表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第2章 - 相続会議リセット現象
16/45

第6幕 - あっけない発覚

 話し合いがある夜までの時間、カムイ達三人はバスターミナルのあった村の中心周辺を再び訪れ情報収集を行った。多少は詳しいイリアのガイドを受け、村の案内が載っている各種パンフレットをかき集めつつ情報がありそうな施設に目星をつける。

 御築家に戻ると早めの夕食が用意されており、イリアの提言に従って外食を控えた自分達の判断を心から良かったと思った。


 そのまま風呂や着替えを済ませ、ルナとカムイの部屋にはそれぞれ布団を敷いて、あとは寝るだけとなる。別の場所に部屋を持つイリアも昼間や夕食時同様に共用の空間に集まって、同じように机を囲んだ。


 カムイは上下黒のスウェットの上から長袖の前開きパーカーを引っかけていた。ルナは今すぐでも運動できそうな半そで長ズボンに長袖のジャージを着て、低めのサイドテールにまとめていた髪を下ろしている。

 そんな、ジョギングにでも出かけそうな服装をした二人の正面にいるのは、寝ることくらいしかできなさそうな、ボタンで留めるパジャマにロングカーディガンを羽織ったイリアだった。この家に持って来ている寝間着はこれしかない、とは本人談である。


「よぉし、お喋りしたり、トランプしたり、なんかいろいろして夜更かしして遊ぶぞー!」


 ルナが両手を天井に向けて突き上げ、部屋の外に聞かせるように大声を出した。


「僕たち……というかルナさんたち二人は、一応学校の調べ学習で来てるんだけどね……」

「どっちにしろ全部振りなんだから、どっちだっていいさ」


 そうしてカムイが取り出すのは、鞄の中の受信機に繋がったタブレット。起動させていくつか設定を触ると、とある部屋を俯瞰した映像が映し出された。


 昼間にカメラを設置した場所。すなわち相続の話し合いが行われる部屋である。


「無事に映ったな」


 映像は三人で覗き込んでいるが、音声はカムイだけがイヤホンで聞いている。部屋の外まで聞こえては不都合であるのと同時に、イリアに渡る情報を最小限に留めるためだ。


 当たり前のように監視に参加するルナを見て、最初はイリアも落ち着かない様子を見せていた。

 二人の立ち合いについて、カムイが初めイリアにだけ難色を示したこともひとつの原因だろう。彼には、例の現象がいつ頃起きるのかを自分なら伝えられると必死に主張され、やむなく許可しているのが現状だった。


 イリアにとってルナは、中学のころから知っている友人で、カムイとはつい数日前まで全く知らない他人同士のはずだった。

 そこに嘘はないが、彼はルナの関わった心災や心災防衛サイカシステムのことを知らない。ルナがカムイと共に『こちら側』にいることに違和感を覚えるのも納得できる。

 しかしそれらを赤裸々に明かすことは叶わない。そしてイリアもまた、深くこの話を聞こうとしない態度を取り続けていた。

 彼はきっとわかっている。問題ごとに巻き込まれず、平穏に日常を過ごしていくためには、カムイ達のいる世界を覗こうとしてはいけないのだと。


「あ、みんなが中央を向いたね……話し合いは始まった?」

「そうみたいだな」


 音声の聞こえていないイリアが、カムイに確認をする。画面の向こうでは彼の言う通り、遺産の相続と家長権限の取り合いが始まろうとしていた。


 タブレットには八人の人間が映っていた。参加者のほとんどが女性で、男性は昼に会ったショウブとトジャクの二人のみ。両方とも下座に追いやられており、他の参加者と違って目の前に小さな台が与えられていた。

 トジャクの台には紙の束が置かれ、右手には筆記具を持ち続けている。一方ショウブの前には記入済みの紙と、遠目ではわからない物体が置かれていたが、彼はそれをどうするでもなく腕を組んで黙り俯いていた。


