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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第4章 - 病を治す魔法の鳥
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第4幕 - 捜索と調査

 物質操作系の第六感シックスセンス保有者に顕著な感覚として五感以外の知覚がある。人間の五感──視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚──それら以外による拡張された感覚はまさしく第六感だいろっかんと言えた。


 水を操る力であれば空気中の水分子を、物体を入れ替える力であれば遠く離れた器物を、記憶を操る力であれば脳の状態を、個人差はあれど知覚できる。

 この特性を単体で行使するのだ。


 たくみイリアの第六感シックスセンス熱暴躁オーバーヒート』は火事を起こした印象こそ強いが、実態は発火能力でも発熱能力でもない。自身の感情を呼び水に、熱を集める集熱能力だった。

 熱を超過するのではなく纏繞てんじょうする──故にオーバーヒートと名付けられたのである。


 そして熱を集める過程で、熱源を探知できるのだった。


「……地面から二メートル以上高い所に絞って熱源を探してる……建物は除外して、木の上……うん、この辺りはおおよそ把握できた」

「よし、んじゃ探しにいくか。鳥以外が混ざってる可能性は?」

「よっぽどないと思うよ。鳥は体温が高くて分かりやすいし。飛び回る前に急ごう」

「オーケー。先導任せた」


 熱源探知機サーモディテクターとなったイリアの後に付いてカムイは芝生から逸れた狭い雑木林に入った。遊歩道や芝生周りであれば見渡して探せるが、木々の混みいった中に隠れているとしたら人の目で探すのは困難になる。

 人の目に触れる前に探し出すには、イリアの熱探知が必要不可欠だった。


「僕の力にこんな使い道があるなんて、湊辺みなとべくんに言われるまで思わなかったよ」


 自身の手元に集まる熱の方向を確かめるように、手をかざしながらイリアは言った。イリアは心災防衛サイカシステムに所属して一ヶ月だが、当初は自身の第六感シックスセンスが活かせる任務があまりなく、悩んでいる様子をカムイは見たことがあったのだ。


「『できない』って認識する前で良かったな。第六感センスは『できる』と思ったことしかできねぇから早めに知っとくべきだと思ったんだよ」

「うん、ありがとう。湊辺くんがいてくれて良かった。ルナさんの言う『先輩』ってこういうことだったんだね」

「先輩はよしてくれ、部活でもねぇしな。能力は一人一人違うからアドバイスが役立つ機会は多くねぇし、俺は自分が教わった時を思い出して勘で言っただけだ」


 自分が教える側と認識されるのが小っ恥ずかしく、カムイは言い訳のように自分の話をした。


「湊辺くんにも先輩がいたんだね」

「ああ。『第六感センスは基本一人一つ、けれどできることは一つじゃない。得意不得意はあれど応用できる方向はいくつもある』って教えてくれてな」

「得意不得意か……確かに探知は得意じゃないかも。頭の中がこんがらがりそうになるよ」

「俺もだ。操作の応用で分解ができるけど割と苦手だ。所有者のいない水以外はかなり動かしにくい」


 そんな風に雑談をしながら人気ひとけのない雑木林の中を探索した。鳥は一匹単体でいるだろうと予想をつけ、条件に合うものを探し見つけては外見の確認をする。それを敷地内の鳥が隠れられるであろう場所で繰り返していった。

 けれど見つかるのは地味な姿をした野鳥ばかり。『魔法の鳥』と呼ばれるような姿の鳥は一向に見つからなかった。


「大見得を切っておいてごめん。僕の熱探知じゃ鳥の姿までは分からないせいだ……」

「そう落ち込むな、イリアはよくやってくれてる。そりゃあもっと探すのに向いてる能力だってあるだろうが、結局持ってるもんでなんとかするしかねぇんだ」

「うん……でもやっと敷地内を見終わったのに、これじゃあいつまで経っても見つけられないよ。鳥だって飛んでいっちゃうだろうし」

「探知を使って見つけるよりも見つけた後の追跡に使う方が向いてるかもな。仕方ねぇ、ホノカに助力を仰ごう。聞き込みでなんか情報を得られてるだろうしよ」


 そしてカムイはインカムのマイクをオンにし、ホノカに通信を行った。


『はい、こちらホノカ。どうしましたか』


 カムイが話しかけてほとんど時間差なくホノカから返答が得られた。聞き込みの最中ではないようだった。


「建物周りの捜索は終わったんだが『鳥』は見つからない。これから敷地外に出るんだが、そっちで何か情報がないかと思ってな」

『丁度こちらも一段落したので得られた情報を共有しようと思ったところです』

「そりゃあ助かる。場所かなんかか?」

『場所もですが「鳥」の外見と影響を受けた患者の傾向が大きな収穫です。鳥は赤っぽい頭に黄色い体をしています。また十代の、特に子供と呼べそうな患者ばかり接触しているようです』


