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有限は多少を語りだす  作者: 向日雪音
2/2

とある司祭の憂鬱

こんばんちは、向日です!

本日はこちら、サイドストーリーの更新になります!

スポットライトに当たるのは〝ヨハンナ・クロード〟という、本編の『信仰』にて登場するシャルロットの恩人の御話です!

この人が普段どんなことを考えているのか、またはどんな経緯があってシャルロットとの存在があるのか必見ですよ!と、宣伝してみます。

それでは、またあとがきにでもお会いしましょう!



「――して、信ずる心は昇華や探求、自らの道標となるでしょう」



 精緻に建てられた歴史ある教会の中、一人の女性の声が反芻します。

〝ヨハンナ・クロード〟

 それが私の名前。

 本日は地方の教会にて教えを説く――要するに営業中です。

 数多くの〝神仰派〟の信者が私の講演に参列頂いている御様子で、老若男女が平均的に着席しています。

 あっ……〝神仰派〟と言うのは、私が説いている教えの宗派です。しかし、本日御参列頂いているお客様は多分、それ以外の宗派も混じっていると思います。

 現に今も講演中ですが、首を横振りする人も居れば、恰好からして別の宗派と分かる人物もいらっしゃいますが、それは造作もない問題です。

 なにせ、皆に教え広めるのが私の使命。

 反面教師として勤勉に努めているのなら僥倖です。

 私も自らの信ずる宗派の教え、その魅力の伝導を果たさねば。

 そんな思い抱いて、今日も思いの丈を話すのです。



     ◇◇◇



 講演が終わり村の長からの歓待を受けると、宿の代わりに貸して頂いた一室で私は重い肩の荷を下ろした。


「ふぅ」


 本日の講演は九十分を一回だけ、普段なら他の村や町への移動をしている最中でしょう、他の講演の兼ね合いにより時間を無駄にせず、効率的に人を動かしたい教会側の思惑もあるのでしょう。

 しかし、翌日が休日という点も相まって、珍しく御厚意に甘えてしまいました。

 ふかふかのベッドにテーブルと椅子が一つずつ、近代的なテレビや電子ケトルも備え付けられており、ホテルさながらのお部屋を借りてしまい、何とお礼を申し上げればいいか分からないぐらいです。

村を出る時はチップを置いて出立しましょう。

 ですが、折角の御厚意。

 享受するのも恩返しと思います。

 折角用意して貰ったものを無下に出来ないですし、利用に価値が付与されて、村の方に喜んでもらえるのなら……なんて考える訳です。

 シャルロットには「いつも考え過ぎ」だとか「厚意には好意で返しなさい」と、お叱りをよく受けますが、職業柄素直には受け応えが出来ないのが現実。

 聖職者と言うのも、中々に困りものです。

 レッテルに縛られ行動が制限されるのは当然、私は〝神仰派〟という名を背負って業務を執行する者ですから、世間の目も厳しいです。

 聖職者の癖に、聖職者がする事か、等々批判も多いですからね。

 広く見聞される宗派故に、背負う責務が大きいだけとも取れますけどね。

 さぁ、面倒な思考はここまでにしましょう。


「よし」


 私は仕事モードのスイッチを頭の中でオフにし、プライベートの頭に切り替えます。えぇ、切り替えも大事です。

 節度を守り、尚且つ余暇を有意義に過ごすのは職を持つ者の特権。

 羽目を外し過ぎるのはよくないですが、本日は外し過ぎるかもしれない重要案件が一つ。

 そう、ここは美味しいチーズの名産地なのです。

 欧州の中でも、特に……そう、特に有名なお店が在ると聞きつけ、表情では悟られぬよう心をウキウキさせておりました!

