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第1話 到来


 “特殊警備部第一訓練場”と看板に書かれた広場では(その下に「暗部第一練場」と通称された張り紙が貼ってある)、特殊部隊や軍人と思わせる体を鍛え上げた人たちが、切磋琢磨に剣の訓練をしていた。剣がぶつかる甲高い金属音と怒声に近い掛け声が訓練場中に響いている。よくみると、剣だけでなく手裏剣と思われる特殊武器を瞬時に出したり、足には“術式”が展開されて脚力だけではありえない速さで動き、“術式”を対戦相手に放ち攻撃していたりしていた。


 魔法と剣を交えた実践さながらの訓練だった。


 訓練中に一人がふっと動きを止め、その髪を撫でる光風とともにわた雲が浮かぶ青空を見上げた。その外見は不良だったと分かるような雰囲気を持ち合わせた壮年になりかけの青年だった。青年は何かを思い出したようにその雰囲気とは似合わず優しく微笑んだ。


 その青年の近くにいた、同じ制服を着ていて、清潔感のある同い年ぐらいの細身の青年が気づいて声をかけてきた。


「・・冬夜。あの子のこと、思い出していたのか?」

「ああ、何故かふっと浮かんだから、元気にしているかなと思って・・それより、なんで分かった?」

「冬夜がそういう優しい表情かおをするのは、あの子に対してだけだったから。」

「・・・・・・マジでか、玲・・?」

「10年以上親友をしている俺が見ている限りでは、な。」

「・・・・・・」


 玲と呼ばれた清潔感のある青年は頷きながらそう言った。それに対して、不良風の冬夜はしばらく無言になって、次第に恥ずかしそうに項垂れた。

 恥ずかしがる冬夜をよそに、玲は冬夜と同じ空を見上げ、思い出したように話しかけた。


「“獣集”からもう5年も経つのか。時は早いな。」

「・・・・・そうだな。」


 少しの沈黙のあと、呟くように玲が口を開いた。


「俺らも、よく生き残ったな・・。たまに思うよ。今、こうやって俺らが空を眺められるのも、あの子のおかげだって。」

「そう、だな・・。」


 懐かしそうに空を眺めていた玲の横顔を見て、それまで羞恥心で項垂れてた冬夜もため息をついて、同じく空を見上げた。

 空は雲が浮かび、どこまでも蒼かった。軟らかな風に撫でなれながら、冬夜が玲に呟く。


「なあ・・。いつかまた、あの子に会いに行ってもいいか・・?」


 素直な冬夜の言葉に、玲は少し咎めるように言った。


「・・・・あの子の存在・・を、他の誰にも、特に暗部(なかま)にも漏らさない、それがあの子にできる俺らの唯一の守り方で恩返しだと決めただろ?休暇だって俺らの行動は監視されるから、無理だ。」

「そうだけど、やっぱり、会いたいと思ってしまうんだ・・。」


 諦めたように呟く冬夜の願望を聞いて、親友である玲は同情した表情を見せ、しばらくの間真剣に考え込み、口を開いた。


「・・・5年という区切りだし、“獣集”後の復興状況の現地視察と申請すれば、あの“最北の村”に行けると思う。」

「玲!」


 玲の提案に冬夜は嬉しそうに応えた。玲はシっと人差し指を口元に当てた。


「声を抑えて。冬夜。周りに聞かれる。・・すぐには申請できないと思うけど、それでもいいか?」

「それでもいい。あの子にまた会えれば、それで。」


 冬夜が嬉しそうにするのにつられたのか、玲もふっと微笑む。親友が元気になったことは嬉しいし、何より玲自身も恩人である、あの少女に会いたい気持ちは同じだった。小さな体に、身長より大きい槍を持ち、子供ながらの元気さもありながらも野性味のある印象的な強い眼差しで見つめてくる、何百年も生きる獣たちに囲まれたあの少女の姿が思い浮かび、玲は微笑みながら話し出した。


「5年ということは、今は11歳ぐらいか。その年頃の成長は早いからな。驚くぐらいかなり大きくなっていると思うよ。相変わらず、彼ら(・・)と元気に過ごしてるのかな。」

