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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第3章 - 儕輩の勧誘
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幕間 - 勧誘終了

「兄さん! 逃げるぞ!」


 遠くでそんな声が聞こえて、気を取られる一瞬もなくショウブの姿が消えた。

 その代わりというようにライコウとシオンの目の前に現れたのは、畑で使われている大きな肥料袋だった。


 ライコウは辺りを見回し、声のした方向に目を凝らした。道路から農道に入った向こう、農作業用具置き場と思しき場所にショウブともう一人の姿が見える。それは情報収集の際にショウブ以上に話題に上げられた、弟のトジャクだった。

 トジャクがショウブの手を引いて、ライコウたちから逃げようとしているのが見える。


「おいトジャク、なんでお前ここに……」

「路面凍結だっつって呼び出されてよ! 見に来てみたらバスが丸々凍ってるなんでおかしいだろ! 兄さんこそ何してるんだ!」

「俺はただあいつらと話を……」


 二人の姿はだんだんと遠ざかっていく。


「なるほど、これが手品(・・)ですか」


 ショウブの意思は、すでにイガルタと共にある。だからそこ、心災防衛サイカシステムに捕らえられでもしたら、救い出すのは困難だ。現に一度、失敗している。

 見失わないうちに、ライコウは彼らの後を追って走り出した。


 その足が蹴った地面へ、バスからシオンが降り立った。


「逃しちゃだめだ、捕まえなくちゃ!」


 そしてシオンが第六感シックスセンスを発動するのと、ライコウが霜の降りた冷気の発動範囲に入るのはほぼ同時だった。


「「あ」」


 二人の抜けた声が重なる。


 シオンの足元から伸びた氷は、ショウブとトジャクに届くより先にその途中に入ったライコウを襲った。

 地面から伸びる氷は、霜柱が地面を持ち上げるようにライコウの体を押し上げ、空中へと放り出した。


 勢いよく投げ出されたライコウはしばし宙を舞った後、受け身も取れずアスファルトへと叩きつけられる。

 どしゃり、ととても無事では済まなさそうな音が響く。頭から落下して、空中で脱げたハンチング帽が後からぱさりと隣に落ちた。


 事故とも言える出来事に、ショウブもトジャクも足を止める。シオンも立ち尽くして、ライコウの落下に全員の視線が釘付けになった。


 そして三人の視線が集まる中、ライコウは何でもない様子で立ち上がる。


「危ないじゃないですか、シオンさん」


 平然とライコウはシオンに注意をした。

 落下の拍子に脱げてしまったハンチング帽を拾うと、汚れを払って被り直す。

 ライコウには一切、何の怪我もなかった。擦り傷も打撲もなく、まるでなんの(・・・・・・)変化もない(・・・・・)


