第5話「24時間でも戦っちゃうのです!!」
街道らしい整備された道にたどり着いた。
と思ったら、新たな問題が発生した。
「レンヤ様、あれは盗賊に襲われてるのかな?」
ミラが指差す方向で、馬車が数人の男に囲まれている。
まだ小さく見えるだけだが、不穏な空気は伝わってくる。
「どうやら、そうみたいだな……」
ラノベとかだとカッコ良く助ける場面だけど、実際にその場面に直面すると難しい問題だ。
やたら首を突っこんで、ミラを危険な目にさらすわけにはいかない。
「助けた方が良いかな?」
俺が悩んでいると、助けること自体は簡単だという感じで、ミラが問いかけてくる。
「俺に危険がなくても『護主人様』の加護って発動するの?」
盗賊とは結構な距離があるから、差し迫った危険はない状況だ。
ミラの力が10倍になれば、盗賊くらい圧倒できそうな気はするけど、そうでなければ危ないだろう。
薄情なようだけど、俺にとってミラと他人の命の重さは別物だ。
ミラはかけがえのない存在だ。
「多分問題なく加護の力は使えると思う。あいつらを倒すことが、レンヤ様のためになると思えば……」
そういう心理的な部分で、判定されるんだ?
想いが力に変わる的な感じなのかな。
「じゃあ、ミラの身に危険が及ばない範囲で助けられるかな? 少しでも危ないと思ったら、逃げるんだよ」
ミラの目を見て、真剣に伝える。
とても大事なことだ。
「レンヤ様、分かったよ。じゃあちょっと行ってくるね」
そう言ってミラは俺に背を向けた。
ミラの軽い口調に、ちゃんと伝わってるか心配になる。
「ちゃんと分かってるか? 絶対無理するなよ!」
ミラの背に向けて声をかける。
「……レンヤ様がわたしを大事に思ってくれる気持ちだけで、10倍以上の力が出せそうな気がする」
ミラは振り返らずにそうつぶやいた。
後姿だけど、猫耳がピコピコ動いてるのが見える。
ミラが、ある感情を持っている時の仕草だ。
ミラはすぐに馬車に向かって駆け出した。
尻尾を揺らしながら走る姿が可愛らしい。
ミラが猫の姿の時も、動き回る姿は見ていて飽きないものだった。
猫の動き回る姿を一日中見ていたいと、よく思ったものだ。
まあ猫は寝てる時間が長いから、ずっと動いてるってことはないのだが。
ちなみに猫の寝顔は、芸術品も霞むものだ。
走る筋力も10倍なのだろうか。
ミラは猛スピードで駆け、あっという間に目的の現場まで到着したのが遠目に見える。
「大丈夫かな……」
ふいに不安になる。
誰かが俺のために頑張ってくれるというのは、慣れないものだ。
働いていた会社では、上から降ってくるように次々と仕事を押し付けられていた。
今思うと、会社は社員を使い捨ての物として扱っていたのだろう。
「……お、……おお! ミラ、すごいな……」
元勤務先のブラックさをあらためて思い返してるうちに、ミラが次々と盗賊を倒していく。
ついつい感心してしまうほどの、手際の良さだ。
俺の心配は要らぬものだったようで、ミラはあっという間に盗賊を制圧して、こっちに向かって手招きしている。
ピクリとも動かない奴もいるけど、死んでいるのかもしれない。
下手に加減して危ない目に合うよりよっぽど良い。
ミラを不安にさせないためにも、俺も気にしないようにしないとな。
◇
馬車まで行くと、金髪の少女がいた。
そばには護衛らしき男が2人控えている。
「おかげで、助かりました」
少女にお礼を言われる。
ミラじゃなくて俺にお礼を言ってくるあたり、ミラが俺のことを主人だと伝えたのかもしれない。
「いえ、放ってはおけませんでしたので……」
俺は一応丁寧に返す。
護衛がにらみを利かせてるから、この少女が偉い人物という可能性もある。
俺は知りたいことがある。
この少女から、色々と話が聞けるとありがたい。
知りたいのは、主に街の所在と、この世界の常識についてだ。
俺たちは遠くからの旅人ということにして、常識がないことをごまかすことにした。
その後、少女から話を聞くことができた。
少女の名前はロレーヌ、近くの街の貴族の娘とのことだ。
歳はミラより下に見えるけど、どこか大人びた雰囲気の子だ。
移動に護衛をつけていたけど、盗賊の数が想定を超えていたらしい。
襲撃してきたのは、15人の盗賊団だったようだ。
いまいち多いのか少ないのか俺には分からないけど、ロレーヌが言うにはかなり多いらしい。
護衛は6人だったようで、4人はやられたようだ。
ミラの参戦があと数分遅かったら、全滅していただろうとのことだ。
「あなたの部下の、その子って凄く強いのね。有名な冒険者かなにかかしら? 旅をしてきたっていうけど、あなたも只者じゃないとか……?」
ロレーヌが俺とミラに興味を示してくる。
そういえば、俺の格好はワイシャツとスーツのズボンだった。
もしかしたらこの世界では珍しい格好かもしれない。
まあ遠くから来たことにしておけば大丈夫だろう。
それよりも、今“冒険者”って言ったな。
ラノベとかでよくある、魔物を倒したりして生計を立てる、あの“冒険者”だろうか。
なんてことを思ってると、
「よくぞ聞いてくれました! レンヤ様は元ブラックカンパニーの戦士です。24時間でも戦っちゃうのです!! わたしのご主人様は凄いのです!!」
ミラが嬉しそうに、ロレーヌに告げる。
ち、ちょっと!?
何? その強そうなの??
ブラックカンパニーのソルジャーって?
たしかに企業戦士だったけどさ!
あ……。
昔何回かミラに、「今日もブラック会社で、24時間戦ってきたぞ……」とか愚痴ってた気がする。
けどさ……。
なんで俺のことを話すとき、そんなに嬉しそうなのさ?
猫耳がピコピコと動いている。
昔からミラは嬉しいとき、耳がピコピコするのだ。
ちょっとドヤ顔だし。
「な、何だか強そうな組織ね……」
ロレーヌがミラの勢いに押され気味だ。
ミラの語りがまだ続きそうだったから、俺はミラの口を手でふさいだ。
「な、何をするのです、れんにゃさま!? ふがっ!」
慌てるミラが可愛いけど、これ以上はやめてもらおう。
ロレーヌが、「その子を力技で抑え込むなんて、すごいのね……」と、なんか勘違いしてるけど気にしないでおこう。
もしかしたらミラは親馬鹿ならぬ、ご主人馬鹿かもしれない。
手放しで俺のことを褒めようとする。
気をつけないと恥ずかしいことになる気がする。
凄いって言ってくれるのは嬉しいんだけどね……。
それから俺たちは、ロレーヌと一緒に近くの街に向かうことになった。
ロレーヌは俺が持ってた貴族のイメージと違い、とても話しやすかった。
おかげで少しこの世界のことを知ることができたのだった。
猫はよく寝ていますが、1日15時間前後寝たりするようですね。