「カテンたちのことか・・懐かしいな。あの殺気、賑やかな遠吠え、手加減された肉球パンチ。」

「ぷっ。そうだった。カテンたちにはいつもボロボロにされてたよな。」

「ああ。まだ未熟な若者だったとはいえ、俺らは当時でも相当な強さだったけどな。けど、今は腕も上げたし、もう少しいけるはず。」

「・・・それでも、手加減の加減を変えるだけで、あいかわらず肉球パンチでボロボロにされるだけだと思うよ・・。」

「それを言うなよ。玲。」

「勝てない相手に対して、冬夜の諦めが悪いんだ。」


 思い出し笑いをしながら話していた二人だったが、ふっと玲が思いついたように真顔になって冬夜に尋ねた。


「・・・冬夜。まさか、あの子を連れて帰ろうとしないよな?」

「・・・・・・。」


 冬夜は肯定も否定もしなかったが、その表情からは分かりやすかった。玲は真剣に説得し始めた。


「止めた方がいい。5年前も、あの子と別れる時、冬夜はあの子を連れて帰ろうと粘ったけど、最終的には残すことを決めたじゃないか。あの子にとっては、都会の騒動に巻き込まれるよりも、大自然でカテンたちと生きた方が幸せだと納得しただろ? 仮に連れてきても人や都会に慣れていくことは色々困難だろうし、説明するにもカテンたちのような人に理解のある獣の存在は特殊すぎる。 心配なのは分かるけど、それはあの子の幸せにはならない。」


 玲の真剣な説得に、冬夜も静かに口を開く。


「・・ああ。分かってる。あれだけ強いカテンたちに囲まれて、安心して笑って過ごしてるあの子がいたから、俺もそう思ったんだ。今は、ただ、懐かしくて会いたいだけだ。」


 その回答に、玲は安堵して頷いた。


「そうだな。俺も会いたいし、一緒に過ごした滝と昴だって同じ気持ちだと思うよ。彼らも誘って、俺ら4人でお土産でも持ってあの子たちに会いに行こう。」

「・・・あの子は干し肉数袋で喜ぶだろうが、カテンらへの土産は牛一頭でも足りないぞ。」

「ぷっ。ああ。仕方がないな。お土産はあの子だけにしよう。牛一頭を持っていく大変さより、不満の肉球パンチを受ける賑やかな歓迎の方が楽だし。」

「不満の噛みつきにならなきゃいいが・・。」

「・・・それは、あの子が庇ってくれるのを期待するしかない・・。」


 冬夜と玲の二人は互いに苦笑した後、背伸びをしながら訓練に戻っていった。



  

 

  

 



























 


 

 

****第一話 到来****************






 自然豊かな島国“皇國”の中央の都・“皇都”。

 “皇都”の中心の場所には、政治の中枢機関・國会議事堂や皇室だけではなく、國家警備部省、特殊警備部(暗部)、國宝職人部省、國会図書館、研究所、皇立植物園など国を代表する様々な機関の建物が集結する敷地・“皇園”がある。


 その“皇園”の中にある教育機関施設・“皇立学園”である煉瓦の塀と鉄格子の重々しい門の前に、一人の少女が頼りなく立っていた。少女の見上げる先には、“皇立学園初級生入学試験会場”と書かれた立て看板があった。少女の身なりは田舎風で野暮ったい古い服を着ていて、斜めかけの荷物も古い風呂敷でせいぜい1泊程度の少ない物だった。一般的な黒髪に黒目の風貌ではあるが、短髪はざんばらで整えられておらず、その表情は受験前の緊張も喜びも覇気もなく、虚ろな暗い瞳で看板を見ている。


 その少女の異様さに、門の前に立っていた“皇立学園”の関係者はしかめっ面をしつつも、少女に声をかけた。


「・・君は、初級入学の受験者かい?」

「・・・・はい。」

「では、推薦状を提出してください。」


 少女は紙を頼りなく取り出して、声をかけた学園の関係者に渡した。学園の関係者は渡された書類を確認して、少女を試験会場に通した。








 初級生入学試験会場は、“皇立学園”にある野外の運動場だった。多くの子供たちが集められ、10人ずつ並ばされている。彼らの正面に立っていた監督者が大声で言った。


「これから、初級生入学試験を行う。最初に魔力の出力およびコントロール試験を行う。一列ずつ本人確認後、試験をする。」


 監督者が試験内容を説明する間、別の試験官たちが一列目の生徒たちの前を歩き、書類と本人を交互に見比べながら本人確認をしていた。確認が終えた試験官は監督者に合図を送り、次の列の確認に向かう。


 試験は開始された。

 一列目の子供たちは魔力を放つために手を構えた。試験合否判別を行う数人の試験官が書類を片手に持って待機する。

 「一列目、はじめっ!」という監督者の掛け声とともに、子供たちが手から魔力を放出させた。子供たちの手の上に魔力が形として止まる。それを試験官が見て、実技試験の合否を出す。合格者は筆記試験会場へ進み、不合格者は学外へ返されていた。


