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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第2章 - 相続会議リセット現象
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第4幕 - 御築村へようこそ

「涼しいな」

「っていうかちょっと寒い」


 ぶるり、とルナは体を震わせた。カムイもそれに「確かにな」と同意を示す。

 各々、長袖の上着を取り出すべく、自分の荷物に手を伸ばした。

 カムイはウエストバッグにそう大きくないバックパック、ルナはポシェットとボストンバッグを肩に掛け、大きめのリュックを背負っている。


 ここは風見ヶ丘(かざみがおか)のある中部地方から離れた、関東間際の高原。カムイに不可解な話(・・・・・)の解決を持ちかけた張本人──たくみイリアの実家がこの近くにある。


 カムイとルナが持つ荷物には、任務をこなすための書類や備品はもちろんのこと、泊まり掛けを想定した日用品や着替えも含まれていた。


「ふう、上着を持ってきたのは大正解」


 薄い生地のパーカーを羽織り、半分まで前を閉じたルナが満足そうに言う。一時的に下ろしていた鞄を全て拾い上げ、移動の準備を完了させた。

 風は無い一方で、太陽は出ている。確かに、薄くても一枚羽織れば丁度いいくらいの気温だった。


「だけどなんか、思ってたのと違うんだよね……」


 そう零すように言ったルナは、頭上の屋根が途切れたさらに外側を見ていた。現代的なビルが立ち並び、週末を楽しむ人々でそこそこ賑わっている。

 事前情報を加味した上で、あえて形容するとして、そこそこ。


「聞いてた話との食い違いが落ち着かねぇな」


 ここは田舎のさびれた村であるはずだった。

 今日はこの村に来るために、新幹線、在来線、バスと公共交通機関をうんざりするほど乗り継いだ。目的地に近付くほど、窓の外の緑は割合を増していった。

 だからどんな辺鄙へんぴな場所でも驚かぬよう覚悟を決めていたのだ。

 どうやらその一切が空振りに終わったようだが。


「うーん。田舎っていうか、都会から離れた観光地って感じ?」


 すでに、今立っているこのバスターミナルが寂れた村という前提を崩している。ポールと小さな板の目印がポツンと一つ立っているだけの、よくあるバス停とは訳が違うのだ。


 少し視線をスライドさせれば、屋根付きの連絡通路がターミナルとショッピングモールを繋いでいるのが目に入る。遠方からの訪問客にとっても利便性はもうぶんない。

 警察署や役場など、主要な施設の多くも周りに集中しており、見える限りの道路も街路樹と共に整備されていた。


 頭上には『御築おきずき村へようこそ!』と真新しい看板が掲げられている。想像していた排他的な雰囲気とは随分と異なっていた。


「高原リゾートってやつに開発が進んだってことか……?」


 壁に貼られたスキー場の広告を見ながら、カムイは首をひねった。すぐ横にはハイキングコースを案内する地図も貼られている。


 あまりの違いに、背中のバックパックから思わず今回の計画書を引っ張り出した。幸い──もしくは残念なことに──目的地は間違っていない。カムイが聞いていた場所は確かにここだった。


