表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/54

第3話 治療



 少女を抱きかかえて治療施設に駆け込んだ冬夜は、休憩中でお茶を飲んでいた医療員に向かって叫んだ。


「急患だっ!!診てくれ!!」


 その声にびっくりした医療員だったが、冬夜が抱える患者を一目見ると、迅速に立ち上がって準備をし始めた。冬夜が診察台の上に降している少女の元に、医者らしき男性がすぐに寄ってきた。


「この子か・・?・・患部はどこだ?」

「全身外傷がひどいが、それの中でも・・。」


 冬夜は説明しながら少女に被せていた自分の上着を脱がせた。傷を見た途端、医者も医療員たちにも息を飲む声がした。医者の眉間に皺がより、患部をしっかりと診る。


「・・治療すべき傷がたくさんあるが、この致命傷になる胸部の外傷は普通の傷じゃない・・。呪詛傷だな・・。」

「呪詛?解除すればいいのか?」

「身体に入った呪詛を解除するには、手術が必要だ。患部の場所も悪い。この子がいつこうなったのかはわからないが・・。」

「約・・二週間・前・・。」

「おい・・。喋るな。」


 少女の口が弱々しく開いた。ぐったりしているが、意識はまだある。


「二週間!?よくし・・・・・そうか。」


 医者は途中で言葉を止めた。「(この怪我で)よく死ななかったな」という素直な驚きの言葉を少女にかけることは相応しくないと思い直したらしい。


 医者は患部に手を当てて、目をつぶった。手を当てたところに術式が浮かんだ。術で体を解析している合図だ。しばらくして、医者の眉間の皺がさらによって、術式が消えて目を開けた。


「で?どうなんだ?」


 冬夜はおそるおそる医者に尋ねた。


「・・・やはり呪詛傷だ。それも今まで見たことのない、複雑なものだ。・・・・・これを切除して解除することは困難を極める。正直に言うと、切除の手術および呪詛の解除を同時にすることはできない。」


 医者は淡々と答えたが、少女を見つめる目には悔しみと絶望がある。助けたい命が目の前にあるのに、手の施しようがない絶望の目だった。

 冬夜はその目を何度か見て知っているため、悲しくて泣きそうになった。


「なんとかならないのか・・?俺も手伝えることは?」

「・・・切除だけ俺がやって、解除をお前に任せるとして、もし失敗したら?」


 医者は冬夜を見ながら言い始めた。


「体内式呪詛は表に出ることで増幅し感染する種類もある。しかも、この呪詛の抗術が現在はないから、対応しきれずに二次被害で社会の大混乱、最悪の場合は人類の全滅になりゆる・・。だから、呪詛は周りに感染させないことが第一で、体内で切除と解除を同時に行うのが通常だ。解除困難な呪詛の場合は、患者の体に呪詛自体を封じてしまうしかない。その場合は余命宣告とともに対処療法のみになる。解除術式がいつか開発されるかもしれないという、ごく僅かな期待にかけてな。けれど、この子は呪詛や怪我の様子からも余命はわずかだ。まして、切除や解除のための手術に耐えられる体力が残されているのかも分からない。おまけに、この未知の呪詛の解除難易度は最高段階と予想され、たとえ多くの医療員や暗部員がいても迅速に解除できるとは思えない。」


 医者はここまで説明して言い切った。淡々と言っているようだったが、助けられない絶望の感情は抑えきれないことは声の節々に伝わる。説明を聞いた冬夜に向かい合った。


「・・・・この説明でも、お前が解除するのに賭けてみるか・・?」

「頼むっ。たとえ俺が代わりに呪詛を取り入れることになったとしても、この子を助けてやってくれ!」


 冬夜は自分の決断に躊躇も迷いもなく必死に懇願した。それに対して医者は絶句するほど驚いた。

 

 医者は暗部担当でもあるから、冬夜のことはよく知っている。冬夜は家族や親戚など親しい人はいない。人の縁を断つ暗部に入っても、それまで会った人たちへの未練どころか、どこにも居場所がないという暗部員としてある典型的な性質を持つ人間だ。そういう典型的な人たちは、暗部の仲間への連帯感はあったとしても、刹那的な価値観や、攻撃的な感情、非協調性の性格を持っている。