 そのような手順で、二列目、三列目と続き、少女がいる九列目になった。


「はじめっ!」


 その掛け声とともに、子供たちは次々と魔力を放出させた。

 少女も行った。しかし、少女の魔力は形として止まらずに、少女は自身の力によって後方に吹き飛ばされた。それを見た試験官は咄嗟に術式を実行させ、少女が地面に落ちる位置に発動した。布団のような緩和物に包まれて地面に着いた少女は、ぐったりして具合悪そうだった。


「力の制御ができないだけでなく、力も不足しているとは・・。」


 試験官は少女の様子を見て呆れ顔になった。


 魔力によって吹き飛ばされるのは“力の制御”ができていない証であり、形にすらならなくて発動後にぐったりしている様子は魔力が不足していることを示していた。

 いくら推薦のみの受験資格とはいえ、最高峰である“皇立学園”に、ここまでできない受験者はあまりいない。

 明らかな不合格は“失格”となり、受験者が落ちるだけでなく推薦者の評価も落ちるため、推薦者は慎重で真剣に受験生を推薦するのが常であり、このような者を推薦した人の気がしれない。


 飛ばされた少女は、虚ろな目で顔を上げた。少女の前にいた試験官はこう言い渡した。


「失格。」











 受験終了後、皇立学園の門の前に数十人の子供達がまだたむろっていて騒いでいた。


「ちくしょー。本調子じゃなかったのに・・。」

「なんで俺が落ちるんだよ。」

「筆記が得意なのに挽回させろー!」


 魔力試験で早々に落ちた子供達が不満を言いながらたむろっていたところに、門番が来た。


「さあさあ、もう試験が終わったんだから、帰った帰った!」


 不合格になった受験生たちは門番に追い払われて、ぶつぶつ文句を言いながら去っていく。

 門番はため息をつきながら「まあ、気持ちもわかるけど・・。」と呟いて去っていった受験生たちを見ていたが、一人だけ去らない少女がいることに気がついた。静かに立っている野暮ったい少女の目には光がなく、門番を観察するようにじっと見ていた・・。

 門番は少女を少し不気味に思って怪訝そうにした。それでも先程の子供たちへと同様に帰るように促そうと口を開こうとしたが、門番よりも少女が先に口を開いた。


「あの・・・ここにいるために何をすればいいの?」


 少女は門番に静かにそう尋ねてきた。


 門番は少女の問いに戸惑ったのと同時に、仲が良い先輩の門番に聞いた話を思い出した。


『受験後に門前でたむろっている子供たちを帰るように促せと命令されているだろ? あれなー、受験に失敗して、嬉々として見送ってくれた家族や友人にカッコ悪くて戻りたくないと喚いているだけの子もいるが、本当に戻る場所も行き場所もない、孤独な子もたまにはいるんだ・・・。

 そういう生徒たちには積極的に行き場所を斡旋してあげないと、子供浮浪者、さらには悪い連中に捕まって悪事に染められてしまう・・。他の同僚はそういう子達も同じように追い払うけど、・・そういう子がいたら、お前は声ぐらいはかけてやれよ。』


 どこか物悲しそうに言った先輩の話を思い出した門番は、先輩に言われた通りに、少女だけは追い払うことなく慎重に尋ね返した。


「家族のところに帰らないの?たとえば、親族とか?」

「・・・ない。」


 少女は暗くて虚ろな目を門番に向けていた。


「・・・・帰る場所は、ない・・。」


 門番は少女の暗い表情に対して同情のあまり息が詰まった。そして、この少女は先輩が言っていた後者の方だと判断ができた。門番は戸惑いや動揺が表情に出さないようにしながら、どうしようか必死に思考を巡らせた。


 門番としては少女の面倒を見ることは仕事の範囲外だ。少女の話を聞かなかったことにして先ほどの子供達のように仕事の一環として追い払うことも出来るし、仕事としてそれが普通だが、それではこの少女の生死すら見捨てることになる。大人として、人間として、それでいいのか、という惰性と罪悪感との間で葛藤していた。


