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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第4章 - 病を治す魔法の鳥
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第1幕 - 壱岐宮ルナの従妹

「イートナー!」

「あー! ルナお姉ちゃーん!」


 壱岐宮ゆきのみやルナが扉を開けて名前を呼ぶと、元気の良い声が返ってくる。


 ルナが来ているのは病院だった。

 その病院はルナ達の通う風見ヶ丘(かざみがおか)高校から少し離れた東の山近くに位置している。周りには大型の公園や総合運動場など、広い土地を必要とする施設が点在していた。


 来た目的は三歳年下の従妹いとこである古世守こぜかみイトナのお見舞い。病院着姿のイトナはベッドで上体を起こし、外を眺めているところだった。呼ばれて振り向いた拍子に彼女の長い髪がふわりと広がる。そして自然にまとまった毛束の艶を見て、体調は良さそうだとルナは思った。


 病室に入るとルナはベッドの窓側にある長椅子に腰を下ろした。そこに座ると二人の目線の高さが同じになり、会話をしやすくなる。


「はい。これ、前にイトナに話した小説の漫画版。全巻揃えてきたからぜひ読んでね!」


 ルナは紙袋に入った小説をベッド脇の机に置いた。他にも家族や親戚が持ってきたのだろう果物や花が置かれており、イトナが愛されていることがよく分かる。

 ルナは今渡して喜ばれるものは何かと考え、本を持ってくることにしたのだった。


「ありがとうルナお姉ちゃん! ずっとここで寝てるの暇だったんだー」

「うん、ごめんね私もすぐ来れなくって。いつまで入院してるの?」

「うーん、分かんない。あんまり急に治ったからしっかり調べないとって先生たちが言うんだ。もう大丈夫なのにね」

「本当に大丈夫なの? 急に倒れたって聞いたからさ」

「大丈夫だよ。もうばっちり。ルナお姉ちゃんの喜んでる顔もおめかしした服もしっかり見えてるよ」


 イトナは手を筒にして双眼鏡を作り、ルナの顔に近付けた。おめかしと言われるように、ルナはしっかりと着飾って来ていた。上は襟付きの白い半袖に深緑の膝まであるカーディガン、下は焦茶色のフレアキュロット。モノトーンのハイカットスニーカーはイトナの位置からは見えないかもしれない。


「そっか。でも本当に良かったね! また目が見えるようになって!」


 ルナはイトナに抱きついて頬擦りをした。それほどに、イトナの視力の回復は喜ばしい出来事だったのだ。


 会うのは久しぶりだった。ルナは高校に入学してから学業に忙しいのはもちろんのこと、心災防衛サイカシステムに所属したこともありなかなか時間が取れなかったのだ。


 イトナの就学前は家族で連れ立って外遊びに出掛けることも多かった。小学生に上がってからも家が近いからと互いの家に頻繁に通い合ったものだ。

 けれど目が見えなくなり始めてからは、外を出歩いては危険だからと、家の中に閉じ籠もることが多くなった。学校にも次第に行かなくなり、人と話す機会も少なくなった。そんなイトナの元を訪れては、ルナは学校の出来事や面白い話をし、流行りの音楽をイヤホンを分け合って楽しんだ。


 それは大事な従妹に元気でいてもらいたい気持ちからの行動。けれどこれからは家の中に限らず、今までできなかったことが一緒にできる。共にお洒落をして外を出歩き、買い物だってできるだろう。


「ね、ルナお姉ちゃん。ルナお姉ちゃんが持ってきてくれたお話って、前言ってた魔法で人を助けるお話だよね?」

「うん、そうだよ」


 イトナはルナの持ってきた本の一冊を紙袋から取り出すと、緻密な絵の描かれた表紙を撫でた。箔の押された表紙が、窓から入る光を反射する。


「わたしも最近、魔法で人を助けたいなって思うんだ」


 イトナの口から魔法という言葉が出て、ルナの頭に甦るのは御築おきずき村での出来事だ。御築トジャクが自身の持つ第六感シックスセンスを魔法と称し、自由自在に扱うその能力で自分も助けられたことを思い出す。