 早速、備え付けのシャワーを浴びて、お店に直行しましょう。

 意気込み十分に服を脱ごうとした、その時です。


「んっ?」


 不思議と誰かの視線を感じました。

 悪意はありませんが気にはなりますので、服を脱いで窓の方へと視線を送ります。すると、


「ひゃっ」


 小さな悲鳴が聞こえ、黒っぽいシルエットが奥の森へとスタコラサッサ。一目散に消えてしまいました。もしかして、私のストーカーでしょうか?

 いえ、でも自意識過剰になるのもよくないです。


「うぅ~ん?」


 首を捻り思惟に耽ってみるも、最近過激な信仰者と多く会っているので、特に危機管理は入念にしておきたいとも思えるのです。

 悪なる善も在れば、善なる悪もまた然り。

 この目で確かめないと、判断材料に欠けるのも事実。


「とりあえず、シャワーを浴びましょうか」


 それでも律儀に順序を守り行動する私は、存外柔軟性に欠けていると指摘を受けても反論出来ないと思いました。




 数十分後、シャワーから出て私服に着替えて準備は万全。

 デニム生地のショートパンツに白いTシャツ、不思議なロゴが刺繍されていて、なかなかファンキーです。その上からを落ち着いた黄土色のカーディガンを羽織り、黒いキャスケットを被れば……普段は司祭、私生活は夢見る大学生風味な少女の爆誕です。

 部屋に設置された鏡に映される自身の姿に、


「うん、それじゃ行きましょうか」


 納得の頷きをすると、早速村長様に一言お声を掛ける為に移動開始。

 部屋を出て赤い絨毯の敷かれた廊下を進んでいき、右往左往と迷いに迷って何とか辿り着いた村長の部屋に数回ノックの後に、


「すみません、ヨハンナです」


 お声掛け、すると中から「はい」と厳かな雰囲気の声色を持った御老人が扉を開けて、顔を出します。

 落ち着いた茶色や黒でまとめた格好で登場した、白いお髭が立派。

 本日お招き頂いた挙句、部屋の一室までお貸し下さった太っ腹な村長さんです。

 私は扉から少し離れキャスケットを外し、両手で持つと深々と頭を下げました。何事かと思った村長さんからは「おやおや」と不思議そうな御様子でしたので、


「本日は村長さんの一室をお借り頂きありがとうございます、

 改めてお礼と共に少し散歩と村のお店で昼食を頂こうと思います」


 丁寧に外出の旨を伝えます。

 顎下の白いお髭に手をやりくしゃりと笑みを浮かべると、微笑して、


「かしこまって礼なんて、とんでもないですよ。

 可愛らしい恰好でわざわざこんな御老体に挨拶なんて、

 村の若い者が聞いたら羨ましがりそうですな」


 続けて冗談交じりのトークをお返しみたいですね。

 多少ラフな格好で来てしまったと、ノックした際には後悔しましたが裏目と出なくて内心ホッと一安心です。


「私こそプライベートな格好ではと思い、

 一度は思い直してみたのですが、

 司祭の恰好で村を歩き回るのも少々村の空気から浮くかと思い、

 不安はあったのですが敢えて私服の方がと思いまして」


「うむうむ、確かに司祭様が教会で人を説く時と同じ〝あの恰好〟で、

 ラクレットチーズに目を奪われている姿なんて、

 儂も想像出来なかった故、こうして私服で来てくれて嬉しい限りです」


 おや、だいぶと好感を抱いてもらえているようで何よりですね。

 それと何故、私がラクレットチーズに目を奪われていると気付いているのでしょう。エスパーですか、いえ……冗談です。村に入る前、真っ先にこの村の特産品を聞いたのは私ですからね。

