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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第3章 - 儕輩の勧誘
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第2幕 - 出張勧誘

 そこは高原の村だった。華ノ盛塚(はなのもりづか)から遠く離れた田舎に位置し、農業と観光で成り立っていることがバスターミナル周辺の様子からも窺える。


 村の名前は御築おきずき村といった。


「ふう、情報収集も楽じゃない。こういうのを卒なくこなせる方たちを尊敬しますね」


 司宰しさいライコウはターミナルのベンチに座り呟いた。ハンチング帽を一度脱ぎ、首元をあおいでまた被り直す。

 日没を見送り終えた屋外は高原らしい過ごしやすい冷気が満たしていた。


「そうだね? わたしも情報収集はあんまり得意じゃないなー」


 ライコウの隣に座り、返事をする小柄な人影があった。ニット帽に耳当て、マフラー、手袋、コートにブーツと冬の防寒具をほぼ全て網羅して身に付けている。

 ニット帽から出た髪の毛や声を見聞きしなければ彼女が若い女性であることを一目で判断するには難しい。

 優しい色合いで揃えられた厚い布に包まれ、小柄なことも相まって、遠目で見ればまるで人形のようだった。

 名前は外島そとしまシオン。イガルタの一人である。


「シオンさんは体を動かす方が得意ですもんね」


 ライコウは笑って返事をした。抜かりなく情報収集が終えられた安心と余裕が声に表れていた。


「そんなこと分かりきってるのに、何でキョウスケくんの代わりにわたしを呼ぼうと思ったんだろうね?」

「きっとシオンさんを信頼しているんですよ」

「えー。割と適当に決めたと思うよ? キョウスケくんが持ってきた情報なんだから最後までやればいいのにね」


「ほら、彼は元々特務隊だったんですし、きっと前の同僚と遭いでもしたら気まずいところもあるんでしょう。それにほら、シオンさんなら捕まえるのも得意じゃありませんか」


 にこやかにライコウは返す。その言葉にはライコウのシオンに対する信頼も含まれるようだった。


「そのときはどーんとわたしを頼ってね」

「はい、頼りにしてます」


 頼られた喜びを示すようにシオンはベンチから浮かせた足をぱたぱたと揺らした。ブーツの紐先に着いた毛糸飾りがそれに合わせて跳ねる。


「ずーっと待ってるの、暇だね?」

「そうですね。親切な方が多かったお陰で、すぐに済みました」

「うん。あー、でも記録があるって言ってた図書館が収穫ゼロなのは残念だったね?」

「問題ありませんよ。『出来事をなかったことにする』能力の話を聞くことができましたから。それだけで値千金です」


 ライコウは自分の言葉を再確認するように腕を組んで小さく何度も首肯した。その顔を、困った顔でシオンが覗き込む。


「でもあんまり期待し過ぎないほうがいいよ? 今までもハズレは多かったんだからさ」

「ええ、それは他のみんなにも言われてしまいましたよ。けれどユクルを救える可能性があるのなら、それを見逃すわけにはいきません」

「そうだね。ユクルのためだからね。わたしもがんばるよ」


 足を揺らすのをぴたりと止め、シオンも真っ直ぐな目をして同意を示した。


「懸念があるとすれば一月ひとつきが経過していること、ですね。僕たちよりも先に、心災防衛サイカが彼とのお話を済ませているかもしれません」

「ずるいよね? 心災防衛サイカばっかり詳しいことを知っていてさ?」

「そうですね。僕たちのことを彼がどう聞いているかわかりませんから、一層気をつけなくては」


 ライコウは肩の埃を払って襟を整え、身嗜みを整えた。どう聞いているか分からないからこその、見かけの第一印象を悪くしないための足掻きだった。


「あ、でもライコウくん、『出来事をなかったことにする』人の弟の方は有名人みたいだよ? それも目立ちそうで厄介じゃない?」