 門番はあの時に先輩が言いたいこと、あの表情の意味が今となって痛感するほど理解できた。


 門番は悩みながら、目の前にいる少女を観察した。


 ただ暗く虚ろな少女の表情は、絶望という表現が正しかった。この歳でこんな目をする子供を見捨てるとなると、胸の中で罪悪感という暗闇が一杯に湧いてきて、この暗闇は今後の人生でどんなに楽しめても心の片隅でいつまでも消えることがないだろうと予想ができた。そして、おそらくは少女にとって自分の存在が真っ当に生きる最後の機会なのだとも想像がついた。


 門番は悩んだ末に、今だけでも自分が少女にできることをすると決心した。

 門番は気を引き締めて、少女に向き合って事情を聞き始めた。


「ここにいたい、ということだけど、どこで過ごしたいの?もし良ければ、養子・・どこかの家族に入ることもできるよ?」

「ちがう。ここにいたい。」

「ここって、“皇園”ってこと?」

「うん。」


 少女は静かに頷いた。少女の回答に門番は考えた。


 皇立学園の受験に落ちた子供が“皇園”内にいるとなると、一番手取り早い方法はどこかの職部で見習いとして入ることだ。職部の見習いは、孤児にとっては衣食住に困らなくて、先輩や師匠に育ててもらえる上に“手に職”になるから、行き先としていい場所だと言える。実際に、社会貢献と後継者育成の目的で孤児を受け入れている職部も多い。

 門番としても、“皇園”の職部なら仕事上の伝手もあり、少女の養子先を探すよりも手間や負担がずっと少なかった。そうなると、問題は[どこの職部を紹介するか]に移行した。


 考えをまとめた門番は再度少女に尋ね始めた。


「それなら職部の見習いで入るのがいいのだけど、君、何が得意かな?」

「とくには・・・。」

「そうか。んーん。どうしようかな・・。なにか特徴的なものはある?やっていたこととか?」

 

 門番は少女の斡旋先の職部を頭の中で必死に探していた。


 門番は、女の子だから安直に力仕事が少ない職部、例えば、事務部や服飾部を最初に思い付いた。しかし、この子の将来を考えると、この子の才能に合う職部を紹介してあげた方が、[才能なし]と職部から追い出されることもなく、大人になっても職人として社会の中で自信を持って生きていける、と門番は考え直したのだ。


 門番が黙って悩んでいると、少女から意外な答えが返ってきた。

 

「山狩りにはいた。」

「!? 君、山狩りに所属していたの!?何年間?」

「5年かな?」

「5年・・・、長いな・・・。」


 少女の話に門番は呆然と驚いた。


 子供が“山狩り”という各地域の狩猟職人集団に所属していただけではなく、5年という長い期間だった事実に、門番は半信半疑になった。しかし、目の前の子供は嘘をついてはないように見える。それでも、5年前に入ったなら、この子は5〜6歳で、その歳頃から“山狩り”に所属することはかなり異例だ。


 門番は少女の状況に理解ができなくて、頭を抱えて悩んだ。


<5年前から山狩りだと!?

 5年前か、何があったっけ・・・5年前!!なら、“獣集”だ!!>


 5年前という言葉で、門番は“獣集”と呼ばれる大事件を思い出した。


* * * * * * * * *


 “山狩り”は狩猟を主の仕事とする組織的な職人集団だ。国の機関とは離れていて、自然に住む獣たちとの問題発生時には対応する集団でもあり、各地域ごとに独自の仕組みがある。


 そして、“獣集”とは、近年の中で大災害とも惨劇とも言われている出来事だ。

 約5年前、いくつかの市町村で突如現れた多くの獣たちが人々を襲って、何百人も犠牲者が出た。悲惨さはそれだけでなく、“皇都”からの応援が被災地まで到着する間、被災地付近にいた地方警備部や“山狩り”が対応し、獣たちと戦った。そのおかげで、多くの住民が救われたが、同時に多くの殉職者を出した。最悪な被災地では、応援が辿り着くまでに地元の救助者が全滅したと言われている。

 この事態が収拾するまで、1週間以上はかかった。


 “獣集”による孤児が多かったため、養子先がなく行き先が失われた子供を職部や集団仕事場の見習いに入れて皆で育てたと言われている。


* * * * * * * * *




 5年前にあった“獣集”の事件を思い出した門番は察した。


 この子の家族は“獣集”の犠牲者で、孤児になっても養子先がなく、山狩りで育てられるしかなかったのだと。


 門番はその状況を想像しただけで痛ましそうに少し表情を歪めた。

 門番はさらに思った疑問を、念のために少女に聞いてみる。


「なんで、山狩りを辞めて皇都ここにきたの?山狩りという戻れる場所があるでしょ?」

「・・長が何かのぞみはあるか、できることはあるかと言ったから、ここに行きたいと言ったら、皆がお金を出しあってくれた。けど、5年前に、はたらき手がへって、お金が少ない村だから、かえりの分はない・・。それに、もうもどっても、いみがない・・・。」