「魔法、魔法かー……」


 現実の出来事で魔法のように超常的なものを知ってしまい、うまくルナから架空の魔法に対する言葉が出てこなかった。


 人を助ける魔法。ルナがイトナに話したファンタジーは、善良な魔法使いが災害から人々を守り、飢饉には食料を施し、厳冬には暖を与える物語。きっとそんな空想がイトナの中にも広がっているのだろう。


 ルナは自分にできる魔法『全緑疾草オールグリーン』を見せたらどんなに喜ばれるだろうと思った。けれどそれは心災防衛サイカシステムの規則に反する。

 第六感シックスセンスは想像力の力だと、訓練の際にルナは教わった。できる、簡単だと思ったことは実現され、できない、難しいと思ったことは決して実現されない。

 イトナの想像力であれば、一体どんなことができるのだろう。そう思いルナは問うた。


「イトナは、どんな魔法が使いたい?」

「みんなをもっと元気にできる魔法がいいな」


 イトナは即答した。自身の視力が回復したような奇跡が、他の患者達にも起こることを願っているのだろう。己の幸福を周りに分け与えたいという気持ちと、純粋に人の役に立ちたい気持ちが伝わり、ルナは嬉しく思った。


「そっか、イトナは優しいね」

「ううん、わたしよりキズナの方がずっとすごいよ。わたしの目を治してくれたのもキズナなんだもん」

「キズナって?」


 聞いたことのない名前がイトナの口から出て、ルナは訊き返す。


「あっ、今来たよ!」


 イトナがルナの肩越しに窓の向こうを指差すと、背後からコツコツと窓を叩く音がした。イトナの病室は四階にある。外から人がやってくることはできない。

 ルナは驚いて振り返った。


 そこには顔の周りだけが赤く、首から後ろにかけてオレンジから黄色のグラデーションをした、明らかに野生ではない鳥がいた。

 イトナはゆっくりベッドから降りるとルナの隣に座り、窓を開けた。窓からその鳥が入ってくる様子はなく、小さく小首を傾げて手摺に留まっている。


「紹介するね。この子はわたしのお友達。コザクラインコのキズナだよ」


 イトナが手を伸ばしても逃げる素振りを見せず、非常に人馴れしていることが分かった。

 病院という場における衛生的な面をルナは心配した。けれど机の上に消毒用のアルコールが用意されているのを見て、イトナもちゃんと配慮していることに安心する。


「その鳥って……イトナが連れてきたの? 前から飼ってたっけ?」

「ううん、家から勝手に遊びに来るようになったの。元々お父さんがうちに連れてきたんだけど、そのあとすぐにわたし病院に来ちゃって。さびしいなって思ってたらキズナの方から来てくれたんだ」


 それはまるで心を通わせているようだった。ルナは自分が草木にそうするように、イトナは鳥に心を入れ込んでいるのだろうと思った。


「仲がいいんだね」

「うん、わたしとキズナは一心同体なんだ」


 イトナはキズナの頭や嘴をくりくりと撫でながら言った。

 見ている限り普通の愛玩用の小鳥に思える。けれど気になるのは先程のイトナの発言だ。


「ねぇ、さっき、その子が目を治したって言ってたけど……」

「うん、キズナは魔法の鳥なんだよ」

「それってどういうこと……?」


 その返答に、ルナは戸惑う。知らず知らずのうちにイトナの方へ前のめりになっていた。


「キズナがうちに来た時の話なんだけどね、外に出たがって部屋の中で飛び回っちゃったことがあったんだ」

「うん」

「それから窓にぶつかっちゃって、目を回したみたいでキズナが飛べなくなっちゃって……」

「脳挫傷、ってやつかな」

「お父さんもたしかそう言ってた。それで、かわいそうだなって思って抱っこしたら……不思議なんだけど、キズナは飛べるようになって、わたしも目が見えるようになったの」


 それは、常識の域を超えた出来事だ。杞憂だと思っていたことが現実味を帯びてきた。

 ルナは心配になる。可愛い従妹を危険な目に合わせたくなかった。


「抱っこして最初はね、キズナとわたしが入れ替わったと思ったんだ。自分が倒れてるのが上から見えてね、空も自由に飛べたの。それで自分のところに戻ったら、目が見えるようになっててね」