「そのおかげで、村の方々から色々な話が聞けたというものです。弟さんの力は《《手品程度》》ということですから、気に留める必要もないでしょう」


 ライコウは少しだけ思案してたのちに続けた。


「だとしても、やはりゆっくりお話を聞いてもらうなら、周りに他の人がいないときがいいですよね」

「じゃあもう行く? 早いに越したことはないよ?」


 そう提案した彼女は、先程からマフラーを巻き直したり、ニット帽の被り具合を変えたりと暇を持て余していた。

 歩き回ったときにかいた汗が乾き、そこへ外気の冷たさが追い打ちをかけている。


「シオンさんはせっかちさんですね。まだですよ。どうやらお仕事が忙しいようですから、帰宅するときを狙いましょう」

「むー、わかったよ」

「寒いですし、缶コーヒーでも買ってきましょうか」

「だいじょうぶ。これくらい平気だよ? 後で思いっきり動くしね」


 ぐっと腕を曲げてシオンは力瘤を作る真似をする。分厚いコートに包まれて膨らんだ腕に筋肉は見えない。


「怖がらせてはだめですよ」

「わかってるよ? ちゃーんとライコウくんが話し終わるまで待つからね」

「お願いしますね。でももし逃げられそうになってしまったら……」

「わかってるわかってる」


 ぱっとシオンはベンチから飛び降りて、ライコウに向き直って腰に手を当てた。


「その時はわたしが、力尽くで」


 うんうん、とライコウは頷いた。


「御築ショウブさん。彼がユクルの味方になってくれると嬉しいのですが」




 そしてどこの仕事場も定時が過ぎ、日が落ちて、ターミナルを出るバスの間隔も広くなってきた頃。ようやくショウブは姿を現した。

 よれたスーツを着て、髪をワックスで固め、眉間に皺を寄せて足早に歩いていた。


 手元の写真通りの容姿をした男に、ライコウは確固たる足取りで近付いていく。ハンチング帽をうやうやしく手に取り、やや会釈を交えて最後の一歩を詰めた。


「どうも、こんばんは」

「……こんばんは」


 ライコウの挨拶には、間を空けながらも同じく挨拶が返された。しかしその顔には躊躇いなく不審が表れている。とはいえ、簡単な会話が成立し、ライコウは表情を明るくした。

 対して、ショウブの目はちらちらと下を向く。突然話し掛けたライコウと、その後ろに控えるシオンに、交互に視線を向けていた。

 ライコウがそれに倣うようにシオンを振り向くと、一瞬目が合い、彼女は目を細めてにっこりと笑った。


「御築ショウブさんでよろしいでしょうか?」


 ライコウは正面に向き直り、挨拶の続きを口にした。


「……だったら何だ。何の用だ」

「今お時間は……」

「さっさと話せ」


 腕時計を確認してショウブはそう返した。夜遅くに見知らぬ人間に声を掛けられたという状況ながら、話を聞こうという態度を見せた。


「御築ショウブさん、あなたの力が必要です。ご協力いただきたくやって来ました」

「は、今すぐにか? 連絡もなく来やがるたあサイカも調子のいい奴らだな」


 協力を仰いだ返事には棘があった。事態を早急に理解した様子を見せ話を転がしたが、ショウブは重大な勘違いをしていた。


「おい、お前ら支援部じゃなくて防衛部なんだろ。前も言ったがこっちだって仕事があるんだ。サイカに協力はできねえよ」


 ショウブが急いだ結論に、ライコウは掌を見せて待ったをかけた。


「いえ、僕たちは心災防衛サイカシステムの者ではありません。協力というのも仕事の要請というわけではなくて……」

「チッ……場所を変えるぞ」


 舌打ちに続いたのは拒絶の言葉ではなく、続きを聞く意思を示すものだった。


「僕たちの話を、聞いていただけるのですか」


 目を瞬かせながら、ライコウは彼の真意を問うた。

 しかし返事はなく、ショウブは振り向きもせず大股で進んでいく。ライコウとシオンは目を合わせ、早足でその後を追った。

 ショウブは乗ろうとしていたらしいバスをちらりと見ると、懐から煙草タバコを取り出し、待合所の隣にある喫煙所へとライコウとシオンを招いた。夜も遅いためか中に人がいる様子はなく、密かに話をするのには都合が良い。

