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28話

お待たせしました

28話




「すまない。少々準備に時間がかかった」

「……準備、ですか?」


 私が首を傾げながら訊くと、カリスさんはああと言って、手に持った杖をこちらに見せてきました。


 見た感じでは何の変哲も無いただの杖。

 しかし〈魔力視〉を用いて見てみると、それにはとてつもない量の魔力が込められていました。

 その量は私が保有しているMPの10倍以上。これさえあればどんな魔法でも連発して使えそうです。


 ……もしかしてカリスさんが言っていた「馬車」とは、これのことなのでしょうか?


「いったいこれは……?」

「ああ。これは私たちのいう馬車––【月猫族】の里へと繋がる"扉"を作ることができる杖だ」


 そう言うとカリスさんは杖でトンッと地面をつき、ボソボソと呪文のようなものを唱えました。


 あれ、街の中での魔法の行使は御法度ではなかったでしょうか。

 ……いや、今はそんなこと気にしている場合ではないですね。

 きっとカリスさんは街の中でも魔法を行使していい権限でも持っているのでしょう。


 そんなことを考えながら、カリスさんの詠唱を聴いていると––彼の持つ杖を中心に、半径50センチメートルほどの青く発光している魔法陣が現れました。


「これは、私が許可したもののみが通ることが出来る空間移動の魔法陣。行き先はわが故郷、【月猫族の郷】だ」

「空間移動……ですか」


 名前から察するに、【空間魔法】で得られる魔法ですかね?

 ということはつまり、私も【空間魔法】のレベルを上げれば使えるようになりそうです。

 いやあ、俄然楽しみになってきましたね。


「それでは早速向かうぞ。私が先に行くから、後に続いて魔法陣に乗ってくれ」


 それだけ言うと、カリスさんは魔法陣に足を踏み込み、この場から瞬時に消え去りました。

 私も言われた通り、魔法陣へと足を踏み込みました。



 ––転移をした先で、私の目の前に広がったのはとてつもなく大きな湖でした。

 夜を淡く照らす月の光を反射して、キラキラと輝いています。


 そしてそれの傍には、ゆらゆらと風に揺られながら黄金色に輝く小麦畑があり、その広大さはひと目見ただけでは把握しきれないほどで、思わず目を見張ってしまいました。


 それにしても、先ほどまではまだ日中だったはずですが……。

 いったいどれほどの距離を転移したんですかね?


「ふっ、驚いたか?ここはな、月猫族の為だけに作られた異空間なんだ。だから陽は昇らないし、月は沈まない」

「……凄いですね。ってあれ、日が昇らないならなぜあの麦は育って……?」

「ああ。あれは月麦と言ってな、月の光を浴びて育つんだ。というかここにある作物は全て月の光を浴びて育つな」


 おお、流石ゲームの世界……とでも言うべきでしょうか。

 そんなものがあるなんてビックリです。


 ……ゲーム脳で考えると、月の光を浴びて育った作物ってレアリティが高そうですね。

少しくらい頂いていっても大丈夫ですかね?


「……欲しければうちの郷長に相談してくれ。農産物に関しての権限は残念ながら私にはないんだ」


 それならば是非とも相談しないとですね。

 ……まあ、月猫族のお姫さまさえ救うことができれば、きっと交渉せずとももらえるでしょう。


 そんなうきうきとした様子の私を、カリスさんは不思議そうに見つめてきました。


 ……きっと彼らにとって月麦はとても身近なもので、別に特別なものとは思っていないんでしょう。

 だから私がそんなものにうきうきしているのが、不思議で仕方がないんだと思います。


 カリスさんはふむと呟いて目を細めたあと、視線を私から外して湖の方へ向けました。


「––さて、郷はこの湖の中にある。準備はいいか?」


 ……なるほど。この湖も転移魔法陣の一種か何かなんですね。湖はカモフラージュですか。

 それにしても、ものすごく厳重な守りですね……。

 そうまでしなければならなかった理由があるんでしょうか?

