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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第2章 - 相続会議リセット現象
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第2幕 - 能力名を叫ぶワケ

「『全緑疾草オールグリーン』!」


 その掛け声に合わせて植物が伸びる。

 常識ではありえない速度で、キヅタのつるが地面を這い、意思があるように決まった方向へと向かう。

 葉は小さく、茎は太め。人の親指ほどの蔓はがっしりと救助訓練用人形の胴体に巻き付いて、その身柄を拘束していた。


「よくまあ一日でこんだけ扱えるようになるもんだな」


 その様子を目の前にして、湊辺みなとべカムイは思わず感嘆の声を漏らした。


 場所は心的決壊災害防衛機構──通称心災防衛(サイカシステム)風見ヶ丘(かざみがおか)拠点、その地下訓練室。トレーニングルームと併設されたそこは体育館ほどの広さがあり、『第六感シックスセンス』の保有者が救助訓練を行う部屋だった。


 『大穴の上半身』が解決され、心災防衛サイカシステムに所属することになった壱岐宮ゆきのみやルナは、学校帰りにそこに訪れていた。

 目的は第六感シックスセンスや組織についての講習を受けることだったが、その後にどうせならと訓練室へ案内され、自主鍛錬に励んでいたカムイに師事することになったのだった。


 救助訓練用人形に巻き付くキヅタの出所を辿れば、それはルナが手を添えた床から伸びている。

 フローリングのため根は地面のように潜らず表面に浅く張るだけであったが、付着根によってキヅタ本体はがっしりと固定されていた。


「へっへーん。何せ天才女優の娘の天才少女なもので」


 自慢気にルナはカムイに返した。手元にはいくつか植物の種と液肥えきひを混ぜた水入りのボトルがある。


 ルナはつい昨日にその植物を操る異能力──『全緑疾草オールグリーン』と名付けられた第六感シックスセンスを再発現させたばかりだ。けれどそれを扱う感覚をしっかりと、彼女はもう掴んでいる。


 訓練室の中はキヅタに拘束された人形の他にも、牢屋のように木々に囲まれたり、絡み付いて地面から持ち上げられた人形が見て取れた。


心災防衛サイカで天才少女といえばホノカのはずなんだがな」

「えっ、そうなの!? たしかに頭はすっごくいいけど」


 昔から親友だったらしいルナのことだ。その親友がまさかこんな組織の一員だったとは、夢にも思わなかったことだろう。


 カムイからすれば心災防衛サイカシステムに勤めるホノカの姿が当たり前過ぎて、むしろルナの思う当たり前が想像つかなかった。

 とはいえ成績優秀なホノカを知っていれば、どんな一面があってもおかしくないとカムイは思った。


心災中枢ペインアイへの対処や情報処理は他の職員よりもずば抜けてる。第六感センスさえ持ってりゃ特務隊に入っててもおかしくなかったよ。羨ましい限りだ」


 そう言うカムイは『氾濫分子ハイドロリヴォルト』という水を操る第六感シックスセンスを保有していたが、他にも持つべき技術が足りていない自覚があった。

 目標のためにはもっと鍛錬が必要だ、とカムイは己を顧みる。


「めっちゃ褒めるじゃん。そこまで仲良くないのかと思ってた」

「悪くはない。実力も認めてる。同期だしな」

「同期って、いつから?」

「だいたい八年前だな」

「うそ、『快晴の大洪水』のすぐあとからってこと!? ホノちゃんも関わってたの!?」

「いや、ホノカはほぼ関係ないだろ。詳しいことは知らねえし俺より本人に訊いた方がいいだろな」

「へぇー……ホノちゃんまだまだ謎が多いなぁ……」


 そう言いながらルナは救助訓練用人形を拘束したままだったキヅタに触れる。蔓の内側の成長を促すことで締まりを緩め、人形の拘束を解いた。


「おい、使うときはちゃんと言えっつったろ」


ルナが第六感シックスセンスの名前を言わずに使ったことをカムイは咎めた。


「あー、また忘れた」


 と、ルナは首を傾げて再び人形を拘束し、「『全緑疾草オールグリーン』」と呟き直してまた拘束を解く。


「言え言えって言うけどさ、使う時に第六感シックスセンス言うのって絶対にいる? や、言わないより言った方が『使う』って意識がはっきりしてやりやすいのは確かなんだけど」


 使うだけなら口に出すことは必須ではないというのに何故なのか、と言外にルナは主張した。

 当然の疑問だろう、とカムイは腕を組む。


「必要だ。俺もそう叩き込まれた。一人で使う分には必要ないんだろうが心災防衛サイカは基本チームで動くからな」

「ん? チームだと口に出す必要があるってこと? なんで?」

「『今から使うぞ』って味方に言ってんだよ。警察や軍隊がやること全部口に出すのと同じだ」

「『確保!』とか『クリア!』みたいなやつで合ってる?」

「合ってる。映画とかで見た覚えあるだろ? 武器使うときに安全点検も口に出してるだろ?」


 ルナは上を見上げて記憶を探る様子を見せたが、どこか納得のいかない顔をしていた。


「それってそんなに真似まねする意味ある?」

「組織立って動くとこは連携の意思表示が要るんだよ。間違って二人いっぺんに動いたりしなくなるし有効でない場合はストップをかけられる。それに一番の理由は口に出して確認すれば、『勝手な行動をした』と責められる心配がなくなることだな」


