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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第4章 - 病を治す魔法の鳥
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第5幕 - 追い詰めた魔法の鳥

 カムイとイリアは総合運動場から離れた工事現場にいた。山部の開発が不定期に行われていた場所の一つで、休工中のため人の目を避けるには都合の良い場所と言える。

 と言うよりもカムイは意識的にそういう場所へと『病を治す魔法の鳥』を誘導し、追い詰めたのだろう。ルナとホノカが駆けつけた時には、カムイは赤茶色の崖を背にイリアと対峙していた。


 カムイは正気とは思えなかった。眼鏡は何処へやったのかかけておらず、ジャージにベストを装着した姿は見慣れないため別人にも見える。

 呼吸を荒くし、鋭く細めた目でイリアを睨むその表情には明らかに敵対の意思があった。地面を揺蕩たゆたい、周囲で渦巻いている水は今にもイリアに向かって行きそうな雰囲気がある。

 そしてカムイの頭の上には『鳥』が乗っていた。


「ホノカ現着しました! イリア君、状況は?」


 肩で息をしているイリアにホノカが問うた。イリアは振り返る余裕もないのか目はカムイの方を向けたまま左手でルナとホノカを制止する。


「西陽さんもルナさんも近付き過ぎないで。今はある程度離れておけば対応できるから」


 そう言うイリアはカムイと対峙しながら十メートル程の距離を取っていた。竹刀を構えてカムイに対して牽制しながら、出方を窺っている。


「とりあえず人目に付いたらまずいと思って、ここから逃さないようにしたけど、湊辺くんの攻撃は捌くだけで精一杯なんだ」

「カムイは一体どうしてああなったの? それに頭のあれって……」


 ルナとホノカはイリアの忠告に従い、少し後ろに下がる。イリアは通信では増援を求めていたが、二人が着くまでに対応に慣れてきているようだった。


「……運動場に行ったらもう鳥が来てて、子供とじゃれ合ってたから湊辺くんが急いで追っ払ったんだ。それを熱探知で追い詰めて、湊辺くんが水で捕まえたんだけど……捕まえた時に頭突きをされて、そしたらああなったんだ」


 カムイの頭に留まる鳥は、コザクラインコのキズナで間違いなかった。その姿だけを見れば微笑ましいが纏っている雰囲気は全く微笑ましくない。


 じり、とイリアは摺り足でカムイに近付く。

 それを察知してかカムイは周囲に渦巻く水を持ち上げると、槍のように鋭く変形させてイリアへと伸ばした。

 イリアはそれに対して竹刀を振るう。竹刀もただの竹刀ではない。打突部周りの空気が景色を歪めるほど、高熱を纏っていた。

 じゅうう、と爆発したかのように大きな音が鳴る。竹刀に触れた所から水は蒸発し、イリアにまで届かない。連続する水の攻撃を竹刀で捌くうちにイリアは後退あとずさり、構えを解くとカムイからの攻撃も止んだ。


「……見ての通りだよ。鳥をカムイくんから引き剥がせばいいと思ったんだけど、近付けそうにないんだ。ちょっと無茶をすればできなくもない気はするけど……援護が欲しい」


 二人の攻防の様子を見てルナも状況を把握した。イリアには十分な有効打がないのだ。

 熱は水を蒸発させられる。けれどその際に蒸発熱として消費されるため、連続使用はできない。どうしても熱を再度集め直す必要が生まれる。それはカムイも同じで、水蒸気となった水を再び液体として手元に持ってこなければならない。

 互いに決定打を持たないまま、膠着してしまっている。


 カムイをどう相手取るか考えている様子のイリアに、ホノカは直接声をかけるのではなくインカム越しに言葉をかけた。


「イリア君、互いに怪我をしないままよくここまで持ち堪えてくれました。相手がカムイくんだから過度な攻撃に移らなかったのかもしれませんが、この現象を起こしているのはルナちゃんの家族である可能性があります。傷付けないよう細心の注意を払ってください」

『「それは来る途中でも聞いたよ。でも、じゃあ、どうすればいいの?」』

「鳥を頭から離す、というイリア君の方針はおそらく正しいと思います。カムイ君の中に別人の意識が入り込んでいるとすればそれを介しているのはあの鳥です。それ以外の手段となると心災中枢ペインアイのようにカムイ君を捕縛することになります」

『「僕の熱は気絶や捕縛にはあんまり向いてないから、ルナさんがいるなら代わってもらいたいんだけど」』


 イリアのその言葉で、ホノカはルナの方を見遣った。大丈夫かと、目が尋ねている。

 ルナは、決めかねていた。

 確かに自身の第六感シックスセンス全緑疾草オールグリーン』は捕縛能力に優れている。けれどそれは、ルナが従妹イトナを締め上げるということである。

 イトナに苦しい思いを、あまりさせたくはない。縛り付けることなく、鳥を頭から離すだけで済むのならば、そうしたい。

 思考は冴えていて、イリアに危険を冒させるよりも正しい判断だと即座に導けた。けれど、すぐには答えられなかった。


「……イリア君なら家族を思う気持ちは分かりますよね。ルナちゃんに辛い判断をさせたくありません。鳥を引き離す方向で行きましょう」


 ルナの悩む姿を見て、ホノカは先に判断した。

 きっと迷いのあるままルナが捕縛に臨んで、失敗する可能性を危惧したのだろう。


「ごめん、ホノちゃん」

「いいんですよ。能力の適材適所が心にも合ってるとは限りませんからね。それにイリア君ならきっと大丈夫です」

『「本当に大丈夫? 僕、湊辺くんに勝てる気がしないんだけど」』


 イリアは自信が無いようで、ホノカがルナに向けて言った言葉にさえ動揺していた。


「『できない』と思っていてはできないままだとカムイ君に言われませんでしたか? やれます、イリア君なら。作戦を伝えるので攻撃意思を見せないようにして聞いてください」