「そっか・・・ねぇ、君がいた村の名前はなんていうの?」

「・・・・・・。」


 門番が村の名を訊ねた途端に、少女は鋭い目つきに変わった。

 門番はびびった。普通なら「こんな子供になにビビってる!?」と笑われてしまうが、少女の目は大人でも本能的に怯んでしまうぐらいの凄みがあった。その目で少女が山狩りに属し、大人に混じって活動していたことが証明されたに等しかった。こんな凄みのある気配は、命のやりとりをしてこなければできない・・。


 門番は緊張して唾を飲み込んで、どもりながらも少女に応えた。


「そ、その村を、どうこうしようというわけじゃないよ。ただの確認だけだ。」

「・・・・最北の村。」


 門番に悪意がないと判断したのか、少女は門番をしばらく観察した後に応えた。少女の回答に、「最北の村・・・。」と門番は呆然と呟き返した。


* * * * * * * * *


 “最北の村=最北村”は、名の通り、この國の最北端にある村の名前で、間違いなく、“獣集”の犠牲の村だ。それも、“獣集”の被害が特に酷かった村の一つである。村の規模が小さかったために被害数も小さいことから、他の大きな街の被災地が注目されがちで、この村についてはあまり知られていないが、被災地の中で皇都から最も遠いために救援も最も遅かったとされている。 

 それこそ、救助活動をしていた山狩りのほとんどが全滅した所の1つだった。


* * * * * * * * *




 そのことを知っていた門番は、目の前にいる暗い表情をした少女の、あまりの悲惨な人生を想像して息を飲んだ。


 おそらくは、“獣集”で家族を失い、孤児になり、被害で少なくなった山狩りの大人の中に混じって働き続けて、ここまでのお金は村で出してくれたみたいだが、まるで厄介払いのようにここに来て、もう村に戻れない、という少女の身の上は、あまりにも酷すぎる話だ。


 門番は少女のことを気の毒に思ったが、同時に、その山狩りにいたことで少女の将来に希望が見えていた。


 門番は少女に優しく話して質問した。


「・・・山狩りの経験と知識があるなら、山狩りの品を仕入れる職部が君を見習いとして歓迎されるだろうから、受け入れてくれると思うのだけれど・・・・君、字は読める?」


 その問いに少女は首を横に振った。


 門番は心が痛んだが、それは当たり前だとも思った。

 孤児で大人に混じって働かなければならなかった少女は学校に行くことすら出来なかっただろうと、門番は質問する前に想像がついていた。今は少女を憐れむよりも、少女にとって良い受け入れ先の職部を探す方が少女の手助けになると、門番は複雑な気持ちを切り替えた。


 門番は、文字が読めなくとも、山狩りの品を仕入れているなど山狩り出身者を喜んで受け入れてくれそうな職部を頭の中で冷静に選抜してから少女に話しかけた。


「・・服と装飾と武器の見習い、君はどれに興味がある?」

「武器。」


 少女は即答だった。自信があるのだろう。門番は頷いた。


「なら、鍛治部の見習いになった方がいい。今からこの紙を渡すから、これを持って、この地図の場所に行ってみて。この文字と同じ看板があるはずだし、煙突が多くある建物だから分かりやすいはずだよ。ここから遠くに見える門があるでしょ?あそこの門を出て左に曲がって歩いていくと、鉄格子の別の門があるから、それを入って右に曲がって歩くんだよ。」


 そう言って、門番は急いで書いた紹介のメモ紙と地図を少女に渡した。少女はその紙を門番から受け取って、暗い顔が少し明るさを取り戻し、小さな声で言った。


「・・・ありがとう、ございます。」

「・・頑張ってね。」


 その門番の声に少女は頷いて、とぼとぼと頼りなく歩いていった。

 少女の頼りない後ろ姿が見えなくなるまで、門番は心配な気持ちと孤独な少女の未来を想いながら黙って見守った。
















 レンガの塀が続く中、門番に言われていた通りに、少女は一人とぼとぼと歩いていた。


「・・・とうや・・れい・・たき・・すばる・・。」


 少女の目には光が宿っていなく表情はなくとも、迷子のように寂しげな力ない声は空に放たれた。少女の手には何か大切な物を持つように握られ、指の間から細い鎖が垂れていた。

















