序幕 - 一縷の望みの意図の先
だんだんと光を失っていく毎日が古世守イトナの半生だった。
幼い頃は母親に髪を結われ、それを鏡で見るのが日課だった。けれどいつしか鏡を手渡されることはなくなり、そんな小さな変化さえ、当たり前が遠退いていく苦しみをイトナに感じさせた。
今まで見えていたはずの色が、形が、ぼやけて朧になっていく。明日目が覚めても、夜が明けないままかもしれない。今日歩いた外の景色が、最後の思い出になるかもしれない。
そんな悪夢がイトナの毎日を蝕んだ。
そして、悪夢はついに現実に手を伸ばした。微かに見えていた輪郭さえ消えて、イトナの世界は真っ暗闇に落ちた。
目の前にいる人が誰か分からない。
手を伸ばした先に何があるのか分からない。
大事な家族も、大好きな従姉も、自分の目で見ることができなくなった。優しい声が聞こえるのに、温かい手は感じられるのに、その顔を見ることができない。
手を引かれて外を歩けば、陽の暖かさや風の冷たさは感じられる。なのに、鮮やかだった世界を見ることができない。
見えなければ、いつしか忘れてしまう。
若葉の青さを忘れてしまう。
清流の煌めきを忘れてしまう。
家族の顔も、忘れてしまう。
イトナは塞ぎ込み、自室から出ることがなくなった。
刺激が必要だろうと、父親に小鳥を買い与えられた。新しい友達と称されたが、触れただけではどんな姿をしているのかも分からなかった。
イトナは小鳥を自分と違って自由だろうと羨んだ。けれど小鳥も、結局自分と同じだと気付いた。
檻から飛び出しても、すぐそこにあるように見える外は透明な壁で遮られている。自由を求めてもぶつかり、傷付き、何もできない。
抜け出せない暗闇に囚われている。先を選べない真っ暗な未来だけがなく広がっている。そんな現実に、イトナの心は耐えられなかった。
選択肢はないのに、叶わない夢ばかりが浮かんでは弾けた。
もう一度外の世界を歩きたい。
みんなと笑って手を取り合って過ごしたい。
明るい鮮やかな世界を、どこまでも自由に飛び回りたい。
そして願わくば、誰かの役に立てる人になりたい。