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Sixth-sense of Wonder / シックスセンス・オブ・ワンダー  作者: 沃懸濾過 / いかく・ろか
第2章 - 相続会議リセット現象
11/45

第1幕 - 匠イリアの相談

 それは『大穴の上半身』が解決された翌日のこと。


 昼休みということもあって教室内の生徒はまばらで、学食に向かう者や集まってお弁当を広げる者などが入り乱れていた。

 湊辺みなとべカムイが座っているのは窓際から二列目の後ろから二番目。日光が程よく届き、午後の授業で眠くなることが容易に想像できる席だ。

 周囲の例に漏れず、カムイもまた購買の惣菜パンの袋を開けようとしていた。


 していたのだが。

 ここが学校であることに油断していた所為か、はたまた空腹に気を取られてか。

 パンを持つ手に自分以外の影が落ちるまで、近付かれていることに気が付かなかった。


 ガタン、と椅子が鳴る。

 誰が、どうして、と考えるより先に影の主を視界に入れて立ち上がっていた。


 そこいたのは、カムイと同じ制服を着て、同じ学年バッジをつけて、そして上から覗き込む、短髪の男。

 見慣れた顔とは言えないが、知らない顔ではない。


「なんで……」


 よりによって、自分のところに。

 面倒な事になった、とつい顔に出そうになるが、眼鏡を上げてカムイは誤魔化した。


 目の前にいる彼は先日、カムイの任務に居合わせてしまったたくみイリアだった。

 ホノカの判断で、イリアの口止めは十分されたという事になったはず。加えてルナが言うには、優しい彼(・・・・)なら多少無理に隠したとしても深入りをしてこないだろう、と。


