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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第2章 - 相続会議リセット現象
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第3幕 - 本部長と防衛部長

「ああーっやっぱりその顔! 君がルナちゃんだね! なあそうだろカムイ君!?」

「ええ、そうです……けど……」


 突然現れた女性は、歓喜の表現なのだろうか、ロング丈のカーディガンを白衣よろしくはためかせた。そして視界に捉えたルナに向かってヒールを鳴らしながらずんずんと近付く。

 目線を合わせるように高い背を少し屈ませると、種やボトルを持ったままのルナの手を取った。


「はじめまして! 私は石津モエ。ストーンの石に津波の津でい・し・づ、だ。風見ヶ丘(かざみがおか)拠点の本部長をしている。いやあ会えて嬉しいなあ! ホノカちゃんから話をよく聞いててね! かわいいとは聞いてたけど本当だね! ホノカちゃんもふわふわさとクールさのギャップが素敵だけれど君もまたエネルギッシュな感じがして素晴らしい!」


 手を取られてがくんがくんと体を揺さぶられるルナは、至近距離で放たれるモエの言葉に理解が追いついていない様子だった。


 初めて会う人に手を握られ、顔が近く、自己紹介と同時に容姿を褒められている情報過多な状況。第六感シックスセンスを使ったばかりの精神的疲労も相まって思考が止まりかけている。


「え、え、え、ねぇカムイ誰この人誰!?」


 かろうじてルナは隣のカムイに助けを求めた。

 得体の知れない物に出会ったかのように目を丸くして戸惑いを隠せていない。実際ルナにとっては得体の知れない人物であることは確かだろう。


「俺らに班を組ませた人、っていうかこの拠点で一番偉い人」


 本部長って名乗ってるだろ、とカムイは溜め息を吐く。下を向いた拍子に眼鏡がずり落ちたのをかちりと持ち上げた。


「石津博士、ルナが困ってます。一旦止めてあげてください」

「そうだよモエさん。迷惑かけないの」


 モエの後ろから付いてきた男性職員──樫寺かしてらコウサもモエを制止する。ヒールを履いたモエとほぼ同じ長身のコウサは彼女の肩を引いて上体を起こさせた。モエの目線はルナから外れ、コウサと同じ高さになる。

 コウサの方は普通の白衣を羽織っていたため、白と白が重なって二人羽織のようにも見えた。


 カムイからすればモエとコウサが共にいることは珍しいことではないし、モエのこの行動も慣れた光景。

 けれど自分が直接モエのこういった言動の対象になることがない分、疲れているときに会わせてしまったルナを気の毒に感じた。


「むう、コウサ君。私は本部長だぞ? 本部長が職員と親睦を深めようとしているのを邪魔するのかい?」

「その本部長が職員に迷惑かけちゃだめでしょ。ほら、もっと自覚を持って」

「うむむ」


 コウサはモエに慣れた様子で対応する。モエの方もコウサの言うことに不満を言いながら素直に従っていた。


「……あー、えっとだな。一応もう一回言っておくとこっちが石津(はか)……石津モエ本部長。風見ヶ丘拠点、っていうか心災防衛サイカの最高責任者。で、こっちが樫寺コウサ防衛部長、俺らの部署の責任者」


 カムイは少し気まずさを感じながら現れた二人をルナに紹介する。

 モエの本部長としての威厳ある面やその頭脳を知っているだけに、先に残念な方の面をルナに見せてしまったことを自分の失敗のように感じた。


「ごめんねー、カムイくんたち。ちょっと仕事が立て込んでたせいでモエさんテンションおかしくて。モエさんの気が済んだらすぐ出て行くからさ」

「私は休憩時間の癒しを求めて来たんだぞ! なあこれくらい認められるよなカムイ君」

僕は(・・)構わないですよ流石に慣れてますし。それにもう訓練も終わるところでしたから」


 目上の立場であるモエやコウサを前にしてカムイは敬語を使うが、この一人称をルナの前でも使うのは落ち着かないな、と感じた。見ればルナはカムイの顔を見て変な表情をしている。組織内における振る舞いへの慣れの差があるのだろう。


「ルナさんごめんね。モエさんはちょっとこういうところがあってさ。普段はもっと頼もしいんだけど仕事から離れるといつもこうで」


 コウサは申し訳なさそうに謝った。

 それを受けてしばし放心しかけていたルナはやっと現状をよく理解したようで、モエとコウサを交互に見た。


「えっと、本部長さんと、防衛部長さんで……その、はじめまして……?」


 本当にこの人が? という至極真っ当な疑問がルナの顔に現れていた。

 まあそう思っても仕方がないよなぁ、とカムイは自分がモエやコウサに会った時のことを思った。立場と雰囲気のギャップにカムイも驚いたものだった。


「私のことは『モエ先生』って呼んでくれると嬉しいなあ。本部長だとか役職で呼ばれることも多いけど名前っていうのはできるだけ親しみを持って呼んでもらいたいものだからね! 『石津本部長』なんて固過ぎてやってられないよ!」