聖職者とは言え、食欲には目を瞑って頂きたいものです。




 村長さんと立ち話すること数十分、我に返った様子で、


「はっ、司祭様との会話が弾んでしまい、

 プライベートな時間を奪ってしまいました。

 申し訳ございませんな」


 やってしまったと表情を浮かべる村長さんですが、私は横に顔を振ります。


「いえ、村長様のお茶目なトークに私もつい調子付いてしまいました。

 また夜にでも、お聞かせ頂けないでしょうか?」


 やんわりと今はプライベートに時間を過ごしたい旨と、やっぱり多少の時間でも交わした有意義で楽しい時間を改めたい旨、その二つを込めた言葉に、


「えぇえぇ、いいですとも。

 こんな老人の言葉であればいつでもお付き合い致しましょう」


 満足げな表情を返答する村長さんは、なんて優しい気質の持ち主なのだろうと感慨に耽りそうになります。

 こんな方で世界が包まれればいいのに。

 なんて、危うくお仕事スイッチがオンになりかけるのをすぐさまストップ。


「ありがとうございます、村長様」


 改めてお辞儀をすると、お返しが返ってきました。


「えぇ、行ってらっしゃいませ。村へお帰りの際は必ず〝空〟を見てくださいまし」


〝空〟――ですか?

 よく分かりませんが村長さんの言葉です、肝に銘じておきましょう。

 私は感謝の意を言葉にすると、ゆっくりと村長の屋敷を抜けます。

 そして、近付くは屋敷の裏手にある森。

 鬱蒼としていますが、木々からの木漏れ日が零れる程度には明るい森ですね。ある程度雑草等は処理されているようで、半自然に近い森なのでしょう。

 気になる黒い影を追う為、意を決し小さな冒険の始まりです。



     ◇◇◇



 村長さん曰く――、


「それは御自身の眼でご確認なさって下さいまし、

 悪いことは一切ありません。

 我が村は平和ですからね、

 ただ恥ずかしがり屋な子なら住んでおりますがね」


 とのこと。

 はい、実は村長さんの所に行ったもう一つの理由として、黒い不思議な影の事について情報を引き出せないと思い、立ち話をしていました。

 村長視点では、別段気に掛ける様子は一切ない様子でしたが、少しだけ物憂げな表情をすることしばしば。

 顔いっぱいに皺がある村長さんに、そんな表情をさせる人物とは一体?

 そんな深まる謎を胸に抱き、ずんずんと森を散歩していると色々な発見があります。

 生い茂る木々には実がなっていて、一つ一つが美味しそうです。

 きっと豊穣(ほうじょう)な土地なのでしょう。

 それとイコールとは思えませんが、村人達も穏やかな方が多く。本日講演に参列頂いた多くには勉強熱心な方も。

 決していがみ合うことは無く、個々を尊重し認め合う。

 そんな雰囲気が村全体から感じられるのです。

 豊かな大地に優秀な文化が根付くのは、歴史を見てもよくある事柄です。

近代化の波に押し潰されず、景観や生活が維持できるこの村は世界の中でもイレギュラーなのかもしれませんね。

 しかし、ちゃんと必要な品の取捨選択を間違えず突き進んできた村だとも思えます。ほら、私の借りた部屋にはシャワーがありますし、村中には点々と電気を起こす機器もあります。なので、夜は真っ暗なんてことは無いのでしょう。

 こんな立派な村に発展させた村長さんは多分、相当なやり手の方なのでしょう。

 それと、公平な視点の持ち主でもあるのかもしれません。

 私みたいな、そう……若輩者の司祭で、尚且つ女性が司祭の職を持っていると言うのは、世間体的にあまり好感は持たれないようなのです。

 なので私が初めて教会で講演をした時は、それはもう情けない結果を迎えたことです。

 信者が席を立って去っていくのは当たり前、怪しい人達が現れたり、子供達にからかわれたり、果てには神官様に「やめる?」と聞かれたり。

 それもそうですよね、男尊女卑の激しい世界です。

 いえ、それも多少は改善されているのかもしれませんが、未だ特異な人物には風当たりの強い世界です。

 シャルロットもそうです。

彼女は初めて出会った時なんて、村の人に罵詈雑言を受け逃げた森の中、空腹のまま倒れていた所を私が助けたのが出会いですから、多様性を受け入れるのに人類はまだ追い付けていないのかも。

 それでも特異な人達は今を生きていて、彼らを蔑ろにしていい理由にはなりません。

 千差万別、色んな人が居るのですから。

 ――なんて、綺麗な木々を見ながら唐突に仕事スイッチがオンになり、慌ててオフにするメリハリのない私の足で数分程。


「おや?」


 視界の中に綺麗な小屋が映り込んできました。

 小さな煙突からは白煙をあげ、落ち着いた洋装は景観に溶け込んでいるようですね。


(もしかしたら、あの黒っぽいシルエットの子の家かな?)


