序幕 - 或る村の昔のお話
ひどく貧しく、冷たい村だった。
その村は高原に位置し、閉鎖的で、外部から人が来ることは滅多になく、細々とした農業でなんとか成り立っていた。けれど村の権力者は得られた利益を牛耳り、私腹を肥やしていたため村全体が豊かになることはなかった。
ある者は自分たちの生活が苦しいままなのは村の権力者、御築家の所為であるとした。その考え自体は間違いではなかったが──石を投げられたのは御築家の一人の男児であった。
御築家という家そのものに逆らえば自分たちの立場も危うい。けれど御築家は女系の一族だった──だから、抵抗のできない家の男児を不満の捌け口としたのだ。
次第にそれらの行為は激化していき──御築家の男児は疎まれ、嫌われ、貶められ、差別の対象となった。
『我々の生活が貧しいままなのは御築の男のせいだ』
『全ての原因は御築の男にある』
そんな考えは広くはない村に瞬く間に伝播し、取り憑かれた。
『御築の男は危険だ』
『あいつらは人間じゃない』
『呪われているんだ。関わるな。呪われるぞ』
次第に村全体どころか──御築家の者でさえそう思うようになったのだ。御築に生まれた男たちは忌子として、家の中でも迫害の的にされた。
生まれた男が一身に村全ての不満を背負いさえすれば、家全体に被害が及ぶことはない。どころか御築は絶頂であり続けられる。
『悪』の矛先さえいれば、村は平和でいられると、本気でそう考えたのだ。
人々はそれを『必要悪』だと、決してなくなるべきでないものだと思っている──思い込んでいる。そう思わなければやっていられなかった。
悪も呪いも周囲の方だ。
御築の男たちは人間らしさを奪われ、蔑視され、危険視され、そして現実に被害を出せばそれこそ呪いと看做され、呪われ、呪い、死んだ方がましだと──死へと追い詰められた。
それが当たり前になり──染み付いた悪習は何十年何百年と消えることはなく、狭い村の中で続いていた。
「兄さん、二人とも、もうここから出よう。ここはおかしい」
御築家の長女だった彼女は二人の兄にそう話した。けれどその村を出て行くことができたのは、結局彼女だけだった。
しかし十数年後、彼女は再びこの村に帰ってくることになる。熱く熱を帯びた、災厄の因子を引き連れて。