 


 “鍛治部”と金属の看板で書かれた場所は、工場のような建物で多くの煙突が出ていて煙が立っていた。中からはリズミカルな金属音や燃える音が聞こえる。


 門番に指示された通りに辿り着いた少女は、門番から渡された地図に書かれた文字と看板の文字が同じであることを確認してから、扉を叩いた。

 「はーい。」という声と一緒に手ぬぐいを頭に巻いた若い男の人が出てきて、不思議そうに少女を見た。少女は門番に言われた通りに紙を黙って渡す。若手の男は紙を見て、奥にいる武器の最終チェックをしていた無骨な男に話しかけた。


「正樹さん。門番の紹介で住み込み見習いの面談です。」

「門番?」

「ほら、今日、皇宮学園の試験があったでしょ。その失格者らしいです。」

「・・ああ。」


 無骨な中年の男・正樹は状況を理解して作業を中断して、少しめんどくさそうに扉近くにいる2人の方にのんびり歩っていった。


 住み込み見習いの希望者は、住み込み目当ての訳ありの子供がほとんどだと職部では理解している。だから、そういう子供は無下にせずにきちんと面談する、というのが鍛治部の方針だ。

 ただ、力仕事の鍛治ここは女の子にとって最適な職部だとは思えず、紹介してきた門番の判断に正樹は首を傾げた。場合によっては、別の職部を再度こちらから紹介してあげるべきだと思っていたのだ。

 しかし、正樹は面談希望の少女を一目見ると、少し目を見開いて驚いていた。

 若手の男は正樹の変化に気づかずに話しかけてきた。


「門番によると、なんでもこの子、最北の村出身で山狩りの経験があるということで、ここが最適だと思ったらしいです。けど、山狩りをこんな子供がね・・?それに・・文字も読めないらしいです。」

「・・・住み込みの見習いとして、入れておけ。」

「へぇ?・・・・は、はい。君、こっちに来て。」


 そう命令された若手の男は、少女を見習い部屋に案内し、あとの少女の面倒は鍛治1年目の新人に任せた。任された新人は少女のあまりの野暮ったさに驚きつつも、慣れない女の子の相手を急に任されて戸惑いを見せたが、女の子らしくない朴訥ぼくとつとした少女の雰囲気に少しずつ落ち着いて対応し始めた。

 若手の男はそれを確認し、あとは任せて大丈夫と判断して、見習い部屋を出た。

 若手の男は工場に戻って来て、正樹に尋ねた。


「なんで即住み込みを許可したんですか?」

「・・・手を見てみたか?」

「へぇ?」


 若手の男の疑問の声に正樹は静かに言った。


「作品がなく相手の力量が分からない場合、職人おれらは手を見て判断する。あの子供は武器類をずっと握りしめて使ってきた手だ。あの歳であれほどの手をするぐらい苦労して生きてきたのなら、住み込みの見習いとして働ける可能性は十分にある。」

「・・・さすがですね。そこまで見てませんでした。」


 一瞬でそこまで見抜く正樹の力量に、若手の男は脱帽した。




* * * * * * * * * 


 広大な“皇園”の敷地の中は、国の最高中枢に関わる機関の他に、最高の職人が集まる部署がある。鍛治部はその中の一つだ。職部の場合、各部署での責任者の采配で、採用する人員は決定される。

 鍛治部の最高責任者は、大師匠と呼ばれる老人と、無骨な中年の男・正樹、の2人だった。


* * * * * * * * *







 少女が鍛治部に住み込みし始めた翌朝、作業準備中の職人の一人がくず鉄など廃棄物の一部が無くなっていることに気づいた。それと同時に、工場の片隅に見たことのない短剣が置いてあるのを発見した。職人が不思議そうに短剣を手にとると、窓の光に照らされた短剣の剣身に神秘的な光がすっと走った。職人はその光に心が囚われ、そのまま眺めていた。

 続々と作業場に現れた職人たちが短剣に気がついて近づいてきた。


「・・・これを作ったのは誰だ?」

「見覚えのないクセだな。新人じゃないか?」

「魔法用の、短剣・・。」


 短剣に気づいた職人たちは廃棄物の行方よりも魔法用の短剣の方が気になった。そして、鍛冶部の最高責任者である老年の大師匠と正樹を呼んで、皆で作業机の上にある短剣を囲んで鑑賞した。