「あの、昨日のことで話が──」


 聞こえてきた言葉が、カムイを現実に引き戻した。


「場所を変えよう」


 咄嗟に出た言葉としては、なかなか建設的な提案ができたのではないだろうか。

 イリアが難しい顔をしたまま黙っていたものだから、ついこちらの思考が別のことに流れてしまっていた。


 周りを見れば、突然現れた教室の異物に視線が集まっている。このまま全ての話を聞かれてしまっては、カムイには言い逃れのできない責任が降りかかることだろう。

 そんなのは真っ平御免である。


 カムイは机上に放り出されていた惣菜パンを拾い、「行くぞ」とイリアに小さく声をかけた。

 窓の外の揺れる木々を一瞥し、椅子にかけていたブレザーを掴んで廊下へと向かった。




 歩みを止めたカムイは、渡り廊下でイリアを振り返った。

 二階の北校舎と別館を繋ぐ重要な通路ではあるが、夏は暑く、残りの季節は寒い。

 今は春だ。陽があっても風がよく通り、もれなく寒い。

 目論見通り、こんな場所で好き好んで昼食を摂るような生徒はいなかった。聞かれたくない話をするにはもってこいである。


「それで、何の話だって?」


 二の腕をさすり、寒いから早く話を済ませろと暗に要求した。

 食いっぱぐれるのは嫌だと持ってきてしまったパンが少しだけ邪魔に感じられる。


 そもそも昼食の心配は他の理由で回避されることになる。カムイはこれから短時間で教室に戻れるように、イリアとの対話を進めなければならない。

 長く話すわけにはいかない。真実を隠し、嘘を並べるにも限界がある。話し過ぎて、ボロを出しても駄目だ。


「昨日の、モグラ男について」


 イリアの重い口がやっと開いて、出てきたのがこの爆弾。これは、全力の誤魔化しが要求される流れだと確信した。

 昨日の今日であることを鑑みれば、彼は『大穴の上半身』がただの不審者騒ぎではないと勘付いている。


 まずは誤魔化す。

 納得してもらえなければ、再度固く口止めをする。

 それでもだめなら、その先の結果は情報漏洩という失態だ。


 イリアには認識を改めてもらわねばならない。『大穴の上半身』は生徒の噂話に尾鰭がついたものであり、グラウンドで見たのは普通の(・・・)不審人物であった、と。


 頭の中に筋書きを用意し、カムイは口を開いた。


「あの不審者のその後が気になってたってか? そいつならすぐ警察が来て捕まえていったよ。もうグラウンドに現れることもないだろう。あんたが心配することは、何もない」


 イリアに口は挟ませない。言葉にして疑問を確信してしまう前に、こちらが先回りして質問を潰す。そう心掛けて話していた。

 ただ、どうしても納得できなかった事がカムイの胸の内をのたうち回り、その欠片かけらが質問として発露される。


「っていうかあんた、ホノカとクラスメイトだろ? あいつがぴんぴんしてるんだから、結局何事もなかったってわからないか?」


 なぜ自分の教室でホノカに聞かなかったのか。旧知の仲であるらしいルナにだって聞けたはずだ。

 二人と同じ現場にいただけの、ただの同級生で、ほとんど初対面とも言えるカムイに話を持ち込むことになったのは、一体どういうことなのか。


「西陽さんは……確かに普段通り笑顔ではあったけど、なんて言うか」


 その時の光景を思い出しているのか、イリアの目が少しだけ逸れて、直ぐにこちらに戻ってきた。


「そう、その……話しかけるなって雰囲気を感じて、詳しいことが聞けなかった」


 鉄壁のホノカ。言わないと決めたら尻尾さえ出さないだろう彼女の姿が目に浮かんだ。


「なら、あんたと一緒にいたもう一人の方は?」


 カムイは別の取り得た選択肢を挙げた。即ちルナの事ではあるのだが、あえて名前は出さないでおく。


「ちょっと今は、話しかけづらくて……」


 消去法の末、白羽のダーツが飛ぶ先の板にはカムイしか書かれていなかった、と。

 納得、するしかないのだろう。

 荒唐無稽なオカルト話を振る相手として自分を選んだ思考については、未だ理解に苦しむけれど。何せ高校の入学式から半月、話したことすら無かったのだ。


 イリアの中のルナに対する罪悪感は、『モグラ男』が現実であったことを彼に刻みつけている。

 一方で、無かったことにしたい素振りを見せるホノカの様子が、何かが隠されていることを確信させる。


 彼女達の様子も含めて、彼の見たもの全てを封殺できる魔法の一手は存在しない。

 こうなれば次に採るべきは口止めだ。ホノカやルナから聞いたイリアの特性を使わせてもらうことにする。


「問題事には関わりたがらないって聞いていたんだが。危ない橋だよなぁ? 学校に出た不審者について探るなんて」


 ちらつかせるのは、彼が学費免除の特待生制度を使っているという事実だ。


「待って、違う! そういうのじゃない!」


 あまりの必死の形相に、仕掛けた側であるカムイが面食らってしまう。

 非日常に首を突っ込んでいるという自覚が、彼を不安にさせているようだった。


「じゃあ、何なんだよ」


 煽るような言い方は改めることにして、少々トーンを落として尋ねる。

 するとイリアは小さく息を吐き出して答えた。


「本当は、昨日のことはもういいんだ、この際」


 握っていた惣菜パンの袋が弾けた。

 力を入れたことにより放たれた空気と共に、こうしてああしてと考えていた説得の手順も吹き飛ぶ。


「は?」


 ならば何を目的に、彼はこの話を持ち出したと言うのか。


 袋が弾けたことに驚いて気を取られていたのか、イリアは一拍置いてからカムイの聞き返しに答えた。


「湊辺くんや西陽さんが昨日みたいな、そういう……おかしな現象を調べていたり、しないかなって」

「どういう意味だ。その、そうであって欲しい、みたいな言い方は」


 掌がじわりと汗ばむ。

 目を少しだけ伏せたイリアが、今までより少しだけ気味悪く感じた。


「そう思ったのなら、その通りだよ。不思議な話を集めていたり……、解決・・していたりしないかな、って」

「言ってる意味が分からないな。グラウンドで不審者を見つけたのはたまたまだ」


 もはや反射のように否定していた。こんな稚拙な返し、隠していることをバラしている。


「だから、もしそうなら……」


 イリアはそこで言葉を切った。

 一体何を言おうとしている?


 『心的決壊災害』や『第六感シックスセンス』の情報は、社会の混乱を防ぐために詳細を伏せられている。当然、心災防衛サイカシステムは関係者以外に秘匿される存在だ。

 例えば彼もまた、そんな秘密の組織に属しているのだとしたら?

 例えばそれが、心災防衛サイカシステムと理念を違える集団だとしたら?

 

「もし湊辺くん達が、そういう不可解な話を解明しているのだとしたら……僕からの相談も、聞いてもらえないかと思って」

「……ん?」


 何かが違うなと感じたところで、それがそのまま声に出る。


「僕の実家で起きている、おかしな現象をなんとか解決して欲しいんだ」


 カムイはただ、出せるだけの空気を出し切って溜息を吐くしかなかった。

 思わせぶりな溜めをしやがって、と毒付くのは心の内だけに留めておく。イリアは迷っていただけなのだ。相談しても良いのか否か、それだけを。


「もういい。分かった、話せ」


 バリィッ、と遠慮のない音を立てて、カムイは袋に空いてしまった穴を広げた。机も椅子もここには無いため、壁に体重を預けてもそもそと咀嚼を始める。

 空気が逃げた時に圧縮された部分もあったが、立ったまま食べる分には粉が落ちにくくなって良いだろうと、現実逃避のような思考が駆け抜けていった。イリアがそういう立場をとるのなら、余裕を見せつけた方がいくらか良い。