 へええ、とルナはそれを聞いて頷く。納得できるだけの理由を聞かされ腑に落ちたようだった。


「責任問題になることもあるのかぁ……そりゃ守らなきゃだね」

「……あと、これは先輩からの受け売りなんだが」

「なに?」


 まだ理由があるの? とルナは首を傾げる。


「ここぞって時に叫ぶと気合が入る」

「……ぷっ」

「おい、なに笑ってんだ!」

「だって〜、ふふっ、なんか気合とか柄じゃなさそうなのに真面目な顔して言うんだもん!」


 更に細かく煩雑な理由を聞かされると思っていた分、反動で余計に笑えたようだった。

 本気で理由の一つとして話していたカムイは少しむっとする。


「あのなあ、これを言った先輩は心災防衛サイカで一番の実力者なんだからな? 真面目に覚えておけよ」


 はぁいはい、と気の無い返事をするルナだったが、その後は忘れずに第六感シックスセンスを唱えながら訓練に臨んだ。そのため、それならそれでいいかとカムイは思ったのだった。


「今日はこれくらいにしておくか」


 捕縛訓練を続け、時計が風見ヶ丘(かざみがおか)高校の部活終了時刻を過ぎたくらいを指すのに気付いて、カムイはルナに声をかける。

 ルナの方は集中をしていたようで不満を顔に出した。


「えー、今割と調子いいんだけど」

「明日も来りゃいいだろ。一気に使えるようになるのも悪かねぇけどやれるなら毎日使った方がいい」

「なら今が一気にやり時だと思うんだけど?」

「ハイになってるから分からねぇんだろうけど第六感センスは体力より精神力を使うんだ。いざって時にクラクラされてちゃ困るんだよ」

「ふーん、そういうもの?」

「そういうもんだ。第六感センスはまんま感覚に頼りきりだからな。だから反復練習の方が大事なんだよ」


 どうすればルナを納得させられるか、カムイは伝わりやすい喩えを思案した。


「あー、ほら、はしや鉛筆は初めてじゃ上手く使えなくても毎日握ってりゃ勝手に上達しただろ? そんな感じだ。そうすりゃそのうち手を伸ばすのも植物を伸ばすのも同じ感覚になるだろよ」


 箸も鉛筆も水も今じゃ手の延長だ、とカムイは付け加え、自身も「『氾濫分子ハイドロリヴォルト』」と唱えると指先に水の球を作って見せた。

 それを聞いてルナは自分の手とキヅタを見比べ、ぞくりと背中を震わせた。


「ねえ、カムイ。じゃあ毎日使ったら植物と体が融合したり……っていうのもありえる?」


 そうなる姿を想像でもしたのだろうか。カムイにはそれがどういう状態なのかすぐには想像つかず、返答に詰まる。


「……まあ『やれる』って思ったことは大抵できるのが第六感シックスセンスだからな。本人次第としか言えねぇ。逆に無理って思ったことはできねぇよ」


 初期暴走の心的決壊災害を起こし、その後に第六感シックスセンスを使う感覚を思い出せず消失扱いされる心災中枢ペインアイをカムイは何人も見てきた。

 物質に関わる能力は目に見える物がある分使い方を想像しやすい。精神に関わる能力は心災を起こした時の精神状態に戻れずに暫定的に消失する。

 第六感シックスセンスをものにするためには、五感を総動員した『やれる』という感覚が何より重要であることを、カムイはよく理解している。


「そっか。まあ大先輩がそう言うんだし、話してたらなんか疲れたような気もしてきたし。今日はこれで終わろっかな」


 ぐっ、とルナは伸びをした。植物や種を構える時に自然と前屈みになることが多かったため、背中の筋肉が張っていたのだろう。

 体をほぐすルナを見ながらカムイは今日の訓練量を思い、自分でも意外なくらい彼女を頼もしく思った。


「今週訓練続けりゃそれなりの練度になりそうだしな。頼むぞ、次の任務でチームになるんだからな」

「いつか班を組むかもって昨日言ったばかりなのに早くない?」

「そういうこともある。なんせ人手不足だからな。それに決めたのは俺じゃなくて……」


 そうカムイが言いかけたときだった。

 バンッ、と大きな音を立てて訓練室の扉が開いた。

 音に驚いた二人の視線は扉に釘付けになる。

 

「やあやあ! 訓練お疲れ様だね! ああっ!? ルナちゃん! 君がルナちゃんで合ってるかな!?」


 そして現れたのは白衣──ではなくロング丈の白いカーディガンを羽織り、高い身長をヒールで更に強調したミディアムヘアの女性だった。

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