 カムイはつい頭を掻いた。病院の敷地内で『鳥』を探している様子の患者には高齢者が多かったような気がしたからだ。信心深いと奇跡みたいな出来事に縋りたくなるのは人のさがなのかもしれない。


「できれば人と接触する前に捕獲したいもんだが……」

『では待ち伏せですね。今場所は?』

「敷地内の遊歩道から東に入った雑木林にいる」

『これは昨日の目撃ですが、病院から東に向かって飛んでいくのを見た方がいます。総合運動場に向かいましょう。子供の患者がよく遊びに行く小さな公園があるそうです。そこで待ち伏せしつつ周囲を捜索してみては』


 その情報が得られた段階で一度連絡が欲しかったが、半端な捜索をしたまま次の場所に移ることはないとホノカも分かっていたのだろう。敷地内の捜索が終わったらカムイの方から通信が来ると予想していたのかもしれない。


「事前に分かってりゃ最初からそっちに行ったんだがな」

『敷地内の目撃だってたくさんありましたよ。そこにいないという結果が得られたのですから無駄ではありません』

「分かってる。総合運動場だな? 捕獲し次第また連絡する」

『不測の事態が起きた場合もですよ』

「オーケー。そん時は頼んだ」


 カムイは通信を切るとイリアと共に総合運動場を目指した。




 カムイ達が任務に励んでいた頃、ルナは病院の休憩室にいた。人のいない部屋の中、俯いて椅子に座って考え事をしている。

 従妹であるイトナが倒れてから心配で帰れず、検査の結果が出るまでは待とうと決めていた。


 そんなときにがらりと休憩室の扉が開いて、人が多くやって来たら移動しようかと顔を上げた時だった。


「あれ? ルナちゃん?」


 現れたのは見知った顔、親友とも言えるホノカだった。


「ホノちゃん? どうしてここに……研修?」


 ルナの視線がホノカの顔から足元までゆっくり動いたのを見て、ホノカも視線を下げるとはっと思い出したように体を跳ねさせた。


「ち、違いま……いえ、そうです。ホノカは今お仕事をしているのであります」


 自身が白衣を着ていることを今まで忘れていたようで、否定の言葉が出かけたが即座に肯定に切り替えた。


 仕事をしていると胸を張って言うと、ルナの隣に腰を掛ける。ずっと立ちっぱなしでいたのだろうホノカは力が抜けたようで、ふうと溜息を吐いた。


「そっか、お仕事(・・・)ね。モエ先生の招集関連?」

「いえ。そのお話はまた個別にモエ先生からあると思います。今日は普通の任務ですよ」

「そっか、じゃあその格好はモエ先生の趣味とかじゃなかったんだね」

「もうっ。これは聞き込みのための変装ですっ」


 なんだか白衣がとても似合っていると思えて、ルナはついからかってしまった。ホノカは頰を膨らませたが、その様子すら可愛らしく感じられた。


「あはは、似合ってるよ。それで首尾はどう?」

「そこそこ、ですね。聞きたい人の多くは退院しちゃってて。連絡先や住所は手に入りましたけど、全部行くのは骨が折れそうです」

「そっか、忙しいんだね。相談したいことがあったけど後にするよ」

「何かあったのですか? そういえばルナちゃんはどうしてここに?」


 任務の邪魔をしたくないと思ったが、イトナが倒れたことが不安で、つい口を衝いてしまっていた。

 ホノカの性格ならば、相談したいなんて言えば見逃すはずがないというのに。


「従妹が倒れたって聞いてそのお見舞いに来て……」

「ああ、イトナちゃんですね」

「うん。私が会いに来た時にはすごく元気だったんだけど……鳥と頭をぶつけてからまた倒れちゃって、今は脳波とか測ってる最中なんだ」

「『鳥』と、言いましたか」

「え? うん、そうだけど……ホノちゃん?」


 ホノカの語調が突然真剣なものになり、ルナはたじろいだ。一瞬俯いて悔しそうに顰めてから、直ぐに切り替えたように顔を上げた。


「今、ホノカ達が調査しているのはまさに『鳥』についてです。ルナちゃん、その鳥はどんな見た目をしていましたか? 色など覚えていたら教えてください」

「えっ、えっと顔は赤くて体は尻尾の方に向かってオレンジから黄色のグラデーションをしてて……大きさはこれくらい」


 ルナは両手でお皿を作るようにして大きさを伝えた。


「イトナちゃんは今昏睡状態で間違いありませんか?」

「う、うん……魂が抜けたみたいに急に眠って……何が起きたのかよく分からないんだ」

「病気を治すだけじゃないなんて……! ルナちゃん! 鳥はそのあとどこへ行ったか覚えていますか?」

「え、えっと……ちょっと、覚えてない、かな」


 記憶を辿ってもイトナが倒れたショックが大き過ぎて、他の事を何も覚えていなかった。窓の外は視界に入っていたのに、何も思い出せない。


「……ごめんなさい。相談を受けたはずが質問ばかりしてしまって……今一番混乱してるのはルナちゃんなのに」


 ルナが黙っているとその手にホノカは手を重ねて謝罪を述べた。