 少しだけ戸惑った様子を見せた後にイリアは語り始めた。


「僕の母の実家、家長の相続で今ちょっと揉めてるんだけど……」


 今度は一体何の話だと、パンを床に叩きつけたくなるが、もう袋の口は開いている。そんなことをしては昼食が無くなってしまうので、大人しく続きを聞くことにした。

 話があっちこっちへ行って先が見えず、話をこのまま続ける面倒臭さと呆れが募った。


「話し合いをしていた時間が、無かったことになるんだ」

「……へえ、それで?」


 カムイは更なる説明を求めた。

 おかしな現象と一口に言ったところで、第六感シックスセンスが関わっているかは判断がつけられない。


「話し合いはちゃんとまとまるのに……それが、話し合った出来事が無かったことになる。おかしいと思わない?」

「はあ。それ、弁護士には相談したか?」

「とっくの昔に。税理士と、司法書士にまで来てもらってる」


 言われるまでも無い、とイリアの疲れた顔が語っていた。


 専門家を複数呼んで対応するような規模の遺産と、カムイの耳にも入っている彼の家庭の経済状況が、素直に繋がると思えなかった。

 話し合いがまとまらない訳ではないところを見ると、関係者同士が全員互いを敵だと思っているのとも違う。それでもなお、イリアは学費免除の制度を使えている。

 外部からでは理解しがたい闇が見え隠れしているように思えた。


 しかし、カムイが関わろうとしているのはその方向ではない。どんなしこりを残そうと、まとまった結論が霧散するのを防ぐだけだ。


「無かったことになる、ってのは、よくある比喩ではないんだな? 話し合いのやり直しを要求されるとかでもなく」


 カムイが念押しの確認をすると、イリアは確信を持った目で頷いた。


「壁越しに話を聞いてると、分配や次の家長が決まったって時に部屋の中が一瞬だけ静かになるんだ。それからまた同じ話し合いを一から始める」

「なんだそれは。それだけ聞くとアホみたいだぞ」


 既に親戚同士のいがみ合いと呼べる域を出ている。そんな茶番を繰り広げて、逆に死ぬほど仲が良いのでは、などと何の得にもならない感想を抱いた。


「全部真面目な話だよ。リセットした後は、また同じ時間だけ話し合いが続いて、日付が変わりそうになるとようやく皆が部屋から出てくる」


 カムイは明らかにすべき点を洗い出そうと、腕を組んで唸った。情報の整理をしつつ、心災防衛サイカシステムに一つの案件として救助要請を出すための確定要素を探す。


「話し合いをしていた人たちに異常は?」

「母にも叔父にも訊いたけど、『決めるには時間が足りなかった』って言ってた。それが先週の休みだけで三回」

「あー……」


 ここでイリア一人の雑感を聞いているだけでは二進にっち三進さっちもいかない。現場に立ち会うとか、話し合いの参加者に直接話を聞くとか。進展の望める手段はいくつか思い付くけれど。


 ああ、こういうのはホノカの仕事なのでは無かったか。


 つい思考が逸れて、笑顔で全てを跳ね除けたらしい同僚の姿を思い浮かべた。


「……困ってるんだ、皆。母も、実家はあまり居心地が良く無いみたいで。でもこんなこと、誰に相談したらいいかわからなくて」


 その横ではイリアが語り続けていた。カムイが未だ引き受けることを明言しないため、説得しなければと試行錯誤しているのだろう。

 カムイが欲しているのは、それとはまた違う情報だったのだが。


「だけど昨日、湊辺くん達が話しているのを聞いた。それで、君になら頼れるかもって思ったんだ」


 イリアは真剣な顔をしてそう言った。


「湊辺くん達は、そういうもの(・・・・・・)のことを知っている。そうでしょう?」

「それで、藁にもすがる思いで、ってか」


 イリアの縋った藁は、彼が思うよりもずっと頼りになるものだ。

 それを証明するすべが、カムイにはある。


「信じてやるよ、その話」

「ほ、本当?」


 あまりにも軽い調子で言ったからか、イリアは期待の眼差しを向けながらも、疑問形で聴き直していた。


「ただし解決できるかどうかは、調べてみないとわからない」


 イリアはおとなしく聞いている。

 絶対に解決できると約束できないことは、彼も良くわかっているようだった。


「つうわけで、あんたの実家に調査に行くとするなら泊まりになるだろ。できれば空き部屋を用意しておいてくれ。始めるなら今週末の土曜日……明後日だな。可能か?」

「え? うん。母に聞いてみないといけないけど、多分大丈夫」


 流石、プロを呼んでなお揉めるほどの遺産を取り合う家。空き部屋を提供することなど造作もないようである。


「決まりだな」


 かくして、御築家への出張任務が決まった。

 掛け合った結果、たとえ心災防衛サイカシステムからのバックアップがなくとも、『友人の家に遊びに行く』だけなのだ。なんてことはない。


 心災防衛サイカシステムの情報網に掛からなかった第六感シックスセンスの情報を持ち帰ることができれば、それは一つの成果となる。



 一つ、カムイにとって想定外だったことと言えば、『壱岐宮ゆきのみやルナのおり』まで任されたことだった。

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