 ライコウもシオンも煙草は嗜まないが甘んじて続く。


「で、サイカじゃねえならお前らは何者なにもんなんだ?」


 扉を閉めたショウブは入口付近を陣取り、煙草を懐に戻して尋ねた。

 ライコウは室内に残る紫煙に軽く咳き込み、喉を鳴らして整えてから満を持して口を開いた。


「あえて名乗るなら……僕たちは、イガルタという者ですが──


 


 ──ふう、情報収集も楽じゃありませんね……あれ?」


 ライコウとシオンの二人だけで、煙草の臭いが染み付いた喫煙所に立っていた。


「何かが……起こりましたね。ベンチからここへワープでもしましたか?」

「ここ、どこ!?」


 首を捻るライコウの横で、シオンが驚きの声を上げた。彼女は入り口から遠い壁を背にして周囲に隈なく視線を這わせていた。

 キィ、と音を立てて、扉が閉まる位置に収まる。

 そしてライコウの目が、ガラス越しの暗闇に走り去る黒い後ろ姿を捉えた。


「シオンさん! あのスーツを追ってください! 彼が御築ショウブです!」


 彼はライコウ達から逃げていた。それは交渉が決裂した証左に他ならない。

 ライコウの判断は早かった。


「わかったよ! 力尽く?」

「怪我だけはさせないように!」

「はーい!」


 指示に従い、シオンは勢いよく喫煙所を飛び出して行った。ライコウも続いて外に出たが──


「バスか……」


 最後にライコウが捉えた後ろ姿は、走り出すバスが攫っていった。シオンは軌道をそのままに後に続いた。

 次にバスが来るのは三十分後。追いかけるなら、自分の足で走るしかない。


「ライコウくん! やるからね!?」


 半分だけ振り返ったシオンが、宣言を飛ばして姿勢を低くした。人間の足でバスを追い続けるのは難しい。


「いくよー! 『凍てし意思(マーブルハート)』!」


 シオンが叫ぶと、一層強く踏み締めた場所を起点に霜が降りた。一拍置いてぴきぴきと音を立ててアスファルトの表面に氷が広がる。氷はシオンの足元からバスに向かって真っ直ぐに、車道も歩道も飲み込んで伸びていき、制限速度を守って走るバスに悠々と追い付いた。

 道路が凍れば当然摩擦力が下がる。突然アスファルトから氷に乗ったバスは左右にふらつき、急なブレーキもあってスリップを起こした。

 横転こそしなかったがバスは次第に速度を落とすと、ついに停止した。


 凍結した道路を滑りつつも走り、シオンはバスに追い付く。勢いをつけてシオンは右腕を振りかぶった。


「だめ押し!」


 そしてバスの車体を殴り付ける。

 外装全体に氷が張り、タイヤも覆われて道路とバスを繋ぎ止めた。氷に閉じ込められた車体はもう微動だにしない。


「捕まえてくるよ!」


 遅れて走っているライコウにそう叫んで、シオンは凍らせたバスの乗車口に立つと氷を殴り砕き、入口をあらわにした。そしてちょうどよく扉が音を立てて開くが──それは、シオンを誘い込んでいた。


「シオンさん! 罠です!」


 忠告も虚しく、シオンはバスへと飛び乗る。そして扉はざらざらと氷を退けながらその口を閉じた。


 やっとその車体の隣までたどり着いたライコウを待っていたのは、凍った地面と誰一人の息遣いさえ聞こえないほどの静けさだった。

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