 ルナにとってホノカは親友であり心災防衛サイカシステムの仲間だ。けれど今ホノカにとってルナは被害者の家族と見做されたのだろう。


 役に立てない申し訳なさがルナの胸を締め付けた。


「今カムイ君達がその鳥を捜索しているんです。危険な任務になる可能性が出たので、つい」

「ううん、私もちょっとびっくりしちゃってて……あ、そうだ。役に立つか分かんないけど、鳥の種類はコザクラインコだよ」

「ありがとうございます。ルナちゃんは植物だけじゃなくて鳥にも詳しいんですね」


 ホノカはそう優しげに言ったがそうではない。植物もそこまで詳しいわけではないし、鳥の名前は教えてもらったものだ。


「ううん、イトナが教えてくれたんだ。名前はキズナって言うんだって」


 そうルナが言うとホノカは固まり、一度息を吸って吐くと冷静な様子で口を開いた。


「それは、イトナちゃんが飼っているということですか?」

「? うん、そうだよ。相談したいって思ってたのも、キズナとイトナのことで、キズナが目を治してくれたとか──」


 ルナの相談をホノカは途中に口を挟んだりせず、真剣そのものな様子で聞いていた。

 イトナが突然視力を回復させたこと、キズナと散歩をしたらしいこと、そして『魔法』が使えるという話をイトナがしたこと。


「──イトナちゃんはおそらく何らかの能力を保有しています」

「やっぱり、そうなのかな」


 ホノカの口からその結論が聞けたことで、相談をしてよかったとルナは思った。これで心災防衛サイカシステムに協力を求めることもできる。


「動物の関わる能力はその飼い主が保有者である可能性が非常に高いです。今ホノカ達が担当している現象は、イトナちゃんによるものかもしれません」

「そうだとしたら……イトナは今暴走を起こしているの?」

「まだ断定できません。けれど『病を治す魔法の鳥』はホノカの担当任務です。必ず救い出します」

「イトナは、無事なのかな」


 心災防衛サイカシステムに、ホノカに頼ることができたことには安心した。

 けれどイトナが本当に無事なのかは分からない。もしかしたら自分が大洪水に飲まれた時のように苦しい思いをしているのかもしれないと思うと、ルナは辛くなる。


「話を聞く限り暴走ではなく、イトナちゃんは何か分からずに能力を使っているような気がします。『鳥と散歩』と言って頭をぶつけたのですよね? イトナちゃんは意識を鳥に憑依させる能力で、それを無意識に使いこなしているのかもしれません」

「じゃあ、暴走状態じゃないんだ。良かったぁ……」


 ルナが安心を口にしたが、ホノカの目付きは安心とは程遠かった。未だ真剣な目をして考え事をしている。頭の中で情報を整理しているのだろう。


「暴走状態ではないにせよ、無事かどうかはまだわかりません。カムイ君が手荒な方法で捕獲を試みている可能性があります。すぐに連絡しましょう」


 と、ホノカが立ち上がった同時にインカムに通信が入った。

 まさかもう捕獲をしたのかと、ルナも驚いて一緒に立ち上がる。


「はい、こちらホノカ。何かありましたか?」

『こちらイリア! 鳥を見つけて追いかけたんだけど何が起きてるのか分からない!』


 インカムの外に漏れる声はイリアだと判断がついたが、焦りが非常に表れており聞き取り辛いものだった。「イリアくん?」という小声の質問に、ホノカから首肯が返される。


 ルナはもっとよく聞くためにホノカのインカムに耳を近付けた。


「イリア君、落ち着いてください。何がありましたか? まずは深呼吸をしましょう」

『えっ! あっ、うん』


 インカムの向こうから息をゆっくり吸って吐く音がして、軽く咳をして喉を整える音が続けて聞こえた。けれどその後も息切れしたように忙しない呼吸音が伝わる。


『湊辺くんが正気じゃないんだ。鳥を見つけて追いかけたんだけど、捕まえてから様子がおかしい……あっ、うわっ! 今もカムイくんから攻撃をされてる!』


 深呼吸をした後なのに息切れをしていたのはカムイと攻防を繰り広げているためのようだった。

 カムイから攻撃を受けている様子は想像が付かないが、切迫した状況であることは分かる。


「こちらでも新しい情報が手に入りました。今から向かうのでそれまで怪我をさせないように持ちこたえてください」

『えっと既に結構厳しい! 増援早めにお願い!』


 ホノカの視線が、ルナに向いた。


「ルナちゃん、今回の任務なんですが……」


 迷うようにホノカはゆっくり口を開いたが、皆まで言われるまでもなく、ルナはそのつもりだった。


「私も行くよ。放っておけないもの!」


 仲間にピンチが訪れている。大事な従妹が危ないかもしれない。

 ルナはそんな時に、何もできない自分でいたくなかった。

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