「ごめんね! 大丈夫?」

「大丈夫ですよ。でも次は気を付けてくださいね」


 シオンはライコウに駆け寄ると、心配そうな顔でライコウを見上げる。ライコウは優しそうに笑ってシオンを許していた。


 そんな間の抜けたやりとりを見せられ、トジャクは訳が分からないのだろう。ショウブの裾を引っ張って、どうにか説明を求めた。


「な、なあ兄さん、何なんだよあいつら」

「イガルタだ。まだそれしか分からん」

「えっ、それって……」


 イガルタという名前を聞き、トジャクは狼狽えた。ショウブと同じようにイガルタについての注意喚起を受けていたのだろう。

 ショウブはトジャクの手を振り解くと、霜で滑らないようゆっくりライコウの元へと歩み戻った。


「お前、本当に大丈夫なのかよ」


 ショウブの口から出たのはぶっきらぼうな心配の言葉だった。


「ええ、何も問題ないですよ。僕はユクルの力で守られていますから」

「そうか」

「ショウブさんも無敵の防御力とはいきませんが、どんな大怪我だって一日で元通りになりますよ」

「そりゃあ便利なこった。んな大怪我をしたかねえがな」


 そんな風にライコウと親しく話す姿を見せられて、トジャクは呆然としていた。

 目の前にいるのが本当に自分の兄なのか、自信が持てなくなったのだろう。イガルタという危険に自ら近付いている様は受け入れ難いに違いない。

 そんなことは御構い無しに、ショウブはシオンに話しかける。


「なあ、お前」

「わたしはシオンだよ、外島そとしまシオン。きみこそ名前なに?」

「ショウブだ。なあシオン、氷で部屋みたいな物を作れるか?」

「できるよ。余裕ー」


 シオンは両手を差し出すと、その上に小さな氷のオブジェを作り出した。オブジェは内側が空洞の半球形で、シオンの能力の精密さがショウブにも分かりやすい。


「俺とトジャクが入るくらい大きいのを頼む。少し話がしたい」


 ショウブはシオンにそう耳打ちし、トジャクの元へと歩いて戻った。

 ショウブがまた自分の元へ戻ってきたことに安心したのか、トジャクは眉尻を下げて笑っていた。


「なぁ兄さん、あいつらは心災防衛サイカシステムの敵なんだろ? なんでそんな奴らと、兄さんは……」


 最後まで話すよりも先に、ショウブはトジャクの両手首を掴んだ。

 家族として離れ離れにならないことを示している、わけではないだろう。

 それはトジャクの第六感シックスセンスを封じる手段。トジャクを逃がさない手立てだった。


 ショウブが目配せをすると、無言でシオンは地面を踏み締める。地面に霜が降り、氷が伸び、壁のようになった氷は二人を包んで、雪国の鎌倉イグルーのようになった。

 狭い中の空間では、街灯の光が天井で不規則に反射して、足元に歪な影を落としていた。


「トジャク、ごめんな」

「何を言っているんだ兄さん」


 トジャクはショウブの手を振り解かない。力無くされるがままだった。トジャクはショウブを真っ直ぐに見ていたが、薄暗く表情は見えない。ショウブは俯いて目を合わそうとしていなかった。


「今見た全てを忘れてくれ──『秘密室オブリビオン』」


 そして一瞬トジャクの動きが停止すると、体から力が抜け、その場に膝から崩れた。シオンから意識を失わせた時のように、記憶を──脳に蓄積された経過を削り取ったのだろう。就寝している時と同じ状態にまで戻された脳は一瞬で眠りに落とされたのだった。


 イガルタとなったショウブの、弟に対する一方的な訣別だった。


「──なあ、せっかく閉じ込めてもらったんだが出しちゃくれねえか。もう用は済んだからよ」

「おっけー。ちょっと氷から離れててね?」


 氷越しにショウブは外のシオンに話しかけた。

 氷の部屋の中でショウブが隅に寄ったのを見ると、シオンは足で氷の壁を蹴りつける。

 ガン、と硬い靴底と氷のぶつかる音が響いて、砕けた氷塊が道路に散らばった。トジャクを氷の中に残したまま、ショウブは手に息を吹きかけながら出てきた。


さみいな。中も外も冷える」

「外が寒いのはわたしのせいじゃないよ?」

「こんだけドカドカ氷作っといてか?」


 ショウブとシオンが軽口を掛け合っているのを見て、ライコウは仲間が増えた喜びを示すように笑顔で頷いた。

 ハンチング帽を被り直して近付くと、二人の肩に手を置いた。


「こんなところで話しては、イガルタといえど風邪を引いてしまうかもしれませんよ? さあ、帰りましょう」

「そうだね。ショウブくんにみんなを紹介しなきゃね!」


 シオンは楽しそうに小さな笑いを零してぴょんぴょんとその場で跳ねた。ショウブの勧誘の成功は、ライコウにとっても舞い上がりたくなるほど嬉しいものだった。


 ショウブの能力があれば、ユクルをさいなます辛い記憶も消すことができる。根本的な解決にはならない、姑息療法に過ぎないことは分かっている。けれどそれが今ライコウにできる最善だった。


「今後のことは、コーヒーでも飲みながらゆっくり話しましょう。体が温まってほっとしますよ」


 ライコウは上着のポケットから男性が持つには不似合いなコンパクトを取り出した。開いた中の鏡にライコウが触れると、水面みなものように表面が揺れ、指が鏡の中へと吸い込まれていく。


「ジュリさんの淹れるコーヒーはとても美味しいですから」

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