「本当にこんな部屋を用意してもらえるなんて思わなかったなぁ」


 部屋にあるたった一つの椅子に腰掛けて、まだ傷一つない机の表面を撫でながら彼は言った。


 彼の名前は谷津浦やつうらケンジ。華ノ盛塚(はなのもりづか)拠点の特別救助任務部隊に所属する、十九歳の防衛員だった。

 黒地にオレンジのラインが入った上着を着ている彼だけが、この部屋の中では唯一色を持っているように見える。


「何、他ならぬ君の頼みだからね。必要なものがあれば今のうちに、いくらでも言ってくれたまえよ」


 石津いしづモエは机の前に立ったまま、ケンジにそう声をかけた。


「いやぁ、悪いですよ。これで十分です」

「君は普段からあまり欲を出さないからなあ。次に頼みが聞けるのはいつか分からないぞ? ほらほら、思い付くなら早く言ってみたまえ」

「……それじゃあ、石津博士のおすすめの本でも差し入れてください。刺激に満ちた生活からは程遠くなりそうですから」

「いいとも。よおく読み込んで良さそうなものだけを渡すとしよう」

「はは。モエさんの検閲を抜けられる本が何冊ありますかね」


 笑いながらケンジは腰を上げると上着を脱ぐ。後ろで結んでいた色素の薄い長髪を解きながら、壁のコート掛けの前まで来ると上着を預けた。

 上着の下は白い簡素なシャツで、まるでケンジ自体から色が抜け落ちたようにも見えた。


「この制服を次に着るのはいつになるんでしょうね」

「事実上、特務隊は解散だ。特務隊が奴らに半分ももってかれた以上、仕方のない事だろう」


 ケンジはへらりと困ったような顔をして振り返った。


「石津博士、まだ半分もないですよ」

「……そうだな。まだ、な」


 モエは長い溜息を吐いた。

 ケンジは椅子に座り直すと、解いた髪をくしゃりと搔き上げてモエと目を合わせた。


「それに彼ら、イガルタは敵じゃないです。僕では救うことは叶わなかったけれど……心災防衛サイカの皆なら、いつかきっとイガルタを救える」

「イガルタが心災防衛サイカを信用してくれればすぐにでも協力できると思うんだけどなあ」

「それができたら拠点襲撃なんてしないでしょう。先んじてイガルタ化したジュリさんがその判断をしなかったことや、『自身の精神構造を他者に組み込む』能力の本質から考えて全く他人を信用するつもりはないと見ていいです」


 ケンジは難しい顔をして腕を組んだ。


「ケンジ君がイガルタの第六感センスを解析してくれなければもっと対応が遅れていただろうね」

「よしてください。僕は失敗した身ですよ。能力の解析ができた程度じゃ、司宰しさいライコウは助けられない。せめて『ユクル』と会えれば良かったんですけれど」

「君ができないとなると私達もお手上げなんだがね。それに『ユクル』に会えるのはイガルタだけだろう?」

「ええ。けれどイガルタが心災防衛サイカを襲撃したのは助けを必要(・・・・・)としているから(・・・・・・・)です。彼らはユクルを助ける手段があると踏んだ上で襲撃し、ないと判断したから退却した。いつになるか分かりませんが、心災防衛サイカがその手段を手に入れた頃に再び襲撃にくるでしょう」

「その予想は外れてほしいものだよ」


 モエは困り顔で笑った。ケンジも釣られて笑ったが、すぐに真剣な目付きになる。


「いいえ。次の襲撃こそ、イガルタと話し合うチャンスです。けれど闇雲にやってはイガルタ化する危険性がある……どうにかして僕達サイカはイガルタの信用を勝ち取らなければならない」

「なんとも厄介な相手だ。厳しい戦いになりそうだね」

「銃も爆発も効かない相手に、できることは話し合いだけですからね。それでも諦めるわけにはいきませんよ……ふわあ」


 真剣な話の最中だというのに、ケンジは大きな欠伸あくびをすると目を擦った。


「お疲れだね。拠点防衛も大変だったろうが、ここまでの長旅も気が休まらなかっただろう」

「ええ、華ノ盛塚から風見ヶ丘まで三百キロもありますから。いなくなって益々(ますます)、ジュリさんのありがたみが身に沁みます」


 そう言うとケンジはまた出そうになった欠伸を噛み殺し、両手を挙げて伸びをした。


「……あとどれくらいだい」

「さぁ……でももう少し、石津博士とはお話をしていたい気分です」

「君の眠気に限界が来るまで、いくらでも話に付き合ってやろうじゃないか。何、私と君の仲だろう。遠慮はいらないさ」


 モエはしゃがみこんで机に顎を乗せるとケンジを見つめる。ケンジは何度も目を擦ってからへらりと笑った。


「じゃあ仕事以外の他愛ない話がしたいですね。後輩の話とか服の話とか──」

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