 綺麗なせせらぎの聞こえる小川をひょいと飛び越えて、小屋へと近付こう――そう思った矢先、


「これ以上はダメっ!」


「えっ、えぇええええ――ひゃぁっ!」


 不意に後方から掛けられた声に足を滑らせてしまい、小川の中で綺麗な尻餅をついてしまいました。えぇ、地面は揺れていませんから安心してください、私はそんなに重くはありません。

 しかし、お気に入りの服はびしょびしょ、お尻も痛いです。

 幸い頭等は打っていないので、その点は救いですが――代わりに、


「……いたっ」


 右足を捻挫してしまったようで、立ち上がろうにも上手く立ち上がれません。

 これはどうしたものかと、困り果てていると、


「あ、あの、ごめんなさい!」


 さっきの声の主が後ろから回り込んで、私の目前に姿を露わにしました。

 その子は小さくて可愛い、紅い髪の少女でした。

 漆黒のローブを身に纏い、腕にかけているバスケットには森で取ったであろう木の実がどっさりと詰め込まれていました。


「きゅ、急に大きな声を掛けてごめんなさい……」


 そして、二回目のごめんなさいは最初よりも声量が落ちて、おどおどと怯えた様子。司祭の職務中、最近は子供達にもウケが良くなっている私としては、内心ショックを隠せない私です。

はい……怖いですか、私?


