第7話「強制的な“俺のため”」
体が重い……。
今日も仕事に行くのが嫌だけど、これはその億劫さとは違う。
疲れてて体が思うように動かないのでもなく、何かが体の上に乗っている重さだ。
これは、ミラだな……。
すぐに飼い猫のミラが、俺の上に乗っているのだと分かった。
ミラは、俺の胸の上で寝るのが好きなのだ。
まあ、俺もミラが丸まって胸の上に乗ってると、温かくて癒される気持ちになるんだけどね。
今も柔らかくて良い匂いがする。
…………??
なんかいつも以上に柔らかい気がする……。
匂いも、いつもより甘い感じの匂いのような……。
それに、乗っているのがミラにしては大きいような……??
あれ?? そういえば確か異世界に転移しちゃったんだっけ……。
徐々に思考がはっきりとしてくる。
そうだ、昨日異世界に転移して……、ミラが人化して……。
そこまで考えて目を開けようとしたときのことだ。
「むにゃ……、レンヤさまぁ……ペロッ」
何かが俺の頬を舐め上げた。
猫は舌がザラザラしてるんだけど、今の感触はザラザラではなく柔らかく湿ったものだった。
とっさに目を開けた俺の目の前には、猫耳の生えた美少女の顔があった。
俺は、すぐに状況を理解した。
異世界で一晩過ごし、朝寝ている俺の布団にミラがもぐりこんできたのだとういうことを……。
どうやら前世と同じ調子で、ミラは俺の上に乗って寝ていたようだ。
「――ち、ちょっとミラ!?」
「なあに~? あっ! おはようにゃー!」
ミラは「いつもと同じでしょ?」と言わんばかりだ。
いつもと違い言葉がしゃべれることに気づいて、笑顔であいさつしてきたけれど……。
ミラが俺の上に乗ってるという事実だけは、前世と同じだけどさ。
「ミラは人化したんだから、いつもと同じじゃまずいんだって!」
「なんで~? レンヤ様に乗ってるとヒンヤリしてて気持ちいいんだよ」
ミラが無邪気な笑顔を向けてくる。
ミラの可愛さに照れてるこっちがなんだか悪いみたいだ。
「とりあえず、起きるからっ」
俺は慌てて、ミラの下から這って脱出する。
「あ~、レンヤさま~! 今日からもう働かなくていいんだから、わたしと一緒に惰眠をむさぼろうよ~」
「ミラ、ちょっと落ち着こうっ」
いろんな意味で素敵な誘惑だけど、ちょっと心の準備ができていなかった。
俺はなんとか抜け出して、ベッドから離れようとした。
ところが、腰の辺りにうしろからガシッと抱きつかれた。
柔らかいんだけど、逃れられない力強さでズルズルとベッドに戻されていく。
すぐにピンときた。
この力強さは、『護主人様』の加護が発動しているのだと。
「惰眠をむさぼるのは“レンヤ様のため”だよ~」
「ちょっと待てミラ! 俺の意思は~?」
抵抗むなしく、俺はミラの抱き枕にされる。
ミラは嬉しそうに俺に抱きついている。
俺のためなら10倍の力を発揮できる、そんなミラの加護。
ミラが俺のためだと思えば、どうやら俺の意思とは関係なく力を発揮できるらしい……。
新発見だ。
解せぬ……、けど事実は受け入れるしかないだろう。
抱き枕にされることを、受け入れるしかないだろう。
なんか納得いかないながらも、働いている時にはできなかった、幸せな二度寝をすることになったのだった。
ああ、二度寝ってこんなに幸せな気持ちになるものだったんだな。
いや、こんな気持ちになるのは、ミラと一緒だからかもしれないな。
ミラの言う通り、“俺のため”になってるとも。
俺は柔らかさと幸せに包まれて、まどろみに落ちていったのだった――。
「――ペロッ」
「…………」
猫の平均体温は、38~39度くらいあるみたいですね。
猫からしたら、人間はヒンヤリしてるんでしょうね(=´ω`=)