 再び手を取りに近付こうとするのをコウサに止められながらモエは言う。


「カムイは『モエ先生』って呼んでないですけど……」

「カムイはなあ、何年も前に先輩が言ってるのをしつこく覚えてて未だにその呼び方をするんだよ。私は博士課程を出てないって言うのに」

「ケンジさんは自分の目標ですから」

「ケンジ君なあ……」


 腕を組んでモエは唸る。

 カムイは今までにも目標としている先輩について彼女に話をしたが、慕っている割に何年も会えていないのだった。


「やっぱり忙しいんですか?」

「そうだなあ、イガルタの問題が全て解決すれば会えるんじゃないかな」

「そうですか」


 カムイはそっけなく返したが、内心イガルタの問題を解決するモチベーションが高まった。それを意図してモエは言っているかもしれないと思ったが、事実そうなのだろうと受け止める。


 カムイの目標とする人物──谷津浦やつうらケンジはカムイにとって恩人であり目標、憧れの先輩である。最後に会ったのは六年も前で、今では二十五歳になっていることだろう。

 事情があるらしくずっと会えないでいることをカムイは残念に思う。それでも今まで風見ヶ丘拠点で多くの実績を積んできたのはケンジに追いつき、隣に並ぶことを目標として。

 今はなき特務隊──特別救助任務部隊が再編成されたとき、自分がそこにいるためにもカムイは任務に全霊をもって臨むのだ。


「まあイガルタのことも大変だが! まずは目の前の任務に集中してもらいたいかな」

「そうだね。どうカムイくん? ルナさんはいけそう?」


 コウサがカムイに尋ねる。防衛部の部長ということもあり、任務にあたる防衛員の様子を把握しておきたいようだった。

 ルナの方は自分のことを問われたためか姿勢を正す。その割に目はきょろきょろと落ち着いていなかった。


「今日この感じなら十分な戦力だと思います。それに第六感センスの相性も僕と良いですし、よっぽどのことには対応できそうです」

「うん、やる気も十分みたいだな! けどカムイ君、今回の任務は戦闘よりも調査がメインなことを忘れないように」

「分かっています。ですが悪質な保有者の場合は実力行使による確保もあり得る──ですよね?」


 カムイの確認に対しモエとコウサは頷いた。


「え、ちょっと待って。私、任務の詳しいこと全然聞いてないんだけど」


 慌ててルナは自分一人が話に置いてけぼりにされていることを主張した。

 しかし知らないのも無理はない。この任務は今日ルナが講習を受けている間に決まったものなのだ。


「イリアの実家に行くんだ。田舎のさびれた村だが、そこで不可解な出来事が起きているらしい」

「イリアくんの実家……田舎の村……?」


 突然出てきた友人──たくみイリアの名が意外だったのか、ルナは同じ言葉を繰り返す。

 カムイはそのイリアによって情報漏洩云々諸々の処理問題やお叱りがあったことは黙っておくことにした。


「どんくらい事件性が高いのか分からねぇから依頼主イリアのお友達が遊びに来たってていで調査に行くんだよ」

「調査って……イリアくんちで何が起きてるの?」

「出来事がなかったことになる」


 質問に答えたのはモエだった。


「あのっ、本部長。その出来事がなかっ──」

モエ先生(・・・・)


 ルナが思うように呼んでくれないのをモエは即座に訂正させる。


「……モエ先生」


 渋々ルナは言い直す。仕切り直してもう一度。


「出来事がなかったことになる……? っていうのは、それは第六感シックスセンスによるものってことですか?」

「おそらくそうだろう、っていう段階だ。なんでも一族で遺産相続の話し合いをしてその結論が出ると、それまでの話し合った事実が何度でもリセットされる、とか。だよね? カムイ君」


 情報の再確認も兼ねてか、モエはカムイにも回答を振った。


「イリアの話だとそれしか分かりませんでした。つまり何か分からないから調べてほしいと──時間を巻き戻す第六感センスなんてお目にかかったことないですけど、あるんですか?」

「過去の記録になくはないよ。けれどどれも初期暴走時の一時的なものだけだ。第六感シックスセンスとして時間操作系の能力を保持している記録はないな」

「全く未知の第六感センスと遭遇する可能性もあるわけですね」

「だが全く第六感センスと関係ない可能性もある。故の調査任務だ」


 カムイとモエが任務内容を確認し合うが、ルナはすぐにはそれについていけないようだった。今日受けたばかりの講習の内容と合わせて、どうにか自分の中でも内容をまとめようと頭を捻っている。


