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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第4章 - 病を治す魔法の鳥
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第2幕 - 今後の方針

「さて、君達は『イガルタ』についてどの程度知っているかな?」


 石津いしづモエは湊辺みなとべカムイとたくみイリアの二人にそう尋ねた。


 この日は休日の午前だったが、心災防衛サイカシステム風見ヶ丘(かざみがおか)拠点に出勤している者は多く、会議室や訓練室はどこも職員の姿があった。

 それらのうちの一室にカムイ達はいる。そう広くはない小会議室で、机や椅子などの他にはホワイトボードがあるだけの簡素な内装だった。

 カムイとイリアが座る席に対し、机を挟んで向かい合うようにモエと西陽にしびホノカが椅子を一つ挟んで座っている。モエの手元にはタブレットと印刷された資料の束があった。


 モエはイガルタへの認識に対する回答を促すように顔を見る。イリアは軽く手を挙げてから口を開いた。


「イガルタは心災防衛サイカシステムに対立をしている組織、です。組織の増員を目的としている傾向があって、その首謀者リーダーは洗脳能力を持っています」

「素晴らしいその通りだ」


 モエは仰々しくイリアの回答を褒めた。


「ではその洗脳能力の条件は? はい、カムイ君」


 今度はカムイに回答を振った。一拍置いて即座に答え始める。


「詳細は不明、ですが洗脳の前に対話を必要とします。加えてイガルタ化した人の特徴から『第六感シックスセンスを保有すること』と『大人であること』が条件に含まれると推測されています。」

「大正解だとも。それじゃあ私が君達を集めた理由ももちろん推測が立つんじゃないか?」


 にやりとモエは笑った。わざわざこんなところで勿体ぶる必要はないのに、とカムイは思う。

 元より招集の際に『イガルタ問題のための新体制』と伝えられていたのだ。推測をするまでもなく答えられる。


「大人ではイガルタに取り込まれる危険性があること踏まえて、対策として若手の職員を中心に対策室を設置する、みたいな話だと思っています」

「そう、カムイ君の言う通りだ。イガルタ対策に主力のベテラン防衛員を割きすぎて普段の救助任務が手薄になるのも避けたい。故の苦渋の決断だ」


 それを聞いてイリアは驚いたように顔を上げた。


「たまたま洗脳された人が大人だけだったなんてことは……」

「ないよ。元特務隊がイガルタの洗脳能力を解析した結果だ。人を守る立場と力──つまりは大人の第六感センス保有者であることが条件で、何らかの強い感情を持つことが洗脳のきっかけになると判明している」


 『何らかの強い感情』というのがカムイにはぴんと来ないが、相手の精神を操るための要素であることは間違いない。

 ただ、それらの条件を疑問視したことはなかった。イリアがモエに訊かなければカムイも考えなかっただろう。

 カムイは心災防衛サイカシステムから与えられる情報を自分でも精査する必要性を感じた。


「そうだったんですか……でも、だとしたらどうしてそれが苦渋の決断に? 合理的な判断ではないんですか?」

「若手の起用に関して意見が割れていたのであります」


 イリアの疑問にはホノカが答えた。モエと同じ側に座っていることから分かるように、事前に召集の内容を知らされていたのだろう。全ての情報がまず集まる情報課所属だからということもあるかもしれない。


「正直なところ、許可を得ているとはいえ普段から未成年に任務をさせることには賛否両論ありました。加えてイガルタには襲撃をした前例もあります。ですがリスクと天秤にかけた上で、若手職員にイガルタ対策を任せることがやっと決定したのであります」


 やっと、という言い方によって長い間議論が交わされてきたことが分かる。わざわざ直接モエがカムイたちに話しにきた理由には本部長としての責任感があったのかもしれない。

 そしてホノカの言葉では足りなかった部分にモエも説明を付け加える。


「とはいえイガルタは洗脳や襲撃の際に基本回避か捕縛で対応している。この攻撃性の低さを考慮に入れ、かつ華ノ盛塚(はなのもりづか)で特務隊がもっていかれた二の舞になるよりは良いという判断だ。私達はイガルタ対策に君達の力を必要としている。やってくれるかい?」


 これは強制ではない、ということ。

 今後志願者はイガルタの襲撃や事件の際には中心となって任務に参加する。そのための説明会が、今日の招集目的。


「やります」


 イリアが短いが強い意志の籠った返事をした。自身の叔父がイガルタの被害者となったこともあり、やる気も一入ひとしおなのだろう。


「同じくです。自分にはイガルタに対抗できるだけの力があると思っています」


 カムイも続けて答える。幼少から心災防衛サイカシステムに所属し、防衛員として積んだ経験による自信がカムイにはあった。


「よく言ってくれた。だがイリア君には保護者の了承ももらわないとね。()類の君達に任務を強制することはできない。事情が変わったらいつでも言ってくれ」


 保護者の許可を要求されず、自分の意思で選択できることは気安いが、カムイはまだ(いち)類に昇級できたわけではなかった。


 心災防衛サイカシステム第六感シックスセンス保有者をⅠ、Ⅱ、(さん)類に分けている。Ⅰ類は救助任務の主力となる常勤防衛員であり、Ⅱ類は短期の任務や調査にあたる非常勤、Ⅲ類は保護対象者である。学校や他の職場などにも籍を持つⅡ類は自身の都合で任務を断ることもできるのだった。