 文字を書きつける合間を縫うようにしてトジャクが発言するが、それをまともに取り合う参加者はいないようだった。

 誰か一人が長く話していると時折ショウブが目の前の物体に手を伸ばして音を鳴らす。持ち時間の超過を知らせる役割でも担っているのかもしれない。

 書記とタイムキーパー。どちらも自然と意見を主張し辛くなる役割だ。


 一時間、二時間と話し合いは終着点を見出せないまま続いていく。特に興味もない話を聞き続け、カムイは疲労を感じ始めていた。それでも目を離すことなく画面を睨み続ける。

 未だ、特に異常は見受けられない。


 その横でイリアは時折席を外しては三人分の飲み物や軽食を持ち込んでいた。おそらくは本人が主張した通り、話し合いの進み具合や経過時間で見当がついているのだ。


「この人話(なげ)ぇな。いつもこうなのか?」


 特に意味はないが、近くに来ていたイリアにそうぼやいた。無言で見続けることに苦痛を覚え始めていた。

 イヤホンからは一人の女性が自分以外に家長を継ぐ資格が無い理由を声高に演説している声が聞こえている。


「ああこのおばさんか。時間もこのくらい……」


 壁に掛かる時計を見て、イリアが慎重に答えた。


「なら、そろそろ……じゃないかな」

「ようやくか。長かったな」


 カムイは丸まっていた背を伸ばして姿勢を正した。開始十分足らずで旅行者向けパンフレットを漁りに向かったルナも、画面の前へ戻ってくる。


「そっちはどこか調べられそうなところはあったか?」

「まあまあ、いくつか。チェックはつけておいたから、あとで共有するよ」


 どちらも画面を注視しながら、成果の確認をした。


 それからまた十分を超える時間が経ち、百パーセントの集中力を維持するのが難しくなってきた頃だった。


「あ……え?」

「しっ!」


 カムイはイリアの疑問の声を手で制し、反対の手でイヤホンの位置を正した。それでも聞こえてくる音は変わらない。


 映像が──止まった。

 送られてくる音声には人の声がなかった。ただ議論が静まったのとは違う。直前まで熱弁していた声が不自然に途切れたのだ。

 機材の故障とも違う。ざざ、という砂嵐のような雑音が鼓膜を揺らしていた。


 それはまるで、一瞬世界が止まったよう。

 映像の中の人間は皆その動きを止めていた。


「あ、直った……のかな?」


 イリアの言った通り、画面の向こうではまた参加者たちが思い思いに言葉を並べ始めていた。


 ただし、話し合いの序盤も序盤に聞いたような、今から議論を始めよう(・・・・・・・・・・)と言わんばかりの言葉を。


 話し合いが、なかったことになった。


「ねぇ、カムイ。今の……」

「これが例の現象か」


 反応を見るに、イリアには映像が少々乱れた程度にしか認識できていない。一方でルナは止まっていた映像の違和感に気付いているようだった。


 初日にして、第六感シックスセンスを行使する場面を目撃できてしまった。それにこの様子であれば、原因となっている人間まで絞り込めたと言って良いだろう。


「イリア、悪いが今日はもう席を外してもらえるか」

「え?」

「この事件を解決するための次の手を今から探す。……わかってるだろ、聞かないほうがいいことがあることくらい」


 イリアについて推測した、彼なりの線引きのしかたを当てに説得を試みる。

 彼は静かに、頷いて返した。


「あとは、頼んでいいんだよね」

「任せてもらっていい。あんたの困っていることは、ちゃんと解決してやるから」


 イリアは立ち上がって座布団を片し、出入り口の戸の前に立った。

 タブレットの画面を一度スリープに落としながら、イリアが部屋を出るのを待つ。


「解決、か……でもさ」


 なかなか出て行く気配のない彼には、まだ何か言い残すことがあるようだった。


「どうした?」


 訪ねてやれば、イリアは苦笑の混じる声音こわねで答える。


「これが終わったとしても、おばさんの一人に権利が継がれるだけなんだよね……」

「それが、何か問題あるのか?」


 昼に聞いた話では、母親も兄達もその案に賛成しているということだったはずだが。


「すごく個人的な意見かもしれないけど、僕はトジャクおじさんに継いでもらいたいんだ。でもそれも、難しいのかなって」


 イリアの懸念は、第六感シックスセンスが引き起こす現象がなくなった後の話だった。話し合いが結論までたどり着くようになれば、遺産の行方も家長になる人物も確定することになる。


「それは、当事者たちが話し合うことだろ」

「でも、この村をここまで発展させたのはトジャクおじさんなんだ。母がこの村を出て行ってから、農業も観光も、トジャクおじさんのお陰でこうなったんだよ」

「それだけじゃ継ぐには足りなかったんじゃないか?」


 早く明日の行動を決めて、報告書をまとめたい。そう思うカムイが話を終えようとするも、イリアが戸を開けて踏み出す様子は無かった。

 それどころか、カムイが聞いても仕方がないような話を、イリアは胸の内から溢れ出すように語った。


「農作物をブランド野菜として売り出して、御築の土地を観光地に提供して、これだけ村を活気付けたのにまだ足りないの? 今も新しい観光要素を探しては事業を起こしたりして、村の人たちに慕われてる。一番相応しいって、僕は思うのに……」