『「う、うん」』


 強気に言われると反対できない性格もあって、イリアは素直に従い竹刀を下ろした。けれどいつ攻撃をされても対処できるよう、顔はカムイの方に向けている。

 カムイは周りに水を集めたまま、じっと顔を顰めてイリアを見ていた。


「イリア君は今出力を抑えていますよね? ホノカには分かりませんがイリア君の感覚で今見えている水を全て十分に蒸発させられる量の熱を集めてください。また、本来より水の敏捷性が落ちています。ゆっくり近付けば迎撃されますが、素早く向かえば水が操作されるより先にカムイくんの頭から鳥をはたき落とせます」

『「それって特攻じゃないか! あの湊辺くんは普段の湊辺くんじゃないんだよ!? 西陽さんたちが来る前だって水を突き刺そうってくらいの勢いで攻撃をされてるんだ!」


 イリアは焦って反論をした。確かに今のカムイは普段のカムイとは違う。


「分かっています。だから十分蒸発させられる熱量が必要です。突き刺すように細い水なら一度に接する面積が小さいですからイリア君に届く前に蒸発させられると思います。それにあのカムイ君は動作がぎこちないです。イリア君の全速力なら、行けます」

『「本当にそうかな……?」』

「ええ、大丈夫です。しっかり息を整えてから突撃しましょう」


 ホノカはイリアに指示を出すと、マイクを切り再びルナの方を向いた。安心させるような笑顔だったが、少し困ったような表情でもあった。


「ルナちゃん、イリア君にはああ言いましたが、いざというときにホノカではカムイ君を止められません。有事の際には、お願いできますか?」


 それを断ることなどルナにできようか。水に強い植物を使えるルナが出るのが確実だというのに、気持ちの理由でここまで配慮してもらっておいて、無下になどできない。


「やるよ、うん。それは私にしかできないもの」


 ホノカが予備のインカムを取り出すと、ルナはそれを受け取った。そして肩に掛けていたポシェットから種の入った袋を取り出すとキュロットのポケットに移し替え、邪魔にならないように地面に置く。


 やると覚悟を決まればあとはイリアの準備が整うのを待つばかり。イリアは肩幅に足を広げて、ゆっくり深呼吸を繰り返していた。


「ねぇ、ホノちゃん」

「なんですかルナちゃん」

「あのカムイが乗っ取られていて、イトナがこの現象を起こしているなら……今カムイの中にはイトナがいるってことだよね」

「……そうなりますね」

「イトナはどうして、イリアくんを攻撃するんだろう?」

「それは……どうしてでしょうね……」


 ホノカは答え辛そうにしていた。ルナの家族が友人を傷付けようとしているこの状況で、どちらの側に立った言葉をかければいいのか分からないのだろう。


「イトナはわざと人を傷付けるような子じゃないよ。人を助けたいって、みんなを守りたいってイトナは言ってた」


 ホノカに尋ねるまでもなく、ルナは理由に気が付いていた。思い違いかもしれなかったが、何故だかイトナの気持ちがすんなりと想像できる。

 それでも尋ねたのは、イトナに攻撃する積極的な意思があるとすれば、ホノカは言い濁すと思ったからだ。だから即答されなかったことが、ルナの推測を裏付ける。


「イトナは多分、キズナを守りたいんだと思う。キズナを追い掛けたりしたカムイとイリアくんを『敵』だと思ってるんじゃないかな」

「やっぱり、そうでありますよね」

「うん。カムイはきっとキズナを捕獲対象とか周りに悪影響を与える敵としか見なかったと思う。飼い主(イトナ)の事も知らないだろうし、怖い顔して追い掛け回したから、きっと悪い人だと思われてるんだよ」


 カムイは心災中枢ペインアイに対しては真摯に接するが、その媒介になっている鳥にまで気持ちが及ばなかったのだろう。初めて久慈薬くじやく神社で会った時だって、イガルタと勘違いされ容赦なく攻撃をされた。

 カムイの気迫はきっと、イトナにとっても怖いものだったに違いない。


「ホノカも、ルナちゃんと同じ推測をしていました」

「だよね。言いにくかったでしょ」

「ええ。でもルナちゃんも分かってくれて良かったです。事が治まったら、イトナちゃんとゆっくりお話しませんとね」

「うん。イトナもきっと心災防衛サイカシステムに所属したがるだろうし。あっ、イトナのお母さん達にも話さなきゃかなぁ」


 イリアの息が整うまでもう少し時間は必要そうだった。それまでルナとホノカは、任務の後にするべきことを話し合った。

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