 まあ、あったとしてもきっとそれは地雷でしょうし、聞きませんが。


「ええ、準備は万端です。行きましょう」 


 どうせこの中に飛び込めと言うのは、充分に予想できます。

 そういうわけなので私は目をギュッとつむり、湖の中に––


「え、ちょっとアヤさ––」

「えっ?」


 カリスさんの静止の声のおかげで、私はなんとか踏みとどまることができました。

 ……足先はずぶ濡れになりましたが。


「……ここには月猫族が先導しなければ入れないんだ。もしも先導者がいなければ、これはただの湖でしかないんだ」

「……わかりました」


 先に行って欲しかった––などとは言いません。私が早とちりしたのが原因ですし。


 しかし、足先が濡れて気持ち悪いですね……。

 一応替えの靴もありますし、はきかえますか––と思っていると、頭の上に乗っていたコキュートスが突然そこから飛び降り、私の足先に触れました。

 するとどうでしょう。ずぶ濡れだった足先が、一瞬にして乾いたのです。


「ありがとうございます。コキュートス」


 そう言いながら頭を撫でると、コキュートスは嬉しそうに目を細めました。


 カリスさんはそんな私たちの様子を見て、何故かふふっと笑みをこぼしていました。


「じゃあ、行くぞ?私の後についてきてくれ」

「わかりました」


 私の返事を聴くと、カリスさんは一切の迷いなく湖の中へと身を投じました。


「……また濡れたら勘弁ですよ……」


 ええいままよと、私もカリスさんに続いて湖の中に身を投じました。





「––ようこそ、我らが郷“金月郷"へ」


 そんな私を歓迎する言葉と同時に、視界いっぱいに広がったのは、綺麗に切り出され、丁寧に積み上げられたたくさんの岩––つまり石垣でした。

 顔を上げてみると、そこにあったのはとても大きな和風の城。


 おそらくですが大阪城をモチーフにしているのでしょう。

 そのてっぺんには、大きなシャチホコが設置されています。


 ここも陽は出ておらず、空には月が顔を出していて、それを背にしてそびえ立つこのお城はとても風情があるなぁ、と感じました。

 これのデザインに関わった人とは話が合いそうです。


「ふふ、綺麗だろう?あそこは、我らが王がお住まいになられている城だ。……姫も、あの城におられる」

「ふむ……」


 カリスさんの言う通り、お姫様があのお城にいるのならば、【黒侵病】は感染症の類ではないということですね。

 そうなると考えられるのは、"呪詛か"状態異常"か、はたまた未知の"なにか"か……。

 【回復魔法】で治癒できるといいんですが……。


 ––ふと、視線を感じたため、私は後ろを振り返りました。

 しかし私に視線を向けてきたであろう人物は、どこにも見受けられませんでした。


 というか、そんなことより––


「……お城は和風チックなのに、なぜ住宅は洋風なんでしょう」


 そう。私が振り返った先に広がっていたのは、人が住んでいるであろう住宅街。

 お城が和風チックだったので、住宅もそうではないかと思っていましたが、まさかの正反対だったようです。


「なにかあったか?アヤさん」

「いえ……、少し視線を感じたので」


 十中八九この郷の住人さんでしょうけど……、自分たち以外の種族がこの郷にいるのが珍しいんでしょうか?


「ああ。察しの通りここにいる者の大半は外に出たことがない。だから外の人間に興味津々なんだ。……不快にさせたなら申し訳ない」


 申し訳なさそうに言ってくるカリスさんに、私は大丈夫ですよと苦笑しながら、再び視線感じた場所へと視線を向けます。


 そこは民家らしき建物の物陰。そこからゆらりゆらりと揺れる、金色の光を帯びた細長い尻尾が姿を見せていました。

 ……それも一つだけではなく、たくさん。というかよく見たら、他の民家の物陰からも尻尾がはみ出しています。


 頭隠して尻隠さずとは、まさにこのことを言うのでしょうか。

 いやこの場合は、頭隠して尻尾隠さず、でしょうか。

 ……なんだか、コキュートスを見ている時と同じような気持ちになりますね。


 私は心の中に浮かんできた、なんだかよくわからないモヤッとしたものを振り払い、カリスさんの方へと視線を戻す。

 そこには、右手で目の縁を押さえて恥ずかしそうに俯いているカリスさんがいました。


 えっと、なんというか……。どんまいです?






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