「・・・いい出来だな。」


 少し拙さがある質素な作りとはいえ、実践的で無駄がない上に、見たことがなく、どこか神秘性を感じる短剣に、ベテラン勢の職人たちは見惚れた。


 しかし、ここで皆に疑問が浮かぶ。


 これを誰がどうやって作ったのか。

 材料の保管所を確認したところ減りはないため、この短剣はグズ金属など廃棄物のより集めの作品らしいが、それにしては出来が良すぎる。さらに、そんな金属で魔法用に加工するなど、普通ならあり得ないことだ。

 しかも、どうやって作ったのかはその場にいた国有数のベテラン勢でも検討がつかなかった。これを作った本人に聞かなければ全て分からないままだ。そこで、犯人探しならぬ作者探しが始まった。

 作者の特徴を探るように、職人たちは机の上に置かれた短剣をじっくりと鑑賞する。


「やはり、ここで作っている人たちにはない作り方だな・・。」

「・・・まだ作成を見ていない新人は?」

「新人と見習いを合わせて8人です。」

「ここに連れてきなさい。」


 大師匠の老人はそう命じた。




 しばらくして、8人の新人と見習いが集められ、一列に並ばされた。彼らはなぜ呼ばれたのか検討もつかずに不安そうに顔を見合わせていた。ただ一人、少女だけは無表情で立っていた。

 彼らの前に大師匠と正樹がいて、その後ろにベテラン勢の職人たちが、誰が作ったのか興味津々で立って見ていた。


「手のひらのこちらに向けて広げて見せなさい。」


 大師匠の命令に8人は疑問に思いつつも、素直に手を上げる。大師匠はそれぞれ手を一瞥で見て、ふっと一人の前で止まった。


「・・・君だね。」


 声をかけた相手は、昨日住み込みをし始めた少女だった。皆は予想外の人物でざわめいたが、昨日少女と会った正樹と若手の男は予想をしていて、騒めく周りの人と違って静かな様子で少女を見ていた。


「これを作ったのは君だね?」

「・・・うん。」


 少女は正直に頷いた。その目は力なくて、表情もどこか暗い。


 信じられないふうで周りの職人たちがお互いに見つめた。


 大師匠は「良い人材が入った」と呟きながら満足そうにしていた。その大師匠に正樹は真顔で書類を渡した。大師匠は渡された書類が何なのか不思議そうにしながらも受け取り中身を開いたら、突如、満足げな顔から怪訝そうな表情に変わった。


 書類の内容は、正樹が学園に請求して届いた、昨日の少女の試験結果だ。少女は最北の村出身で、試験結果は不合格ではなく受験する資格もない失格者だった。ここまでは良いとしても、その失格理由が想定外だった。[魔力不足と魔力制御不足]と書かれていた。


 けれど、細かな魔力制御を必要とする魔法の短剣を作った事実と反することだった。


 大師匠も正樹も真剣な顔で見合わせながら、作業机の上で窓の光に照らされて不思議に光る短剣を見た。


「この子は確かにこのように診断された・・・?」

「ああ。しかし、これは紛れもなく魔法で作られた剣だ。それに、門番の聞き取りによると、この子の発言が正しければ、山狩りに所属していたらしい。山狩りもこの剣の製作も、“力なし”では無理だ。俺らの目で判断すると、学園側は誤った診断をした。この子は魔力不足でも魔力制御不足でもない。」

「んー・・、これは難しい案件かもしれん。誰か、暗部にいる光輝を呼んできてくれ。」


 大師匠がそう言った十数分後、軍服に似た制服を着ている男・光輝が鍛治部に呼ばれて訪ねにきた。少しイラついている感じだった。


「なんですか・・?今、忙しいんですけど・・。」

「いや、学園が“力不足”と診断した不思議な子供がいたから見て欲しくね。」

「はあ?子供の面倒は学園や教育機関が担当だろ?」

「それがそうともいえないかもしれん・・。」


 大師匠は目を輝かせながら、イラついている光輝に布に包んでいた短剣を見せた。短剣を見た瞬間、光輝は目を見開きしばらく黙った。短剣に見惚れた光輝の様子に、大師匠は狙い通りだと言うばかりににやっと笑った。


「・・・・・。しかし・・・な・・・。」


 短剣を見て察した光輝はどうすればいいのか悩んでいるようだった。


 この少女は、この歳でこの見事な魔法の短剣を作るほどの、鍛治の才能と経験、魔力と制御能力を持っていることは明らかだ。鍛治部として、このような人材は大歓迎だ。しかし、学園側は“魔力不足”と“制御不足”を理由に、少女を失格させた。目の前にある短剣の出来の事実とは、あまりにも食い違う状況だ。