 何と言ったらいいか分からず閉口したままでいると、一人で喋りすぎてしまったと先に気付いたイリアがカムイ達から顔を背けるように体の向きを変えた。

 その背中に向けて、カムイは言葉を絞り出す。


「それはトジャクさんや叔母さんがたに直接言ってやれよ。そうしたら明日は、何か変わるかもしれないだろ」

「うん……うん、そうだね」


 イリアはやっと、戸に手をかけた。


「じゃあ、湊辺みなとべくん……ルナさんも、おやすみなさい」

「ああ」

「い、イリアくん、おやすみ! また明日ね!」


 そうして彼は、静かに母屋へと戻っていった。

 今、イリアの居場所は東西どちらの離れにも無かった。




「さて、認識の擦り合わせをしよう」

「うん。イリアくんのためにも、私頑張るから」

「……まぁ、やる気を出すなら何のためだっていいさ」


 カムイはスリープにしていた画面を点けて録画を呼び出した。シークバーを大きく動かし、第六感シックスセンスが使われたと思しきシーンを五秒ほど再生する。


「そう、この人!」


 ルナが画面の人物を指差して声を上げた。


 悪質な第六感センス保有者で間違いねぇじゃねぇか、とカムイは心の中で独り言ちる。


 画面の中、人々の動きが止まった一瞬の間。ただ一人だけ微かに動いた人物がいた。

 組んでいた腕を解き、顳顬こめかみを掻くような動作。それだけだったが、周りの人物が静止する異常の中、たった一人浮いていたのは彼だった。


「御築ショウブ。こいつが原因だ」


 昼間の印象通りの悪人かよ、とカムイは嫌な気分になる。最初で最後に顔を合わせた昼の出来事から、彼が悪者であるこの事実がすんなりと受け入れられた。改めて見てみれば、頑固で偏屈そうな相貌しているではないか。

 意図的に第六感シックスセンスを使用して、周囲に問題を起こしている人間がいることにどうしようもない嫌悪感を抱く。心的決壊災害は己の心身を守るために起きてしまう悲しい災害だが、だからといって故意に事件を起こしていい理由にはならない。

 たった一人印象の悪い人物がいるだけで第六感シックスセンス保有者全てが危険視されることもあり得る。

 苛立ちが沸々と込み上げた。


「犯人、分かったね」


 ルナにそう声を掛けられ、彼女の言葉を否定しなければというカムイの意思が、自身の思考に冷や水を浴びせた。


「違う。彼は『犯人』じゃない。手を差し伸べられる必要のある、救助対象だ」


 自分に言い聞かせるように呟くと、そうだね、と隣から優しく同意の言葉が聞こえた。

 一つ深呼吸をして、今後の工程に意識を向けた。


「よし、とりあえず映像は撮れた。明日、調べ物をした後、本格的に動くために他の職員を呼ぶ」

「あれ? 今から確保に行くんじゃないんだ」


 今日の仕事は終わりだと、立ち上がって伸びをするカムイにルナが疑問を呈した。


「今日はもう時間も遅い。それにこの映像だけだと、説得の材料として弱い」


 無断で撮影された映像を出されたら、カムイ達の話を信用する人間などいないだろう。初期暴走状態にない者が対象である今回は、彼が信頼に足ると判断する人物や媒体から、彼の第六感シックスセンスの存在を証明し、説明する必要がある。


「明日はお前が見てたパンフレットを見つつ、追加の情報収集だ」

「分かった。なら、候補とかは適当にまとめておくね」

「そうしておいてくれ」


 返事をしてすぐに、バックパックからノートパソコンを取り出して開く。監視の結果や昼に聞いた相続問題の概要など、調査の経過報告を書くためだ。


「カムイ、前も報告書みたいなの書いてたけど好きなの?」


 畳の上に広げていたパンフレットをかき集め、腕一杯に抱えたルナが戻ってきて尋ねた。カムイの背後に立ったまま、画面を見ているようだった。


「こんな雑務好きなわけあるか。仕事だからやってんだよ」

「ふーん、案外マメなのね」

「実践任務ばっかこなしてた所為で俺は調査だとか考察だとかそういう能力が低いと思われてる」


 カムイはキーボードを叩く手を止めて、うんざりという態度を表した。


「うん。知り合って五日かそこらの私から見ても、だいたいそんな印象だもんね」

「お前は知り合って五日かそこらで遠慮がなくなりすぎだろ」

「あはは! それが私のいいところだからね!」


 おどけて言うルナは、今は取り合わないことにして。


「……だからつまり、俺はこういうのも出来るんだって、形に残して示していく必要があるんだよ」


 実際、カムイが(さん)類暫定消失のプロフィールの記憶を怠っていた所為で、少々の不手際を起こしている。得意で好きな仕事を優先し、そうでないものを後回しにしたツケが今来ているのだ。