 以前よりⅠ類に昇進し任務に専念しようとカムイは考えていたが、学業という本職があるためなかなか受理がされないのだった。

 けれどやる気と実力は十分ある。断る理由もない。カムイはモエに話の続きを促すよう視線を向けた。イリアも真っ直ぐモエの方を向いている。


「それで、イガルタ問題の方針の話、ですよね」

「湊辺くんからイガルタの被害は聞いたことがありますけど、その解決って具体的には何をするってことなんですか?」


 カムイとイリアの言葉を受けて、モエは指を三本立てた。


「まず優先すべきと言われているのは現状の被害者の救助。イガルタ化した防衛員や保護対象者たちを洗脳から解放すること」


 モエは指を一本折る。


「次にイガルタの中心的人物──司宰しさいライコウと呼ばれる者の確保。彼が同じことを繰り返せないように拘束、または取り決めを行うこと」


 モエは二本目を折る。


「あるいは、イガルタの(・・・・・)目的を達成(・・・・・)させること(・・・・・)


 最後の指を折ると共に提示された内容にカムイは耳を疑った。

 イガルタに協力的な活動を行うことにも勿論驚いたが、それだけではない。


「モエ先生、イガルタの目的は不明だったのでは?」


 冷静にカムイは問うたが、鼓動が速くなるのを感じた。新たに情報が得られたというのなら、それによって更にイガルタに対して取ることのできる対策の幅が広がり、問題を解決に導けるかもしれない。


 カムイの質問に対してモエはなかなか答えなかった。タブレットに目を落として何かを考えている。マイペースに無視をしているわけではなく、答えるべきか逡巡しているようだった。

 それを受けてホノカはモエの方を向いて言った。


「モエ先生、今日はそれを伝えるために招集をかけたのですから。知っておいた方がイガルタと対峙した時により適した判断が下せるでしょう」

「うん……うん、そうだねえ」


 モエとホノカが随分前から知っていたように話し合うのを見て、カムイは更に驚いた。


「ちょっと待ってください。ホノカはイガルタの情報も事前に知らされていたんですか? 一体いつから?」

「六年前に、特務隊の成果が出たときからだね」

「つまり何年も情報が伏せられていたと?」

「上級職員以外はみんなですよ」


 カムイがモエに対して身を乗り出すように詰めたのに対し、ホノカが静かに付け加えた。カムイはホノカの方に向き直す。


「俺はホノカと同じ副士長だが」

「ホノカは情報課ですから。情報の操作、統制、秘匿がお仕事です」

「天才少女特権じゃなくてか?」

ひがまないでください、ホノカとカムイ君では適性が違うんです。これもお仕事であります」


 はーあ、とカムイは天井を見上げた。今までずっと、所属してきた組織に秘密を作られていたのだ。気持ちの良いものではない。


「ホノカもよくまあここまで知らないフリできたな」

「ルナちゃんのときなんて八年ずっと知らないフリしてきたんですよ。これくらい朝飯前であります」


 ホノカの方は至って冷静だった。

 カムイがホノカに向けて文句を言いそうになる雰囲気を感じたのか、モエはこほんと咳き込んで注目を集める。


「悪いねカムイ君。今まで体制が不明確だったせいだ。だが君達がイガルタ対策に協力してくれるお陰で情報を開示できる」

「それで、イガルタの目的というのは」


 イリアが先を促した。これ以上話を脱線させたくなかったのだろう。


「これは全て特務隊の一人が手に入れた情報なんだが、イガルタの目的は『ユクル』という人物を助けることらしい。その人物がどういう状態で、何をもって助けるとしているのは不明──ああ、これは隠しているわけじゃなくて本当に不明なんだが」

「人を助けるために、洗脳をしていると?」


 イリアは疑問を呈する。自身の叔父である御築おきずきショウブがイガルタに洗脳された理由を考え、イリアは以前から悩んでいた。人を助けることと洗脳の関連性がうまく見出せなかったのだろう。


「協力を強制させるため、ってことだろ。それなら増員の目的も納得がいく……モエ先生、拠点を襲撃をしたのもそのための保有者を仲間にするため、っていうことですよね?」

「……ま、おおむねそうだろうな。そして強制されるまでもなく心災防衛サイカシステムの存在意義は人を助けることだ。『ユクル』を心災防衛サイカが救えば、これ以上の凶行を止められるのかもしれない。利害の一致ではないが、協力はできそうだと思わないかい?」


 モエはそう言ったがすぐに受け入れることは難しそうだった。

 御築村でもそうだった。相続会議のリセットを行なっていたショウブは救助対象であるのに、故意に問題を起こしていることへの嫌悪感が先行してしまった。

 うまく折り合いをつけられるか、カムイは不安になる。


「協力に関して問題があるとすれば洗脳能力の異常さと、洗脳という手段を取ることから考えられる他者への不信感であります」


 ホノカがモエの説明に更に付け加えた。ホノカが既にイガルタに関する詳細を聞いていたのだとすれば、今日同伴しているのは同時に説明を聞くためではなく、カムイやイリアに対しスムーズに説明をするためなのだろうと、遅蒔きながらカムイは推測した。