 となると、この少女は特殊な力や圧倒的な力を持つ人間・“稀れ子”の可能性がある。そのことを学園側は見抜けなかったかもしれない。


 “稀れ子”は特殊な能力のゆえ、人材としての扱いに配慮や注意が必要である。鍛治部など職部にも“稀れ子”はいるので扱いは慣れているが、同じく“稀れ子”の生徒を受け入れるはずの皇立学園が見抜けないほどの特殊な事例となると、“稀れ子”が一番多く所属している“特殊警備部”、通称、“暗部”に相談すべきだ、と大師匠たちは判断した。


 そこで、鍛治部兼暗部所属の光輝が鍛治部に呼ばれたわけだ。


 ここまでは光輝も筋として納得ができる。

 ただ、光輝を悩ます問題はその後のことだった。


 暗部は、いわば、警察部で抱えきれない事件・事故に対応する特殊部隊だ。情報収集や事件の特攻、警察部の補助、“山狩り”や“海狩り”と共同した獣との問題解決が主な仕事だ。暗部に入るためには見習生を2年勤めたあとに、新人として本格的に入部する。そして、その見習生も20歳前後の年齢の若者が主である。


 光輝は、書類に11歳と書かれている、見るからに若すぎる10代前半の暗い表情をした少女を見る。


 <・・特殊な“稀れ子”とこの才能を鍛治部だけで埋もれさせるのは悔しいから、色々なことと学べる環境下に置きたい。けれど、それが可能で正規な行程であるはずの学園は、この子の才能を見抜くことができないから望ましくない。となると、“稀れ子”の扱いに一番慣れている暗部が候補に上がるが、見習生として入れるにはこの少女は若すぎる。けれど、学園と暗部の他に“稀れ子”にとって多様な才能を発揮できる所はない。・・・どうしろというんだーーーー!!?>


 光輝はそう叫びたいができずに、にこにこと笑っている大師匠に抗議&助けを求めるように黙って睨んだ。大師匠はそれでもにこにこと笑っているので、光輝は思わず舌打ちをした。


 なにより暗部見習生として入れるためには、育成係という暗部の担当者たちに少女と面談してもらわなければならない。いっそのこと、少女を育成係たちに無理矢理でも会わせてみて判断を仰ぐかとヤケ気味に思いついた光輝だが、育成係長が好物を見つけたと言わんばかりに狂い喜ぶ姿が目に浮かび、その対象者となる少女を哀れに思って躊躇した。



 短剣と少女を見ながら少女の処置を悩んでいた光輝だったが、暗い表情をしていた少女の目に一筋の光が差したことに気がついた。光輝を見て・・・というより制服を見て反応した様子だった。


 光輝はその反応に不思議に思い、少女に尋ねた。


「・・なんだ?」

「・・・とうや、れい、たき、すばる、に会いたいっ。」

「はあ・・!?」


 光輝は声をあげて驚いた。

 複数の暗部員の名前を知る人は仕事上の関係者のみだ。それなのに、少女は暗部員、それも4人も名指しをしてきた。

 そして、少女の様子も光輝はさらに驚いた。少女の必死さ、特に、光輝に必死にすがるような目は、光輝も経験がしたことがないぐらいの気迫で、思わず固唾を飲んで何も言えなくなってしまった。


「これ・・・。」


 少女が力なく懐から取り出したものは、丸い金属の首飾りだった。それは暗部員の身分証明証も兼ねるものだ。それらは鍛治部に近い職部の細工部が作るものだから、鍛治部でも鑑定はできる。

 光輝はその首飾りを少女から受け取り眺める。大師匠と正樹も一緒に見る。3人が出した結論は・・・


「本物だ・・。」


 それも少女が言っていた一人・冬夜のものだった。


「なぜ、これを君が持っている・・?」


 3人は少女に疑心的な目を向けた。


 教育機関の最高峰である皇立学園の“魔力不足”と“魔力制御不足”との判断。

 それに反する事実、魔法の剣を作るほどの鍛冶の腕前。

 その判断と事実の差異をもたらす、特殊な力・“稀れ子”であるという疑惑。

 そして、一般人ならありえない数人の暗部員との繋がり。


 どれも普通の子供が持つものではない。


 光輝は神妙な表情で声に漏らした。


「・・君は、何者だ・・?」


 あいかわらず暗い目をした少女だったが、その奥にはしっかりとした強い意志を持って光輝たちを見ていた。






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