「う、うん」

「あーっ! ルナお姉ちゃん信じてないでしょ!」


 ルナの反応の悪さに、イトナは声を上げた。

 イトナは嘘をつくような子ではない。普通に聞けば信じがたい話だが、イトナが言うのならば信じられる。ただ、信じたくないという気持ちがルナにはあった。


「そんなことないよ!? 信じてる信じてる!」

「本当に信じてるー?」

「本当だよ! イトナのこと大好きだもん信じるよ! それで、他には何か起きたの?」


 イトナの話す魔法の鳥の話に、確かにルナは面食らった。けれどずっと身近にいたたくみイリアが不思議な村の関係者だったように、イトナも何らかの現象に関わっている可能性は十分にある。


 例えば魔法の鳥、キズナが第六感シックスセンスを保有していたりだとか。

 例えばイトナが、心災を起こしていたりだとか。


 今のところは違う、とルナは思う。

 元々イトナの視力障害は心因性のものだと言われていた。キズナが窓にぶつかる事故を起こしたことで、ショック療法的に回復をしたと説明付けられれば受け入れることは容易い。

 視力の回復自体は奇跡とも言える出来事だ。奇跡は奇跡、けれどまだ偶然の範囲内と言える。


 とはいえ、どんな些細な出来事でも大事になる前に知らせるよう心災防衛サイカシステムからは言われている。ルナは後で西陽にしびホノカに相談しようと心に決めた。


「キズナはね、他にも色んな人たちを治してくれたんだよ」

「例えばどんな病気……?」

「うーん、病気がなんだったのかはわかんないんだけど、キズナと外を散歩したりして、それでちっちゃい子たちとも仲良くなることがあったんだけど」

「遊んだりしたの?」

「うん。それでね、遊んでるときにキズナが頭に乗った人はね、すぐに退院しちゃうんだ!」

「へー! すっごいね!」


 それを聞いてルナは少しほっとした。

 大きな事件が起きていないことにも安心したし、なによりイトナの話はやはり偶然の範疇を出ていない。

 病院の外には広い芝生やウォーキングコースがあり、総合運動場や公園にまで繋がっている。散歩をして出会ったのだとすれば、外出許可が降りるくらい回復している患者や、退院間近でリハビリの最終段階に入っている者も多くいるだろう。イトナはその偶然を、キズナの起こした魔法だと捉えている。