「いえ、大丈夫ですよ。ただ少し利き足が打っちゃったみたいで」


「ひぃいいいいい、ごめんなさいごめんなさい。

 この木の実いっぱいでどうか、私の命だけは赦してくださいっ!」


「命を取ったりしませんよ、だから安心してください」


「じー」


「えぇ、私が信ずる神に誓って貴女の命は奪いませんよ」


「ほっ、ならいいのです。 

 御着替えを覗いて、怒りに来たのかと思っちゃったのです」


「偶然見たものを(とが)めたりしませんよ、

 貴女の反応を見れば一目瞭然ですからね」


 努めて優しく、圧迫感を与えないように言葉を選んで話すと、少女も納得してくれたようです。


「なら、良かったのです。

 あっ――ずっとお水にお尻を付けるのも寒いと思うので、

 私の肩をお貸しするのです!」


 少女は小川の越えた先にバスケットを置くと、私の傍まで来てしゃがみます。


「ほらほら、早く!」


「ありがとうございます」


 私はお言葉に甘えて肩を借りると、ゆっくりと力を込めて何とか小川から脱出です。

 ただ今は森の中と言う事もあり、今のままだと、


「くちゅんっ!」


 結構寒いです。

 濡れていなければ程良い気温なのですが、私の身体から体温が急速に逃げていきます。このままだと風邪を引くので、魔法で服を乾かそうと思案しましたが、


「えいっ」


 一手遅かったようです。

 紅い髪の少女が短い呪文の後、差し出した手の先には仄かに温かな炎が灯しだされました。


「これで少し乾かしたら、私の家で服を完璧に乾かしてあげるのです」


 それはご主人様の優しさが伝わる、優しい炎でした。




     ◇◇◇




「はい、ホットミルクを入れたのでどうぞ!」


「ありがとうございます」


 あの後、私は彼女――〝セラ〟さんの小屋にお邪魔していました。

 水道・電気は通っていて、炎は自身が起こすのでガスは必要なしとのこと。魔法が使えるって、利便性が高いなぁと自分も使えるのに、改めて再認識してしまいました。

 彼女曰く――、


「私は〝魔女〟ですよ、まぁはぐれ者ですけどね」


 とのことらしく。

 この小屋も過去に住み着いていた魔法使いが捨てたもので、セラさんが綺麗に直して再利用しているようです、住み心地はいいらしいとのこと。

 私は、脱いだ服の代わりに大きなブランケットに包まり、暖炉の前で身体を温めている所でした。

上手く両手を出して、ホットミルク入りのマグカップを受け取り、少し啜ります。ほんのり砂糖の入ったミルクは心と身体を芯から温めてくれます。

 ちなみに、先程セラさんが私に向かって声を掛けたのは――村の人以外に対しての魔力結界を張っていて、罠がそこかしこに仕掛けられていたからだそうです。

 一歩踏み出せば雷が落ち、二歩踏み出せば冥府の扉から悪魔がこんにちは、三歩踏み出せば奈落に落とされる罠です、とのこと。

 年若くして優秀な魔女さんなのだなぁと、改めて感心しました。


「ところで、どうして私の姿を見るなり逃げたのです?」


「えっ?」


 ぱちぱち燃え盛る(まき)を見ながら、ふと本題を思い出して呟いてしまいました。すかさず反応するセラさんは唸りながら、魔法で食器のお片付け。


「うぅ~ん、司祭様って聖職者でしょ。

 聖職者って魔女のこと嫌いな人多いですし、

 魔法は邪教と捉える考え方の人も多いです、

 さっさと姿を(くら)ましてしまった方が身の為だと思ったからです」


 なるほどね。

 やっぱり魔女の世界では、聖職者は嫌われ者かぁ……。


「そっか、そうですね。ごめんなさいね、なんだか無理させてしまって」


「全然気にしないでくださいです。

 司祭様みたいな聖職者の方とは初めて出会ったので、

 最初は怖かったですけど、

 今は優しい人なのだなって分かっているので」


「そう言ってもらえると嬉しいかも、

 私も魔女には怖い人が多いイメージですから、

 触れるべきか否かと悩んでいたので」


「司祭様にも悩みはあるのですね!」


「私も人間ですからね、悩みの一つや二つありますよ」


「なるほど、例えば?」


「うぅ~ん、さっきの魔女は怖いと言う偏見を持つ事も悩みですけど、

 最近は肩がよく凝るので……」


「あぁ、それは私にはないモノを持っているからです、

 上手く付き合ってください」


 おや、これは冷たい。

 でも確かに、セラさんは女性なのに小さい気も――いえ、成長期なのでしょう。えぇえぇ、人の体型には触れないでおきましょう、特に女性は。




 パキっと薪が燃え尽き折れるまで、私とセラさんは他愛のない会話をした後――それは唐突に訪れました。

 ぎゅるぅと情けない音が二つ。


「「ん?」」


 飲んだミルクのマグカップは既にセラさんに回収されているので、毛玉の様相の私は薬を作っている最中の彼女を見ます。すると、偶然なのか彼女も私の方へ顔を向け、お互い全く同じ顔をしていたことでしょう。


「「お腹空きました(いたです)?」」


 質問も同じ、どうやらいい時間滞在していたみたいです。

 重なった視線の中、先に表情を崩したのは私でした。


「はい、私はお腹空きました。

 多分、服も乾いていると思いますし、

 そろそろおいとましようかと思います」


「行っちゃうのです?

 よかったら、小屋でお昼しないですか?