 モエは資料を捲るとその記述を噛み砕くようにして話し始めた。


「イガルタの中心人物、司宰ライコウの第六感センスだが、会話をしているうちに気付いたら洗脳されている、という対話が仇になるような能力らしい。問題はそれだけじゃない。精神操作系の第六感センスにしてはあらゆる面で規格外なんだ」

「持続性と人数の規模、ですよね」


 その辺りの能力の危険性に関する話はカムイも知っている。イリアに向けた解説だろう。


「ああ、通常は保有者の意識が途切れれば第六感センスの効果も途切れる。どんなに長くたって三日四日も経てば眠らざるをえない。眠り、意識が途切れれば能力は解除されるはずなんだ。なのに現実はもう六年も洗脳が続いている」

「毎日洗脳し直しているとか……」


 イリアが推測を上げた。


「だとしてもおかしいんだ。毎日毎日、一度に何十人も洗脳をするだなんてあまりに大規模だ。第六感センスとして保有していていい火力、規模じゃない。初期暴走でもなければこんな出鱈目デタラメな効果発揮できないよ」

「そう、なんですか」


 イリアは一応の納得を見せた。彼はまだ心災防衛サイカシステムに所属して一ヶ月、任務の経験も浅いため第六感シックスセンスの規模があまり想像つかないのだろう。

 イリア本人の持つ第六感シックスセンスの、初期暴走時から見劣りしない火力の高さも一因かもしれない。


「ここで一つ飛躍した推測をしてみようか。何、これは私の勝手な妄想なのだが」


 と、モエは前置きをして資料を机に置いた。資料にはない、完全にモエの推測によるものであることを示していた。


「もしもだ、イガルタの中心人物である司宰ライコウの初期暴走がまだ終わっていないのだとしたら?」


 その発言に、カムイは一瞬思考が停止しそうになった。ホノカもその話を聞くのは初めてのようで、驚いた顔をしてモエの方を向いている。


「それは……ありえないのでは。初期暴走は長くても五日程度で、心災中枢ペインアイの体力が保たずに鎮静化します。その間食事や睡眠がとれず健康状態に問題が出るからこそ心災防衛サイカは素早く救助に向かうわけで……六年も暴走していたら死んでしまいます」

「だから妄想だって言っただろう? 私だってこれで正解だとは思っちゃいないさ」


 モエは椅子の背凭れに体重を預けて部屋の天井を見た。根拠のない妄想、というのは本当らしい。


「けどね、特務隊が解析しただけではこの大規模な持続性の正体は分からなかった。何らかの第六感センスの異常を抱えていると見ていい……イガルタが正気を失くして洗脳を行なっていたのだとすれば、心災防衛サイカにとって救助すべき相手であることになる」


 モエの言い方はどこかイガルタを敵だと看做したくないような雰囲気をもっていた。

 ただでさえ特務隊をはじめとする元同僚が洗脳され、イガルタにくみしているのだ。何も考えずに敵対できるものではないのだろう。カムイはモエの気持ちも分かる気がした。


「一側面だけに凝り固まった見方をしないように、ということでありますね」


 モエの発言を受けて、言いたかったであろう事をホノカがまとめた。


「まあそんなところだ。これで今日のお話はおしまい! 参加意思の確認とちょっとした交流が目的だったからね! 詳しい資料はまた防衛部長のコウサ君が配ってくれるだろう」

「あの、モエ先生」


 モエが雑にお開きにしようとしているのを受けてカムイは呼び止めた。


「なんだい?」

「もしかしてこのイガルタについて、まだ他にも隠してることがあるんじゃないですか?」


 上司どころか最高責任者に言うには非常に失礼な言葉だったが、カムイとモエの仲ならば許される。組織に所属する者としてカムイは聞いておきたかった。たとえ今教えられないのだとしても。


「そりゃああるよ。けどそれは君が今知る必要のない情報だ。君達には君達の仕事に注力してもらいたい」


 そう言われてしまえば、カムイがそれ以上追求することはできない。組織において構成員にも知らされない機密が存在するのは当然だ。それを知るには、伝えられる相応しい実力を持つ立場にまで昇進する必要がある。

 Ⅰ類ですらない副士長のカムイは、従うしかなかった。


「さ、そろそろ時間だろう? これからは若手の経験値を上げていかなきゃだからねえ。高校生チームでの任務、頑張ってくれたまえ!」


 モエは急かすようにしてカムイ達三人に言った。

 今日意思確認をするまでもなく、モエはカムイとイリアががイガルタ対策に参加することを見越していたのだろう。いざイガルタと対峙したとき十分な実力が発揮できるよう、若手のチームアップがこれからは増えていく。今日はカムイ、イリア、ホノカの三人が事前に組まされていた。

 担当する任務は『やまいを治す魔法の鳥』。ある病院で起きている、魔法のような現象だった。

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