 とてもではないが、誰かのために自己犠牲をする精神など、冬夜に持ち合わせてないと医者は思っていた。

 それなのに、その自己犠牲を一心に見せる冬夜の様子に医者は驚いたまま目を見開いていたが、すぐに覚悟した眼差しになった。


「・・・“呪詛の切除のみ”、“呪詛の身代わり”、どちらも禁止されている事柄だ。・・それでもやってみるしかないな。」


 そう決断した医者が「結界を張れっ。扉を封鎖しろっ。誰も入れるな。手術の準備。」と医療員たちに指示を次々と出していく。


 冬夜は迅速に準備していく医療員たちの様子を見渡す。すると、診察台に横になっている少女が冬夜を不安そうに見つめ、力ない手を自分に対して向けて上げていることに気づいた。冬夜はすぐにその手を両手で握った。


「・・と・ぅ・・・・。」


 少女はかなり具合悪い様子で目も開けているのがままならず、顔色は血色もないぐらい白く、握る手も冷たい。たぶん冬夜に会えたことで、それまで気を張って保ってきたものが一気になくなって、本来の傷の深刻さが体にきていると分かる。


 冬夜は少女の手を握って安心させるように微笑んだ。


「大丈夫だ・・。すぐに良くなるからな・・。それまで、もう少し頑張れ。」


 少女は力なく頷き、静かに目を閉じた。死んだのかと冬夜は思い、緊張して顔に近寄せたが、弱い息が聞こえたので眠っただけみたいだった。冬夜は安堵して、少女の額から頭を撫でた。



 大丈夫だ・・。いざとなれば、俺が代わりに呪死・・するからな・・。





 “呪死”は呪詛による死亡だ。その死に方は様々であるが、どれも苦痛で悲惨だ。だからこそ、呪死させた加害者はほぼ死刑が確定になるぐらいの大罪。

 

 冬夜はその恐ろしさを知っていたが、少女の代わりなら怖くないと思える自分がいて、少し悲しい笑みを浮かべた。







 

 準備を終えた医者や医療員が診察台の周りに立っている。医者が真剣な面差しで医療員たちに言った。


「これから私の独断で危険な手術をする。こいつ以外は外に出て、結界の維持を頼む。」


 禁止された内容の手術の上に、医療員たちにも感染および生命の危険があるため、医者は長年の相棒の看護師以外は少しでも安全がある場所へ逃がそうとした。しかし、医療員たちは医者の指示を却下した。少しでも人手があった方が少女が助かる確率が上がると言い張って・・。

 医者はそう言って外に出ない医療員たちの覚悟に一瞬目を閉じて、頭を下げて一礼した。そして、治療・手術室にともにいた冬夜に声をかけた。


「冬夜、準備はいいか?切除した時、おそらく呪詛は体の外に出ると考えれられる。すぐさま、解除しろ。」

「・・・わかっている。」


 冬夜の言葉を受けて、医者たちは切除の術式にかかった。麻酔の術式を少女にかけた。呪詛がかかっている患部が急所なために慎重に、けれど少女の残された体力いのちを考慮して素早く手術をしていった。時折、医者の驚愕した息遣いが聞こえるが、それでも手は止まらず「3番鉗子」など次々と周りに指示を出す。医療員たちの技術と経験と集中力と協力体制で行われている様子を、冬夜は黙って見守っていた。


 しばらく時間がたって、「冬夜っ今だ!!」という医者の声がかかった。同時に、どす黒い塊が少女の胸部から外に出た。突如、治療室に暗闇が広がった。暗闇の中、呪詛の術式だけが不気味な光りを放って、まるで軟体の生き物のように動き、部屋中に呪詛がうごめくように展開されていった。その呪詛の術式は今まで見たことがないどころか、蠢き変化していく展開方法も、何もかも今までの常識と違うものだった。