「えっと、それってつまり、イリアくんの家族に心災中枢ペインアイが、いるってことですか?」


 ルナもルナなりに何が起きているのか理解しようとしているが、少し惜しい。


「繰り返されてる感じからして心災ってわけじゃなさそうだな。初期暴走じゃないとしたら心災中枢ペインアイとは呼ばねぇ。悪質な第六感センス保有者、ってとこだろ」

「悪質かどうかはまだ分からないぞ。第六感シックスセンスの存在自体(おおやけ)にはされていない。初期暴走が終わってからも無意識に使っているのかもしれない」


 悪質な保有者と断定するカムイにモエは別の可能性も提示する。心災防衛サイカシステムにとって心災を起こしてしまった者は救うべき被害者、というのが基本姿勢だ。けれど何も情報がない段階では、可能性の話をしてもキリがない。


「う、ホノちゃんにも聞いたけどややこしい用語が多い……」

「最初はみんなそういうもんだよ。任務をこなすうちに慣れてくからさ」


 細かな間違いを指摘されて落ち込むルナをコウサが慰める。モエに比べて常識人に見えるコウサに、ルナは多少安心感を覚えたようだった。


「何、初任務まで時間はあるし、講習と訓練を今週こなせばルナちゃんも立派な防衛士だ! 土日の任務まで第六感センスを磨いてくれたまえ!」


 そうルナを鼓舞するがもう今日は帰るつもりだったのだ。

 モエの話に付き合わされたことでどっと疲れを感じたようで、ルナの顔からは気力が抜け出ていた。


「……えっと、がんばります……」

「ルナもこんな感じですし、僕たちはもう帰ります。石津博士もコウサさんもお疲れ様です」

「ああ、うん、カムイくんルナさんお疲れ」

「また明日ねルナちゃーん!」


 別れの挨拶をしてカムイとルナは訓練室を出た。ルナは若干放心しながら「モエ先生って変……おもしろいけど疲れるね……」と誰もが抱く感想を口にした。


「ルナも疲れてたんだろうが石津博士も疲れでいつもより増し増しで変な人になってたかもな……」


 訓練とモエに疲れたルナをカムイはロッカーまで案内し、ついでに拠点の外まで送った。

 自分の荷物もまとめにロッカーへ戻るが、その往復に虚しさを覚えたりはしない。自身の訓練量は減ってしまったけれど、班員の第六感シックスセンスを把握できたことは収穫だった。そう今日の出来事を振り返りながらカムイは帰路についたのだった。




 カムイとルナが訓練室を出た後、ルナの頑張りの跡をモエとコウサは話をしながら検分していた。枯れた草木や床に張り付いたつるを引っ張って、その強度を確かめる。

 とはいえこれは仕事ではない。モエもコウサも、仕事の合間の休憩に過ぎなかった。


「はああ、やっぱり若い子らと話すのはいいね。自分も若返ったような気分になる」

防衛部うちの防衛員をサプリメントみたいな使い方しないでほしいなぁ。ほら、僕らも仕事に戻るよモエさん」

「コウサくんも私が若々しくあるのは嬉しいだろう?」

「若いままが幸せじゃないのはモエさんも知ってるでしょ」


 コウサの言う意味が分かってしまい、モエは少し目を細めて俯いた。


「……そうだな。成長をしないというのは悲劇でしかない」

「悲劇を止めるためにもイガルタをなんとかしなきゃだねぇ」


 雑談をしながら二人は訓練室を出る。心災防衛サイカシステムに長年勤めていると、雑談まで第六感シックスセンスや職員の話題ばかりになりがちだった。


「ねぇモエさん、今回の任務が二人だけなのって、カムイくんの資質を見るためでもあるよね?」


 廊下を歩きながらコウサがモエに尋ねる。カムイが高い目標を持っていることは防衛部長として把握しており、たびたび本人の口から昇格についての話題は聞いていた。


「そうだなあ。高校生だからずっと()類、っていう考えも頭が固いと思ってたからね。捕縛能力は十分だけど(いち)類に見合う調査能力があるかはちょっと、って感じだったわけだし。こっそりテストするには丁度いいだろう?」


 指を唇に当てて悪戯いたずらっぽくモエは言う。それでも立場があるが故の柔軟な対応、と本人は主張したいつもりらしい。


「こっそりのテストになるかなぁ。彼のことだからそれくらい勘付いて頑張り過ぎちゃうかもしれないけど」

「それならそれでいいだろうさ。何、優秀な職員が評価されるべき成果を上げたなら評価する。そういうものだろう?」


 度量が広いのか大雑把なのか、モエは笑ってそう言うのだった。

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