 ルナはイトナの夢のある話を壊したくないと思った。


「でしょ! だからキズナと一緒に他の子たちとも頭をくっつけてみたりしたらね、退院してく子がたくさん増えたんだ」

「そっかー。この子には不思議な力があるんだね」


 ルナも窓から手をキズナに伸ばしたが、ぷいと逃げられイトナの手に止まった。


「ああー……怖がられちゃったかな」

「そんなことないよ。ちょっとびっくりしただけ。ね、キズナ?」


 イトナがそう声をかけると、キズナは短くピュイ、の鳴き返した。まるで本当に意思の疎通ができているようだった。


「キズナを本当に怖がらせる人がいたらわたしが助けてあげるからねー」


 キズナの頭をくりくりと撫でて可愛がった。イトナはキズナを自分の弟妹のように思っているのだろう。


「ルナお姉ちゃん、みんなを助けるのって、いいことだよね?」


 イトナは片手でキズナの方を向いたまま尋ねた。


「うん、人助けは良いことだと思うよ。みんな色んな大変なことを抱えてるんだから、助け合わなきゃね」

「うん! そうだよね! わたしもキズナともっとたくさんの人を助けるよ!」

「イトナは良い子だなー! そんなイトナ私もおまじないしてあげる! イトナがもっと元気になる魔法!」


 ルナはイトナを抱き締めると、頭をぽんぽんと撫でた。イトナは安心したようにはにかんで、ルナの胸でえへへと声を漏らした。


「じゃあわたしもお返し! ルナお姉ちゃんがもっともっと元気になる魔法!」


 イトナはルナの頬に両手を添えると、額を合わせてこつんと小さくぶつけた。

 それは小さな衝撃だったが、ルナは目が眩んだようになる。一瞬意識が途切れたように真っ暗になったが、再び目を開けた時には変わらずイトナが目の前で笑っていた。


 その無邪気な笑顔に、ただの勘違いだとルナは判じた。たまたま貧血や立ち眩みが重なっただけの、ただの偶然だと。


「ルナお姉ちゃんの頭の中で、こんがらがってるところを整頓したんだ。きっとルナお姉ちゃん、苦手だったこととかができるようになったよ」


 もっともっと元気になる魔法。たしかに可愛い従妹と話して元気にはなった。けれど苦手だったことができるようになるとは、一体どういうことだろうか。


「苦手な虫が大丈夫になるとか?」

「ううん、そういうのじゃなくってね」


 ふるふるとイトナは首を左右に振った。長い髪が揺れて少し乱れる。


「頭がすっきりしてね、今までうまくできなかったことができるようになるの。見えなかった目が見えるようになるみたいに」


 漠然とした説明だったが、たしかにルナの頭の中は冴えていた。思ったことが自然にイメージできる。イトナと一緒に外出する想像が、店の内装や服に至るまで鮮明に思い描けた。

 目が見えるようになる程の奇跡までは感じられなかったが、イトナに起きた奇跡のお裾分け程度のおまじないにはなったかもしれない。


「そっかー……もしそんな魔法が使えたらきっとみんなが幸せになるね」

「あー! もし使えたらって! やっぱり信じてない!」

「えっ、あーっ信じてるよ! イトナは優しいもんきっとそういう魔法が使えるよ! イトナならどんな困ってる人も助けて世界を平和にできるよ!」


 焦りながらも若者の想像力は無限大だなぁ、とルナは内心思った。ルナ自身も十分若く、植物に洪水から助けられる想像ができたからこそ今の自分ルナがいる。加えて『枯木の樹海街』の記憶が蘇らなければ第六感シックスセンスを想像豊かに使うことはできなかったはずだ。

 想像力は大事な力だ。光の無い現実から目を逸らしている間に、イトナの想像力は空想の中で大きく育ったのだろうと、ルナは思った。


「わたしね、退院したら魔法でいろんな人を助けたいって本気で思ってるんだよ」


 イトナの目は真剣だった。人を助けたい真摯な思いはしっかりとルナに伝わっている。


「イトナならできるよ! たくさんの人を助けてあげてね」

「うん! がんばる」


 そう言うとイトナは窓から身を乗り出し、手摺に止まっているキズナに顔を近付ける。

 病院の中に動物を連れ込むことができないため、触れ合うにはイトナが外に出るしかないことは分かる。けれどイトナの言った「がんばる」と、その行動が繋がらない。


「ちょっとキズナと人助けに行ってくるね。そのうち戻るから」

「えっ、ちょっと! イトナ!?」


 イトナはキズナの頭と自分の額をこつんと合わせた。


 すると、糸が切れたようにイトナの体から力が抜け、ルナに体重を預けるようにくずおれる。壁に頭をぶつけたり、床に倒れないようルナは急いでイトナを抱きかかえた。


「イトナ! ねぇ、イトナ!」


 ルナの腕の中で目を閉じるイトナは、まるで魂が抜けたようだった。

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