 私、司祭様ともっと御話したいです」


 ふむ、困りました。

 あんな寂しそうな表情を浮かべられると、非常に聖職者としての職業魂が燃えてしまいそうになりますが、私もここで一ついいアイデア。


「それなら私と一緒に村で昼食を取りませんか。

 お世話になりましたし、セラさんが作ってくださったお薬のおかげで、

 捻挫もほぼ直ったのでそのお返しもしたいですし」


 ふふん、私がラクレットチーズを食べたいと言うのは秘密中の秘密ですが、巻き込んでしまえばいいのですと欲望のままに言ってみる始末、皆さんは駄目ですよ……こんな司祭になっては。

 しかし、セラさんは不意に寂しそうな表情を浮かべます。


「それは、出来ないのです」


「どうして、村の人が怖いですか?」


「違います、違いますけど……さっきも言った通り、

 聖職者程ではないけど村人さんがもし魔女を嫌っていたらと思うと、

 それが一番怖くて」


 あれ、もしかして?


「もしかして、セラさん」


「うん……私、一度も村に入ったことない。

 いつも木の実とか森の奥の池に住む魚、

 後はたまに話に来てくれる村長さんから頂くご飯を食べて、

 毎日過ごしてきたから」


 やっぱりそうですか、だから村長さんがあんな寂しそうな表情を浮かべたのですね。

 優しい魔女は優しい村人達の思いを案じて、自ら殻に籠っちゃったのですね。人を恐れさせないよう、魔法に悪いイメージを抱かせないよう、独りで全てを背負って、小さな箱庭に住まう小さな賢者だったのです。