 前回の任務で対応に失敗した経験で、カムイは十分反省し学んでいる。そのため今からでもやれることはやる、とカムイは息巻いていた。


「ふーん。まあそれは今はいいや」


 あまりの話題の飽きの速さに、本当に物を考えて喋っているのか、と疑いたくなる。


「でさ、一応、図書館とか博物館とかはチェックを入れておいたんだけど」


 そう言ってカラーの地図を一枚、カムイのパソコンの横に置いた。話に飽きたのではなく、本題に入ったと言うほうが正しかったようだ。


「それ以上詳しく目星を付けるっていうと、どうしたらいいの? 山林のハイキングコースにでも行く?」

「それは単にお前の趣味だろ」


 実家には果樹園。植物大好き。ルナの持つそんな側面が顔を出していた。


「心的決壊災害だ」


 カムイは短く答える。


「出来事がリセットされる現象が第六感センスによるものだとしたら、それが発現したときに初期暴走が高い確率で起きている。何かでかい事件があれば、噂が残っているかもしれない」

「ああ、なるほど。『枯木の樹海街』や『快晴の大洪水』みたいな噂話を探せばいいのね」


 ルナが納得した様子を見せたため、カムイも自身の作業に戻ろうと再びキーボードに指を添えた。

 けれど紙をめくる音が聞こえたのは一瞬で、すぐに手を止めて口を開いた。


「うーん、でもなぁ。風見ヶ丘ではどこにも記録されてなかったし、残されてるかどうか……」

心災防衛サイカのお膝元で、そんな資料公開してる訳ないだろ。だけどその点、この村なら見つけられる可能性がある」

「あ、あった。ここは?」


 ルナの指が置かれているのは施設紹介の中の歴史資料館だった。直ぐ隣に図書館もあると書かれている。


「明日はここに行って、ついでに聞き込み調査。どう?」

「そうだな。異論はない」

「決まり。え? じゃあ私の今日の仕事は終わり?」

「そういうことになるな。だからさっさと寝ろ」


 明日の予定は決まったのだ。そろそろ目の前の作業に集中したい。


「カムイはどうするの?」

「俺はこいつを書き終えてからだ」

「ええ……? あんまり遅くまで起きてないでよ? 明日の朝、起こすの嫌だからね、私」


 そう言いながらルナは机でパンフレットの角を揃えて片手で持ち、割り当てられた部屋の襖を開けてくぐった。


「お前に心配されるような時間管理はしてねぇよ」

「ほんとかな……」


 そう言い残して、ルナは自室の襖の奥へ消えた。




 明日へ保留して資料集めをするのは、証拠を十分に集めるためである、とルナには伝えた。

 しかしカムイには他の理由もあった。


 これだけでは自分の(・・・・・・・・・)有用性を上司に(・・・・・・・)示せていない(・・・・・・)


 ただの盗撮と盗聴によって得られた情報で怪しい人物を見つけて、引き渡して、それで終わりでは誰にでもできる仕事の範疇である。

 カムイは気付いていた。本来防衛員である自分と共に任務に参加するとすれば情報課や通信課のオペレーターが適任の筈だ。なのにそうではなく、つい先日に所属したばかりの新人のルナが選ばれた。

 それはつまり補助する人間がいなくても、たとえ手のかかる新人が一緒でも、それでも十分な能力の発揮を求められているということだ。

 本来オペレーター役が行う情報収集や詳細な考察まで一人でこなして初めて、カムイは自身の(いち)類に足る有用性を主張できる。今の()類の待遇に改善を求めて声を上げ、昇級を掛け合った結果が今なのだ。

 第六感シックスセンス保有者、御築ショウブの説得や心災防衛サイカシステムへの所属を促して戦力増強までできて初めて百点満点だろう。

 やれることを、やれると示すチャンスだった。


 気付けばルナの部屋の電気は消えていたが、報告書をまとめ終えるにはまだしばらくは時間が必要だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