「あっ、湊辺みなとべくん!」


 不意にカムイを呼ぶ声が響いた。

 少しだけ遠くから聞こえたそれは、つい先日学校で聞いたのと同じものだ。


 公園を兼ねた広場になっている方角から、こちらに一直線に向かう人物が一人。例の依頼人、匠イリアだった。


 長身の彼はよく目に付いた。ストライドが大きく、運動神経の良さもあってか移動が速い。こちらが歩み寄るまでもなくあっという間に合流した。


「わざわざこんなところまでごめんね。本当に来てくれるのか心配だったんだ。少し安心したよ」


 挨拶が謝罪とは、順調な滑り出しとは言い難い。当事者であるイリアとの円滑なコミュニケーションは調査に必須だ。

 気にしなくていい、と伝えようとしたところで、彼が言葉を探すような素振りを見せていることに気が付いた。


「……ところで、どうしてルナさんまで?」


 納得の疑問である。

 尋ねられたルナもまた、すぐに返答が用意できなかったようだ。その視線は一瞬泳いだ末にカムイの元にたどり着く。事前に伝えてなかったのか、と責める目をしていた。


 確かに『大穴の上半身』に遭遇した彼ではあるが、第六感シックスセンスに関わる事柄を秘匿する対象であることには変わりない。

 そのため、ルナが心災防衛サイカシステムに所属したことは当然知らない情報だった。


 もしもこの調査に同行者がいるとしても、目撃された時に同じ任務にあたっていた西陽にしびホノカだと思っていた事だろう。残念だが、天才少女と名高い彼女はこの任務に名を連ねていない。


 カムイが黙っていたのは一瞬だが、回答が引き受けられることはないと悟ったルナが息を吸った。少々わざとらしく、腕を組みながら。


「何? イリアくん、私の参加に何か不都合でもあるの?」


 ルナは口を尖らせて不満を表した。


「あーあ。せっかく友達と楽しい週末を過ごせると思ったのになー」


「ううん! ごめん、そうじゃなくて!」


 イリアは即座に否定した。

 本心なのだろう。彼は本当に理由を知らなかったのだから。


 ペースを乱せばこちらのもの。『以前からの知り合いによる説得』という武器で、十分にルナの存在をねじ込める。

 彼女にこの役目を振ったのは正解だったようだ。


「僕は本当に、純粋に理由が聞きたくて。それにこの間は、その……」


 丸く収まるかと思いきや、みるみる内に声は小さくなり、ついにイリアは沈黙した。

 彼が気に病む理由。カムイにも思い当たる事といえば、『大穴の上半身』からイリア一人だけが逃げたことだろうか。


 しかしそれはホノカから言い渡された指示であったはず。彼はあの時、誰の意にも背いていない──本人の心の内はカムイの知るところではないが。

 それに、裏切った、などと言う程の事でもないだろうに。


「ああ、え? そのこと? 気にしてないよ」


 案の定、ルナはケロリとした顔で答えた。


「私は私がやるべきって思ったことをしただけ。それより今はイリアくんちの問題でしょ?」


 調査に関してはすっかり自身も数に滑り込ませ、話を先へと転がした。

 ふと口を突いたようなルナの一言は、いかにも心災防衛の一員らしいものだった。


 ネガティブな感情なんて考えもしなかったような許しの言葉を受け、イリアは力なく笑った。

 それでも表情が完全に晴れることはない。

 当然のことだった。もっと大きな問題を解決しに、カムイたちは遥々ここまでやってきたのだから。


 イリアが控えめなため息を一つついて、ついでのように言葉が零れた。


「こんなこと、普通なら身内で解決すべきことなのに……相続問題なんて」


「ほとんど初対面の俺に話したくらいなんだ。よっぽどおかしいんだろ? その、くだんの現象っていうのは」


 カムイは言葉尻を奪うようにしてイリアを止めた。放っておけばいつまでも自己評価を下げ続けそうだった。

 隣ではルナがうんうんと首肯を繰り返し、イリアに向かって勇気づけるように笑顔を見せた。


「そうだよ。詳しいことを聞いて、早速解決に向けて動き始めないとね」


 そう言ってイリアに詳細を話すよう促す。

 目的を見失って道草を食い過ぎるのは任務としても避けたいところだ。それは正しい。

 だが、それはそれ、これはこれ。


「待った。ここで話を進めるのはナシだ」


 疑問の目が二対、こちらに向く。


「通りすがりに聞かれていい話じゃないだろ」


 なるほど、と二人はアイコンタクトだけで納得を示し合っていた。


 そして三人は発着場を移動し、定刻通りのバスに乗り込んだ。

 バスに揺られていくと車窓の景色から段々と建物が減っていき、最終的に視界は見渡す限り畑になる。それを見てカムイは、これは確かに田舎という表現が一面の緑にぴったりだ、と思ったのだった。

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