 ならば私が出来ることはただ一つ。


「セラさん」


 ブランケットを羽織ったまま立ち上がり、セラさんに向かって一直線、


「行きましょう、村に」


 彼女の両手を私の両手で包み込みます。

 私の勢いについていけないセラさんは、おどおどした表情を浮かべるも次第に状況を飲み込んでいくと、顔を俯けて拒絶反応を露わにします。


「私怖い、嫌だ。みんなの生活を壊したくないから、だから……」


「ではどうして、村長はセラさんに会ってくれるのでしょう?」


「それは、村の人を守る為に身体を張って、

 私の偵察役を請け負ってくれていて……」


「それじゃあ、セラさんと御話をするのは何故です。

 嫌いな相手とセラさんは話すのです?」


「あぁ、うぅ……」


 おっとっと、いつもの癖で相手の回答を潰していく会話になってしまっています。私は調子を取り戻す為、一つ咳払い。


「ごめんなさいね、セラさんを責めるつもりはなかったの」


「うぅ……」


「少しでもセラさんが寂しくなければいいなぁって私はそう思えたので、

 お節介でごめんなさいね」


「でもでも、司祭様がここにいてくれれば私寂しくない!」


「私はいつかこの村を離れますから」


 その時、彼女は凄く寂しそうな表情を浮かべてしまわれました。

 ――こういう表情、何処かの誰かにされた覚えがありますね。

 そう、私は多分セラさんを〝()()〟に重ねていたのでしょう。

 いつもどこかで一人の、あの天才の姿に。

 だから今も寂しげに笑うのですよ。


「だから、お願いです」


 どうしようもなく、どこまでも自らの職に従順に従う私の為に。




     ◇◇◇




 乾いた私服に着替えて、セラさんの小屋から出た私は早速空を見てみることにしました。

 結局、セラさんからは明確な回答は得られませんでした。

 その後もぎこちない会話の末、私はチップをひっそりとブランケットに隠して出てきたのです。

 まぁ最後は御本人次第ですから、私は彼女の行く末が幸せなモノになることを祈るばかりです。

それにしても、果たして深い森の中で空を見るだけで帰れるのでしょうか、そんな疑念を抱いたまま空を眺めていると、


「あっ――それもそうですか」


 案外あっさりと、村長さんの言っていた理由が分かってしまいました。


「ラクレットチーズのお店、そう言えば〝煙突〟がありましたね」


 そう、空を見上げた先には村のある方角から、白煙が立ち上っているのです。これを指標に、後は真っ直ぐ突き進むだけだったのですね。

 何とも単純明快な問題に、思考を割かなかった私が恥ずかしい。

 私はゆっくりと行きと同じく、散歩気分で村へと歩き始めました。

 時刻はお昼。

 太陽が真上で燦々(さんさん)と輝き、気持ちいい風が吹いています。

 それにしても、あんな別れ方は心に詰まるものです。

 私は同じような状況に何度も出会ったことがあります、それも〝彼女〟と別れる時も同じく、各地で色々な人に必要とされ、()われ、断ってきました。

 平等であるが故に、信ずる道を伝導する為にすれ違う道。

 果たしてそれが良いのかは、分かりません。

 しかし、私自らが決めて進んだ道です。

 曲げることはありません。

 これが私の進むべき道ですから。

 一つのモノを信仰し、信じ進むには相応の覚悟が必要ですから。

 私は様々なモノを犠牲にしているのでしょう。

 そう思えば、罪深い人間だとも言えるでしょう。


 一人の人間を愛しにくいとは、こうも人の心を憂鬱にさせるのでしょう。


 今回のセラさんも、いつも行く度に「いらっしゃいませ」と「行ってらっしゃい」を言ってくれる〝彼女〟も、本当は好きと言ってもいいのに、私自身が赦してくれないのです。


「はぁ、本当に――」


 詰まる言葉、これ以上言うなと警告を出す私の頭の中で再び仕事スイッチがオンにされつつあったので、適当に電源を落としておくとしましょう。




 ですが、たまにはいいことだってあります。

 行きの半分の時間で帰ってきた私は早速、ラクレットチーズの美味しいお店に直行することにしました。

 何しろ、毎日行列が出来てしまうぐらい人気のお店らしく、観光客から村人、村長さんも毎日のように通っているのだとか。

 私は多少出遅れたでしょうが、待つと事については一流です。

 時間にルーズな大神官様がいらっしゃるので、耐え忍ぶのは日常茶飯事。

とは思っていましたが、


「まさか、二時間待ちですか……」


 長蛇の列が私の目の前に広がっているではありませんか。

 先頭付近には村長さんも見受けられます、信者さんもちらほらと。

 あまりの人に圧巻し過ぎて、思わずため息、


「せめて話せる人が居たらいいのになぁ」


 なんて一人愚痴るも仕方がありません、大人しく最後尾に並んだ。その時でした。




「だったら、私と一緒にいかがですか司祭様、

 勿論御代金は司祭様の奢りでお願いしますね!」




 紅い髪、黒いシルエットの可愛いお顔をした少女がそこに居るではありませんか。しかも、ただ飯を食べさせろと言う始末。

 まったく――、




「いいですよ、但し……村の人も御話に付き合ってくれる様子なので、ご一緒でよければ」


「ふ、ふふん、勿論いいのですよ!」




 これだから、司祭は辞められない。

 こうして、平和な村には小さく可愛い魔女が仲間入りし、私が去った後も村は伝統や文化を守りつつ、大きく発展していきましたとさ。

 

 おしまい


                      ~とある司祭の日記~







如何だったでしょうか!

ロードさんは司祭さんです、つまり信じる教えを平等に教える立場にある人間な訳ですね。それ故に、彼女は平等以上の何かを行うことに躊躇があります。そう、今回の場合ですと、セラに信者以上の何かを求めたり教えたりが出来ない人間です。

故に彼女は苦しみます、信者にもいろんなことがしたかった……あんなことやこんなことをと。

ですが、やはり彼女は一人の人間です。

求め求められたいお年頃です。なので、シャルロットには愚痴を零したり本心を隠せなかったりする訳ですね。勿論、一定の節度とあくまで異端者の名を称しているシャルロットには「温泉いこうよ」と間接的に言ってきたりします、えぇ行ってきなさいよと((((でも出来ないのが彼女の律儀な所です


そんな感じで、本編とは一風変わった内容をお送りしてきましたがいかがでしたでしょうか?

楽しめてもらえたのなら、私も嬉しいです!

さて、それでは次回の更新は4月になります。

エイプリルフールネタとか準備できればいいなぁ……とか、ではっ!

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