「なんだ・・・?これは・・・?」


 それは医療員たちの誰かの、驚愕と恐怖に満ちた呟きだった。


 経験が豊富な医者や他の医療員たちも、天井に広がっていく、見たことがない異様なほど不気味で禍々(まがまが)しく蠢く呪詛に命の危険を感じて、息を飲んで怯えているようだった。それでも少女の怪我の治療を止めないのは、無意識的とも言えるし、医療従事者としての意地でもあった。







 冬夜は舌打ちした。


 “呪詛・術式の解除”には2通りある。

 “呪詛・術式の解除”は、呪詛・術式の仕組みを理解して、解析して、解除術式を展開し、打ち消していくのが正当法だ。たとえ対処できる解除術式が開発されていなくても、似た系統の解除術式である程度の効果は期待できる。だから、この正当法は、呪詛・術式および解除術式の知識の深さ、術式解析能力、解除術式の展開能力が重要である。

 もう一つのやり方は、力ずくで解除する方法だ。呪詛・術式に対する単純な破壊行為なので、呪詛・術式の知識も術式解析能力も要らないが、対象に対して圧倒的な力の差が必要である。




 冬夜は不気味に光り部屋いっぱいにうごめくように展開していく呪詛を見上げた。


 これは根本的な仕組みすら未知すぎて解析が困難な上に、力ずくで壊すにも、展開していく呪詛の数も、力も、大きすぎる・・。



 しばらく黙っていた冬夜は、無言で術式を展開した。


「! 冬夜っ!!!」


 医者は冬夜に切なく叫んだ。冬夜のやることを察したが、少女の患部の治療を止められない。他の医療員たちも自分の作業で手がいっぱいで切なそうに冬夜を見つめているだけだった。




 わかっている・・。この子がこれほど苦しめられた呪詛だ・・。

 俺に解除ができないぐらい、最初から承知の上だ・・・。




 冬夜の選択は、解除術式でむやみに力を浪費せず、最初から“呪詛身代わり”の術式を展開することだった。




 “呪詛の身代わり”は禁止術式の1つであるから、術式使用者は罪になるが、身代わりになって呪死する者に咎める人はいない。




 大丈夫だ、これでこの子は助かる・・・。











 冬夜は覚悟を決めて禁止術式を実行しようとした、その時だった。


「っ!!!!」

『っぎゃああああぁぁぁぁぁぅぅぅうあああぁアアアーーーー!!!!!』




 いきなり大きな圧力を感じた瞬間、目の前が見えないぐらい真っ白に光り輝き、息が出来ないぐらい強風のような力が吹き込んで、冬夜たちは咄嗟に腕で顔を防いで目を塞いだ。周りでは硝子などが壊れる音と、どこかで叫んでいる女性の断末魔の悲鳴のような音が聞こえる錯覚がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく続いた光線と強風と音が止んで目を開けると、治療室いっぱいに膨らんでいた呪詛は跡形もなくなって、平常になった治療室に戻った。治療薬の瓶や器具が壊れて床に散乱している。その場にいた冬夜、医者、医療員たちは何が起こったのか分からず、診察台や作業台の下に隠れていた一部の医療員も恐る恐る立ち上がって、平常になった治療室を見渡した。

  

 手術台の上にいた少女が上半身だけ起き上がっていた。

 麻酔術式で眠っていたはずの少女は呪詛があった場所をすごい形相で睨んでいた。顔色はものすごく悪く、全身に汗をかいて息が乱れている。その手には短剣の残骸らしきものがあり、塵となって空中へ消えていった。

 

 どうやら少女が短剣で呪詛を攻撃して破壊したらしい。

 医者や暗部の冬夜ですら、呪詛の解析も力ずくの破壊もできなかったのに・・・。

 

 その事実に皆が驚いている間に、少女はふっと目を閉じ、力尽きたように倒れこんだ。

 冬夜も医療員たちも少女が倒れたことで心配の悲鳴をあげた。医者が慌てて駆け寄り、倒れた少女の体を解析した。「かなり弱っているが、気を失っただけだ。大丈夫だっ。」という医者の一言に、冬夜も医療員たちも安堵とともに歓喜が湧いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